スマブラプロプレイヤー列伝:aMSa

ヨッシーで『DX』シーンを変えた日本人トッププレイヤーを紹介する。
レッドヨッシー使いとして世界的に知られるaMSa © Robert Paul/@tempusrob/rmpaul.com
By Barrett Womack

長年に渡り『DX』は米国人プレイヤー優位のゲームだったが、もちろん中には例外も存在し、スウェーデン人のLeffenとArmadaの2名がトッププレイヤーと活躍している他、IceやAndroidなど他のヨーロッパ人プレイヤーも存在する。しかし、『ストリートファイター』や『鉄拳』のような他の格闘ゲームと異なり、『DX』ではトーナメントシーンで活躍するアジア人、特に日本人プレイヤーの数が非常に少ない。

しかしながら、『DX』の日本人プレイヤーと言われてすぐに頭に思う浮かぶ存在がいる。それがaMSaこと近本昌也だ。EVO 2013まで米国ではほぼ無名だった彼は、レッドヨッシーを使ったクリエイティブなプレイとその『DX』への愛で、急速に世界中にファンを生み出していった。

レッドヨッシー

aMSaは『DX』以前からビデオゲームファンだった。「どんなゲームでも好きでしたが、特に『マリオパーティ』のような任天堂のゲームが好きでしたね。色々な種類のゲームをプレイしていく中で、『スマブラ』に出会いました」こう振り返るaMSaは、最初からヨッシーに拘っていたと言う。「『DX』がリリースされてから、ずっとヨッシーですね。90%はヨッシーだと思います。任天堂の他のゲームでも、ヨッシーがプレイ可能ならばヨッシーを選択していました」

『DX』がリリースされた時、aMSaは兄、姉と共に『ターゲットをこわせ!』などのミニゲームにのめり込んでいた。「色々なミニゲームの映像を見て、真似しようって思ったんです。それがきっかけで、当時成長期だったトーナメントシーンを知りました」こうして『DX』のトーナメントシーンの存在を知ったaMSaは早い段階からスキルを磨き始めたが、トーナメント初参加を果たしたのは、それから約3年後の2013年1月だった。そしてそれから約7ヶ月後、aMSaは世界最大の舞台、EVO 2013に参加した。

aMSa has gone toe-to-toe with the greats of Melee © Robert Paul/@tempusrob/rmpaul.com

エッグ・スナイパー

米国の『DX』シーンにとって、aMSaの躍進はにわかには信じられないものであり、衝撃と畏怖を生み出した。EVO 2013でのaMSaが使ったヨッシーは、709人のプレイヤーがひしめく中、Lucky、HugS、Kenなどのベテラントッププレイヤーたちを倒して25位に食い込んだ。それまでaMSaほどのハイレベルなヨッシーを見た人は皆無だった。「僕は新人でしたが、それまでの12年間、誰もヨッシーを使っていなかったので、ヨッシーを研究していなかったベテランプレイヤーたちを驚かせることになりました」EVO 2013のaMSaは1セットも落とすことなくプールを勝ち抜くと、Mew2Kingからも1ゲームを取るという大活躍を見せ、25位でフィニッシュした。未知のキャラクターを使うaMSaを多くの人たちが気に入ったが、同時にヨッシーの使用はただのギミックで、他のプレイヤーがヨッシーを研究するにつれaMSaはシーンから消えるはずだと思う人たちもいた。

aMSa自身も、自身の初期の成功はヨッシーに対する研究が十分になされていなかったことにあるという点は理解している。しかし、その一方でaMSaは次のように感じていた。「ヨッシーを使うことは大きなアドバンテージになると思っていました。ヨッシーは弱キャラで、それまで誰も使っていなかったキャラクターですが、自分ではそこまでの弱キャラじゃないと思っていましたし、ヨッシーの実力を信じていました」

