Faces of adventure
© Ben Saunders
探検

南極点往復の旅、その現実

南極点往復を達成した極地探検家を紹介する。
Written by Phillippa Stewart
読み終わるまで:10分Published on
極地探検家のベン・サウンダースは、私たちの多くが成し遂げられないこと、つまり南極点到達を成し遂げている。パートナーのタルカ・エルピニエールと共に、サウンダースはスキーで108日間かけて約2900キロを走破し、南極大陸の端と南極点を往復した。サウンダースのルートは1912年のロバート・スコット隊と同じもので、帰途で遭難したスコット隊が成し遂げられなかった挑戦を2014年に初成功させた。
かわいいペンギンや美しい風景は忘れてもらいたい。延々と続くかのように思えるツンドラを渡るこの挑戦の現実はグラマラスではない。待っていたのは寒さ(日々低体温症の心配がある)、荒涼とした風景、小さな共同テント、ゴミ(南極はゴミ問題を抱えている)で、しかもボトルに用を足さなければならなかった。
とはいえ、彼らは少なくとも世界で最も高価な出前を頼める立場にあった。

オリジナル缶

レッドブル エナジードリンク

Red Bull Energy Drink
今回は世界で最も過酷な環境のひとつである南極での生活がどのようなものなのか、サウンダースに話を聞いた。
『最高のヒゲを蓄えたアスリート8人』は こちら。
南極で自撮り

南極で自撮り

© Ben Saunders

極地に興味を持った理由は?
子供の頃は宇宙飛行士になりたかった。博士号を取得せず、15年のトレーニングも抜きでなれるのが探検家だったんだ(笑)。極限の環境だし、挑戦は過酷という点に惹かれているんだ。
ソリを牽く2人

ソリを牽く2人

© Andy Ward

今回の挑戦で驚いた点はありましたか?
実は、もう少し美しい風景なんじゃないかと期待していたんだ。甘かったよね。でも大半はひたすら白く平らで、何もなかった。メディアで報じられる南極には海岸や氷山、アザラシ、シャチなんかがフィーチャーされているけど、生物は海側にいるんだ。
南極点に到達する前に、オーブンやオフィス家具、段ボール箱、オイル缶などを見かけた
あと、南極には大きな基地があるんだけど、新しい大きな建物がいくつか建っていて、古い基地はどこかに運ばれてリサイクルするために解体されていた。そして、僕たちが訪れると、廃棄物が沢山あったんだ。ちょっとショックだったね。南極点に到達する前に、オーブンやオフィス家具、段ボール箱、オイル缶などを見かけたよ!
遠くに見えるオイル缶とオフィス家具

遠くに見えるオイル缶とオフィス家具

© Ben Saunders

今回の挑戦はどの程度辛かったですか?
ソリで重い荷物を牽きながら、フルマラソンを69回連続でこなしたようなものなんだ。食料と機材を詰め込んだ200kgのソリをそれぞれが牽いたんだよ。だから肉体的、精神的にはかなりきつかったね。周りに何もない中、ひたすら進んでいた日々は思い出すのも辛いよ。平均して毎日10時間から11時間スキーしていたし、毎日12時間から13時間は外にいた。テントの組み立てと解体もあったから。
テントを張る

テントを張る

© Andy Ward

地獄を生き抜いた
食事の量は?
毎日6000カロリーを摂取して、9000カロリーほどを消費していたから、1日3000カロリー不足していた。言ってしまえば108日間連続で何も食べずにマラソンを続けたようなものさ。だから2人ともかなり体重を落としたよ。そうなるのが事前に分かっていたから、出発前に体重を増やしておいた。今回の挑戦で僕の体重は22kg落ちた。地獄を生き抜いたよ。
「地獄を生き抜いた」

