スノーボードを通して夢を与え続ける男・岡本圭司

元ライダーの雑誌編集長が綴る SNOWBOARDING IS MY LIFE. Vol.18
SNOWBOARDING IS MY LIFE. Vol.18 © itachan
By 野上大介

今週、INTERSTYLEとJAPAN SNOW EXPOというスノーボードを含めたアクションスポーツ、そしてウィンタースポーツの大型展示会がパシフィコ横浜で開催されていたため、足を運んだ。多数のスノーボードブランドが出展しており、そこに所属するライダーたちも多く来場していた。その初日である2月17日、ひとつの話題が会場中に広まっていった。撮影中の事故により、プロスノーボーダー・岡本圭司の下半身が動かなくなった、と。

その噂を耳にし、すぐさま彼のFacebookを確認。言葉が出なかった。するとYahoo!ニュースにも取り上げられるなど、一般社会にまで拡散されていくことに。

翌日。某テレビ番組のスタッフから弊誌へ問い合わせがあり、そして電話がかかってきた。岡本の事故について取材したいとのことで、人物像などについて伺いたいという内容。しかし、どうやら番組側の意図としては、スノーボードの危険性についても取り上げようとしている思惑が見えた。もちろん現場にいたわけではないし、彼の状態を把握しているわけではないので、回答は控えた。「スノーボードでこのような事故はよくあるのか?」───それは愚問だろう。スノーボーダーに限らず、アスリートたちは己の限界と常に格闘しているのだから。

岡本だけではない。プロスノーボーダーたちは、このようなリスクと隣り合わせで生きている。それは危険を回避できたことをひけらかしたいのでではなく、一本の板に跨がることで広がっていく可能性を追求し、何よりも面白さや楽しさ、そしてカッコよさを伝えたいから。彼らはスタントマンじゃない。表現者なのだ。

4年前、岡本と対談したことがある。

そこで感じたことは、凄まじい努力でトップライダーという地位を掴んだ事実。近年のライディングレベルは非常に高く、トップとして活躍するためには、雪山の近くに生まれ育ち、幼少期から滑り込むなど、恵まれた環境が必要なのだろう。しかし、兵庫県・神戸と決して雪山が身近なエリアで育ったわけではなく、19歳からスノーボードを始めているのでキャリアが長いわけでもない。しかし、室内ゲレンデやオフシーズンも利用できるジャンプ練習施設などをフル活用し、自身の努力で技術を習得していった。

その甲斐もあり、たった6年で東京ドームで行われていたX-TRAIL JAMで大観衆を沸かせるまでに急成長し、あのトラビス・ライスと激闘を繰り広げるまでに至った。競技生活から一線を退いてからも、映像や言葉を通して多くのスノーボーダーに希望を与え、パークプロデュースやジャンプ施設の運営など、たくさんのスノーボーダーたちに素晴らしい機会を提供してきた。現在、世界のトップで戦っている角野友基も、彼の背中を見て育ってきたのだ。

岡本はスノーボードの危険性を広めるために滑ってきたわけじゃない。繰り返し言うが、スノーボードの魅力を伝えるため、己の生き様を表現するために滑り続けてきた。だからこそ、数えきれないほど多くのスノーボーダーが彼を応援しているのだ。

これから幾多の苦難が待ち受けているだろうが、決して負けないでほしい。いや、負けるはずがない。これまでもあらゆる大きな壁を乗り越え、スノーボーダーとして夢を与え続けてきた、岡本圭司なのだから。

岡本圭司応援の会

 

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野上大介(Daisuke Nogami)

スノーボード専門誌「TRANSWORLD SNOWboarding JAPAN」編集長。1974年、千葉県生まれ。全日本スノーボード選手権大会ハーフパイプ種目に2度出場するなど、複数ブランドとの契約ライダーとして活動していたが、ケガを契機に引退。現在に至る。アクション&アドベンチャースポーツのインターナショナル・フォト・コンペティション「Red Bull Illume Image Quest 2013」の日本代表審査員。また、ソチ五輪スノーボード競技におけるテレビでの解説やコメンテーターとしても活動するなど、その幅を広げている。

 

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