Super Arcade:あるアーケードの苦難と再生

カリフォルニア州でアーケードシーンの維持に長年力を注いできた人物とそのストーリー。
様々な娯楽を提供してきたSuper Arcade © Super Arcade
By Ian Walker

2017年現在、アーケードは北米ではレアな存在だ。アーケードは1980年代から1990年代にかけて隆盛を誇ったが、家庭用ゲーム機が行き渡ったことが原因でその多くが姿を消している。そして、このシフトに一番大きな影響を受けてきたのが格闘ゲームとそのコミュニティだ。

他の対戦ゲームのプレイヤーとは異なり、北米の格闘ゲームプレイヤーはピザ屋やコインランドリー、ビリヤード場を拠点に成長していった。彼らはそれらの施設に置かれていた1台の筐体に並び、25セントコインを注ぎ込みながらスキルを磨く努力を続けた。対戦に勝てばその貴重な資金の寿命を少しばかり延ばすことができ、負ければうなだれながら列の最後部に並ぶことになった。

ここ数年、格闘ゲームコミュニティはそれまで根強くアーケードで開催されてきたトーナメントがアーケード閉鎖と共に強制終了する姿を悲しみの眼差しで見つめてきた。Chinatown Fair、Denjin Arcade、Family Fun Arcade、Starbase Arcade、Arcade Infinity、Arcade-in-a-Boxなどは、それぞれのエリアにオールドスクールなトーナメントを提供してきたが、現在このようなアーケードは数えるほどしか残っていない。

その現存するアーケードのひとつが、今回取りあげるSuper Arcadeだ。カリフォルニア州ロサンゼルス郊外のウォルナットで産声を上げたこのアーケードは、南カリフォルニア(SoCal)に存在していたアーケードのひとつだったが、このエリア内のアーケードが少なかったことから、やがて格闘ゲームトーナメントのハブとなり、その後、周辺のアーケードが次々と閉鎖されていくに連れ、その存在意義は更に大きくなっていった。

新時代

しかし、2012年になると、このアーケードの前オーナーは閉鎖を考えるようになっていった。そこで、またアーケードを閉鎖させて、格闘ゲームコミュニティが集まれる場所を失わせるわけにはいかないと考えたオールドスクールなベテランプレイヤーのMike Watsonが、ここを買取って格闘ゲームコミュニティの維持に真っ正面から取り組むことを決めた。その後の経営は常に順調ではなかったが、毎週開催されていたLevel Up Seriesのトーナメントに定期的に人が集まっていたため、閉鎖に追い込まれることはなかった。とはいえ、Watsonはそこでの日々を通じて、アーケードが次々と閉鎖に追い込まれていった理由を、身をもって学ぶことになった。ビジネスパートナーだった人物がそれまで築き上げたものを奪い取り、彼の手元には数台の筐体だけしか残らなかったあとは特に体に響いた。

Watsonは2013年のブログに次のように記している。「僕の手元にはアストロシティ(編注:1990年代のアーケードを席巻したSEGA製筐体)2台と、『ストリートファイターII』のピンボールマシン、あとはショーケースキャビネットがいくつかあるだけだ。心臓が切り裂かれたような気持ちになったし、未来がどうなるのかも分からなかった。でも、最初に心配になったのは失ったお金のことでもなければ、アーケード閉鎖後の自分の身の振り方でもなかった。僕が心配していたのは、水曜日と木曜日のトーナメントをどこで開催すれば良いのかということだった」

彼のこの気持ちは、今も続くSuper Arcadeのストーリーの根底に流れているテーマだ。格闘ゲームのベテランプレイヤーのWatsonは、ルーツに忠実でありながら、コミュニティを成長させようと粉骨砕身している。しかし、何事もひとりではできない。Watsonも、助けを求めるのは気が進まなかったものの、格闘ゲームコミュニティのメンバーに連絡を取ることになった。そして蓋を開けてみれば、Super Arcadeのためにコミュニティは11,000ドル(約125万円)以上を集め、このアーケードの寿命は少し延びることになった。

