ヘレスでロレンソを従えてリードするストーナー(2012年)
© Gold & Goose / Red Bull Content Pool
MotoGP

MotoGP:スロットルコントロールと電子制御の関係性

電子制御の重要性が日々増しているMotoGPマシン。だが、その性能を最大限に引き出せるかどうかはライダー自身の繊細なスロットルコントロールにかかっている。
Written by Chris Martin
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MotoGP、ひいてはGPレーシングの歴史を振り返ってみると、各時代を席巻してきた最強ライダーたちとその他凡百のライダーたちを分かつ決定的なスキルの存在が見えてくる。それは、スロットルコントロールという技術だ。
70年代後半から90年代後半のGPレーシングにおいては、当時の獰猛なパワーを有するGPマシンを乗りこなし、自在にコーナーリングさせるためのスロットルコントロールこそが、いわゆるレジェンドと呼ばれるライダーとその他大勢のライダーたちを分けていたスキルだった。特に80年代初頭に台頭したフレディ・スペンサーやケニー・ロバーツといったライダーや、90年代に5連覇を達成したミック・ドゥーハンに至るまでの米国・オーストラリアのダートトラック出身ライダーとその他のヨーロッパ系ライダーとの間にはそのスロットルコントロールのアプローチにおいて決定的な違いがあった。それはもはや各自が生まれ育ったバイク文化の違いとも言えるもので、右手首をどのように使って最適なトラクションを得るかという学習過程は米国・オーストラリアとヨーロッパの間で大きな差が存在していたのだ。
ダート由来の膝スリをGPレーシングに持ち込んだキング・ケニー

ダート由来の膝スリをGPレーシングに持ち込んだキング・ケニー

© Bob Thomas/Getty Images

バイク・メーカーおよびタイヤ・マニュファクチャラーは開発作業の手をゆるめず、数々の成果を残してきた。シャシーはさらなる進化を遂げ、タイヤ性能やエンジン効率の向上はレースシーンをゆっくりとだが着実にレベルアップさせてきた。
そして遂に、GPレーシングの世界にも電子制御の波が押し寄せ、先進的なライディング補助機能を備えた「エレクトロニクス爆弾」はレースシーンをほぼ一夜にして一変させた。その最たるものが、電子制御によるトラクションコントロール機構だ。トラクションコントロールの登場は、ライダー間の力関係を不可避的に変貌させた。
2006年のMotoGP王者ニッキー・ヘイデンもダートトラックをルーツに持つ

2006年のMotoGP王者ニッキー・ヘイデンもダートトラックをルーツに持つ

© Quinn Rooney / Getty Images

本格的な電子制御時代の到来によって、ライダーたちは誰よりも速くコーナーを抜けるために知恵を絞って新たなテクニックを編み出そうと躍起になった。旋回時の姿勢だけ注意しておけば、後はコーナー出口に向けてスロットルを全開にするだけで、マシンに内蔵されたセンサーとコンピューターが最適なスロットル開度を自律的に割り出し、その瞬間ごとに最適なパワーを路面に伝達してくれた。
コンピューターの利点をフル活用したこの新たなツールは、ライダーの経験の有無に関わらず、それまでは考えられなかったライディングの安定度と正確性をもたらすことになった。彼らは各ラップで正確なレースペースを刻むことが可能となり、その結果として順位変動の少ない硬直化したレースが数多く見られるようになってしまった。
かつてレーシングテクニックの真髄とみなされていた繊細なマニュアルのスロットルコントロールは、もはやGP界のパドックでは過去の遺物に成り果てていた。いや、少なくともそうなりかけていた。
グリップの限界領域でダンスするケーシー・ストーナー(2011年)

グリップの限界領域でダンスするケーシー・ストーナー(2011年)

