師に捧げる世界初の大技で栄冠を勝ち取った角野友基

元ライダーの雑誌編集長が綴る SNOWBOARDING IS MY LIFE. Vol.19
SNOWBOARDING IS MY LIFE. Vol.19 © Nick Hamilton
By 野上大介

アメリカ時間の2月21日、角野友基が快挙を成し遂げた。

1994年にオーストリア・インスブルックにて初開催されてから今なお続く、世界最高峰のビッグエア大会「AIR + STYLE」。その伝統の一戦は今季3戦行われ、12月の北京大会、1月のインスブルック大会、そして初開催となったロサンゼルス大会は、数々の国際大会が開かれてきたローズボウルで決戦の火ぶたが切られた。北京とインスブルックでの成績を踏まえ選考され、加えて、主催者側が厳選した有力ライダーを招待して開催される、事実上のビッグエア世界頂上決戦と言える

念のために補足。オリンピック種目としてビッグエアは存在しないが、国ごとによって代表選手の枠が限られてしまう大会とは異なり、アメリカやカナダ、特にノルウェー国籍のビッグエアやスロープスタイルに強いライダーは多く出場している。この大会の主催権を買い取っているショーン・ホワイト(当コラムVol.14参照)は出ていないが、現在のレベルではさすがのショーンも表彰台に食い込むことは難しいだろう。

そんな大舞台で、角野は並みいる強豪ライダーたちを抑えて表彰台の中央に上ったのだ。

大会の内容については、こちらをご覧になっていただきたい。

当コラムで特筆したい点はふたつある。ひとつは、世界初の大技でつかみ取った優勝だったということ。もうひとつは前回のコラムでも触れたとおり、角野の師にあたる岡本圭司が事故報告をした直後に世界一になったこと

世界初と耳にすればそれだけでもすごみのある話に聞こえるだろうが、スノーボード界においてトリックの開発者といえば、これまでは北米や北欧を中心とした外国勢しかいなかった。スノーボードは輸入されてきたスポーツであり、スケートボードなどのアクションスポーツが諸外国よりも根づいていないことからも、日本は後進国という立ち位置であることは否めない事実だろう。

しかし、この世界規模の常識を覆したのだ。

ストレートジャンプでのトリックを中心に話を展開させていただくが、1994年にピーター・ライン(アメリカ)が世界初となるミスティフリップ(バックサイド・コーク540)を世に広めると、続いてダニエル・フランク(ノルウェー)がロデオフリップ(フロントサイド・ロデオ540)を開発。その後、前出のピーターによるバックサイドロデオや、ロデオフリップよりも回転軸を浅くしたアンダーフリップ、テイクオフしてからレイト気味にバックサイド・ロデオに近い回転を始動させる90ロール、マイク・マイケルチャック(カナダ)がハーフパイプでバックサイド・ロデオを応用したチャックフリップを生み出すなど、3Dトリックが続出する全盛期だった。

その流れがひと段落した2003年、JPウォーカー(アメリカ)が史上初となるフロントサイド・ダブルコーク900を成功させると、世界中のスノーボード界に激震が走った。ここからはダブルコーク時代に突入し、翌年にはトラビス・ライス(アメリカ)が完成度を高めたフロントサイド・ダブルコーク1080を、2006年にはエーロ・エッタラ(フィンランド)がバックサイド・ダブルコーク1080を披露。2010年のバンクーバー五輪を契機に、ハーフパイプでもダブルコーク1080やダブルマックツイスト1260などの高難度トリックが誕生するわけだが、ショーン(アメリカ)を中心とした海外勢がその領域を開拓していった。

そして、2010年にトースタイン・ホーグモ(ノルウェー)がフロントサイド・トリプルコーク1440を放つと、スロープスタイルがソチ五輪からの正式種目に決定されたことも後押しし、トリプル時代の幕が切って落とされる。誕生したトリックが多すぎるため詳細は割愛させていただくが、現在に至るまで、あらゆるトリプルコークを外国人ライダーたちが開発し、コンテストシーンを席巻してきた

そんな中、2012年に行われたAIR + STYLEの北京大会で、角野はコンテスト史上3人目となるバックサイド・トリプルコーク1440を決めて優勝した経験や、昨年のX GAMESビッグエア種目では、マックス・パロット(カナダ)に先行して成功はされたものの、バックサイド・トリプルコーク1620を繰り出し銀メダルに輝くなど、高難度3Dトリックであるトリプルコークの最前線に立っていたわけだ。

3Dトリックが誕生してから20年あまりの月日が流れ───ついにスイッチバックサイド・トリプルコーク1620という、4方向のスピンではもっとも難しいとされている回転方向で、しかも縦3回転4回転半という超高難度な大技を、日本人ライダーが世界で初めて成功させたわけだ。今季のX GAMESでスロープスタイル、ビッグエアの2冠に輝いたマーク・マクモリス(カナダ)でさえも、ビッグエアの競技中にはスイッチバックサイドだけはトリプルを繰り出すことがなかっただけに、その難しさをうかがい知ることができるのではないだろうか。

その舞台裏には、角野の兄貴分である岡本がいた。角野は今大会に臨むにあたり、ボードのノーズに「RIDE FOR KEIJI」とペイントして出場することに。大会前には、その画像をInstagramに公開「多くは語りません。俺ができることはこれぐらい。がんばれ!!」とコメントを添えて投稿していた。ハッシュタグには「早く良くなってね」の文字も。

カリフォルニア州のローズボウルと、長野の某病院。遠く離れているが、心は通い合っていたに違いない。双方がパワーを与え合った結果、世界初となる大技が誕生した。結果、日本人として初めて、トリックの進化を後押ししたのだ。

岡本の現状を完全に把握しているわけではないので、中途半端なことは言えない。しかし、角野が与えた勇気が、岡本の背中を強く押したことは紛れもない事実だろう

 

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野上大介(Daisuke Nogami)

スノーボード専門誌「TRANSWORLD SNOWboarding JAPAN」編集長。1974年、千葉県生まれ。全日本スノーボード選手権大会ハーフパイプ種目に2度出場するなど、複数ブランドとの契約ライダーとして活動していたが、ケガを契機に引退。現在に至る。アクション&アドベンチャースポーツのインターナショナル・フォト・コンペティション「Red Bull Illume Image Quest 2013」の日本代表審査員。また、ソチ五輪スノーボード競技におけるテレビでの解説やコメンテーターとしても活動するなど、その幅を広げている。

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