アート&デザイン

ミヤギフトシ“American Boyfriend”関連トークイベント:戦争を想像する

3月23日(日)、現代美術家のミヤギフトシさんオーガナイズによるトークイベント「戦争を想像する」が開催されました。
Written by 宮越 裕生
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ミヤギフトシ“American Boyfriend”関連トークイベント:戦争を想像する

ミヤギフトシ“American Boyfriend”関連トークイベント:戦争を想像する

© Futoshi Miyagi, Video Still from "The Ocean View Resort" 2013

このトークイベントはミヤギさんが2012年からはじめたプロジェクト「American Boyfriend」の関連イベントとして、ゲストに作家 / マンガ家の小林エリカさん、文芸誌「新潮」編集長の矢野優さん、司会に編集者 / ライターの江口研一さんを迎え、原宿のVACANTにて開催されました。

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ミヤギさんは1981年、沖縄生まれ。20才の時にアメリカに渡り、NYのプリンテッドマスターに勤めながら作家活動を開始。現在は東京をベースに写真、映像、インスタレーションなど、さまざまな形態の作品を発表しています。
Broken Sandglass

Broken Sandglass

© Futoshi Miyagi, Broken Sandglass, 2013

筆者はミヤギさんの作品を2010年ごろから拝見しているのですが、当時発表された映像作品「 Not My Cup Of Tea」ではティーカップの置かれたデスクを映し、そこには電話の音が聴こえてくるけれど誰も出ない、といういってみれば「un-communication」とでもいうような状況が映されていて、その映像がとても洗練されていたこともあり、印象に残っていました。
「un-communication」という状況はコミュニケーションがないわけでもないし、断絶しているわけでもない。その辺りがとてもミステリアスなのですが、当時はその奥にあるものが掴めず、ただ気になっていました。
ところが昨年、表参道Raum1Fでの展示の時に発表された映像作品「American Boyfriend: The Ocean View Resort」はもっとずっと饒舌で、ミヤギさんのバックグラウンドや社会と結びついたコンテクストが綴れ織りのように感じられる作品となっていました。
Installation view "American Boyfriend: The Ocean View Resort"at Raum1F

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© Futoshi Miyagi

【写真】Installation view "American Boyfriend: The Ocean View Resort"at Raum1F
今回のトークイベントは、70年近くにわたり直接的に戦争を体験してこなかった、海外の紛争とも切り離されて捉えられがちな今の日本の人たち、特に作家がどのように戦争を想像していくか、というテーマのもとに開かれたものでしたが、ミヤギさんがなぜ最近のシリーズで継続的なコンテクストをもちえたか、ということについても知ることができました。
それでは、この日のトークの模様をお届けしたいと思います。
トークは、ミヤギさんによるこのイベントが開かれた経緯の説明からスタートしました。
―僕の作品制作の中で追求するテーマとして、沖縄における戦後の社会のいびつさであったり、沖縄におけるセクシャリティの在り方みたいなものがあって、他の方はそういうテーマをどう取り扱うのかな、ということに興味がありました。それで今回はお二人に登壇をお願いしました。(ミヤギ)
その後は小林さんにマイクがわたされ、放射能をテーマにした小林さんのマンガ「光の子ども」(2013)や、CD「ラジウム・ガールズ 2011」(Phew+小林エリカ/音楽Dieter Moebius)、自身の父の日記と、アンネ・フランクの日記をめぐるトラベローグ「親愛なるキティーたちへ」などを紹介。
「親愛なるキティーたちへ」小林エリカ(リトルモア刊)より デザイン:服部一成+山下ともこ

「親愛なるキティーたちへ」小林エリカ(リトルモア刊)より デザイン:服部一成+山下ともこ

© [unknown]

小林さんの作品の背景には細かいリサーチが重ねられており、例えば、ウランを含み緑色に発光するウランガラスというものが19世紀のヨーロッパで流行り、キュリー夫人がウランガラスの製造過程から発生した廃棄物を研究に利用し、ラジウムを発見したという話や、1917年頃、米国のラジウム工場でラジウムペイントをしたために被曝した女性工場労働者たち“ラジウム・ガールズ”のお墓にガイガーカウンターを近づけると、今でも数値が上がるという話など、印象的なエピソードが語られました。
コミック「光の子ども1」小林エリカ(リトルモア刊)より デザイン:五十嵐哲夫

コミック「光の子ども1」小林エリカ(リトルモア刊)より デザイン:五十嵐哲夫

© [unknown]

