ダニエル・リカルドは2018シーズンのF1を盛り上げているひとりだ。破格のキャラクターとレースへの真摯なアプローチで世界中のF1ファンに親しまれている今シーズンの彼は、彼らしいスタイルで複数のレースで勝利を掴み取っている。
今年5月に行われたモナコGPでは、全フリープラクティスセッションでトップタイムを記録し、予選でもポールポジションを獲得。
迎えた決勝では中盤以降MGU-Kのトラブルによるパワーロスに見舞われながらも、一度も首位を明け渡すことなくモナコ初制覇のミッションを達成した。
リカルドが現在のF1を代表するスタードライバーのひとりであることは誰もが認めるところだ。しかし、それ以前の彼はどのようなドライバーだったのだろう?
英国F3で磨かれ、2011〜2013年の3シーズンを通じてHRTやScuderia Toro Rossoで積み上げてきたリカルドの才能が本当に開花した瞬間はいつだったのだろう? 彼が現在のような常連ウィナーとなるきっかけとなった重要なリザルトはいつ刻まれたのだろう?
リカルドにとって、毎年6月に開催されるカナダGPは4年前の2014年にF1初優勝を飾った思い出のレースだ。
傑出したレース内容によってもたらされたその初勝利は、2014シーズンから施行された新たなV6ターボ・ハイブリッド規定に最も優れた適応を見せたMercedesが開幕から6戦連続でポールポジションと優勝を独占して圧倒的な強さを見せていた最中に生まれた。
純然たる速さ、粘り強さ、ほんのわずかなチャンスに賭ける決断力、リスクが最大限に高まる中でもミスを犯さない冷静さ。これらがリカルド初優勝の原動力で、その後彼が築くことになるF1優勝6回のほとんどに共通する特徴になっていった。
リカルドのF1初優勝から4年が経過したこのタイミングを機に、彼にとってブレイクスルーの瞬間となった2014シーズンカナダGPを、リカルド本人と、ビッグスマイルが自慢のこのドライバーが真のF1スターになった瞬間に立ち会った関係者たちの発言を交えながら振り返っていこう。
Red Bull Racing加入当初
Red Bull Racingは自然吸気V8エンジンとマーク・ウェバーの最後となった2013シーズンを圧倒的な強さで締めくくった。
ウェバーのチームメイト、セバスチャン・ベッテルは終盤の9連勝を含むシーズン通算13勝を記録し、4年連続のワールドチャンピオンを悠々と手に入れた。
しかし、2014シーズンに向けたプレシーズンテストは、ベッテル、ウェバーの後任としてチームに加入したリカルド、Red Bull Racingの3者にとって悪夢とも言える内容となった。
Renaultが投入した新型パワーユニットは信頼性の欠如に悩まされ、リカルドにとって母国GPとなる開幕戦メルボルンを前に、Red Bull Racing RB10はレースディスタンスを一度も完走できていないという有様だった。
果たしてRB10はメルボルンでチェッカーフラッグを受けられるのか? 信頼性に問題を抱えたRenaultエンジンでレースディスタンスを完走するために、リカルドとベッテルはどれほどペースを抑えなければならないのか?
2014シーズン開幕前夜の時点で、Red Bull Racingへの期待値は限りなく低かった。
リカルドのコメント(2013年12月のインタビュー):
「 “期待” という言葉がすっかり嫌いになってしまった。なぜなら、時として期待にはいくらかの落胆がつきものだからね… でも、プランはあると言っておこう」
「自分のマシンには高い競争力を求めているけれど、もしそうならなかったとしても、セブ(ベッテル)に迫りたいね。できればシーズン開幕の時点で彼とトップ争いをしたいけれど、現実的に言えば、彼に近いポジションを狙いたい。自分に時間的な猶予を与えるつもりはないよ」
そのような状況だったが、リカルドは大雨に見舞われた土曜日の予選でキャリアベストとなる2番手グリッドを獲得すると、ベッテルが早々とリタイアした決勝でも、ウィナーとなったニコ・ロズベルグ(当時Mercedes)に次ぐ2位に入り、F1での初表彰台をゲットした… かと思われた。
しかし、決勝レースが終了して数時間が経過し、ほとんどの観客が引き上げたアルバートパークのパルクフェルメで、リカルドのRB10に最大燃料流量レギュレーションへの違反が発覚。リカルドは決勝レースのリザルトから除外されてしまった。リカルドとRed Bull Racingにとってこれは手痛い結果となった。
しかし、トロフィーを返還しなければならない結末になったとはいえ、リカルドを幻の初表彰台へと導いたレース中のペース自体は彼に今後へ向けた明るい希望を持たせた。
リカルドのコメント(2014年10月、オーストラリアの日刊紙The Ageのインタビュー):
「サーキットを出る時は自分が失格になったとは知らなかったんだけど、そんな予感はあったんだ。車でホテルに戻り、裁定がどのようなものになるにせよ、初めての表彰台に立った余韻を楽しむためにビールでも飲もうと考えていたところだった」
