環境がスノーボーダーを育てる

元ライダーの元雑誌編集長が綴る SNOWBOARDING IS MY LIFE. Vol.82
© amorican
By 野上 大介

 

伝説のスノーリゾートと化したARAI MOUNTAIN & SKI RESORT(のちにARAI MOUNTAIN & SNOW PARK、ARAI MOUNTAIN & SPAと2度改名。以下ARAI)を覚えているスノーボーダーは多いことだろう。昨年末、韓国のホテル大手であるホテルロッテを親会社とするリゾート会社が運営すると発表され話題を集めたが、今月3日には新名称を「ロッテ アライリゾート」に決定したことが新潟県妙高市の市議会で明かされた。当初は今年12月に一部のコースをオープンするとされていたが、万全を期すためにそれを取りやめ、2017年12月の全面オープンを目指している。今年5月から新たに温泉掘削工事、すべてのリフトやゴンドラのワイヤー交換工事に着手したそうだ。7月からはホテルの改修工事が始まる予定とのことで、11年ぶりの復活へ向けて本格的に始動している。

1993年12月にオープンした同ゲレンデ。標高1,429mの大毛無山東斜面に展開するゲレンデは、最長滑走距離5,200mを誇る広大なスケール感と豊富すぎる降雪量が魅力だった。国内初となるパイプドラゴン(ハーフパイプを造成する重機)を導入したという噂をかぎつけると、95-96シーズン、仲間たちとARAIからほど近い上越市内に半年間一軒家を借りることに。シーズン券を片手に、この地でライディングに明け暮れた。

当時は大学生だったので、1月のテスト期間以外は毎日山に上がった。朝イチからゴンドラ山頂駅を目指し、そこから標高1,290mに位置するゲレンデのピークに向けて架かっている膳棚第1リフトで流しながら足慣らし。中級レベルのコース設定だったのだが、自然地形が至るところに残されていたので滑りごたえは十分。大毛無山のピーク付近ということもあり降雪量は特に多く、僕がコモっているシーズンには顎上の積雪があったほど。これは圧雪の入っているコース内での話なので、一気に100cm以上積もったというわけだ。仲間たち全員でパウダースノーに溺れかけたことは、今でも鮮明に記憶している。

 

 

 

1時間ほどフリーライディングを満喫すると、AM10時くらいにハーフパイプがオープンするため、ピークからダンシングアレー→妙高ロングランというロングコースを駆け抜けて、ゴンドラ中間駅に向かう。レギュラーのフロントサイドにはひたすら壁が存在し、ダウン系のヒットポイントも多く点在していた。仲間たちとトリックや高速域でのラインどりを披露し合うセッション。自ずとボードコントロール力が高まっていった。縦横無尽に滑っていたため、滑走距離に直せばかなりの長さになるだろう。足腰を酷使する日々を過ごした。

そして、ARAIで特筆すべき点は、アバランチコントロールを早くから導入するなど、オフピステエリアの管理能力が非常に高かったこと。アバランチコントロールとは雪崩を予防するための手段を指すのだが、雪質や積層をチェックして雪崩のリスクが高いと判断すれば誘発するなど、豪雪地帯だからこその安全確保であり、豊富なパウダースノーを楽しんでもらうためのサービスだ。だからこそARAIでの1シーズンで、フリーライディングスキルは否が応でも高まった。

話を戻すが、当時のフリースタイルスノーボーディングはハーフパイプが中心。ARAIにもゴンドラ中間駅の脇に常設されており(のちに小毛無第1リフト上部に移設)、ここで切磋琢磨していた。当時のトッププロを見かける機会も多くあり、のちの話では業界関係者や以降プロとして活躍することになるスノーボーダーたちが多くいたようだ。

前述したようにフリーライディングが存分に楽しめ、フリースタイルの中心だったパイプがハイクオリティな状態で常設されていたことから、感度の高いスノーボーダーが全国各地から集結していたのだ。

「環境が人を育てる」とはよく言ったもので、僕はこのARAIに身を置くことでスノーボーダーとして大きく成長できた。コースレイアウトはもちろん、雪山としてのポテンシャルの高さ、豊富な降雪量、そしてパイプドラゴンでシェイプされた高品質なハーフパイプなど、恵まれた環境があったからこそ多くの模範となるスノーボーダーが集まり、さらなる好環境が生まれる。強すぎる刺激を受けながら充実のシーズンを過ごすことができた。

スノーボード歴4年目、3シーズン目のコモり生活をARAIで過ごしたわけだが、その2年前、今はなきフリースタイルの聖地として知られる長野・北志賀ハイツ(のちのスノーボードワールドハイツ)でフリースタイルスノーボーディングに出会った。その翌年には、長野・牧の入スノーパーク(現在休業中)で地形を活かしたフリーライディングの魅力に気づかされた。その集大成としてARAIを選んだわけだが、やはり、あらゆるニーズに応えてくれるゲレンデで滑り込んだほうが上達は早い。当時を知る人であれば言わずもがなであるが、北志賀ハイツも牧の入スノーパークも環境はよかった。しかし、それらのゲレンデよりも、自分の能力以上を求められる環境がARAIにはあった。だからこそ、挑戦心や好奇心が掻き立てられたことで、スノーボードの面白さを深く知ることができ、結果として上手くなれたんだと思う。

ロッテ アライリゾートと名を変えて思い出のゲレンデが復活するというニュースを受け、当時を振り返りながら綴らせてもらった。平昌五輪イヤーとなる2017-18シーズン、ARAIは再び甦る。北陸新幹線の開通によりアクセスが格段によくなったこともあるので、当時を知る人もそうでない人も、ぜひ足を運んでいただきたい。

そして、ARAIに限らずとも、来シーズン足を運ぶゲレンデ選定の一助になれば幸いだ。

 

野上大介(Daisuke Nogami)

大学卒業後、全日本スノーボード選手権大会ハーフパイプ種目に2度出場するなど、複数ブランドとの契約ライダーとして活動していたが、ケガを契機に引退。その後、アウトドア関連の老舗出版社を経て、トランスワールドジャパン株式会社が発刊するスノーボード専門誌「TRANSWORLD SNOWboarding JAPAN」に12年間従事。編集長として10年間に渡り職務を遂行し退社、現在に至る。2013年に開催された、アクション&アドベンチャースポーツのインターナショナル・フォト・コンペティション「Red Bull Illume Image Quest 2013」の日本代表審査員。また、X GAMESやオリンピックなどのスノーボード競技において、テレビでの解説やコメンテーターとして活動するなど、その幅を広げている。

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