カバー曲 名作5選
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ミュージック

日本の音楽シーンを彩ってきたカバー曲 名作5選

4月2日に開催を控える『Red Bull SoundClash 2022』は、ヤバイTシャツ屋さんと岡崎体育が個性と技量を見せつけあうユニークな《歌合戦》。お互いのカバー演奏などを含む4ラウンド制で行われるが、本稿ではこれまで日本のミュージックシーンを彩ってきたたくさんのカバー曲のなかから、名作と呼ぶべきものをピックアップする。
Written by Shoichi Miyake
読み終わるまで:8分Published on
01

椎名林檎「Letters」(宇多田ヒカル)

宇多田ヒカルのうた -13組の音楽家による13の解釈について

宇多田ヒカルのうた -13組の音楽家による13の解釈について

© VIRGIN RECORDS

2022年1月に待望の8thアルバム『BADモード』をデジタルシェア、2月にCDリリースした宇多田ヒカル。今あらためて、多様なビートアプローチや類例を見ない歌唱の方法論を昇華した独創的なポップミュージック像が注目を集めている。
そんな宇多田が活動休止期間中=人間活動期間中だった2014年12月、彼女のデビュー15周年を記念してカバーアルバム『宇多田ヒカルのうた -13組の音楽家による13の解釈について-』がリリースされた。井上陽水、岡村靖幸、浜崎あゆみ、ハナレグミ、吉井和哉、tofubeats with BONNIE PINKという振れ幅の広い国内アーティストから、Jimmy Jam & Terry Lewis feat. Peabo Brysonといった宇多田と親交の深い海外プロデューサーまで、全13組が参加した本作にあって、一際強い存在感を放っているのが椎名林檎のカバーによる「Letters」だ。
▼原曲|宇多田ヒカル「Letters」
原曲の、ラテンテイストでありながらメランコリックなサウンドスケープを描く切実なラブソングの模様を、椎名はそこにジャズの意匠を導入したサウンドプロダクションと倍音の魅力をたっぷり聴かせるボーカルで彩っている。これは、長らく特別な距離感でコミュニケーションを重ねてきた宇多田と椎名林檎による一つの結晶としてのカバー音源だ。
02

宇多田ヒカル&小袋成彬「丸ノ内サディスティック」(椎名林檎)

『宇多田ヒカルのうた -13組の音楽家による13の解釈について-』に収録された椎名林檎の「Letters」からその後、ふたりの音楽的な交流は一層密度の濃いものとなった。
2016年、宇多田の6thアルバム『Fantome』では「ニ時間だけのバカンス featuring 椎名林檎」が実現。「母であり妻であるふたりだからこそ描ける日常と非日常の危うい関係」をテーマに、スリリングにしてメロウ、そして絶妙なポップネスをたたえた楽曲を結実させた。
▼原曲|椎名林檎「丸の内サディスティック」
その後、2018年5月に椎名のデビュー20周年を記念して制作されたトリビュートアルバム『アダムとイヴの林檎』には、宇多田ヒカル&小袋成彬による「丸ノ内サディスティック」のカバーが収められた。ドラムにはディアンジェロやロバート・グラスパー、アデルなどとの仕事で知られる世界的トップドラマー、クリス・デイブも参加したこのカバー音源では、歌詞の行間、音像の隙間をも豊潤な呼吸で満たすようなジャズサウンドとデュエットが紡がれている。至極、という言葉はこういう音楽のためにあるのではないだろうか。
03

My Little Lover「風をあつめて」(はっぴいえんど)

日本語ロックの始祖として、あるいは近年は海外からも熱視線が送られている日本産シティポップの源流という文脈でも語られることの多い、はっぴいえんど。細野晴臣、大滝詠一、松本隆、鈴木茂という若いリスナーでもレジェントとして認識しているに違いないメンバーが集い1970年代に数々の名盤を残した、まさに言葉通りの伝説のバンドである。
▼原曲|はっぴいえんど「風をあつめて」
昨年11月には松本隆の作詞活動50周年記念オフィシャルプロジェクトのクライマックスとして開催されたコンサート『風街オデッセイ2021』にて、日本武道館のステージに、はっぴいえんど名義で細野、松本、鈴木が集結。「花いちもんめ」、「12月の雨の日」、そして、「風をあつめて」を披露したことも記憶に新しい。
そして、今から20年前にはトリビュートアルバム『HAPPY END PARADE~tribute to はっぴいえんど~Compilation』がリリースされていた。2枚組の本作には、小西康陽、曽我部恵一、スピッツ、Jim O’Rourke featuring ORIGINAL LOVE、くるり、永積タカシ from SUPER BUTTER DOG、キリンジ、キセルなど総勢20組のアーティストが参加。
異色なのは、My Little Loverだろう。はっぴいえんどの解散後に生まれた言葉であり概念である“J-POP”の黄金時代を90年代に築いた一角である小林武史率いるMy Little Lover。彼らは本作で大名曲「風をあつめて」をカバーしている。My Little Loverのオリジナル曲とは一風異なるウェルメイドなシティポップ然としたアレンジは今耳にしても新鮮な聴き応えがある。
04