しかし同年末、Watsonは精神崩壊の危機に陥っていた。元『スーパーストリートファイターII X』の全米王者だった彼は、クリスマス2日後にブログに投稿された記事の中で、アーケードを維持するための日々の努力が生活にどのようなインパクトを与えているのか、そして維持のためには悪魔と戦う必要もあるということを赤裸々に告白した。

Super Arcadeのトーナメントには数多くのファンが集まっていた © Super Arcade

「僕は全財産を注ぎ込んだ。アーケードを維持するためだけに個人で所有していた宝石や時計も売り払ったし、先祖代々の家宝も質に入れた。でも、何のためにアーケードを維持しているのだろう? トーナメントへの参加者数が毎週減っていくのをただ見るだけのために維持しているのだろうか? それとも、僕の目の前で自分の財産が水泡に帰すのを見届けるためだけに維持しているのだろうか?」

古い世代にとって、アーケードはビデオゲームをプレイする場所以上の意味を持っている。アーケードは一生の友人と出会った場所であり、ライバル関係が生まれた場所であり、子供たちが大人に成長した場所だった。そして、家庭用ゲーム機を買えない家庭に育った人にとっては、アーケードはたった数ドルで何時間もエンターテイメントが楽しめる場所だった。また、中には過剰な盛り上がりを見せる場所もあったが、アーケードシーン独特のそのコンペティティブなスピリットこそが、格闘ゲームコミュニティを他とは違う存在にした要因だった。

その世代のひとりであるWatsonは、自らに降りかかる困難と戦いながら、時間の流れとも戦ってきた。Super Arcadeは、本格的なアーケード・エクスペリエンス − Watsonのようなプレイヤーたちを今の彼らにした経験 − を提供できた日本国外の数少ないアーケードのひとつとして評価されていた。自分抜きで世界が前進していく姿を見るのは非常に恐ろしいものだが、Watsonは自分が取り残されているように感じていた。

「このアーケードが存在する理由は、僕の中で格闘ゲームコミュニティの存在が大きいからだ。たとえるなら、初恋の相手みたいな存在だ。誰もが初めて恋に落ちた時の気持ちを忘れてはいないだろう。僕は心と魂、そして自分の持てる全てをSuper Arcadeに注いできた。でも、僕の思いは届いていないように感じているし、無理矢理その思いを叶えようと頑張り過ぎているようにも感じている」

しかし、格闘ゲームコミュニティが、彼のこの考えが間違っていることを示すことになった。

ネクストステップ

Watsonは何かを変える必要があることに気付いていた。そして、様々な可能性を考慮したあと、彼は2014年3月にSuper Arcade再出発の助けを格闘ゲームコミュニティに求める野心的なKickstarterキャンペーンを立ち上げた。老朽化した床や壁、ボロボロの家具、切れかかったネオン、酷い匂いがするトイレを取り除き、Super Arcadeをトーナメントの常連プレイヤーはもちろん、家族連れも楽しめるウェルカムで近代的なデザインに改修するというアイディアだった。

Kickstarterのページには「Super Arcadeはあなたが気兼ねなくどんな人も連れて行けるような場所にしたいと考えています。あなたが友達を誘いたくなるような場所にしたいのです。店内のあらゆる設備を楽しんでもらえればと思っています。あなたの助けがあれば、もう誰もSuper Arcadeについて下手な言い訳をする必要がなくなります。ロックコンサートのような雰囲気、トーナメント仕様のギア、アイテムが常に揃っているショーケース、綺麗な床、そして清潔なトイレを用意して、あなたのビデオゲーム・エクスペリエンスをアップグレードします」と記された。

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しかし、それよりも重要だったのは、改修後のビジネスプランだった。Watsonは、Super Arcadeの会員券を販売することで収入を安定させ、辛うじてではなく順調な経営に切り替えることを狙っていた。そして幸運なことに、格闘ゲームコミュニティはWatsonのヴィジョンを支持し、キャンペーン終了の同年5月には、目標額を大きく上回る57,213ドル(約650万円)が集まった。

