Red Bull Music Academy

Red Bull Music Academy Tokyoの舞台づくり

隈研吾 × 窪田研二 × 伊藤ガビン(ボストーク)が語った
By 齋藤あきこ

ついに日本に上陸し、東京のまちを席巻するRed Bull Music Academy(RBMA)。この国際的な音楽イベントのために、東京に様々な舞台が用意された。

ひとつは、ボストークのプロデュースによる、街に溢れる剥き出しのアートと映像作品。そしてRBMAの本拠地である「レッドブル・ミュージック・アカデミー東京」。世界から集結したミュージシャンが音楽を作るスタジオや、レクチャーが行なわれるホールが、世界的に著名な建築家である隈研吾氏によって作られた。さらにスタジオには、東京のアート・シーンをリードするキュレーター窪田研二氏による、日本人アーティストの作品を展示。加藤泉、安村崇、Chim↑Pom、西野達、山川冬樹などの東京のトップ・アーティストらが名を連ねる。

これら全てが一体となって作られるのが、唯一無二のクリエイティブな空間「レッドブル・ミュージック・アカデミー」。舞台を作り上げた3人のクリエイターが、モデレーター深沢慶太と共に行ったトークイベントの模様をお届けする。

—— RBMAがどういう空間なのか、皆さんのご担当されたこと、どういうしかけや趣向を凝らしたのかをお伺い出来ればと思います。

窪田研二:キュレーターの窪田です。今回、RBMAの4フロアにアーティスト20組のアート作品をインストールしました。RBMAは毎年違う都市で開催されていて、それぞれの都市のキュレーターが、ローカルのアーティストの展示をしています。私は日本をベースにしているアーティストをセレクションして、世界中から集まるミュージシャンに日本のアートを紹介しました。

テーマは「日本のアートシーンのいま」。日本の伝統的な美を踏まえて、日本のアーティストが現代においてどういう展開を行っているのか。また、東日本大震災以降アーティストたちがどんな表現をしているのか、日本が3.11以降にどう変わったのかを、一断面として見せていきたいと思い、さまざまな社会問題に介入するアーティストの作品も紹介しています。

伊藤ガビン:伊藤です。RBMAのキャンペーンのクリエイティブを担当しました。メインとなったのは、6人のアーティストのポートレイトに、それにまつわる言葉を付けたビジュアル制作。ポートレイトを描く人選から、それぞれのアーティストにインタビューして言葉を引き出すところまで行いました。また30近くあるイベント全てに異なるビジュアルのポスターを作ったり、六本木、表参道、新宿の駅を丸ごとジャックしたり、渋谷の街頭では巨大ビジョンを3面使ってRBMA参加アーティストのライブ映像を流したり。109のビルに大友良英さんの巨大バナーを掲示したりもしました。グラフィックだけでなく、映像作家も選んで、デジタルサイネージを使ったプロモーションもしています。

© Dan Wilton / Red Bull Content Pool

もともと1年前にレッドブルから提案頂いたのは、「Webのリニューアルをして欲しい」ということだったんです。でも、僕らから見るとRBMAのWebサイトはもう完成されていた。それよりは、ということで、今回やっていることをRBMAのキュレーターであるマニーさんにプレゼンしました。かなりたくさんのプランをプレゼンしたんですが、最初から最後まで生き残ったプランのひとつが選挙ボードの広告です。原宿ではたまたま氷川きよしさんの巨大ポスターの隣にRBMAの選挙ボードが掲出されて、僕らの狙ったものが出来た!という感じでした。RBMAがやっていることを表すためには商業スペースだけでなく、都市の日常に介入するものが作りたかったんですよね。

© Dan Wilton / Red Bull Content Pool

また、アーティストの安村崇さんの写真をビジュアルに用いたアートブックのデザインや編集、アカデミーで恒例になっているアーティストを紹介するホイールなど、すごい物量のグラフィックをずーっと作り続けました。

そもそも僕がやっている「ボストーク」という場所にはエディターやデザイナーがいて、普段はみんなバラバラの仕事をしているんです。今までは全員一緒に仕事をしたことがなかったのですが、今回初めて全員でこのプロジェクトに取り組みました。

