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【Danny Ramplingが選ぶ】セカンド・サマー・オブ・ラブを代表するアシッドハウス名曲 11選

© Ceun courtesy of Shoom
Written by Phillip Williams
伝説のクラブShoomの創始者として知られるUKクラブシーンのゴッドファーザーが1989年の夏を彩った珠玉のアシッドハウス・クラシックをセレクト!
1987年、4人の英国人DJ — Danny RamplingPaul OakenfoldNicky HollowayJohnny Walker — はスペインのイビサ島で今や伝説として語り継がれるホリデーを体験した。
野外ナイトクラブAmnesiaを訪れた彼らは、そこでドリーミーでヒプノティックなロックやポップ、ディスコなどにUSから輸入された最新のハウスミュージックを組み合わせたDJ Alfredoのプレイを聴いた。
そして、ロンドンへ戻ったRamplingはイビサ島で見たその夢の続きを見るために、妻のJenniと共にクラブShoomをオープンした。
今ではすっかりアイコニックな存在となったスマイリーマークや燃え盛るようなポジティブスピリットに飾り付けられていたこのサウスロンドン・サザークのクラブは、アシッドハウス信奉者にとってほぼ宗教的体験に近い存在になった。
ここ数年のRamplingはShoomをヨーロッパ各地で開催して散発的にアシッドハウスをリバイバルさせており、今年11月8日にはShoomレジデントDJだったFarley & HellerとデトロイトのInner Cityを招いてロンドンのElectric Brixtonで開催したばかりだ。
セカンド・サマー・オブ・ラブ30周年を迎えたタイミングでRamplingをキャッチし、あの1989年の長く暑い夏のShoomのダンスフロアを沸かせた11曲を振り返ってもらうことにした。
UKバレアリックの重鎮Danny Rampling
UKバレアリックの重鎮Danny Rampling
誰もが参加して共感できる楽観主義とポジティブさがあの時代にはあった
Danny Rampling

1:Lil Louis「French Kiss」

このトラックはハウス / テクノのプロダクションに画期的でタイムレスな影響を残した。
1989年、AmnesiaのオープニングパーティでDJ Alfredoは「French Kiss」を誰よりも先にアセテート盤でプレイした。誰もが驚いたし、みんなが「なんだこのとんでもない曲は!?」という表情でお互いを見ていた。
Amnesiaの屋外のフロアであの瞬間を経験できたのは最高だったし、「French Kiss」はあらゆるDJプロデューサーが作りたいと願うトラックだった。
もうひとつ、このトラックに関して忘れられない思い出は、DJのために旧友のDave Chipsが運転する車に乗ってブライトンへ向かっていた時のことだ。
車の中で「French Kiss」を聴いていると、大きな坂に向かってどんどん車の速度が上がっていったんだ… 車が坂から飛び出すんじゃないかと思ったよ! 車が飛び出さず、事故を避けられたのは運が良かったと言うしかない。まさにミラクルだった!

2:Sueno Latino「Sueno Latino」

珠玉のイタリア産サマーハウスで、あのManuel Göttschingの名曲「E2-E4」をサンプリングしている。「Sueno Latino」は2人のイタリアのDJ、MassiminoAngelinoがプロデュースし、オリジナルはイタリアのDFCからリリースされた。
リミニのEtos Mamaでプレイした時に初めて聴いた。このトラックを聴くとイタリアのクラブのセクシーさを思い出すね。
みんながスタイリッシュに着飾っていて、女の子たちは日差しを浴びて輝いて見えた。Derrick Mayが手がけたリミックスも素晴らしかった。

3:CeCe Rogers「Someday」

1989年サマー・オブ・ラブが打ち出していたスピリチュアルでセクシーで意味のあるメッセージ “平和・調和・希望” をパーフェクトに体現しているトラックだ。
あの年はベルリンの壁が崩壊し、南アフリカではアパルトヘイトが撤廃された。僕たちは世界の変化を信じていたし、自分たちをその一部だと思っていた。
誰もが参加して共感できる楽観主義とポジティブさがあの時代にはあった。今の世界を覆うネガティブさから逃れ、あの時代に戻りたいと心底願っている。
「Someday」はShoomのアンセムで、スモークやストロボの向こう側で両手を天高く伸ばし、すべてを受け入れようとしていたダンサーたちの表情に浮かんでいた歓喜と幸福感は今も鮮明に思い出せる。

4:The Beloved「Sun Rising」

夏の夜明け、野外、イビサを連想させる名曲だ。The BelovedのJon Marshは1988年のShoomオープン当時の常連だった。The BelovedはShoomやバレアリックのハッピーでポジティブなサウンドを見事に象徴していた。
このトラックのリミックスをJonから依頼された時は嬉しかったね。ノッティングヒルのEastcote Studioへ向かい、徹夜でドラムを加工したりアレンジを変えたりした。
名ギタープレイヤーのChaz Jankel(元Ian Dury & The Blockheads)もふらりとスタジオに顔を出していくらかアドバイスをしてくれたよ。