(「光の子ども」は ウェブからでも一部立ち読みできます。)
その後は矢野さんが戦争文学、震災後の文学に触れてきた編集者という立場から、今回のテーマについて語りました。
少なからず衝撃を受けたのは、人間の精神は晩発的(ばんぱつてき)なものをもっている、という話でした。晩発というのは病気の症状などが遅れて現れることで、沖縄では、最近になって沖縄戦(1945)のPSTDを発症する人が出てきているという例があるそうで、「今起きたことがメンタルに発現するのは3年後かもしれないし、50年後かもしれない」という話をされました。また、大江健三郎さんの「沖縄ノート」(1970)など、戦争にかかわる文学者の活動が戦後10年、20年以上経ってから出てくるという例にふれ、「クリエーションは長期戦である」とコメントしました。
その後は、ミヤギさんのAmerican Boyfriendプロジェクトから映像作品「The Ocean View Resort」(2013)を上映。
Video Still from "The Ocean View Resort"

Video Still from "The Ocean View Resort"

© Futoshi Miyagi, 2013

映像は、故郷の離島に帰省したミヤギさんがYという人物と語るシーンからはじまり、白い砂浜のビーチや寂れたホテルを映し出し、そこにベートーヴェンの弦楽四重奏‬や戦時中の話(島に流れ着いた逃亡兵や、ビーチにかつて建設されたという収容所の歴史など)を引用し、自身の体験と史実、そしてフィクションを織り交ぜた一編の映像詩として仕上がっています。‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬
前段の話の中で、矢野さんが「僕たちは自然災害と戦争の問題を感情的に区別できない。理屈よりも、どうしようもなく(その二つを)ショートさせてしまう僕らの在り方から話せばいいのではないでしょうか」と語っていたのですが、この映像は、戦争とも震災とも関係のある作品でした。ミヤギさんはその辺りのことを、次のように説明していました。
Photograph of an American Soldier

Photograph of an American Soldier

© Futoshi Miyagi, Photograph of an American Soldier, Torn, 2013

― 僕自身、影響がどれくらいあるのかわからないんですけれど、震災のあった2011年は作品をつくっていなくて、2012年から『 American Boyfriend』というブログを始めました。これは沖縄人の男性とアメリカ人の男性が、沖縄という土地で恋に落ちることができるのか、というロマンチックな問いかけを主題に、小説や詩や映画などを参照したり、引用したりして書いているブログです。(中略)震災が起きて、どうしたらいいかずっとわからなくて、理論的にはうまく説明できないのですけれど、僕が目を向けたのは自分の生まれ育った沖縄における戦争の記憶だった、というところがあります。(ミヤギ)
American Boyfriendというブログが、継続的なコンテクストをもっており、既にさまざまな作品やダイアローグを生んでいるというのは、戦争や震災の問題とどう向き合っていけばいいんだろう、という問いかけに、ひとつの興味深いアクションをしめしてくれたように思います。
今の平和な日本に住み、その生活満足しつつも、海外で起きているさまざまな紛争や過去の戦争の問題に対してどうアプローチしていいかわからずそのままにしている、ということは多くの人が体験している現実としてあると思うのですが、ミヤギさんはそういった問題について、次のように語りました。
― 戦争が「遠い」という思いがずっとあり、こんなに離れた戦争をどう語ればいいのか、長い間よくわからなくて、今回この映像の中で、自分で語ることにした理由の一つは、無理にでも自分の物語として語ってみる、語りを引き受けるアプローチをとってみようと思ったんです。それで自分をちょっと過去に置いて語ってみたり、友達のおじいさんの言葉を「私」として語ってみたりして、あったかもしれないし、無かったかもしれない物語をそこに挿入してみるという方法でやってみた、というのが「The Ocean View Resort」でした。(ミヤギ)
Crumpled Peace

Crumpled Peace

© Futoshi Miyagi, Crumpled Peace, 2013

「戦争を想像する」時にどうしても出てくる「遠さ」の問題について、小林さんは会場からあがった「今、アフガニスタンなどで起きている戦争のような、自分の遠いところで起きている戦争について想像するにはどういうことをしたらいいのでしょうか」という質問に対し、次のように語りました。
― 私は昔、戦場ジャーナリストになりたくて、ロバート・キャパみたいに戦場の状況を伝えたいと思っていたんですけれども、それを突き詰めて考えていった時に、じゃあ何処の戦場に行けばそれを伝えられるのかとか、一体何処を戦場と呼んで、どう選びとるべきか、ということを考えた時に、じつは自分の身の周りから変えていかないと結局は何も変わることってないんじゃないか、と思ったんです。
例えばある講演会に行き、イラクなどで現地の方が命がけでビデオを回し、戦争の状況を伝えようとしているということを知ったんですけれども、私は自分がこれまでそんな映像をテレビで目にしたことも無かったし、そんな映像が撮られていることさえ知らなかった、ということに結構ショックを受けたんです。そういうことも含め、今は自分の身の周りのことから接続する、むしろ目に見えない時空だったり、場所だったりを、「何でつなぐことができるか」ということに興味があります。そこから遠いところや、逆にすごく近いところ、例えば自分の父親の心の中の過去をどうしたら見ることができるのかな、というのが自分の課題でもあります。(小林)
Banner From The Teahouse of the August Moon

