身をかがめ空気抵抗を減らせば、最高速(=法定速度ほど)が少し伸びる。
© Kunihisa Kobayashi
カート

【実験】人は、カートでどこまで遠くにいけるのだろう?

公道走行可能なレーシング・カート。言うまでもなく長距離移動用ではないけど、敢えてコレで旅に出た。真夏の灼熱地獄の中、孤独なレーサーはどこまで行けるのか? 世界一ムダな耐久レースがはじまった。
Written by 中三川大地
読み終わるまで:10分Published on
京都を目指し、東海道をひたすら走る

京都を目指し、東海道をひたすら走る

© Kunihisa Kobayashi

とある夏の日。ナンバー付きの50ccカートで24時間を走りきり、東京 日本橋から京都 三条大橋を目指す。東海道五十三次の24時間耐久レース。なにも考えず、ただ衝動にまかせてキーをひねり、飛び出した。
どうか長旅にお付き合いください!!

18:00 日本橋

「天候でスタートが遅れる。これも耐久レースっぽくていいじゃないか」
出発直前。このときはまだ身に降りかかる惨劇の数々を知る由もない。

出発直前。このときはまだ身に降りかかる惨劇の数々を知る由もない。

© Kunihisa Kobayashi

本当ならばル・マン24時間やニュル24時間に敬意を払い、午後3時にスタートするつもりだった。だが、前夜までの台風の影響で、出発は午後6時にずれ込む。
ドライバーの身体が剥き出しの細いフレームに、たった50ccの熱量しかない空冷2サイクルエンジンを積むカートが、この旅の相棒である。スーパーマリオのような飛び道具を持たない僕にとって、不安は募るいっぽう。ひたすら笑顔を振りまいて隠す。24時間は、自らに課した課題だ。ル・マンやニュルなどの耐久レースの感動と興奮を、取材を通して知っていた。いや、知ったつもりでいた。だから今回、24時間を走りきって、エースドライバー気分に浸ってやろうじゃないか。
まずは銀座を抜け、目指すは500km先の京都。

まずは銀座を抜け、目指すは500km先の京都。

© Kunihisa Kobayashi

真夏の都心でレーシングギアに袖を通す。帰路を急ぐOLや、夜の帳へ繰り出すビジネスマンが、冷たい視線でチラリと見る。でも、照れくささよりも暑さで、なにもかもどうでもよくなる。躊躇も、迷いも、しているヒマなどない。なにしろ僕はエースドライバーなのだ。独りだけど。
ヘルメットのバイザーを少しだけ開ける。たった1cmの隙間から、排気ガスの匂いの混じった蒸し暑い熱気が入り込んでくる。それは公道の新参者を威圧する勢いで襲いかかってくるようでいて、すぐに同じ温度で僕の内側を満たしていった。

19:00 横浜

「カートならサーキットでレース経験もあるからさ、と高をくくっていた昨日までの自分を殴り飛ばしたくなった」
わずかな凹凸でハンドルが取られる。ハンドルを握る握力がすぐに無くなっていく。

わずかな凹凸でハンドルが取られる。ハンドルを握る握力がすぐに無くなっていく。

© Kunihisa Kobayashi

意気揚々と出発したものの、実はすぐに、この旅を後悔し始めていた。
サスペンションがなく、フレームとタイヤが直結しているカートからは、路面の凹凸やマンホールによる段差、トラックが残した轍(わだち)の衝撃を、まるで凶器のように身体に突き刺してくる。乗り心地が悪いという範疇をはるかに越えている。カート自体、荒れた路面に翻弄されて四方八方へと暴れ回るから、たまったもんじゃない。ステアリングを両手でしっかりと握りしめていないと、どこかへ飛んでいっちゃいそうだ。サーキットって、やっぱり路面が良かったのね。

