ミュージック

UKヒップホップの歴史を作ったシングル ベスト10

1988年のLondon Posseから2008年のGiggsまで、UKヒップホップを彩った多様なビートとライム、そしてラッパーたちの人生の歴史を辿る。
Written by Ringo P Stacey
読み終わるまで:12分Published on
The best of UK Hip Hop

The best of UK Hip Hop

© Red Bull UK

UKのヒップホップは非常に幅広く多様なため、「同郷出身」という点以外の共通点を見出すのが難しい時がある。
しかし、それ以外の点で結びつけられたく時もある。たとえば、ヒップホップがポップカルチャーとして根付く前は、“英国人によるラップ” というイメージは、国内ではお笑いとして捉えられることが多かったのだ。当時のシリアスなUKラッパーの多くが、USヒップホップに憧れてハードさを志向し過ぎている、またはUSヒップホップの真似事しかできていない、として「劣等感の塊」と批判されていたのも納得がいく。
しかし、現代のUKヒップホップが様々な人種や文化に開かれた多様性を持つ音楽だとするならば、そこにはUSヒップホップのサウンドを消化し、UKらしい不良性とサウンドをそこに融合させようとしてきた先駆者たちの努力が部分的に貢献している。1980年代後半から現代までを対象にしたこのUKヒップホップ・オールタイム・ベスト10はリリース当時と劣らぬ新鮮さが感じられるはずだ。各曲をYouTubeで再生しながら、UKヒップホップならではの豊かな多様性を感じ取ってほしい。
London Posse「Money Mad」(1988年)
London Posseは1990年の『Gangster Chronicle』において英国初の本格的なラップアルバムを世に放った先駆者として広く称賛されているが、彼らの強烈で野放図なラガマフィン・ヒップホップを求める人には1988年にリリースされた「Money Mad」のオリジナル・ヴァージョンをお勧めしたい。初期ダンスホール・レゲエらしい不安定さとオールドスクールなテクノロジーへの言及(Bionicは「Currys(訳注:英国の家電量販店)の暴動で手に入れたビデオテープ」とラップしている)は、現代の耳には風変わりに聴こえるが、この曲のコンセプトに潜む悲しさは今でも十分理解できるもので、彼らがぶちまける不満の本質は現代においても痛切に感じられるものだ。
Silver Bullet「Twenty Seconds To Comply」(1990年)
UKヒップホップの歴史を辿る場合、当時先進的なグループだったLondon Posseを避けて通ることはできないが、もうひとりUKヒップホップ黎明期を代表するMCとして外せないのがロンドン生まれのSilver Bulletだ。彼が自称するところのハードコア・スタイルは一般的に「ブリットコア」として知られるまでになった。当時の彼のライバルMCたち ― Hijack、Hardnoise、Blade ― はより内容の高いアルバムを発表していたし、彼らの方がより多くのリスペクトを獲得していたのは間違いない。しかし、Silver Bulletの警察権力の横暴に対してクレイジーに対抗するスタンスや映画『ロボコップ』のサンプルを引用する遊び心にはどこか憎めない魅力があるのも確かで、彼のサウンドとラップは、チャート11位まで登り詰めるのが精一杯だった1990年当時よりも現代のほうがより魅力的に聴こえるような気がする。
Tricky「Hell Is Round The Corner」(1995年)
1990年代のUKヒップホップは知性に欠けていると思われがちだが、実際はそうではない。当時のUKヒップホップにも知性と呼ぶべき要素はあったが、その音楽は大多数の人々が考えるような既存のヒップホップの定型にあてはまらないほど未来的なものだった。Trickyは、RZA率いるUSヒップホップ界のスーパーグループGravediggazと共にEPを丸々1枚手掛けたものの、T同じブリストル出身のMassive Attackの作品に参加したキャリア初期から、常に自らにまとわりつく「トリップホップ」という陳腐なレッテルから逃れようと躍起になっていた。この「Hell Is Round The Corner」のビデオが作られたのはおよそ20年前のことだが、化粧をして中性的な出で立ちとなったTrickyを今見ると、彼はYoung Thug(訳注:奇抜なスタイルと作風で知られるアメリカのラッパー)の20年先を行っていたのかもしれないと思えてしまう。
Skitz ft Wildflower, Estelle, Tempa 「Domestic Science」(2001年)