「地獄を生き抜いた」

© Ben Saunders

気持ちを保てた要因は?
音楽がシークレットウェポンのような役目を果たしてくれた。僕は反復性の強い音楽、エレクトロニック・ダンスミュージックやラップ、それにアップビートなロックを聴いていた。あまり複雑じゃない音楽だね。ドラムンベースのレーベルHospital Recordsのポッドキャストがいいんだよね。バックカタログは殆どすべて持ってるよ! あとは笑っちゃうけど、「Eye of the Tiger」(訳注:映画『ロッキー3』のテーマ曲として有名)もいいね。
天候は?
悪天候の日は多かったよ。視界が悪くて辛かったね。特に雲が低くて霧が出た時は最悪だった。ホワイトアウト(視界が白一色になる状態)になると、地平線が見えなくなるし、方向感覚が失われる。何を目標にしたら良いか分からなくなるのは難しかったね。
ホワイトアウト

ホワイトアウト

© Ben Saunders

怖かったですか?
いや、混乱しただけさ。コンパスやGPSなどの機材に頼れるからね。たまに機材を疑い始めて、「行き過ぎてるんじゃないか」って思ってしまう。ひたすら同じ場所を回っているように感じるしね。どこまでが雪でどこからが空なのかも分からない。まさに五里霧中さ。最悪なのは夜にテントに入った時で、船酔いのような気分になったんだ。多分ホワイトアウトで視点が定まらない中で移動を続けていたからだと思う。
テントの2人

テントの2人

© Ben Saunders

パートナーと108日間一緒でしたが、感想は?
幸運なことに彼とは10年来の友人だし、凄く仲が良いんだ。今回の旅は面白い体験だった。圧倒的な体験だったし、言葉では説明できないね。誰かがした体験というのはその人特有のユニークなものなんだ。だから今回の挑戦は「寒い」、「ハードワーク」、「孤独」だったという言葉では言い切れないよ。
「寒い」、「ハードワーク」、「孤独」という言葉では言い切れない
今回の旅には奇妙なパラドックスが存在したんだ。僕たちは何もない荒涼とした広大な土地に何ヶ月もいたのに、囚人だったら人権問題で訴えられるほど小さなテントで暮らしていた。他人から逃げられない風船の中に閉じ込められて長い時間を過ごすんだ。夜にテントに入ればそれまでさ。だってボトルに用を足すんだよ! 寒くて寝袋から出られないんだから!
ボトルに用を足すんだよ! 寒くて寝袋から出られないんだ
南極点到達

南極点到達

© Ben Saunders

その問題にはどう対応したのでしょう?
1年前の夏にグリーンランドに行って、装備のリハーサルをしたんだ。今回と同じ機材、テント、服を持ち込んでルーティンを行い、実際にどうやるか練習した。心理学者とも話をしたよ。僕たちは2人共リーダータイプで、自分で決断を下すのになれていたから、そこがぶつからないかが唯一の心配だった。でもお互い正直に、オープンに話せるように事前に準備したんだ。また、2人の目標は一緒で、そのうちひとりが苛立ってしまえば、目標達成の可能性が低くなるという共通認識を持った。
ゴール直後の2人

ゴール直後の2人

© Ben Saunders

当然、2人の意見の食い違いがあったと思いますが?
唯一の食い違いは、スピードとペースについてだね。タルカは背が高くて細身だけど、僕は背が低くてがっしりしている。だから、ソリが重かったスタート時は、彼より僕の方が力持ちだから、彼を待たなければならなかったけれど、ソリが軽くなっていくと、単純な力よりもスキーのテクニックが物を言うようになってきて、彼の方が速くなった。タルカは素晴らしいスキーヤー(スキーマウンテニアリングの英国代表)だし、2人の理想のペースを見つけるのが中々できなかった。でも、それで仲が悪くなることはなかったね。
何が一番危険でしたか?
基本的には寒さ、体調悪化、低体温症、凍傷だね。海岸線に戻る復路で危機一髪の状況に陥ったよ。食料が底を突きそうになったんだ。2人とも低体温症で危なかったし。あれはギリギリだったね。
世界で最も過酷な気候のひとつ