21:00 藤沢

「待て、冷静に考えよう。これで24時間走り切れるのか――?」
50ccのマイクロカー扱いだから、高速道路はもちろん、バイパスの類も走れないところが少なくない。しかも想像以上に非力で、一応は「最高速度=法定速度」であるものの、出足は自転車に負けるほどかったるい。上り坂ではアクセルをベタ踏みでも、みるみる速度が落ちていく。忙しない夜の産業道路では、完全に空気の読めない存在になっている。トラックがいかにも邪魔そうに、僕のすぐ脇をかすめるように抜いていく。抜かれ上手もエースドライバーに必要な技量だと、ここはぐっと堪える。
最初の給油。暴れるマシンを両手で押さえ込んでいるからか、つい手が震えて少々タンクからガソリンをこぼしてしまう。燃費計測は、早くも台無しである。

23:00 小田原

「無謀な闘い――。でも、いったい僕は誰と闘ってるんだ?」
法規的にも高速には当然乗れない。東海道をただひたすらに走る。

法規的にも高速には当然乗れない。東海道をただひたすらに走る。

© Kunihisa Kobayashi

暴れ回る車体、抜かれまくるトラックと格闘しながらも、次第に慣れてきた。アンダーパワーゆえ無駄のないラインを取り、極力速度を落とさない。ミリ単位のステアリング操作で、まるでレーサー気分である。道も気温も快適で、少しばかり上機嫌だ。ここへ来て初めて、追い越し車線に足を踏み入れた。それだけで、ちょっぴり嬉しい。
暗雲が立ちこめたのは、箱根の裾にさしかかったころ。突然の豪雨である。
突然の豪雨。再度ピットインし、レインセッティング(=ビニール傘)へ。

突然の豪雨。再度ピットインし、レインセッティング(=ビニール傘)へ。

© Kunihisa Kobayashi

まるでプールに潜ったかのような視界でかろうじてセンターラインを確認する。水たまりで車体がぽわんと浮かび上がり、吹き出し続けている汗が、途端に冷や汗に変わる。加えて、まるで壁のように立ち塞がる箱根の上り坂にゲンナリする。速度も気分もみるみる落ちていく。もうパンツまでびしょ濡れ。やっぱり、無謀な闘いだったのか。
無論、傘なんて役に立つはずがなくこの有様。

無論、傘なんて役に立つはずがなくこの有様。

© Kunihisa Kobayashi

深夜1:00~ 静岡県
「そういえばル・マン・レーサーも“休息が大事だ”なんて言ってたな」
山を越えたころにはもうヘトヘトだった。とっくに日付は越えている。少々の焦りを感じる自分をあざ笑うかのようにその先に拡がっていたのは、肥よくな大地と、どこまでも続くような幹線道路だった。そんな雄大な大地には数え切れないほど感動したけれど、その雄大さが逆に苦痛でもあった。なにしろ夜明けまで、静岡県を走りっぱなしである。
身をかがめ空気抵抗を減らせば、最高速(=法定速度ほど)が少し伸びる。

身をかがめ空気抵抗を減らせば、最高速(=法定速度ほど)が少し伸びる。

© Kunihisa Kobayashi

夜が白け始める。いつの間にか雨は上がり、びしょ濡れのスーツは乾き始めていた。と、同時に、交通量が少なく快適になったからか、極度の眠気が襲ってくる。単調なエンジン音が子守歌に聴こえる。耐久レーサーたるもの、これじゃあいかんと自分を律する。
たとえ旨いシラス丼を目の前にしてもメットは脱がない。それがレーサーの嗜み。

たとえ旨いシラス丼を目の前にしてもメットは脱がない。それがレーサーの嗜み。

© Kunihisa Kobayashi

で、選んだ選択。海と浜名湖の恵みを感じさせる浜松エリアに癒されることに。足湯に浸かり、地の料理を楽しむ。ほんの数10分、つかの間のピットインだ。思えば夜明けに浜松なんて、ペースが遅い気もするが、そんなこと構っちゃいられない。こっちはもう、身体全体が悲鳴を上げているのだ。
◆閑話休題 : カートで行く東海道イメージクリップ◆