Banner From The Teahouse of the August Moon

© Futoshi Miyagi, Banner From The Teahouse of the August Moon, 2013

さらに会場から「今回のトークショーは戦争の問題について具体的な提示がない、という意味でとても新鮮だったのですけれど、何か具体的に伝えたいことというのはあるのでしょうか?」という質問が上がると、次のように答えました。
― これは個人的な意見なんですけれど、賛成とか反対とか、いいとか悪い、という風に断定してから述べていくことって、その方が明解だと思うんです。けれども、私はそうした時にこぼれてしまうことに興味があって。例えば戦時中にすごく辛くても、日記には楽しいことが書かれているし、― 例えば本屋さんに行って本を買ったとか、おいしいものを食べたとか ― そういう、なにげないこと、放射能についても、ウランガラスが本当に美しいとか、ラジウムが「妖精の光」と呼ばれていて皆が夢中になったということとか、そういったことを「悪い」と括ってしまった瞬間にかき消されてしまうものがあると思うんです。あえてその部分を見た上で、じゃあ自分はどう思うかということは、それぞれが考えればそれでいいことなのかな、という風に思い作品をつくっています。(小林)
小林さんが言った「それぞれが考えればそれでいいことなのかな」という感じは、ミヤギさんや小林さん世代の人らしい提示方法なのかもしれない、と思いました。
「ファウンド・オブジェ」と呼ばれるような、歴史的な資料やもの、あるいは身の周りのものを発見してきて、それらにあまり脚色を加えずに提示するというやり方は、マルセル・デュシャンのレディ・メイドのように昔からあったけれど、今の世代の人は、より日常的なもの・ことに目を注ぎ、よりイノセントにそれらを提示しているような気がします。
今回のトークイベントは、自分の身近な人やものに目を注いでいくことでも、戦争について想像することができるという可能性を感じさせてくれました。とりわけそこに、見るべき作品があり、語る人がいると、戦争の影響や、海外で起きている戦争のことを、今、同時代の戦争の話として聞いたり語ったりすることができる。そしてそれは今からでも決して遅くはない、ということにも気づかされました。
トークショーは矢野さんの「長期戦でやっていきましょう」という言葉で締めくくられました。
トークイベントの様子

トークイベントの様子

© [unknown]

小林さんは、集英社の文芸誌「すばる」4月号に、猫と少女の放射能の物語「マダム・キュリーと朝食を」を寄稿しています。また、小林さんが一緒に活動しているクリエイティブ・ガールズ・ユニット「 kvina」と仙台の編集プロダクション「SHOE PRESs」が共同で行っている「 Mi amas TOHOKU東北が好き」(ミ アーマストウホク)もリレーブログ「 つながる東北観光案内」など、さまざまな企画を行っています。
アーティスト関連書籍

アーティスト関連書籍

© [unknown]

[写真] 左からミヤギフトシさんのアーティストブック「new message」(torch press ¥2,500+税)、小林エリカさんの「親愛なるキティーたちへ」(リトル・モア刊¥1,600+税)、「光の子ども 1」(リトル・モア刊 ¥1,400+税)
ミヤギさんは、6月に京都市立芸術大学のギャラリー@KCUAにて個展が予定されています。映像作品「The Ocean View Resort」ですが、今までに見たことがないような、ニュートラルな光をとらえた、非常に美しい映像です。機会があったらぜひご覧になってみてください。
京都市立芸術大学ギャラリー @KCUA 展示情報
6月中旬開催予定
ミヤギフトシ
1981年沖縄生まれ。東京在住。20歳のときにアメリカに渡り、NYのプリンテッドマターに勤務しながら自身の作家活動を開始する。帰国後、青山のセレクトブックショップ「ユトレヒト」やアートブックフェア「THE TOKYO ART BOOK FAIR」のスタッフとしても活動しながら、創作を続ける。
小林エリカ
作家・マンガ家。著書は最新刊"放射能"の歴史を辿るコミック『光の子ども1』。 アンネ・フランクと実父の日記をモチーフにした『親愛なるキティーたちへ』(共にリトルモア)、作品集『忘れられないの』(青土社)、『終わりとはじまり』(マガジンハウス)など。 シンガーPhewとのProject UNDARKとしてDieter Moebius楽曲提供のCD「Radium Girls 2011」や、クリエイティブ・ガールズ・ユニット〈kvina〉としての活動も。
矢野優(やのゆたか)
1965年生まれ。編集者。2003年より月刊文芸誌「新潮」編集長。「新潮」は日露戦争開戦直後の1904年5月に創刊。以来、関東大震災(流通困難)と第二次世界大戦期(用紙不足)の数ヶ月間を除いて毎月刊行されている。
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宮越 裕生(Yu Miyakoshi)
ライター。執筆範囲はメディアアート、ファインアート、写真、旅、猫。大学時代に絵画を勉強し、近ごろ境界領域の表現可能性、メディアアートと写真に出会いまた新たにアートに目覚める。CBCNET、HITSPAPER、greenzなどのHPを中心に執筆しています。今ここを伝える文体を研究中。