Gaming
シーンの頂点に長年立ち続ける持続力、類い希なる集中力、常に勝利を目指す高い意識を兼ね備えた梅原大吾こと “ウメハラ” は、格闘ゲームプレイヤーのレジェンドとして知られている。海外では “The Beast” とも呼ばれるウメハラは、1990年代に『ストリートファイター』シリーズの全国トーナメントで初優勝を記録したあと、数々の栄光を味わってきたが、現在34歳となった今は、これまでとは違う、より複雑なアプローチでゲームに取り組んでいる。対戦相手の思考を読み、自分のプレイを高める課題を自らに課し、非常に洗練された形での勝利を目指しているウメハラの存在感は非常に大きく、最近は漫画化もされている他、自分のゲームやトーナメントへのアプローチを解説した本も出版されている。更には、日本企業のエリートビジネスマンたちから、その哲学を教えて欲しいと頼まれる存在にさえなっている。今回はインタビューを通じてウメハラの歴史と哲学を紐解いていく。
Red Bulletin: ビデオゲームの世界において突出したキャリアを積んできたあなたは、そこから人生哲学まで生み出しています。ビデオゲームとの出会いについて教えてください。
ウメハラ:アーケードゲームに出会ったのは11歳の時でした。友人たちと近所にあったレンタルビデオ屋に行った時に、『ストリートファイターII』をプレイしたんですが、すごくしっくりきたんです。
当時、欧米では、ビデオゲームに熱中している人たちは後ろ指を指されたり、社会不適合者として扱われたりしていましたが、あなたはどんな子供だったのでしょう?
僕は友人に恵まれていて、そのグループのリーダー的存在でした。昔からみんなを楽しませるのが好きで、その性格が『ストリートファイター』のプレイにも影響を与えましたね。プレイを続けていくと、地元の友人や他のプレイヤーに勝てることが分かってきました。まだ若かったですし、自信に満ち溢れていた僕は、学校が終わればプレイするようになっていきました。
日本の教育システムは厳しく管理されていることで知られていますが、両親から止められるようなことはありませんでしたか?
なかったですね。父はずっと応援してくれています。本人の過去の経験がその理由だと思います。父は若い頃剣道をたしなんでいて、上級者だったこともあってそのまま剣道の道を進みたいと思っていたのですが、僕の祖父に言われて、普通のキャリアを選んだんです。ですが、そこに悪気はなく、祖父は僕の曾祖父の教えを繰り返していただけでした。祖父は祖父で将棋の棋士を目指していたのですが、曾祖父に止められたのです。祖父や父は因習のために自分たちの情熱を犠牲にしてきました。ですので、父はその流れを断ち切りたいという思いで、僕にビデオゲームの道を歩ませてくれたんだと思います。ですが、1990年代初頭、日本にプロゲーマーはまだいませんでしたし、この道に進むのは簡単ではなかったですね。
『ストリートファイター』シリーズに惹かれた理由は?
『ストリートファイターII』は当時のアーケードで一番人気がある格闘ゲームでしたし、他のプレイヤーと直接対決できるというシステムが気に入っていました。日本の公立学校の教師は、なるべく競争をさせずに、全生徒がそれなりの成績を取れるように指導しますが、僕は頭ひとつ抜けた存在になりたかったんです。他人とは違う、何かで抜きんでた人になりたかったんですね。「これなら負けない」というものが欲しかったんです。
美しくないプレイは周りに飽きられてしまいます
当時は何がモチベーションだったのでしょうか? 賞金が魅力だったのでしょうか? それともコミュニティの輪に加わりたかったのでしょうか?
日本のトーナメントの賞金は高額ではなかったので、賞金はモチベーションにはならなかったですね。プレイを始めた当初は、単純にこのゲームのコンテンツ、雰囲気、キャラクターが気に入っていました。ですが、14歳頃になると、コミュニティや対戦相手に興味が出てくるようになりました。他のプレイヤーを観察・研究して、彼らに勝つための戦術を用意することに興味が出てきたんです。その頃にひとつの大きな出会いがありました。この頃になると、僕はかなり強いプレイヤーになっていましたし、勝つことだけを考えていました。その時に、ある年上のプレイヤー − 当時24歳くらいだったと思いますが − が僕の強さを褒めてくれたのですが、同時に勝ち方をもっと考えるべきだと教えてくれました。魅力のない勝ち方をしてもダメだと。プレイの美しさを考えずに相手に圧勝しても、前には進めないと言われました。僕がその勝ち方を続けていれば、他のプレイヤーにすぐに飽きられてしまうだろうと彼は感じていたんです。
その時にプレイのアプローチを変えたのですか?
