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Wings For Life World Runアンバサダーが決定

小林可夢偉、室屋義秀、砂田貴裕、京谷和幸が就任
By Red Bull Japan

5月3日(日)20時(協定世界時午前11時)、世界6大陸35ヶ所以上の会場にて同時に スタートし、唯一ゴールが追いかけてくるユニークなランニング・イベント、Wings for Life World Runを応援する4人のアンバサダーが決定した。Wings for Life World Runは脊髄損傷治療法の発見に取り組む研究に対して資金援助を行う非営利団体Wings for Life 財団をサポートするために行うイベント。

滋賀県高島市で日本初開催のWings for Life World Runのアンバサダーとして就任したのは、レーシング・ドライバーの小林可夢偉選手、今年5月に日本で初開催するRed Bull Air Race World Championship 2015にアジアから唯一の参戦をする室屋義秀選手、100kmマラソン世界記録保持者であり2014年度 Wings for Life World Runに参加した砂田貴裕氏、そして元Jリーガーで、脊髄損傷による引退後に車椅子バスケットボールの選手として4回連続でパラリンピック日本代表として活躍した京谷和幸氏の4名。また、ゲストとしてWings for Life財団にレビューワーとして協力している慶應義塾大学医学部の岡野教授が脊髄損傷及びその治療法の現状についても紹介した。

発表会にて、4人はWings for Life World Runや脊髄損傷、そしてアンバサダーとしての思いを語った。

小林可夢偉選手は、この発表に先立ち、脊髄損傷への理解を深めるために車いすでの生活を体験している。交差点や坂道での車椅子の移動や、駅やエレベーター、渋谷の街での車椅子の日常を体感した際の映像はこちらから↓

 

アンバサダー:
レーシング・ドライバー 小林可夢偉
レッドブル・エアレース・パイロット 室屋義秀
100kmマラソン世界記録保持者 砂田貴裕
車椅子バスケットボール元パラリンピック日本代表 京谷和幸

 

アンバサダー・プロフィール詳細:

氏名 小林可夢偉(こばやし かむい)
レースドライバー
誕生日 1986 年9 月13 日
出身 兵庫県尼崎市

小林可夢偉

9歳でカートを始める。2000年全日本ジュニアカート選手権シリーズ王者。05年フォーミュラ・ルノーのユーロ、イタリア両シリーズ王者。08年よりトヨタF1のサードドライバーを務めるとともにGP2に参戦しアジアシリーズ王者。09年ブラジルGPでトヨタからF1デビューしアブダビGPで初入賞。10年よりザウバーF1からフル参戦。12年日本GPで3位表彰台を獲得。13年はアジア人初のフェラーリワークスドライバーとしてWECに参戦。14年はケータハムよりF1に復帰を果たす。

略歴
2010年
BMWザウバーF1チーム レースドライバー
入賞:8回、獲得ポイント:32pt、ドライバーズランキング:12位

2011年
ザウバーF1チーム レースドライバー
入賞:9回、獲得ポイント:30pt、ドライバーズランキング:12位
6戦連続入賞(第2戦~第7戦)

2012年
ザウバーF1チーム レースドライバー
入賞:9回、獲得ポイント:60pt、ドライバーズランキング:12位
ファステストラップ:1回(第4戦中国GP)
表彰台:1回(第15戦日本GP3位)
予選最上位:2番手(第12戦ベルギーGP)
第15戦日本GPで、自身初表彰台を獲得。
※日本人ドライバーとしての表彰台は8年ぶり3人目。
日本GPでの日本人表彰台は22年ぶり。

2013年
スクーデリアフェラーリドライバー アジア人ドライバーとし て初めてイタリアの名門フェラーリの一員となる。世界耐 久選手権(WEC)にAFコルセからフル参戦。
表彰台:4回(イギリス、ベルギー、アメリカ、バーレーン)、
獲得ポイント:98pt
ドライバーズランキング:7位
GTマニュファクチャラーズタイトル獲得

2014年
ケーターハムF1チーム レースドライバー

 

 