© Yusaku Aoki

隈研吾:隈です。お話しを頂いた時点ではスタジオの場所も決まっていなくて、二転三転して現在の形になりました。最初は「東京の路地」というコンセプトを頂いたんですが、路地っぽいビルを作るのって成功しづらいんです。そういうコンセプトで作られているビルは既にあるんですが、口で言うのは簡単だけどやるのは難しいんですね。いろいろ知恵をしぼりました。例えば1階には、フォークリフトのパレットが天井からぶら下がっています。4階のスタジオは、壁が斜めになっているので、周囲に余りスペースが出来るんです。それを縁側にしました。東京にも、狭いスペースに一応ながら縁側と庭があるっていう空間がありますよね。6階の倉庫の壁には、骨組みを作ってサランラップをぐるぐると巻きつけています。サランラップは素材として意外に強いし、透明な素材が重なってぼんやり見える感じが面白くって。そういう試みが溢れています。この後ろにある壁(レクチャールーム)は水墨画調の侘び寂びに見えますが、そういった心得のない左官の職人さんに「なるべく汚して」と頼んだんです。そうするとコストを抑えることができる。そんな、いろいろな効果を出すことを試した総合の結果として、東京のストリートを表現しています。

—窪田さん、この環境におけるアートのキュレーションというのはどのように?

窪田研二:縁側の部分に、狩野哲郎さんというアーティストが、鳥のための環境を作るインスタレーションを設置しました。このスペースには、生きた鳥を放っていて、元気よく飛んでいます。ビルの4階で、東京が一望できて、縁側に座るという隈さんの建築的アプローチに対して、さらにアートによって面白い環境を作るというのがチャレンジでした。狩野さんのお話によると、鳥による人工物と自然物の捉え方というのは、我々が想像しているものとは違うんです。鳥にとっては、自然物が人工物より良いものだという考えはない。彼らが電線に止まっているのは、単純に樹の枝よりも止まりやすいからだそうです。こうした、人間とほかの生き物、人工物と自然物の組み合わせがあの環境にすごくはまりました。

—隈さんは、実際に出来上がったものを見てどう思いましたか?

隈:縁側に鳥が飛んでるのは驚きました。鳥も居心地がいいのかも。

窪田:通風口に網をしていただいて、鳥が逃げないようにしていただいたので鳥にとっては良い環境みたいです。

隈:設計してる時には、細かくイメージはしませんが、「空気感」は見えていたので、驚いたけど「大アリ」だなと思いました。日本の建築においては、そういうことを許容しないところもけっこうありますから、「許容する」という意味では東京のなかでも少ない場所だと思います。

窪田:もうひとつこの場所ならではという作品は、毛利悠子さんです。アカデミーの空間が工事で出来上がっていくなかで下見をして、何を作るかを考えた新作です。建築で出てくる廃棄物を組み合わせて制作しています。5階のラウンジに繊細な塔を設置しました。扇風機でワイヤーが揺れて互いに触れることによって通電して光る作品です。東京は、スクラップ&ビルドで新しく生まれ変わり続ける都市ですよね。毛利悠子は、そこから出る余剰物に目をつけた。その視点こそが、アーティストのアーティストたる所以ではないかと思っています。

—ガビンさん、この膨大なイベントやアイテムに対してどのようにアーティストを選んでいったのでしょうか?

伊藤:ひとつひとつのイベントに対して、「この人がいいよね」というのを丁寧に選んでいきました。東京において、文化的なイベントがこれだけ大々的にキャンペーンを張ることは、最近では全く無くなりました。せっかくのチャンスなので、無名の作家や、専業のアーティストとして活動してない人にも依頼しています。また、伝説的な方々にもお願いしています。例えば昔プラモデルの箱絵をたくさん描いていた高齢のアーティストである関口猪一郎さんに未来的な絵をかいてもらったり、「パルコ」のカルチャーで一世を風靡したイラストレーターの山口はるみさんにお願いしたり。そういう異なるバックグラウンドから出たものを同じ舞台に並べること、それ自体が東京を表すと考えたんです。いま実際に、まちに貼られているのを見ても「この並びは見たことがないな」と思いました(笑)。

ほんとうにすさまじい物量でしたけど、なぜここまでやろうかと思ったのかというと、マニーさんと話した印象が強烈だったことがあります。ベルリンの喫茶店でお会いしたんですが、彼がRBMAでやりたいことを聞いて、「この人マジだ」って思いました。ものすごくまっとうな意見を持っている。東京では、まっとうな正論をいう人があまりいないんですよ。だから、彼がやりたい部分をプロデュースしていこうということをこちらもすごく真面目に考えました。東京の商業空間に貼っても、一ピースのアートになるものを作る。マニーさんも「面白いね」となって、僕としては理詰めにひとつひとつあるべきものを作っていった感じです。

—それでは皆さんにざっくばらんにお話して頂きましょうか。お互いに聞きたいことはありますか?

伊藤:それでは隈さんにお聞きします。RBMAの仕事は他の仕事と比べて全然違いましたか?