そのユートピア的な理想主義によって20世紀と21世紀の変換期にあったUKヒップホップを力強く推し進めた画期的なアルバム『Countryman』こそ、おそらくSkitzというラッパーの魅力をもっとも分かりやすく体現しているはずだ。この時期は、1997年のBlak Twangによる第一回MOBOアワード受賞を皮切りに、Roots Manuvaの初期作品、そしてTask Force、Braintax、Skinnyman、Phi-Life Cypherといったアーティストたちの作品がシーンを彩り、さまざまなインディペンデント系アーティストやレーベルが素晴らしいリリース群を展開するのみにとどまらず、祝祭的なパーティ・ミュージックの数々を通して未来への礎を築いた時代だった。この「Domestic Science」を今再び聴いてみると、その後スターとなって羽ばたいていったEstelleの存在はともかく、当時のWildflowerとTempaは実力的にまだまだEstelleほどのレベルには到達できていなかったことが分かる。それは、Tempaの“We're trying to survive, we're queens and we're dapper/Whether it's rapping or working on the checkouts at Asda(私たちはサヴァイブしするのよ クイーンで身なりもいかしてる/ラップしていようと、Asda(訳注:英国の大手スーパーマーケット)のレジ打ちでバイトしてようと、そこは変わらないわ)”という、どこか垢抜けないライムからも端的に窺えるだろう。
Roots Manuva「Witness (1 Hope)」(2001年)
UKヒップホップに一時期でも興味を持ったリスナーなら、きっと誰もがこの「Witness」に内包された激しいリズムやそのリリックにおける謎めいた創造性が溢れんばかりの威厳を持ち合わせていることを認めるはずだ。この「Witness」はヒップホップ専門誌『Hip-Hop Connection』がUKヒップホップのオールタイム・ベストの投票を募った際にも見事1位に選出され、Roots ManuvaはUK最高峰のラッパーとしてそのステイタスを確立した。その理由は、London PosseのRodney Pによる次のコメントからも明らかだ。「Roots Manuvaは大学に通うようなインテリ志向のガキ連中がこぞって聴くタイプのヒップホップだ。バタシーのストリートや公営住宅に行けば、Roots Manuvaなんて名前を知ってる人間なんてひとりもいないはずさ。だが、間違いなくこの曲はビッグチューンだ」 − そしてこの曲は、今もなお強力に響いている。
Foreign Beggars ft Skinnyman「Hold On」(2003年)
UKヒップホップは、時折あまりにも内省的な方向性へと進み過ぎて自家中毒のような症状を引き起こすことがあるが、Foreign Beggarsはそうした所謂ヘッド・ミュージックとフィジカルなパーティ・ミュージックとしてのヒップホップの間を絶妙に橋渡ししてきたアーティストだ。「Council Estate of Mind」のフック部分では16もの威圧的なワード(“Hold on tight to what you own, cos it's people like me what's outside your door = 自分が手にした物は手放すな/なぜならお前が玄関を出れば、俺みたいなヤツがうろついているんだからな”)をずらりと並べてみせた彼は、その約1年後には同名のアルバムでスマッシュヒットを果たした。
P Brothers ft Scorzayzee「Great Britain」(2004年)
リスナーが合意する・しないに関わらず、Scorzayzeeにおける英国そのものへの視点には、ときに議論を巻き起こしかねない政治的・哲学的なトピックが含まれているのは確かで、その直感性が炸裂するラップの鋭さも否定できないものがある。そのラップの強力さもさることながら、その辺り構わぬ乱射ぶり、標的を冷静に見据えて何度もたたみかけるその攻撃性、無駄を省いて純粋性を追求するその意識の高さは見事だ。彼は決して政治というトピックそのものを深く考えているわけではない。どこにでもいるような、限界まで自分をプッシュして、日々の生活の狂気に押しつぶされている、ひとりの利口な青年だ。
Mitchell Brothers ft Sway「Harvey Nicks」(2006年)