「そんな時、電話が鳴った。数人の友人がまだホテルに残っていたので、僕の部屋へ来てもらい、みんなで静かにビールを酌み交わした」
「話すことはそんなになかった。何も得るものがなかった1日だったから、少なくともどんなふうに自分が感じていたのか思い出したかったんだけどね」
「トロフィーを持ってサーキットを出たわけじゃないから、結局あのトロフィーは表彰台で一度見たきりさ。当時は落胆したけど、今思えば素晴らしい週末だった。パワーユニットのトラブルを回避して、表彰台に立ったのは事実だからね」
「トロフィーは返還しなければならなくなったけれど、それを取り戻したいというハングリーな気持ちが一層高まったよ」
リカルドがトロフィーを取り戻すのにそう長い時間はかからなかった。
第2戦マレーシアではリタイアを喫したものの、続く第3戦バーレーンでは予選での10グリッドペナルティ(前戦マレーシアの決勝レース中のアンセーフ・リリースが原因)を受けて13番手からスタートしながら4位入賞を果たし、表彰台まであと1歩というところまで迫る。
リカルドは第4戦中国でも3位フェルナンド・アロンソ(当時Ferrari)に肉薄する4位でフィニッシュ。
このレースで特筆すべきは、同じRB10に乗る4度のワールドチャンピオン、セバスチャン・ベッテルに対して20秒もの大差をつけてフィニッシュしたという事実だ。
2回の4位フィニッシュを経て、リカルドは第5戦スペインで待望の初表彰台を獲得する。
予選・決勝共にMercedesが圧倒的な強さで制したこの年のバルセロナでのリカルドは、予選を3番手で終え、決勝も同じ順位でフィニッシュした。優勝したルイス・ハミルトンに49秒差をつけられてのゴールだったが、初のトップ3入りは果たした。
続く第6戦モナコでも、リカルドは予選・決勝共に3位で終えている。この時のリカルドは2位ハミルトンにわずかに遅れてゴールしている。
2014シーズン第7戦カナダを迎える時点で、Mercedesによる1-2フィニッシュはもはや毎レースおなじみの光景となっていた。Mercedesが1-2フィニッシュを達成できなかったのは、ハミルトンがリタイアした開幕戦オーストラリアのみだった。
この時点でのリカルドはチャンピオンシップで3位アロンソに7ポイント差の4位に位置し、チームメイトのベッテルには9ポイント差をつけていた。しかし、リカルドにとってカナダは決して得意なサーキットではなかった。
2012シーズン以降、カナダGPを2度経験していたリカルドだが、予選トップ10は未達成で、ベストリザルトは14位(2012シーズン)止まりだった。
しかも、1年前のレースでは、のちにリカルド自身が「自分のF1キャリアで最も苦しかったレースのひとつ」と認めるほどの苦戦を味わっていた。
リカルドのコメント(2016年7月、RedBull.comのインタビュー):
「2013シーズンのカナダこそ、僕のキャリアにおけるターニングポイントだったかもしれない。あの時点で、僕たちはマーク(ウェバー)が2013シーズン限りでRed Bull Racingを去ることを知っていたんだ」
「あの年のカナダは間違いなく僕の人生最悪のレースだった。当時チームメイトだったジャン=エリック・ベルニュは決勝で6位入賞を果たしていた。Toro Rossoのマシンではほとんど優勝にも等しい好結果だ。対する僕は15位に低迷していた」
「ペースが遅くても、自分でその原因が分かっていれば納得するものだけど、あの週末の僕は自分でも原因が分からないくらいに酷かった。Red Bull Racingのシートを得るチャンスがあると知っていたのも悪く作用したのかもしれない」
「嘘をつきたくないから正直に言うけど、あの週末のあと、レースマシンが嫌いになっていた。モントリオールからニューヨークへ向かって1週間過ごし、レースのことを一切考えないようにして、自分を責めるのは止めようと努めていたんだ」
フリープラクティス:中団で低迷
サーキット・ジル・ヴィルヌーブの長いバックストレートは当時のRB10のマシンパッケージには不利で、ツイスティなモナコ市街地サーキットで見せたRB10のアドバンテージは、モントリオールのヘアピンから最終シケインを繋ぐ長い全開区間では発揮されないと見られていた。
カナダGPのレースウィークエンドに向けたRed Bull Racingチーム内のムードは控えめに言っても大人しく、リカルドが金曜のプラクティスで首位ハミルトンに1.5秒遅れの12番手に終わったことが、その自信のなさを示していた。
プラクティス後のリカルドのコメント:
「12番手はちょっとした驚きだ。正直、もう少し上に行けると思っていたんだ。マシンが快適に感じられなかったにせよ、トップから1.5秒も遅れるとは思わなかった。ちょっと理解しがたいね」
