Thomas Pidcock takes a bend at 100kph on the twisting Rossfeld Panoramastrasse in southern Germany in June 2025.
Thomas Pidcock poses for a portrait in Salzburg, Austria on June 2, 2025.

トム
ピドコック

イギリス

イギリス

·

サイクリング

マウンテンバイク・ロード・シクロクロスで等しく才能を発揮する孤高の英国人マルチサイクリスト

生年月日

1999年7月30日

出身地

リーズ

Age

26

国籍

イギリス

イギリス

デビュー

2015

競技

マウンテンバイク ・クロスカントリー / シクロクロス / ロードレース

トム・ピドコックは両親と弟ジョーとともに、優秀なアスリートを数多く輩出してきたことで知られる英国・ヨークシャーで育った。熱心なサイクリストの両親の影響で、ピドコックは3歳から自転車に乗り始めると、すぐにその魅力に取り憑かれるようになった。
英国北部のヨークシャーで生まれ育ったピドコックだが、実際に彼がライディングを学んだのは、世界最古のベロドロームのひとつで、当時はロンドン市内唯一のベロドロームでもあった、サウスロンドンのハーン・ヒル・ベロドローム(Herne Hill Velodrome)だった。この頃から彼はほとんどの時間をバイクと一緒に過ごすようになった。路面や場所を問わず、どこでもバイクで向かっていたピドコックは、学校の校庭でウィリーをメイクして怒られたこともあった。
ピドコックはわずか7歳のときに英国南西部のカースル・クーム(Castle Combe)でレースデビューを飾ったが、最高のデビュー戦とはいかず、チェーンが外れた影響で下位に沈み、フラストレーションを溜めてしまった。それから数年後、すでにプロライダーになる夢を描いていた10歳のピドコックは、トレーニングのレベルアップを決意する。登校時間前に学校へ向かい、校庭でラップを重ねてから授業に出るようにした彼は、両親にしつこく頼み込んでレースを転戦し始めた。彼らは息子にここまで求めていたわけではなかった。まだ小さいので単純にライディングを楽しんでくれていればそれでよかったのだ。しかし、地元ヨークシャーは丘が多く、ピドコックが実力を試せるチャレンジングなレースがいくつも開催されていた。
ピドコックの才能が大きく花開いていくと、両親は態度をあらため、息子を全国レベルのレースへ連れて行くようになった。そして、ピドコックは、英国北西部スカボローで開催された英国ユースロードシリーズ(British National Youth Road Series)第1戦でキャリア初のビッグウィンを手にした。また、彼はこのレースでクライマーとしての自分の才能にも気付くことになった。
この勝利をきっかけに、ピドコックのキャリアは発展の一途を辿っていった。ユースとU-23のロード・トラック・マウンテンバイク・シクロクロスで好成績を収めていったピドコックは、英国、ヨーロッパ、世界レベルのイベントで優勝も重ねるようになり、2019年にグレーブセンドで開催されたシクロクロス英国選手権で国内エリートクラス初勝利を挙げた。
その後、ピドコックはロードでも成功を収め、2020年に開催されたジロ・デ・イタリアのU-23版 “Giro Ciclistico d’Italia” での3ステージを制しての総合優勝は大きな話題となった。
ロードシーン屈指のビッグタイトルを手にした直後、ピドコックはロードからダートに転向。UCIマウンテンバイクワールドカップ(クロスカントリー)にエントリーすると、チェコのノヴェー・ムニェストで開催されたU-23クラスのダブルヘッダーで連勝した。
さらには、オーストリア・レオガングで開催されたUCIマウンテンバイク世界選手権(クロスカントリー)のU-23クラスでも圧勝し、2016年のシクロクロスジュニア世界選手権に続いてキャリア2回目のレインボージャージを勝ち取った。
今やエリートクラスのトップライダーのひとりに成長しているピドコックは、2021シーズンも活躍を続けており、ノヴェー・ムニェストで開催されたUCIマウンテンバイクワールドカップ(クロスカントリー)で優勝し、さらには夏の東京でも男子クロスカントリーの王者となった。
その後、2024年のパリの男子クロスカントリーで再び優勝し、オリンピック連覇の偉業を成し遂げた。
2025シーズン、Q36.5プロサイクリングのエースとなったピドコックは待望のジロ・デ・イタリアデビューを飾った。エースの重責を担ってのグランツールは初めてだったが、ピドコックは一貫したパフォーマンスでファンとメディアに好印象を与えた。
ピドコックの次のグランツールは、ツール・ド・フランスを回避して臨んだブエルタ・ア・エスパーニャだったが、ここで彼はまたもレベルアップした自分を披露して個人総合3位でフィニッシュ。本人はキャリア最高の結果を手にしたとしており、「この3位表彰台は私のキャリア最大の功績だと思いますが、これまでに特別な勝利をいくつか挙げてきたので、キャリア最大の勝利ではないかもしれません。いずれにせよ今は疲れきっていますし、上手く言葉が見つかりません」と語った。このパフォーマンスにより、ピドコックは優勝争いができるGCライダーとしての評価を確実にするとともに、その多彩なキャリアにもうひとつの色を加えた。