Joe Buhdha & Klashnekoff『Lionheart: Tussle With The Beast』やPyrelli Tha Instigator『Tha Organ G』といった大作とリリース時期が被ってセールス面では苦戦したMitchell Brothersのデビューアルバム『A Breath Of Fresh Attire』だが、このアルバムは過小評価された傑作と言っていいだろう。このアルバムがそれだけの価値を持つ理由は、何にも増してThe StreetsのMike Skinnerによる支援が大きい。「Harvey Nicks」とその双子のような曲である「Routine Check」は、日常に潜む偏見という暴力を見事なウィットで屈服させており、そんな素晴らしさを持つ彼らが商業面での成功を得られなかったのは非常に残念だ。今なお彼らのサウンドが素晴らしく響くということがせめてもの慰みだ。
Giggs「Talking The Hardest」(2008年)
UKヒップホップがその本来の存在意義、つまりブラック・ブリテン(英国の黒人たち)の代弁者を見失いつつあった時期に登場したGiggsは、当時隆盛していたグライム・ブームへの対抗としてレイドバックしたギャングスタのりを武器にジャンルの壁を打破した。そのインパクトたるや強烈で、今もKrept & KonanからStormzy、そしてSection Boyzなどに影響が感じられる。この「Talking The Hardest」はGiggsの魅力をパワフルに詰め込んだショウケースとして今も有効で、その強力さは “I treat my little niggas like fam, not a boss.(俺は子分のニガーたちを家族同然に扱ってるんだ、ボス面なんてしてないぜ)”というラインでも象徴的だ。
Lunar C「Free Weed For Single Mothers」(2013年)
1990年代終わり頃に沈黙化したUKヒップホップは、過去5年間におけるHigh Focus、EatgoodそしてBootといったレーベル群の努力によって新たなる自信を回復し、インディペンデント・シーンを生き抜くための枠組みを築いてきた。さらにBoom Bap FestivalのようなフェスやBandcampを主戦場に活動する新世代たちもシーン活性化のための後押しとなっている。そして、シーン活性化の要因としてもうひとつ忘れてはならないのがDon't Flopのようなラップバトル・シーンの成長だ。こうしたシーンでの熱気溢れる現場のエナジーが実際のリリース作品として届けられることは稀だが、このLunar Cは好例になる可能性がある。彼のミックステープはファニーさと中毒性に溢れており、何度も再生して聴く価値のあるものだ。世の中くだらないものばかりだと毒づきたくなった時は、「Free Weed For Single Mothers」をプレイすれば気分も良くなるはずだ。意外なところからやってきたこの曲だが、間違いなく社会正義を讃えるための現代のアンセムだ。
他の佳曲:
Derek B 「Bad Young Brother 」(1988年)
Hardnoise 「Untitled」 (1990年)
Blade「Mind Of An Ordinary Citizen」 (1990年)
Rebel MC「Street Tuff」 (1990年)
Hijack「Hijack The Terrorist Group」 (1991年)
Demon Boyz「Glimity Glamity」(1992年)
Blak Twang ft Roots Manuva「Queens Head」(1996年)
Task Force「The Junkyard」 (1999年)
Jehst「Adventures In New Bohemia」 (2003年)
Klashnekoff「It's Murda」 (2003年)
Skinnyman「I'll Be Surprised」 (2004年)
Sway ft Pyrelli 「Up Your Speed」 (2005年)
Professor Green「Stereotypical Man」 (2006年)
Stig Of The Dump「Braindead」 (2007年)
LATE「I'm A Saint, I'm A Sinner」 (2008年)
Rizzle Kicks「Down With The Trumpets」 (2011年)
Plan B「Ill Manors」 (2012年)
Krept & Konan「Don't Waste My Time」 (2015年)
Lady Leshurr「Queens Speech 4」 (2015年)
Section Boyz「Don't Panic」 (2015年)