やがて、誰もがそう思うようになっていった。aMSaは活躍を続け、APEX 2014で9位、MLG 2014とEVO 2014で17位、そしてAPEX 2015では見事5位に入ったからだ。aMSaはたったひとりでシーンのヨッシーに対するイメージを変えていった。aMSaがトーナメントに初参加した頃、ヨッシーはキャラクターランキングで下から6番目の21位に位置していたが、近年は12位まで上昇している。またaMSaは自身のスキルの高さも証明しており、Melee It On Meの2015 Top 100で24位にランクインしている。

aMSaを見ていると『DX』への愛が随所に感じられる © Robert Paul/@tempusrob/rmpaul.com

笑顔

aMSaがプレイするヨッシーは常に楽しそうで、笑顔が消えることもほぼないが、それはaMSa自身も同じだ。勝利後に喜ぶ姿や、対戦中のちょっとしたプレイで見せる笑顔を見ている限り、aMSaは世界屈指のトッププレイヤーたちと『DX』をプレイできることに誰よりも喜びを感じているように思える。「『DX』への愛情がモチベーションになっているのは間違いないですね。あと、僕は米国に住んでいないので、米国に行けるのは年に数回だけです。ですので、トッププレイヤーたちと戦えるのが凄く嬉しいんですよ」プレイヤーによっては、MangoやArmadaとの対戦に恐れをなしてしまうが、aMSaにとってはこの上ない喜びなのだ。

しかし、aMSaが人生で力を入れてきたのは『DX』だけではない。これまでも、他に面白そうだと思えるものがあれば、それが何であろうと首を突っ込んできた。aMSaのこれまでの人生において、打ち込む対象は常にひとつでありつづけたが、その対象は劇的に変化してきた。「小学校の頃は5年間そろばんに打ち込んできましたし、中高生の頃は5年間卓球に打ち込んできました。大学時代はジャズでしたね。それで今は『スマブラ』という訳です」

aMSaの特定の対象への情熱は、過去から考えれば5年周期で変わってきたことになるが、これまで3年間打ち込んできた『DX』は既に彼の中で大きな柱のひとつとなっている。あと2年でaMSaが『DX』のシーンから消える可能性も残されているが、本人は『DX』が自分にもたらしてくれたものの大きさを理解している。「『DX』は人生最大のインパクトのひとつを僕にもたらしてくれました。『DX』がなければ、今のような知名度は得られていませんでした。僕のTwitterアカウントには2万1000人のフォロワーがいますが、それは『DX』のおかげなんです」

自分のスタイルを貫き続けるaMSa © Robert Paul/@tempusrob/rmpaul.com

自分の道

aMSaを面白い存在にしている理由のひとつに、日本のシーンがそこまで大きくないという点が挙げられる。日本の『DX』シーンは、『X』のリリース以降そこまで大きな成長を遂げておらず、米国のシーンのような歴史もない。『ストリートファイター』のウメハラのようなレジェンドとは異なり、aMSaはその実績が世間に広く知られているわけではなく、トーナメントの賞金で生活をしているわけでもない。しかし、aMSaにとってそこは重要ではない。「米国人プレイヤーの多くは勝利を目的としていますが、僕にとってはモチベーションのひとつでしかありません。別に勝敗に拘っていないわけではないですが、自分のスタイルで勝利すること、観客を盛り上げて勝利することが僕にとっては一番大事ですね」

aMSaは『DX』に深く関わっているが、彼にとっては「対戦」がすべてではない。『DX』との出会いは、彼の世界を広げることになった。「最初は『DX』が自分にとって何なのか良く分かっていませんでした。ですが、色々と考えた結果、『DX』は世界とのコミュニケーションツールなんだという答えに辿り着きました。初めて米国を訪れた時は、そこまで英語を話せませんでしたが、今では色々な表現方法も憶えましたし、英語をもっと勉強したいと思っています。『DX』は僕の世界を広げてくれたんです」

aMSaがヨッシーで『DX』シーンを変え、『DX』が彼の人生を変えた。実にフェアな関係だ。

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