はい。弱キャラと言われるキャラクターを選んでプレイするようになりました。基本性能に劣るキャラクターなので、勝つのが難しくなりましたが、楽しいと思えましたし、他のプレイヤーも僕の対戦を面白いと感じてくれるようになりました。自分をあえて追い詰めて、そこに課題を作ることで、新たな成長ができました。テクニックも向上しましたし、誰も僕に勝てなくなりました。それで17歳と19歳の時に全国大会で優勝したんです。
1998年に米国で開催された世界大会に初出場して、当時全米王者だったAlex Valleに勝って優勝しました。まさに無敵状態だったのではないですか?
僕もそう感じていました。ですが、勝利を重ねていくうちに、徐々に意識が変わっていきました。最初の数年は、特定の記録やパフォーマンスを意識することなく、どの対戦も同じ情熱と集中力で取り組んでいたのですが、4連覇がかかっていた2000年の全国大会では自分の意識が変わっていたんです。4連覇を狙っていたんですね。かなりのプレッシャーを自分にかけていましたし、気分も優れず、体重もかなり落ちました。
結局、そのトーナメントでは優勝できませんでした。僕のキャリアの中で最も辛い敗戦のひとつでしたね。長い間その対戦を振り返ることができませんでしたし、アーケードにさえ顔を出せませんでした。不安に飲み込まれていたんです。プレイヤーはこのような意識でトーナメントに挑んではいけません。
重要なのは道のりです。悪い結果が出たとしても、それはミスではなく、ひとつのステージに過ぎません
他にもそのような辛い経験はありますか?
2010年にも大きな転機がありましたね。その頃にはプロゲーマーとして自立していたので、スケジュールは多忙でしたし、自分にかなりのプレッシャーをかけていました。毎日16時間プレイして、米国で開催された『ストリートファイターIV』のビッグトーナメント(EVO 2010)優勝という目標を掲げていました。結局、優勝できたのですが、情緒不安定になりました。心も体も疲れ切ってしまいましたし、プレイが楽しくなくなりました。あとになってから、全力で準備しても自分が満足することはないし、最終的には自分の理想を崩してしまうということに気付きました。
一時的にゲームから離れたのはそれが理由だったのでしょうか?
ゲームから離れていたのは2005年から2008年の間です。日本での自分のキャリアの将来が見えなくなってしまったんです。それで麻雀に切り替えました。ここでも高いレベルでプレイしていました。麻雀の世界は、大会やトーナメントの運営が格闘ゲームよりもしっかりしていましたし、プロフェッショナルでした。また、僕が好きな「知力勝負」がありました。対戦相手を読むための分析や戦略、そしてスピーディな思考が求められました。ですが、敗けて金銭的に困っている他の雀士の姿を見なければなりませんでした。僕はその「勝負師の世界」に居心地の良さを感じなかったんです。それで麻雀を離れて介護職に就き、老人ホームで働きました。あの経験はすごく楽しかったですね。
2008年末に格闘ゲームの世界に復帰した理由は?
父をがっかりさせてしまったのではないかと思っていたんです。父からは「自分が好きなことをやれ。だが、その分野のリーダーになるには辛抱が必要だ」と教わっていましたが、まだそこまでの影響力を持てるような存在にはなれていないと感じていたんです。それで格闘ゲームの世界に戻ったんですが、丁度『ストリートファイターIV』がリリースされたタイミングで、僕より上手い若い世代のプレイヤーたちがいました。新しい才能の登場はコミュニティにおいて非常に健康的なことですし、僕にポジティブなモチベーションを与えてくれました。これまでとは違うカルチャーの中で、新しいアプローチで自分のテクニックを磨かなければならないと感じましたね。
“ウメハラ” は他のプレイヤーとどこが違うのでしょう?
他の多くの人たちと同じで、僕にはふたつの面があります。ひとつは戦術を考え、理論的なアプローチを取ろうとする合理的な部分です。そしてもうひとつは、目標達成を目指す中で充実感を得たいと考える気持ちの部分です。この気持ちが邪魔されたり、否定されたりしてしまうと、勝てなくなりますし、前に進めません。家族がいる人は、大切なパートナーや子供たちの気持ちを無視して突き進んでも、本当の意味で満足することはできません。家族も一緒に幸せや満足感を得ていく必要があるんです。
これがビジネスマンのためのセミナーで伝えようとしているメッセージですか?
そうですね。ビジネスマンのひとたちは、1年の始めに設定した目標を達成するだけで満足してはいけません。目標が終着地点ではないからです。その目標は長期的な成長におけるひとつのステージに過ぎません。重要なのは道のりです。悪い結果が出たとしても、それはミスではありません。ひとつのステージ、成長・変化のチャンスなんです。
自分の息子があなたと同じキャリアを歩みたいと言ったら、どんな言葉をかけますか?
「やってみなさい」と言うでしょうね!