Suchmos「雨」(ペトロールズ)

長岡亮介(Vo,G)を中心に三浦淳悟(B)、河村俊秀(D)をリズム隊に迎え、2005年に結成された3ピースバンド、ペトロールズ。スリーピースというミニマムなバンド編成を最大限に活かし、最初から誰にも似ていない音楽に生々しい息吹を注入している。
そんな彼らのカバーアルバム『WHERE,WHO,WHAT IS PETROLZ?』がリリースされたのは、2017年。参加アーティストには彼らをリスペクトするアーティストたちが参加している。先輩のORIGINAL LOVE、海外からは台湾の人気アーティストである林宥嘉 (YOGA LIN)、さらにKID FRESINO+STUTS、LEO今井+呂布(Ryohu)、Rei+NAOKI(LOVE PSYCHEDELICO)などエクスクルーシブなユニットも実現。
▼ぜひカバーアルバム全曲もチェックしてほしい
そして新世代のグルーヴィーなバンドサウンドを牽引したSuchmosも名を連ね、ペトロールズの代表曲の一つである「雨」をカバーしている。never young beachによる「Side by Side」、Yogee New Waves「On Your Side」とともにSuchmosの「雨」を聴くと、ペトロールズの楽曲というフィルターを通して、2017年当時のインディーズから勃興していったバンドシーンの様相が浮かび上がってくるし、その感触がとても愛おしい。
05

PSG(PUNPEE,5lack,GAPPER)& ORIGINAL LOVE「I WISH/愛してます」

2021年、デビュー30周年を迎えたORIGINAL LOVEの初のオフシャルカバーアルバム「What a Wonderful World with ORIGINAL LOVE?」がリリースされた。事前に意識してはいなかったが、ORIGINAL LOVE=田島貴男はここまでピックアップしたカバー/トリビュートアルバムの4作品中、3作品に参加しており、あらためてそのミュージシャンズミュージシャンとしての求心力に驚かされる。
本作にはORIGINAL LOVEと濃密な音楽的交歓を果たしてきたアーティストたちが参加し、その顔ぶれは原田知世、長岡亮介、椎名林檎、TENDRE、小西康陽、Yogee New Waves、東京事変、YONCE(Suchmos)など、やはり豪華かつ多彩だ。
その中でも特筆したいのは、現在はメンバーの3人がそろうこと自体がレアになっているPSG(PUNPEE,5lack,GAPPER)が参加していること。PSGが2009年にリリースしたデビューアルバムにしてマスターピース『David』に収録されている「愛してます」はすでに日本語ラップのクラシックとして幅広く聴かれている名曲だが、ここでPUNPEEがORIGINAL LOVEの「I WISH」を大胆かつスマートにサンプリングしてみせたそのセンスはかなりのインパクトがあった。
▼かつてPSGが「I WISH」をサンプリングした名曲「愛してます」
▼その元ネタがこちら
そういった流れを踏まえても、このオフィシャルカバーアルバムでPSG(PUNPEE,5lack,GAPPER)& ORIGINAL LOVE名義の「I WISH/愛してます」という融合音源を聴けた喜びは、格別なものがあった。カバーアルバムはときにこういったドラマが伏線を回収するようにして生まれるから、面白い。
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今回は名作カバーを5曲紹介してきたが、優れたカバーには原曲へのリスペクトが不可欠であることが見てとれる。
来たるイベント『Red Bull SoundClash 2022』は、文字通り互いのアーティストが音楽を通してぶつかり合う一夜になるのだが、カバー演奏などを通して行われるバトルは単なる衝突ではなく、音楽家同士の敬意と遊び心が入り混じる刺激的なステージが繰り広げられるはずだ。
ヤバイTシャツ屋さん vs 岡崎体育による因縁の音楽対決『Red Bull SoundClash 2022』
ジャマイカの“サウンドクラッシュ”カルチャーにひねりを加えた、レッドブルが仕掛けるユニークすぎる音楽対決イベント『Red Bull SoundClash』。
各ステージごとに課されたテーマに応じて、2組のアーティストがその個性と技量を見せつけあう、ただの対バンじゃない一風変わった新しい4ラウンド制の歌合戦。
どちらがより観客を沸かせるのか? 対決のようで2組のアーティストが観客と共にステージを創り上げる、新しい音楽の形。