フリースタイルスノーボーディングの真意

元ライダーの元雑誌編集長が綴る SNOWBOARDING IS MY LIFE. Vol.81
Bryan Iguchi © Jon Foster
By 野上 大介

 

ビッグキッカーで繰り出される縦4回転と横5回転の融合スピンであるクワッドコーク1800や、クリスチャン・ハラーがスパインで放った11.3mの巨大バックサイドエアなど、常軌を逸した大技が話題を集める昨今ではあるが、スノーボードのトリックはスケートボードからインスパイアを受けて生まれたものだ。

時は80年代後半から90年代初頭にかけて。それまではハーフパイプやアルペンレースなどのコンテストに主軸が置かれるシーンだったのだが、アメリカ西海岸を中心にスケートボードの影響を強く受けながらフリースタイルマインドを構築していくことになる。テリー・キッドウェルや現在ガンで闘病中のノア・サラスネックらが先達だろうが、世に広めたライダーと言えば彼で間違いない。今なお現役を貫き、山滑りにフリースタイルを融合させたライディングに傾倒している男、ブライアン・イグチだ。

当コラムでは何度も綴っているが、ビデオ『ROADKILL』(93年)や『R.P.M.』(94年)がフリースタイルスノーボーディングの礎を築き上げた。スケートライクな滑りと出で立ちが雪上で化学反応を起こし、ニュースクールと称される一大ムーブメントに発展。スポーツというよりもファッション感覚でスノーボードに取り組む若者が世界中で急増した。

なぜ、このような現象は起こったのだろうか。イグチ本人に当時について取材した記事を制作した記憶が蘇ってきたので、改めて振り返ってみることにする。

彼はスケートボードとともに育ってきた背景があるため、当時、自らができるスケートのあらゆるトリックを雪上で試していた。常にスケートスタイルを追求しながら、トリックのレパートリーを増やすことを考えていたのだ。そのため、誰かとセッションするたびに新しいトリックが生み出され、それは同時に、スノーボードという世界観の広がりを意味していた。

また、ニュートリックを映像として残す際に重要視していることがあった。それは、新しいトリックを楽しみながら開発すること、常に進化した形で披露すること、そして、それらがカッコいいこと。

後に、これらの映像にビデオテープが擦り切れるほど釘づけとなる僕ら一般スノーボーダーたちは、足がボードに固定されていることで、スケートボードよりもイージーにそのカッコいい動きを見よう見まねでトライすることができた。それが爆発的ヒットにつながった一因でもあるのだが、イグチはこうも語っている。

「例えばスケートやサーフィンでは、コンスタントに足を置く位置を移動させてバランスを保ったり、パワーを最大限に引き出すことでボードをコントロールできるよね? でも、スノーボードは足を固定されていることが、強みでもあり弱みでもある。オレにとっては乗りこなすことに苦労した最大の理由だったよ。ただ、スケートのようにキックフリップができないからこそ、スノーボードはスピンやフリップというトリックに重きが置かれて進化していったんだと思う」

この時代から20年以上の月日が流れ、イグチが言うように冒頭で述べたような進化をたどっていったスノーボード。ただし、先人の言葉を借りれば、回転数や高さだけを追い求めてはならない。常軌を逸したトリックであっても、やはりカッコよくなければ成立しないのだ。反対に、ハードなトリックではなくてもカッコよさを追求することで、トリックは成立するとも言い換えられる。

これが、フリースタイルスノーボーディングの真意である。

 

野上大介(Daisuke Nogami)

大学卒業後、全日本スノーボード選手権大会ハーフパイプ種目に2度出場するなど、複数ブランドとの契約ライダーとして活動していたが、ケガを契機に引退。その後、アウトドア関連の老舗出版社を経て、トランスワールドジャパン株式会社が発刊するスノーボード専門誌「TRANSWORLD SNOWboarding JAPAN」に12年間従事。編集長として10年間に渡り職務を遂行し退社、現在に至る。2013年に開催された、アクション&アドベンチャースポーツのインターナショナル・フォト・コンペティション「Red Bull Illume Image Quest 2013」の日本代表審査員。また、X GAMESやオリンピックなどのスノーボード競技において、テレビでの解説やコメンテーターとして活動するなど、その幅を広げている。

 

Next Story