5:808 State「Pacific State」

マンチェスターの808 Stateが生んだUKアンダーグラウンド・レイヴシーンのアンセムはのちに世界的なヒットになった。
幽玄かつドリーミーでラテン風のプロダクションを持つこのトラックは僕も朝方によくプレイした。複雑過ぎず、とにかくパーフェクトだ。Freemasonsが手がけた最近のリミックスには豪華なピアノが加えられていたね。これもイビサのサマートラックを代表するひとつだ。

6:Frankie Knuckles「Tears」

ハウスミュージックのゴッドファーザー、故Frankie Knucklesのクリエイティブなプロダクションとヴィジョンがなければ、今日の僕たちはない。彼の逝去は音楽シーンを超えて惜しまれる。
「Tears」はRobert Owensの執拗なヴォーカルがトラック全体を覆う、感情に訴えるディープなプロダクションだ。このトラックは世界中のお気に入りだったし、幸福感と寂しさの両方を兼ね備えた痛切なトラックだ。Frankieの冥福を祈りたい。彼のスピリットは音楽を通じて永遠に残り続けるだろう。

7:Orbital「Chime」

アシッドハウス・ミーツ・レイヴといえばこのトラックだ。恍惚と幸福感に満たされた9分間ってところだね。サマー・オブ・ラブの野外パーティ鉄板トラックさ。
プロダクションも素晴らしく、クラシックなブリティッシュサウンドを代表するトラックのひとつだ。

8:Ultra Nate「It’s Over Now」

これはShoom定番トラックのひとつだ。USのレジェンド、Tony Humphriesはニューヨークの98.7 Kissの自分のミックスショーでBasement Boysが手がけたデモミックスを数ヶ月間プレイしていた。
当時はごく限られたDJの手によってリリース前のレコードがラジオで初公開されるケースが多かった。Tonyは僕がニューヨークやニュージャージーを訪れるたびにプロモをくれたものさ。
僕も「It’s Over Now」のデモミックスをゲットした。このバージョンは10分もあって最高に気合が入った仕上がりだった。Tonyは「It’s Over Now」に他のトラックをロングミックスするプレイを得意としていて、当時若造だった僕も真似したものさ。
1989年終盤になると、サマー・オブ・ラブに終わりの気配が近づいていた。シーンが変化し、新たなチャプターと方向性が始まろうとしているあの時期に「It’s Over Now」は共鳴していた。個人的には悲しい時期だったけどね。

9:Starlight「Numero Uno」

このトラックはイタリアへレコードディグ遠征を始めた頃に見つけた。相当な時間と資金を使ってイタリアで新鮮なレコードをゲットしてUKへ戻るとレーベルを黒く塗りつぶした。これを言うのは気がひけるけどね。
ノーザンソウルDJたちが持ちネタを知られなくするためにレーベルを隠してファンを興奮させていたのと同じさ。当時はこれもスリルの一部だったんだ。
これは時の試練に耐えて後世に残るトラックではないけど、1989年当時は桁外れのエナジーを誇っていた。「Numero Uno」はタイトルが明らかになってから人気が爆発して、UKチャート最高6位を記録した。
このトラックのUKでのライセンスを取得してコマーシャルヒットさせたA&RのNick Halkesから感謝の印として僕にとって生まれて初めてのゴールドディスクを贈られた。

10:Dionne「Come Get My Lovin'」

セクシーで絶頂感のあるNYハウスの影響が色濃いトラックで、これもTony Humphriesが98.7 Kissのラジオショーで初公開した。このトラックはShoomやマンチェスターのHaciendaでも大人気になった。ワルくてセクシーな雰囲気なんだ。
当時はこのトラックがプレイされるとフロア全員がセクシーな気分になっていたものさ。Xレーテッド・バージョンもかなり色っぽい内容だった。

11:Illusion「Why Can't We Live Together(Love & Unity Remix)」

僕が初めて手がけたリミックスでは、当時ShoomのレジデントでもあったUKトップDJ / プロデューサーのPete Hellerも関わった。Peteは僕と一緒にサリー州の片隅にあったスタジオに行き、ドラムプログラミングのアレンジを手伝ってくれた。
そうやって仕上がったリミックスはいかにもShoomらしい内容で、NYガラージのドラムプログラミングの影響もありつつ、少しユーロビートっぽさもあった。
サマー・オブ・ラブの音楽は僕たちの世代のフィーリングやマインドセットを反映している。僕たちはユースカルチャーを変えてみせたし、人生を一変させるようなポジティブで並外れた体験を共有したんだ。