僕らは"あの木造校舎"に行きたくて、ヘッドマウントディスプレイを装着する

VRゲーム制作ユニットirondrillの奇妙な冒険
木造校舎を歩く
By Giichi Totsuka

 

武骨なヘッドマウントディスプレイを装着した瞬間、窓から夏の日差しが照りつける古めかしい教室に、私は確かにいた──。

筆者のVR初体験は2013年秋。東京・秋葉原で行われた、同人・インディーゲームの公開ユーザーテストイベントの会場だった 。当時は、Oculus Riftの開発者向けキット(DK1)用の試作コンテンツを公開する国内インディーゲーム開発者が徐々に増えてきた頃で、21世紀以降のVRの動向について無頓着だった私には、まるで未知の世界だった。

同人ゲームサークル"irondrill(哲人ドリル)"が開発する『木造校舎を歩く』は、タイトル通り、スケール、ディティールともに精巧に再現された木造校舎内を移動することを目的とした作品である。誰かが詩を朗読しているような環境音、教室内の古びた掲示物……などから、何らかの物語性を感じとることはできるものの、そこに押しつけがましさはなく、ただ、強烈な臨場感をともなうその空間の居心地が、良かった。

 

木造校舎を歩く

 

『木造校舎を歩く』を開発する"irondrill(哲人ドリル)"は、グラフィックおよびディレクションを担当する3Dグラフィックデザイナーの田村耕一郎氏(写真・右)と、サウンドクリエイターの外木(とのぎ)誠氏(写真・左)のふたりからなる、ゲーム制作ユニットである。高校時代からの友人同士で、過去にはパンクバンドを結成し、前衛的なパフォーマンスをしたこともあるという。

本作の企画がスタートしたのは2008年頃。「木造校舎を舞台に、3D空間を疑似的に歩けるものを作りたい」という着想を得た田村氏が、"特別主張しなくてもクオリティは高い劇伴"の制作を外木氏に依頼したのが始まりだった。当時はVR機器への対応構想どころか、個人レベルで満足に扱える3Dゲームエンジンさえない状況だったが、「空間を表現したい」という創作コンセプトは、ジャンルの違いこそあれ、ふたりがもともと共通して持っていたもの。ゲームとしていかに表現するかは、その時に可能なスタイルで行うつもりだった。

後にUnityの台頭などによって、3Dゲームの開発環境が整い始めると、現在公開中のバージョンに直結する、3D空間をリアルアイム移動するスタイルが確立される。2011年初夏には、郷土資料館として利用されている廃校に赴き、3Dモデル作成時の資料用の写真を撮影。その際、たまたま居合わせた館長に、木造校舎の設計図のコピーを特別に見せてもらったことが、より現実味のある寸法を再現するのに役立ったという。

 

木造校舎を歩く

 

2016年現在、『木造校舎を歩く』の開発は一時中断され、やはり木造校舎を舞台にしたVRホラーコンテンツ『木造校舎ノ夜』を鋭意開発中というirondrill。刻一刻と変わりゆくVR技術に対応しつつ、3D空間の密度に妥協を許さない田村氏のこだわりによって、コンテンツの完成が遠ざかっていく現状に歯止めをかけるべく、テーマを「ホラー」、「夜」に絞り込んだ短編コンテンツに注力することにしたのだという。標準の対応機器をGear VR(Galaxy S6シリーズのスマートフォンを装着するVRヘッドマウントディスプレイ)に定め、3Dモデルの作成に、複数の二次元画像の視差情報を統合してモデリングする技術"フォトグラメトリ"を導入したことで、ある程度の技術的着地点が見えたとのこと。

 

木造校舎を歩く

[写真]古神道の世界観をベースにした、ホラータッチの物語を体験できる『木造校舎ノ夜』。現在Youtubeにアップされている、パノラマ立体視に対応したデモ映像は、Cardboard(段ボール紙などで作られた簡易型VRヘッドセット)対応のスマートフォン用Youtubeアプリで再生することで、VRコンテンツとして楽しむことができる。2016年内にリリース予定。

 

 

あとはディティールの作り込みの時間さえ確保できれば……という田村氏に、「と言いつつも実は、"開発している状態を維持すること"が活動の目的にすり替わっているのでは?」と、少々意地悪な質問をすると、さすがにそれはないです、と否定した。

 

「僕らが表現したいのは"空間"なので、本当は、現実の空間でインスタレーションをやりたいんです。できることなら、本物の木造校舎を改造してお化け屋敷にしたいくらい(笑)。ここ数年、VRの分野が、僕たちが本来やりたかった方向性に限りなく近づいてきたので、それに対応しなければという状態が続いていました。最初から採算性を考えて作っているわけではありませんが、完成したらパッケージ販売して、トントンになるくらい売れればいいなと思っています。同人・インディーゲームの出展イベントで、多くの人に体験版を楽しんでもらうのも、僕らのパフォーマンスの一部ですが、無料コンテンツとして終わらせるつもりはありません」

(田村氏)

 

「空間は2chステレオでも表現できる」というスタンスで音楽を制作する外木氏は、パートナーのこだわりになかばあきれつつも、シーンが完成してから作曲に取りかかるという制作スタイルを崩さない。

 

「空間の絵や雰囲気ありきのプロジェクトだから、あんなところで過ごしたな、とか、こんな曲が聴こえたらいいよね、という経験なしに曲を作ることはできません。たとえ単調なループ展開であっても、その時ならではの時間経過の感覚も生まれます」

(外木氏)

 

ネット番組に出た時、ZUNさん(東方Projectなどを手掛ける同人サークル「上海アリス幻樂団」の主宰)に、「君ら、どこにも所属していないよね 」みたいなことを言われました、と笑う田村氏。Irondrillの、ゲーム開発者として"離れ小島"な立ち位置から見える空間に魅了された者のひとりとして、あの日、確かにいた場所を自由に歩き回れる日を、心待ちにしたい。

 

木造校舎を歩く
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