ジェイミー・リンがスノーボードに与えたアートの息吹

元ライダーの雑誌編集長が綴る SNOWBOARDING IS MY LIFE. Vol.10
SNOWBOARDING IS MY LIFE. Vol.10 © Trevor Graves
By 野上大介

前回のコラムで紹介させていただいた『ROADKILL』は、第二次ベビーブーム世代のボリュームゾーンに受け入れられた作品なので反響もよかったが、個人的にはこの作品以上にバイブルと化していたビデオがある。

再びVol.1のコラムと重複してしまい恐縮だが、これを語らずして当コラムを展開できないのでご勘弁を。同じくFALL LINE FILMSが手掛けた1994年作『R.P.M.』だ。

この作品と出会い、同世代のひとりの男に魅せられた。テリエ・ハーカンセンを「スノーボードの神」と称するスノーボーダーもいるかと思うが、彼を形容するのであれば「ミスター・スタイル」。フリーライディングの聖地であるワシントン州マウントベイカー仕込みのライディングスタイルを引っさげて、彗星のごとく現れた。それが、ジェイミー・リンだった。

前作『ROADKILL』ではラスト2パートに渡り、バックカントリーでのフッテージを披露。この時点では脇役に徹していたわけだが、『R.P.M.』にてデイブ・シオーネ監督の目に適い、主役に抜擢されることに。こうして3パートにも出演し、バックカントリーからパーク、ナチュラルヒットといったあらゆるロケーションで前作以上に個性あふれるライディングを世界中に発信した。スノーボードが産業として拡大の一途を辿っていた時期も相まって、加速度的に大きな注目を集めることになり、一気にスターダムへとのし上がったのだ。

SNOWBOARDING IS MY LIFE. Vol.10

1994年に兄弟誌である米TRANSWORLDSNOWboarding誌の表紙を飾ったロードギャップでの一枚。同年、日本版である弊誌12月号でも表紙となり、日本中のスノーボーダーたちにジェイミー・リンの存在が知れ渡った

 

SNOWBOARDING IS MY LIFE. Vol.10 © Trevor Graves

ここまでのスノーボードはスケートボードとの融合により、飛んだり、回したり、擦ったりという新しい滑り方が斬新で世間から受け入れられていた感もあったが、ジェイミーのライディングスタイルは当時のトップライダーたちの中でも群を抜く美しさを誇り、この作品を契機にアート(=スタイル)という付加価値が加えられた。『R.P.M.』内で超絶スローに回すフロントサイド360のインディグラブで、一度つかみ直してからノーズボーン(現在ではポークが一般的)をするフッテージ(24:01~)には、誰もがビデオテープを幾度となく巻き戻したに違いない。

80年代のクレイグ・ケリーは大会であらゆるタイトルを総ナメにしたことで名を馳せ、90年代初頭になると、現在のプロスノーボーダーたちの活動のベースであるバックカントリーへと足を踏み入れていった。テリエはクレイグからバトンを託されたかのように、1993年のISF(国際スノーボード連盟)主催の世界選手権での優勝を皮切りに、ハーフパイプのコンテストで常勝ライダーと化す。

このように大会で勝つことで名声を得るという、当時のスノーボードも含めたスポーツ界の常識を覆し、ジェイミーは映像というツールで自らの存在を世界中に知らしめたわけだ。いわゆる元祖ムービースター。彼の存在があったからこそ、現在のスノーボード競技においても、トリプルコーク以上に価値のあるダニー・デイビスによるスイッチメソッドが繰り出されるわけだ。だからこそ面白い反面、競技としては素人にとってわかりづらい側面を持つ。でもこの要素が、スノーボードをクールに育んできた芸術的価値なのだ。

さらにジェイミーはスノーボーダーとしてだけでなく、ペインターとしての才能を発揮するアーティストでもある。自ら搭乗するボードに描かれたシグネチャーボードがリリースされると、筆者もそうだったのだが即買い。アートボードに跨がって、彼のようにスタイル溢れる滑りを目指してライディングに明け暮れていた。ジェイミーはライディングだけにとどまらず、プロダクトにもアートという息吹を与えたのだった。

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野上大介(Daisuke Nogami)

スノーボード専門誌「TRANSWORLD SNOWboarding JAPAN」編集長。1974年、千葉県生まれ。全日本スノーボード選手権大会ハーフパイプ種目に2度出場するなど、複数ブランドとの契約ライダーとして活動していたが、ケガを契機に引退。現在に至る。アクション&アドベンチャースポーツのインターナショナル・フォト・コンペティション「Red Bull Illume Image Quest 2013」の日本代表審査員。また、ソチ五輪スノーボード競技におけるテレビでの解説やコメンテーターとしても活動するなど、その幅を広げている。

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