隈:そこまで変わらないですよ。ただ、うちの事務所の仕事は海外7割、日本3割ですが、RBMAはどっちの仕事とも分類しがたいんです。ですので、手がけるチームも面白い編成でいこうと考えました。うちの事務所には外国人も多いので。今回はスペイン人で奥さんがコリアンだったり、お父さんがハンガリー人でお母さんがフィリピン人だったり、日本人とオランダ人のハーフだったり、スタッフの国籍もミクスチャーにして、日本でも外国でもないチーム編成にしました。みんな楽しんで面白がってやってくれましたよ。RBMAもノリが良かったので打てば響くような感じがありました。

—窪田さんはいかがでしたか?

窪田:RBMAだから特別、ということはありませんでしたが、東京のいまのアートシーンを紹介する機会なので、いま東京をベースとしながら精力的に活動しているChim↑Pomら、若手のアーティストたちがシーンとして重要になってきているので紹介しなきゃという思いはありました。いま、民間だけでなく、公のお金を使って自由度の高いアート活動をすることが厳しくなっています。RBMAは海外の会社だからということもありますが、自由な雰囲気がありました。マニーさんからのリクエストも、「日本のハードコアなアートシーンが見たい。ここはホテルのロビーではないから、心地よいペインティングはいらない」と言われたのでこちらもそのつもりで臨みました。隈さんがおっしゃったように、RBMAのスタッフは「ノリが良い」ということかもしれません。

伊藤:インターネットでRBMAのハッシュタグを検索しています。そうすると目立つ意見が反省なんですね。RBMAのマガジンで良い記事が書かれて、イベントもたくさん行われている。「どうして自分たちがこれをやれなかったんだ?」と言ってる人がたくさんいるんです。特にゲームミュージックのドキュメンタリーは顕著でした。RBMAがすごいのは、良いコンテンツを作り、英語版にして、コアなシーンを、見えやすいところで発信している。日本でリスペクトされてるミュージシャンも、意外とネット上に情報がなかったりするところをカバーしている。完全にきっかけを作ってますよね。ほかの媒体がやってないことをやっているから、既存のメディアで焦っている人も多いのでは。

隈:クライアントから与えられる条件で言うと、日本のクライアントも最初は海外と同じで、かっこいいことを言うんです。でもいざ実行に移すとなると、難しい、やりすぎだ、というように、下がり調子になっていく。最初の企画書は何だったんだって思いますよ(笑)。それが日本の文化なのに対して、RBMAはどんどんエスカレートしていくんです。こちらが案を出すと、「もっとここも面白くしたほうがいいんじゃない」、と言われる。日本のクライアントもそうやっていけたらいいんですけどね。

伊藤:わかりますね。システムの問題というよりも、自主規制という印象ですね。作る前に「どうせ無理だろう」と諦める。今回行われているものも、普通は無理だと思って誰もやろうとしなかったことが、実際にできている。やっちゃうとどうにかなるんですよね。そんな風に、僕らが出した突拍子もない案に対してRBMA側が真面目に考えて受け止めてくれて。まだまだそういうことが出来る余地があるんだなと思いました。

—そろそろお時間になりました。それでは最後に一言を。

窪田:建築、音楽、アート、デザインが一体となった大きいイベントというのは、実は東京でありそうでなかったこと。それが今年、レッドブルという外資の会社によって実現しました。これを日本の企業の担当者や行政の人たちにも見てもらって、クリエイティビティが集まるとこんなに面白いということを参照して欲しいです。

隈:考えは2020年のオリンピックに行きますけども、1964年の東京オリンピックは、若いミュージシャンが面白いことをやっていたんですよね。次の東京のオリンピックも、そうやって盛り上がって欲しいです。

伊藤:日本でも、80年代には、企業が文化的なものに対してお金を出すメセナ活動がありました。そういう機会が、今まで忘れちゃうくらいなかったんですよ。「これ元とれるの?」っていう意見もネットで良く見るんですが、レッドブルが考えているのはそういうことではない。RBMAによってインパクトは残すことができたと思うので、今後追随する企業でもいいし、また事件が起こったらいいなと思っています。

—ありがとうございました。

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齋藤 あきこ(Akiko Saito)
宮城県出身

図書館司書を志していたが、“これからはインターネットが来る”と神の啓示を受けて上京。青山ブックセンター六本木店書店員、white-screen.jpライター、A4Aコーディネーターなどを経て現在フリーランスのライター/エディター。FITC Japanese Ambassadorなど、海外と日本のデジタル・クリエイティブを繋げるための活動も行う。

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