Watsonはキャンペーン終了後に「僕を信じてくれて、そして僕の夢を現実に変えるチャンスを与えてくれて本当にありがとう。僕はみんなが誇りに思えるようなアーケードにするために全力を尽くす。そして、この先何年もみんなが楽しんでいる姿を見続けることができればと思っているよ!」とブログに投稿した。

その後は、アーケードを満足できるレベルに高めるための何ヶ月にも渡るハードワークが待っていた。そして、そのハードワークを通じてSuper Arcadeは憎めないが小汚いアーケードから、ほぼ完ぺきなゲーミングロケーションへと姿を変え、同年9月のグランドオープニング後は、『ストリートファイター』シリーズ、『Marvel vs. Capcom』シリーズ、『スマブラ』シリーズなどのトーナメントが毎週開催されるようになり、改修すべき部分はまだ残っていたものの、Watsonの勇気あるビジネスは軌道に乗っていった。しかし、残念なことに、始まりには終わりがある。

政治と “お役所”

Level Up Seriesとの協力体制を友好的に解消したあと、Super Arcadeはオリジナルのトーナメントの開催をスタートさせて収入を増やしていったが、時と共に大家との関係が悪化していった。Watsonの話によれば、長期契約を望む大家がWatsonと交わしていた月極契約をキャンセルし、同時に毎月の家賃を約6,000ドル(約70万円)値上げした。それまでの緩い契約内容はSuper Arcadeの助けになっていたが、世の中のビジネスを取り巻く状況が厳しくなりつつあったのだ。そこで、Kickstarterで得た資金のある程度を改修に注ぎ込んでいたWatsonは、今度は新しいロケーションを探す必要に追われることになった。その動きを見たバッカーの中には、自分たちの資金がどのように使われるのかを心配する人たちもいた。

Watsonはこれを受けて「僕はKickstarterでアーケードの改築と、アーケードファンが通える場所を提供することを約束した。この点について変わりはない。ロケーションは変わるけれど、実際にみんなが遊びに来られる場所を用意するという点に影響はない。改修したアーケードを用意するという計画は変更なく進んでいる。ここがぶれることはない」と説明した。

結局、ウォルナットのSuper Arcadeは2014年12月22日に閉鎖され、その直後から新候補地を探す作業がスタートした。そして、2015年3月を迎える頃には、ウォルナットからわずか8マイル(約13km)の距離にあるアズサに候補地が見つかった。各種手続きを提出し、許可が下り、契約が進み、Super Arcadeは再出発に向けて順風満帆だったが、Watsonはまた別の問題に直面することになった。それはアズサという都市そのものだった。

 

Mike Watson(右)と長年の友人Alex Valle © Alex Valle

都市計画委員会との定期的な公聴会は徐々に悪夢になっていった。アズサ市民が次から次へと出席し、(Super Arcadeが出店を考えていた)ショッピングセンターにアーケードを置くのは間違いだという考えを述べていったのだ。Watsonは、犯罪増加に対するアズサ市警の危惧を緩和させるべく、ウォルナットを管轄していたロサンゼルス群保安局とアズサ市警を繋げて説明してもらうなど、必要な責務を果たしていたが、アズサ市民の多くはアーケードが周辺地域に与える悪影響を心配していた。よって、公聴会の大部分は、時代遅れで情報不足な意見が多く聞かれる長談義に終わり、最終的にSuper Arcadeがアズサで再出発をするチャンスを奪うことになった。

『ストリートファイター』と『Marvel vs. Capcom』シリーズのプレイヤー、Eliver “KIllerKai” Lingを含む格闘ゲームコミュニティからのポジティブな意見や、Watson本人からの異議申し立てがあったにも関わらず、公聴会の結果、委員会はより一般的な小売業の招致を優先してSuper Arcadeの出店を許可しない判断を下したが、委員会のメンバーのひとり、Jack Leeはこの結果に驚き、Watsonの出店に向けた努力を強く支持する意見を述べた。公聴会の中継放送(最近の格闘ゲームコミュニティは何でもストリーミングする!)を見ていた視聴者はLeeの努力を評価し、画面内の彼を「Tan Shirt Hero(褐色のシャツを着たヒーロー)」と賞賛した(委員会側の左端がLee)。

