歴史に残るスノーボードグラフィック ベスト5

スノーボードのアイデンティティ形成に寄与した5本のプロモデルを紹介する。
スノーボードを象徴する5本 © Jason Horton
By Jason Horton

 グラフィックがなければ、スノーボードも単なる退屈なスポーツになるだろう。1990年代初期にスノーボード人気が急上昇するにつれ、スノーボードグラフィックは急速に進化し、スキー/ウインドサーフィン風のベタな柄から、スケートボードの大衆的で気軽なアートに触発されたクリエイティブな意志表明へと変化した。その最前線にあったのはプロモデル、すなわち、スターボーダーたちが自己表現するための空白のキャンバス、そして、熱狂的ファンが愛でるためのラミネートされたマスターピースの数々だった。

今回は、長年に渡って私たちが見てきた印象的なプロモデルの中から、コレクターがウィッシュリストに追加するにふさわしい5本を紹介する。

ジェイミー・リン:Lib Tech(1995 − 2016) © Jason Horton

 ジェイミー・リン:Lib Tech(1995 − 2016)
アイコニックなスノーボードが存在するが、そこには必ずジェイミー・リンのモデルが含まれている。ジェイミーによる手描きのアートワークは20年以上に渡り、Lib Techのスノーボードを彩り続けている。これほどのインパクトを持ち、ビンテージコレクターのオタク魂の情熱を燃え上がらせるシリーズは他には存在しない。今回紹介している2005-06 Phoenixがフィーチャーする青い肌を持つ官能的女性は、当然ながらジェイミーが幾度も起用している人気テーマのひとつだ。

トラヴィス・パーカー:UNorthoxox/CAPiTA(2005) © Jason Horton

 トラヴィス・パーカー:UNorthodox/CAPiTA(2005)
2005年、CAPiTAはスノーボード界で最もクールなブランドだった。そして、トラヴィス・パーカーは、映像作品『Robot Food』シリーズでの異常なまでにスタイリッシュでクリエイティブなライディングと、ローラーブレードへ注ぐ愛情によって、スノーボード界で最もクールなオタクとして知られていた。今回紹介しているのはトラヴィスにとって初のプロモデルで、トリックの説明や、グラブゾーンとノーグラブゾーンが明確に手描きで示されており、最高に面白いグラフィックに仕上がっている。また、このUNorthodoxは、世界初のダブル・スワロウテイルをフィーチャーしたボードでもあり、CAPiTAは独創的なシェイプを求める現在のトレンドを少なくとも5年は早く先取りしていた。

テリエ・ハーコーセン:Haakon Air/Burton(1994) © Jason Horton

 テリエ・ハーコーセン:Haakon Air/Burton(1994)
1990年代中期はスノーボードの黄金時代だった。当時は、スノーボード界のビッグスターたちが億単位の契約を交わし、有名ミュージシャンたちと行動を共にし、バックプリップや540で都市部ビッグエアコンテストを優勝するなど、伝説として語り継がれているバブル期だった。この時代を先導していたのが、ビッグヒットのプロモデルを次々と制作していたBurtonだった。1994年、テリエ・ハーコーセンという名の若き天才ノルウェー人ハーフパイプ・ライダーが初めてプロモデルをリリース。誇り高きバイキングの伝統を、スノーボード史上最も印象深いグラフィックのひとつに変えた。

 

ノア・サラスネック:Sims(1993) © Jason Horton

 ノア・サラスネック:Sims(1993)
Simsはスケートボードブランドから転身したスノーボードブランドで、ノア・サラスネックは雪上でも活動するプロのバートスケーターだった。そのため、路面に削られたデッキをベース部にフィーチャーしたこのボードのグラフィックは、彼を正確に表現したものだった。”ニュースクール” フリースタイルブームのピークに登場したノアは、スムースなスタイルと、過激なバター&ボンクのアクションで、同時代でトップライダーのひとりとなり、このボードは今でもコレクターの間でトップクラスの人気を保ち続けている。

クレイグ・ケリー:Mystery Air/Burton(1989) © Jason Horton

 クレイグ・ケリー:Mystery Air/Burton(1989)
80年代後半、BurtonとSimsによるバトルは最高潮に達し、ジェイクとトムはブームになりつつあり、収益を生み出し始めていたスノーボード界の覇権を争っていた。その中で、スノーボード界最大のスターだったクレイグ・ケリーによるSimsからの無断離脱及び、Burtonへの移籍が、この戦争終結の予兆となった。Simsが契約違反でケリーを訴えたため、本人はBurtonで迎える最初のシーズンをブランド表記なしのボードでライディングしなければならなくなったが、しかし、Burtonは臆することなく徹底的にマーケティングを続け、この「Mystery Air」のリリースと共にBurtonは完全なる勝利を手にした。

 

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