國母和宏が母国に捧げたランを振り返る

元ライダーの雑誌編集長が綴る SNOWBOARDING IS MY LIFE. Vol.70
Kazuhiro Kokubo © Aaron Blatt
By 野上 大介

2011年3月11日14時46分。BURTON US OPENの開催地だった米バーリントン州は、同日の午前0時46分。セミファイナルを終えた國母和宏ら日本人ライダーたちは、すでにベッドの中にいた。

翌朝、彼らは信じがたい事実をインターネットを通じて知ることになる。太平洋沿岸を巨大津波が呑み込んだ事実だ。日本人ライダーだけでなく海外ライダーたちも“日の丸”をボードに掲げて行われたファイナル。この年で29回目を数えた伝統の一戦において國母は優勝を飾り、同大会2連覇を成し遂げた。この快挙はスノーボード界を越えて、多くの日本人に勇気を与えたことだろう。

あれから5年という節目を迎えた。ここで改めて、当時執筆したインタビュー記事を紹介させていただきたい。日本人として忘れてはならないこの日を、日本人スノーボーダーとして風化させないためにも。

 

「ベスト・ルーティンじゃなかったし、ベスト・ルーティンを出す状況でもなかった。今年のUS OPENは天気もアイテムもイマイチだったし、ホント決勝の朝まで不安でしたね。今までのUS OPENが違うカタチになっちまうんじゃないかって……」

12歳で初出場、14歳で日本人初となる2位入賞を果たし、昨年、悲願の初優勝を遂げた國母和宏。世界最高峰のビッグコンテストのひとつUS OPENを支えてきた常連、いや常勝ライダーだ。だからこそ案じていた、今大会への想い。

大震災を受けて戦った胸中について尋ねる前に、今大会の結果について聞いてみた。冒頭から國母節(?)を放ってくれたが、その勢いは止まらない。

「オレがあのランで優勝っていうのが、まずあり得ない。2本目の得点が出て、喜んで(パイプの)上に戻って映像を見たんですけど、ホント「クソだ!」って言ってたんですよね。みんながあのコンディションの中で苦戦してたから仕方ないけど、X GAMESに比べたら自分の出来も50%くらいだったし、実際にそれが映像に残って……それだけが不満ですね」

US OPEN2連覇達成───しかし國母にとって、それは納得できる内容ではなかった。映像をご覧になった人はわかるかもしれないが、BSアーリーウープ→FS900→チャックフリップ→FSダブルコーク1080→CAB1080を決めた後、フロントサイド・ウォールに当て込みながら首を傾げた。納得いっているようには到底思えないリアクション。

そんな國母もセミファイナルの翌朝、前日まで繋がらなかったインターネットに接続できるようになり、今般の壊滅的被害について知ることになる。

「全然実感が湧かなかった。いろんな写真や映像を見て、『うわーっ!』って感じだけで……。だけど、その写真を見たり記事を読んでたら、こんなこと初めてなんだけど涙がすげぇ出てきたんですよね。それだけでなんか……なんていうんだろう……初めての感覚でした。自分がいない間に、日本がなくなっちまうんじゃないかって」

グローバルで活動し、世界トップレベルの才能を持つ國母だが、いつも日本のことを想い、誰よりも気にかけてきた。そんな彼が感じた、人生最大の危機。こうした状況下で、さらに2連覇というプレッシャーがのしかかる中、ファイナルへ挑む気持ちに迷いや気負いはなかったのだろうか?

「大会に臨む気持ちとしては、日本のためとか、そのときの日本の状況に左右されるような気持ちはまったくなかった。滑ることだけに集中していました。やっぱ、自分にとってもデカいビッグイベントだったから、大会のこと以外は頭になかった」

國母はこれまでのライダー人生で、スタイルを崩してまで勝ちを狙った滑りをしたことは一度もない。だからこそ、あえて聞いてみた。今大会、日本のために優勝を狙って滑っていたのかどうかを。

「それはなかったですね。オレはいつでも、“何かのために滑る”っていうのはないんですよ。自分のためであって、その場でいい滑りをすることしか考えてないから。だけど今回、ファイナル3本目のランは初めて、日本のために滑りました」

大会直後、日本でもインターネットを通じて國母の想いが伝えられた。「日本で地震に被災された方たちに言葉で言うより、滑りで伝えることができないか考えていました。ウイニングランは自分なりの、日本への祈りでした」と。

「あのとき両手を広げて、ホント空だけを見て直滑降してたんですよ。そしたら、あれだけ天気が悪かったのに、そのときだけ青空が見えてて。あのランのときは、めっちゃ落ち着いた気持ちになれました」

そして、工藤洸平もこう語っている。「カズがウイニングランしてるとき、日本へ向けてそういった気持ちで滑ってるってことが伝わってきました。オレも手を広げて上を向いて待ってたら、そこにカズが飛び込んできて抱き合って……」───ふたりの想いが完璧にシンクロした瞬間だった。

最後に被災されたスノーボーダーたちへのメッセージを求めると、かなり言葉に詰まりながらも「希望や元気を与えられるようなことをしていきたい」、そう語ってくれた國母。US OPENの2連覇、そして奇跡のウイニングラン。日本中の誰よりも、被災者たちに勇気と元気、そして感動を与えることができたに違いない。國母の奥底に秘めるSAMURAI魂が、母国へしっかりと届けられたはずだ。

※TRANSWORLD SNOWBOARDING JAPAN 2011年5月号に掲載した内容です

 

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野上大介(Daisuke Nogami)
スノーボード専門誌「TRANSWORLD SNOWBOARDING+」編集長。1974年、千葉県生まれ。全日本スノーボード選手権大会ハーフパイプ種目に2度出場するなど、複数ブランドとの契約ライダーとして活動していたが、ケガを契機に引退。現在に至る。アクション&アドベンチャースポーツのインターナショナル・フォト・コンペティション「Red Bull Illume Image Quest 2013」の日本代表審査員。また、ソチ五輪スノーボード競技におけるテレビでの解説やコメンテーターとしても活動するなど、その幅を広げている。

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