1分

Kart De 500km Image Clip

Kart De 500km Image Clip

11:00 豊橋

「もう少しで名古屋だ。でも……まだ名古屋、だ」
路面電車との夢のデッドヒート。

路面電車との夢のデッドヒート。

© Kunihisa Kobayashi

豊橋で路面電車と出会ったときは、互いにメインストリームを歩くことのない乗り物同士として妙な共感をおぼえた。と、同時に名古屋までの道のりが、いかに遠いのかも。
ここまで来ると、日常では知り得ないことがわかってくる。
山だけじゃなく川を越えても、気温がわずかに変化することを知った。なだらかに見えるオーバーパスが、思いのほか起伏の激しいことを知った。とある市から市へとまたぐたび、路面が悪くなったり良くなったりした。
山を越え河を渡り、ひたすらに西へ。

山を越え河を渡り、ひたすらに西へ。

© Kunihisa Kobayashi

悪路はおろか路面電車を追いかけてレールをまたぐたび、カートのフレームが悲鳴を上げる。それ以来、平坦な路面でも振動が大きくなったのには、気が付かなかったことにしておこう。ル・マンもニュルも、終盤になるにつれマシンが悲鳴を上げていたっけ。

13:00 名古屋

「しょうがない……、あとひと踏ん張り」
通常の車移動ならすっ飛ばすこんな景色。遠い昔を思い出すようで心に染みる。

通常の車移動ならすっ飛ばすこんな景色。遠い昔を思い出すようで心に染みる。

© Kunihisa Kobayashi

灼熱の中部エリアは、さすがに堪える。けれども苦労の甲斐あって、行き先を示す青看板に、ようやく「京都」の文字が見えるように。しかし、その文字の右側に記載されるサンケタの距離数を見て、またため息をつく。
残り時間を考えると、もう休んでいるヒマなんかなかった。この辺り、暑くて、眠くて、身体も痛くて。どこをどう走ったか、正直、あんまり覚えていない。ただひたすら、東海道を示す「国道1号」をなぞっていた。カートのオイルが切れそうで、急いで補充した。注入口から大量にこぼして、一流レーシングチームのピットワークっぽくはいかなかったけれど、あれは手が痺れていたんだと言い訳しよう。
君にはオイルというエナジーを、、、、

君にはオイルというエナジーを、、、、

© Kunihisa Kobayashi

まるでカートのエンジンオイルかのごとく、僕はキリリと冷えたレッドブルをゴクリと飲む。そんな僕にカートが「早く行こうぜ」とささやきかける。
そして僕にはレッドブル・エナジードリンクを。

そして僕にはレッドブル・エナジードリンクを。

© Kunihisa Kobayashi

ふたりとも、少し元気を取り戻す。

17:00 甲賀

「レース終盤での底力って、もしかして、これ?」
四日市から鈴鹿、そして亀山へ。いくつもの山を越えていく。基本、山道と、その合間にある街中に頻出する渋滞の繰り返し。甲賀の山奥、急勾配でみるみる速度が落ちるのは箱根と一緒。
わずかな上り坂ですら、目の前に立ちふさがる壁に見える。

わずかな上り坂ですら、目の前に立ちふさがる壁に見える。

© Kunihisa Kobayashi

だけど「暑い、生ぬるい、そして急に冷たい」だけしか感じなかった僕の皮膚が、ここにきて初めて「涼しくて、清々しい」を体感した。なるほど、これがマラソンランナーが体感するというランナーズハイってやつか……。
もちろん、単に涼しいエリアなだけである。
タイヤの溝がなくなり、マシンにも限界が近づく。

タイヤの溝がなくなり、マシンにも限界が近づく。

© Kunihisa Kobayashi

大きな声じゃ言えないけれど、下りで最高速度を記録した。タイヤはとっくにスリップサインが出ているのに。もう終盤。精神力あるのみ、である。

18:00 京都

「観光客が浴びせまくる僕への質問。なんか、優勝者インタビューみたいじゃん」
あれから山と渋滞をいくつ越えただろうか。瀕死の状態で琵琶湖をかすめ、最後の山をこえて、いよいよ京都へ。はんなりと柔らかい古都の光が僕を歓迎してくれた。
ついに到着した、京都は祇園。古都ではカートいう乗り物がひときわ異彩を放つ。