氏名 室屋 義秀(むろや よしひで)
エアショー、レッドブル・エアレースパイロット
誕生日 1973 年1 月27 日
居住地 福島県福島市

室屋 義秀

国内ではエアロバティックス(曲技飛行)のエアショーパイロットとして全国を飛び回る中、全日本曲技飛行競技会の開催をサポートするなど、世界中から得たノウハウを生かして安全推進活動にも精力的に取り組み、スカイスポーツ振興のために地上と大空を結ぶ架け橋となるべく活動中。また、地元福島の復興支援活動やプロジェクトにも積極的に参画している。

略歴
1997年

エアロバティックス教官「ランディー・ガニエ」に師事
エアロバティックス初の競技会(スポーツマンクラス)参戦

1998年
国内でエアショー活動開始

2003年
アンリミテッドクラス世界選手権へ初挑戦
NPO 法人ふくしま飛行協会を設立

2004年
ユルギス・カイリス、ロバート・フライとチーム「エアバンデッツ」結成

2006年
アルアインエアショーに参加

2007年
レッドブル・アスリートに仲間入り
FAI ワールドグランプリ「オートボルテージュ」に初参戦

2008年
レッドブル・エアレース スーパーライセンスを取得

2009年
レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ初参戦(アジア人初)
最終戦スペイン/バルセロナ大会で 6位入賞

2010年
レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ参戦
第1回全日本曲技飛行競技会開催

2011年
曲技飛行世界選手権(WAC)参戦
第2回全日本曲技飛行競技会開催

2012年
アドバンス世界曲技飛行選手権(AWAC)参戦 (日本チームリーダー)
第3 回全日本曲技飛行競技会開催
福島県あったかふくしま観光交流大使 就任

2013年
曲技飛行世界選手権(WAC)参戦 4 ミニッツ・フリースタイル部門 6 位
第4 回全日本曲技飛行競技会開催

※レッドブル・エアレースは2011 年~2013 年は開催休止
2014年レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ参戦
第2 戦で初表彰台(3位)を獲得

 

 

氏名 砂田貴裕 (すなだ たかひろ)
誕生日 1973 年1 月19 日
出身 大阪府出身
元マラソン・長距離走選手
ウルトラマラソン(100km)世界記録保持者
※1998 年6 月から現在まで

砂田 貴裕

太成高等学校卒業後、大阪ガスに入社。1992 年防府読売マラソンで2 時間15 分30 秒(ジュニア日本記録)を記録。姫路市陸協(シーエス建設)に移籍後の1995 年1 月、東京シティハーフマラソンで1 時間1 分23 秒(現在は非公認コースの参考記録)を記録した。1995 年積水化学工業に移籍。アテネで行われたワールドカップマラソンに出場し、2 時間13 分16 秒で2 位に入る。同年、福岡国際マラソンで2 時間12 分01秒を記録し10 位。翌年の福岡では2 時間13 分01 秒で9 位だった。1998 年6 月、サロマ湖100 キロウルトラマラソンにおいて、6 時間13 分33 秒の世界最高記録で優勝。1999 年5 月にフランスで行われた100km の大会(IAU 世界大会)では6 時間26 分06 秒で3 位だった。12 月の福岡で2 時間11 分03 秒を記録し8 位に入った。2000 年4 月にもフランスの100km の大会(IAU ヨーロッパ大会)に出場し、6 時間17 分17 秒で優勝。9 月のベルリンマラソンで自己ベストの2 時間10 分08 秒で4 位に入った。

<マラソン記録>
年月/大会名/順位/記録
1992 年12 月 防府読売マラソン 3 位 2時間15分30秒 ※ジュニア日本記録
1995 年4 月 ワールドカップマラソン(アテネ)2 位 2時間13分16 秒
1995 年12 月 福岡国際マラソン10 位 2時間12分01秒
1996 年12 月 福岡国際マラソン 9 位 2時間13 分01秒
1999 年12 月 福岡国際マラソン 8 位 2時間11分03秒
2000 年9 月 ベルリンマラソン 4 位 2時間10分08秒 ※自己ベスト

<ウルトラマラソン記録>
年月/大会名/順位/記録
1998 年6 月 サロマ湖100km ウルトラマラソン優勝 6時間13 分33秒 世界記録
1999 年5 月 Chavagnes-en-Paillers 100km 3 位 6時間26 分06 秒
2000 年4 月 Belves 100km優勝 6時間17分17秒