© Gold & Goose / Red Bull Content Pool

そんな電子制御全盛の時代の中で、コンピューターの利点を最大活用しつつも、電子制御にコントロールされたレーシングに反抗しようという天才ライダーが現れた。現代版のジョン・ヘンリー(編注:19世紀の労働者階級において神話的な英雄として知られた人物。機械技術の進化に抵抗する伝統的肉体労働者の象徴とされる)とも言えるこのライダーは、普段こそのんびりとした好青年だったが、ひとたびマシンに乗ると鋼のような表情に豹変した。
オーストラリアのダートトラック・シーンから這い上がってきたそのレーサーの名はケーシー・ストーナー。彼はトラクションコントロールの機能にできるだけ頼らないライディングを好んでおり、この点において彼は同世代のライバルたちと決定的に異なっていた(ストーナーの最大のライバルだったヴァレンティーノ・ロッシは、ストーナーが頭角を現し自らの地位が脅かされそうになると得意の心理戦を展開し「ストーナーはトラクションコントロール時代の申し子だ」と発言して誉め殺しにかかろうとしたが、もちろんロッシのこの見解は事実と異なる)。
ヘレスでロレンソを従えてリードするストーナー(2012年)

ヘレスでロレンソを従えてリードするストーナー(2012年)

© Gold & Goose / Red Bull Content Pool

ストーナーが持ち合わせていた天性のスキルは、当時の先進的な電子制御システムよりも遥かに優秀で融通無碍なものであることが証明された。彼はグリップの限界領域でマシンをダンスさせることを可能にし、コーナーの出口では誰よりも早くトラクションを掴んで繊細にアクセルを操作し、その一連のムーブメントにおける優れた統合性でトラクションコントロール頼みのライダーたちを置き去りにした。
誰も肩を並べることができないほど高いレベルで融合したストーナーのコーナーリング&スロットルコントロールは、彼を当時最も才能溢れる最速ライダーへと押し上げた。ストーナーの同世代にはロッシをはじめホルヘ・ロレンソやダニ・ペドロサといった強豪たちが居並んでいたことを思うと、ストーナーの才能がいかに異質かつ強烈なものだったか想像できるだろう(ストーナーとマルク・マルケス両者のMotoGPキャリアが交錯することがなかったという事実は、まさに時代のいたずらである。願わくは、ストーナーとマルケスが同じレースで首位を争う姿を一度でも見てみたかったと思うのは筆者だけではあるまい)。
マルケスはスロットルコントロールの重要性を自覚しているマルケス

マルケスはスロットルコントロールの重要性を自覚しているマルケス

© NurPhoto/Corbis via Getty Images

一方、ロッシやロレンソのようなライダーたちは、同時代のライバルたちと比べても特別変わったことをしているわけではない。単純に、彼らはその時々で与えられたテクノロジーを最大限に引き出して自らのパフォーマンスに反映させることができるエリートライダーなのだ。ストーナーはその点において、彼らとはまったく違うタイプのライダーだ。ライバルたちは一目見ればロッシやロレンソが何をやっているかを理解できるはずだが、彼らはストーナーのライディングを見ても彼がいったい何をやっているのか理解できなかった。ストーナーのテクニックは彼らを困惑させた。
そして、蒸気ハンマーと対決したジョン・ヘンリーの末路と同じく、ストーナーのキャリアはほとんど唐突に終わりを告げた(史実によるとヘンリーは蒸気ハンマーとの対決に勝利した直後に命を落としたことになっているが、幸いながらストーナーの場合は悲劇的な最期ではなかった)。彼の突然の引退劇はMotoGP界にある種の喪失感を残し、ストーナー以降彼のような突出したスロットルコントロールの才能を有したライダーはいまだ現れていない。
ストーナーが復活させたMotoGPにおけるダートトラック的スロットルコントロールの系譜を現在も受け継ぐ存在は、マルク・マルケスだ。スペインでダートバイクを滑らせながらトレーニングに励むマルケスの姿は下の映像でチェックしてもらいたい。
昨今、MotoGPのスーパスターたちの間ではダートトラック的なライディングがにわかに再評価されつつあるが、そのきっかけを作ったのは間違いなくマルク・マルケスの存在だろう。彼をはじめとする現代のMotoGPスターたちは繊細なスロットルコントロールの重要性を認識しているだけでなく、ストーナー以来となるその復権を果たす役割を担うことになるだろう。