世界で最も過酷な気候のひとつ

© Ben Saunders

バックアッププランは用意していましたか?
ああ。それを使わなければならなかったんだ! 飛行機で再補給してもらったんだよ。今回は復路のために、往路の途中に食料を10袋順番に置いていったんだ。雪の中に埋めて、GPSの座標をメモしてね。で、その最後の1袋は南極点からかなり離れた位置に埋めたんだ。というのも、復路はソリが軽くなって、更には追い風が吹くはずだからスピードが出るだろうと予想していたからね。でも実際はそうならなかった。僕たちは疲労していたし、天候も酷かった。しかも雪がべたついて摩擦が大きかったから最悪だった。だから埋めた場所に辿り着く前に食料が切れそうになったんだ。
世界一高価な出前を頼んだ
それで、残りの食料消費量を半分にして、4、5日を過ごした。でも、疲労はどんどん溜まっていく一方だった。そしてタルカが深刻な低体温症になってしまい、埋めておいた袋から55kmの地点で食料が半日分しか残っていないという状況に陥った。さすがにこれはリスクが高すぎると僕は判断して、テントを組み立てた。タルカはそこで復活できたけれど、僕たちは食料追加の連絡を入れたんだ。世界一高価な出前だったよ。いくらかかったのか知りたくないね。莫大な費用の一部になったよ。
かなり高額なキャンプ

かなり高額なキャンプ

© Andy Ward

今回の総費用はいくらだったのでしょう?
再補給を含め、フライトだけでも100万ドル(約1億2000万円)かかった。この費用はいちから集めたんだ。ある意味今回の旅と同じ位辛かったね。募金を始めたのは丁度景気が悪かった頃だったから、こういう挑戦にはみんなお金を使いたがらなかったんだ。だから粘って諦めないことの重要性を学んだよ。今回の挑戦までの10年間で10回の探検を行っていて、そのひとつひとつが今回へのステップだった。だからその10年間で考えれば、300万ドル(約3億6000万円)以上の費用がかかっているんだ。キャンプとしては安くないよね。
帰宅した時はどんな気持ちでしたか?
完全に疲労しきっていたし、ある意味辛かったよ。数週間は世捨て人みたいになって、ひたすら眠りたいと思っていた。でも、手袋をしないで歩けたし、他の部分は素晴らしく思えたよ。2人で手袋をしないで歩き回るのが当たり前には思えなくなるだろうねって言ってたからさ。
挑戦が終わった今は何に取り組んでいるのでしょう?
雑誌『Avaunt』を立ち上げた。これは楽しいサイドプロジェクトってところだね。あとは講演を数多くこなしていて、本も書いている。色々なプロジェクトをこなしているよ。
「旅そのものが成果」

「旅そのものが成果」

© Andy Ward

戻ってきてから世界への見方はどう変わりましたか?
10年前はこの挑戦が僕の目標だった。実現に向けて強い意志を持って集中していたし、そのために様々な犠牲も払ったよ。はっきりとしたゴールが決まっていたしね。スコット隊の小屋がまだあるロス島の海岸には氷の裂け目があって、そこがスコット隊の目指していたゴールラインだったんだ。僕たちは10年間努力を重ね、108日間のハードな行程をこなし、ついにゴールラインを越えた。でも、その時、自分の中には何も感情も生まれなかった。自分が何を期待していたのか分からないけれど、今回の挑戦で得た一番の教訓は、僕たちはハードワークをこなし、犠牲を払い、辛抱さえすれば、いずれ幸せや満足感が得られるものだと思いがちなんだってことさ。
旅の終わりに成功は待っていない
「目的地ではなく旅自体が重要だ」っていう良く言うけれど、まさにそれだよ。今回の挑戦が僕に教えてくれたものがあるとすれば、その言葉が正しいってことだね。旅の終わりに成功は待っていない。僕たちがどうその旅をこなしたかが重要なんだ。だから僕の人生への取り組み方を変えたよ。別にもうゴールを設定しないと言っているわけじゃないけど、身近なものを慈しむようになったんだ。今振り返ると、過去10年そのものが面白かったんだよ。ゴールラインを越えたことじゃないんだ。クリシェになりすぎないように言うけれど、僕は以前よりも毎日の変化に気を配るようになって、それに感謝するようになったんだ。