 

 

氏名 京谷 和幸 (きょうや かずゆき)
誕生日 1971 年8 月13 日
出身 北海道出身

京谷 和幸

略歴
1989年

室蘭大谷高校卒業1990年古河電気工業(株)に入社、サッカー・バルセロナ五輪代表候補にも選出される

1991年
ジェフ市原とプロ契約

1993年
Jリーグ開幕半年後に交通事故で脊髄損傷、車椅子生活 となる。リハビリの一環として始めた車椅子バスケットボールでパラリンピック日本代表となる。

2000年
シドニー大会を皮切りにアテネ・北京・ロンドンと4大会連続出場

2012年9月
現役引退
引退後の現在は、事故で奪われたサッカーを取り戻すため、指導者としてピッチへ戻るという夢を追いかけている。その傍ら、自信を成長させてくれた車椅子バスケットボール界発展のため、普及活動や若手の育成にも力を注ぐ。

[サッカー]
1989年

日本ユース代表(高校2年)日本ユース代表(高校2年)

1990年
バルセロナオリンピック代表候補選出 高校選手権優秀選手

1991年
ジェフユナイテッド市原入団(現ジェフユナイテッド市原・千葉)

1993年
事故により引退

[車椅子バスケットボール]
1994年~

「千葉ホークス」に所属

《国内タイトル》
1994~96年/98年/2003年/2005~07年
全国車椅子バスケットボール選手権大会「優勝」

※94~96年、05~07年、同一チーム2度の3連覇は史上唯一
※98年~09年まで12年連続ファイナル進出

《国際大会》
2000年
シドニーパラリンピック日本代表 9位

2002年
北九州ゴールドカップ(世界選手権)日本代表 8位

2004年
アテネパラリンピック日本代表 8位

2006年
アムステルダムゴールドカップ(世界選手権)日本代表 7位

2008年
北京パラリンピック日本代表 ※日本選手団主将

2010年
広州アジアパラリンピック日本代表 金メダル獲得

2011年
アジアオセアニア地区予選日本代表準優勝(ロンドンパラリンピック出場権獲得)

2012年
ロンドンパラリンピック日本代表 9位

 

 

 

ゲストプロフィール詳細:

氏名 岡野 栄之(おかの ひでゆき)
慶応義塾大学大学院 医学研究科委員長
慶応義塾大学医学部 教授、医学博士

学位
1983年 医師免許取得
1988年 医学博士(慶應義塾大学)
主な研究領域分子神経生物学、発生生物学、再生医学

備考Wings for Life レビューワー

略歴
1977年 3月 慶應義塾志木高等学校卒業
1977年 4月 慶應義塾大学医学部入学
1983年 3月 慶應義塾大学医学部卒業
1983年 4月 慶應義塾大学医学部生理学教室(塚田裕三教授)助手
1985年 8月 大阪大学蛋白質研究所(御子柴克彦教授)助手
1989年10月 米国ジョンス・ホプキンス大学医学部生物化学教室
(クレイグ・モンテル博士)に留学
1991年 8月 大阪大学蛋白質研究所(御子柴克彦教授)助手
1992年 4月 東京大学医科学研究所化学研究部(御子柴克彦教授)助手
1994年 9月 筑波大学基礎医学系分子神経生物学教授
1997年 4月 大阪大学医学部神経機能解剖学研究部教授
1999年 4月 大阪大学大学院医学系研究科教授
2001年 4月 慶應義塾大学医学部生理学教室教授
2007年10月 慶應義塾大学大学院医学研究科 委員長

受賞
1988年 三四会奨励賞
1995年 加藤淑裕賞
1998年 北里賞
2001年 塚原仲晃賞
2004年 東京テクノフォーラムゴールドメダル賞/日本医師会医学賞/Distinguished Scientists Award (Catania 大学)
2006年 文部科学大臣顕彰・科学技術賞
2007年 Lead Reviewer Award (Stem Cells)
2008年 井上学術賞
2009年 紫綬褒章
2011年 Johnson & Johnson Innovation Award
2013年 Stem Cell Innovator Award
2014年 ベルツ賞(1等賞)

 

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