ついに到着した、京都は祇園。古都ではカートいう乗り物がひときわ異彩を放つ。

© Kunihisa Kobayashi

実際、外国人観光客が、カメラを向けながら笑顔で話しかけてくる。まるでレースを終えてのウイニングラン気分。ヒーローとして表彰台に立ったかのようだ。独りだけど。
江戸時代に整備された日本の五街道のひとつにして、日本の経済発展を支えた大動脈――東海道。1960年代に東名高速道路が整備され始めると、動脈として東西を結ぶという役目は終えたように思えた。しかし、今もなお東海道は生きていた。
と、たかが24時間で物知り顔をしてつぶやく僕を、江戸時代に徒歩や馬で往復した者達が聞いたら、軟弱者だと笑うだろう。しかし少なくとも、ぶ厚い鎧に包まれたクルマでは絶対に味わえない。距離の重み、その価値の片鱗を知ることができた。

ここで結論 「何故、こんな辛い旅に出てしまったのだろう――?」

結果、日本橋から三条大橋まで、カートが刻んだ総走行距離は530km。公式的には、江戸と京の間は里程124里8丁、つまり487.8kmという。ルートの選択や撮影を含めると、妥当な距離だった。シャンパンファイトこそなかったけれど、クルマならひとっ飛びのこの距離にある、濃密な世界、そのドラマ。ものの見事に、その世界にどっぷり浸かってしまっていた。
永遠にも感じた国道1号。

永遠にも感じた国道1号。

© Kunihisa Kobayashi

移動時間なんて人生の無駄だという。人生の時間軸、その隙間に感染する“悪魔”のような存在。その悪を少しでも取り除こうとしたのが近代社会の歴史だった。
いまやハイパフォーマンスカーの動力性能は天井知らず。優れた制御技術を含めて、誰もが鼻歌交じりで300km/hの世界を体感できるほどに。ハイパフォーマンスと謳われない乗用車であっても、移動はすこぶる快適で、なんのドラマもなく瞬時に目的地へたどり着くのが当たりまえになった。移動という行為に日常が途切れず、すっかり悪は顔を潜めたようだ。
飛行機だったら、この旅もあっという間に終わっていただろう。

飛行機だったら、この旅もあっという間に終わっていただろう。

© Kunihisa Kobayashi

いや、時間を短縮させるハイパフォーマンスカーの世界なら、まだ人を興奮させるかもしれない。が、人間はいま、A地点からB地点へと移動しなくても事足りる。モバイルツールの進化で、人とのコミュニケーションもショッピングも……、もはや自宅やオフィスにいながらにしてたいていの用事は済んでしまう。悪が顔を潜めたどころか、もはや消滅しかかっている。
移動時間を悪と捉え、それを削ることを美徳とする社会だからこそ、逆に正反対の行動を取ってみたかった。悪魔のいない平穏な世の中だからこそ魔力を求めるなんて、単に僕のわがままなのかもしれない。
場所、時間によって異なる表情の見せる空。

場所、時間によって異なる表情の見せる空。

© Kunihisa Kobayashi

「何故、こんな辛い旅に出てしまったのだろう――?」
旅の前半戦。箱根の山奥で豪雨に見舞われた際、ヘルメットのバイザーを曇らせながら、ひとり、そうつぶやいていた。
だけど、いまなら胸を張ってこう断言したい。
「何故、こんな楽しい旅を、いままで知らなかったのだろう――?」
心身を癒す一時...

心身を癒す一時...

© Kunihisa Kobayashi

◆動画製作&写真撮影:小林邦寿◆取材協力:アキバカート http://akibanavi.net/