この結果に当然ながらWatsonは気落ちした。彼が述べていたアーケードの雰囲気に対するイメージは明るい光で彩られており、アズサ市民から出ていた否定的な意見をただの個人的な誹謗中傷に感じさせるものだった。初期格闘ゲームプレイヤーの多くにとってアーケードは第2の故郷であり、Super Arcadeを失うことは、ローカルコミュニティにとって大打撃だった。よって、格闘ゲームコミュニティは全力で次の公聴会をバックアップすることにし、ウォルナット時代のSuper Arcadeから得たポジティブな経験についての話を続け、委員会に必要な許可を出すように頼んだ。しかし、この時も結果はノーだった。しかし、そこには希望の兆しもあった。驚いたことに、拒否した委員会のメンバーのひとりが彼らに歩み寄り、アズサ市として許可を出せる代替ロケーションを教えたのだ。

Watsonはそのロケーションについて次のように説明した。「建物は非常に古いから様々な部分で改修が必要だ。全体を一定のレベルに仕上げるためには時間と資金がかかる。また、障害者も楽しめるようにするために設備を調整したり、収容人数の法的基準を満たしたり、トイレの数を十分に用意したりなど、クリアすべき課題も大量に存在する。これらを実現するための近道は存在しない。規定のルールに沿って順番に進めていくしかないんだ」

そして、Super Arcadeをアズサ市内の新しいロケーションで立ち上げるために必要な事務手続きが2015年末からスタートした。最初の数ヶ月は大きな進捗がない日々が続いたが、Watsonはコミュニティと常に連絡を取り、定期的に状況を報告することを怠らなかった。

再出発に向けて

そして2016年12月、本格的な工事が遂に始まった。

Watsonは、2017年の年始のブログで次のように投稿している。「店の工事は進んでいるよ。これ以上問題が起きないことを願っているし、早ければあと1ヶ月ほどでオープンできるはずだ。新しいロケーションでSuper Arcadeがどうなるのかは予想がつかないけれど、トーナメントとカスタマーサービスが誰もが忘れられないほどのハイクオリティで提供され、みんながここに戻ってくる理由になることは約束できる。新しいロケーションはフロア面積が2倍になるので置かれるゲームの種類が増えるし、トーナメントコーナーも、トーナメントプレイとカジュアルマッチが楽しめる広さになる予定だ」

 

工事が進むアズサ市内の新ロケーション © Super Arcade

Super Arcadeのこれまでのストーリーには圧倒的な力強さがあり、我々にインスピレーションを与えてくれる。格闘ゲームトーナメントの黄金時代に強い拘りを見せるオールドスクールレジェンドのMike Watsonはコストを問わず、自分の道を貫こうとした。eSportsや他のビジネス主導の遊びの人気が急速に高まっている今、Watsonは小さなスペースを使って、自分のキャリア前半を作り上げたダイナミックなアーケード・エクスペリエンスを維持することに専心している。この献身を通じて、Watsonは他の現存アーケード(イリノイ州のGalloping Ghost Arcade、ニューヨーク州のNext Level Arcade、テキサス州のArcade UFOなど)と共に「ビデオゲーム黄金時代」と呼ばれていたカルチャーを守ろうとしているのだ。

しかし、このようなストーリーを紡いできたものの、Super Arcadeが再出発後に成功するかどうかは分からない。たとえ近代的なデザインにリノベーションし、家庭用ゲーム機を設置したとしても、アーケードが今の時代に居場所を見つけることは可能なのだろうか? 確かに、ウォルナットのSuper Arcadeが閉鎖された時、格闘ゲームコミュニティは大きく成長しようとしていた。しかし、現在のシーンはあの時からは大きく変わっている。大金の賞金がシーンに大きな変化をもたらしており、また、プレイヤーが今でもアーケードに興味を持っているかどうかは分からない。しかし、人生最大の危機とさえ言えたここ数年の経験はWatsonの揺るがない気概を更に強くしただけだった。間違いなくWatsonは今後も自分の中の格闘ゲームコミュニティを守るために戦うだろう、そして必要ならば、その戦いを最後の最後まで続けるだろう。

 

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