「セブ(ベッテル)がクイックなラップをできたのはポジティブな部分だ。彼のランを元に僕たちの状態を比較して、取り組むべきポイントを見極めてそこから向上していけるかどうか判断できる」
プラクティス後のクリスチャン・ホーナー(Red Bull Racingチームプリンシパル)のコメント:
「モントリオールは我々にとってチャレンジングなレースになるだろう。Renaultが水面下で懸命な作業に取り組んでいるので、(前戦の)モナコではトップに肉薄できた」
「しかし、今回はモナコとは正反対のキャラクターを持つサーキットだ。モナコはハンドリング性能が重要だが、モントリオールはストレートでの最高速が重要だ。Mercedesのパワーユニットを使用するライバル勢に我々がどこまで迫れるのかが非常に興味深いポイントになる」
リカルドのコメント:
「もしうまくやれなければ、これまでのように後方に沈んでしまうかもしれない。確実に良い仕事をしなければ」
予選:善戦するも苦しい内容
またしてもMercedesが圧倒した予選前最後のプラクティスを5番手で終え、前向きな気持ちになっていたリカルドだったが、予選は苦しい内容だった。
リカルドはその予選セッションで6番手を獲得したが、これは彼にとって2014シーズン予選ワースト順位でもあった(第6戦カナダGP時点)。
フロントローはMercedesの2台が独占し、ロズベルグが0.079秒差でハミルトンを上回った。一方、Red Bull Racingは、ベッテルが3番手から6番手までのタイム差がわずか0.041秒差以内という接戦を制して “ベスト・オブ・ザ・レスト” の予選3番手を手にし、リカルドはその4台グループの最後尾に終わった。
ちなみに、この2014シーズン6戦目で、ベッテルは予選順位でリカルドを初めて上回った。
予選後のセバスチャン・ベッテル(当時Red Bull Racing)のコメント:
「最後のアタックラップの入りは良くなかった。セクター1はうまくまとめきれなかったけど、さらにリスクを取ったことが功を奏したよ。マシンと格闘しているという意味では、まだ求めるレベルには達していない」
予選後のクリスチャン・ホーナーのコメント:
「今週末に入る前に、『予選結果は3番手と6番手でどうだ?』と取り引きを持ちかけられていたら、喜んで受け入れていただろう」
予選後のリカルドのコメント:
「3番手までは僅差だったけれど、十分接近できずに代償を支払う結果になってしまった。週末を通して成長できているし、ライバルからそう離れているわけではないけれど、僅差で負けるのはやはり悔しいね」
ポールポジションを獲得したニコ・ロズベルグ(Mercedes)のコメント:
「このサーキットではオーバーテイクのチャンスが少なく、同じマシンではなおさらなので、ポールポジションを得ることが非常に重要だった。明日は僕たち2人(Mercedesのドライバー)の一騎打ちになると思うし、その他のライバルとのギャップはかなり大きなものになるだろう」
予選を2番手で終えたルイス・ハミルトン(Mercedes)のコメント:
「2回アタックラップを試みたが、良いラップができなかった。マシンの状態は問題ない」
リカルドのコメント:
「 “シットハウス(Shithouse:「最低・最悪」を意味するスラング)” って気分だよ。記事にできる言葉で言いなおすと、“スクラッピー(Scrappy:散々)” って感じかな」
「いささか苛立ってしまっていたから、懸命に自分の気持ちを盛り上げようとしているところさ。ほんの0.5秒程度違うだけで3つもグリッドを落としてしまうんだから、苛立つのも当然だ。
「わずかなミスの代償を払わされた。今日はがっかりした。でも、それが予選ってものさ」
決勝:6番手グリッドからの逆転優勝
Mercedesの2台による1-2フィニッシュがは既定路線と目されていた決勝のロズベルグとハミルトンは、スタート直後のターン1が勝敗を決めると考えていたはずだ。
かくしてロズベルグはスタートでハミルトンに対して厳しいディフェンスを敷き、押し出されたハミルトンは辛うじてターン2のエスケープへ退避。この混乱の中、ベッテルが2番手へ順位を上げた。
しかし、ハミルトンが10周目にベッテルから2番手の座を奪い返したあとは、2台のMercedesが異次元のレースペースで他を引き離して他のドライバーたちで表彰台最後の一角を争うという、いつもの構図へと収束していった。
しかし、ストップ&ゴーの性質を持つモントリオールのストリートサーキットは常に予想外の展開を生み出す。
レースが中盤に差し掛かると、盤石かと思われていたMercedes勢にも綻びが見え始め、ロズベルグとハミルトンが揃ってエンジンの急激なパワーロスを訴えた。
両者はそれまでのペースから2秒近くも落とした走行を強いられ、想定外の2度目のピットインでチームが応急処置に当たり、結局、ハミルトンのマシンは根本的な解決ができないまま、48周目にブレーキトラブルでリタイアに追い込まれた。
一方、ロズベルグは、幾分妥協してペースを落とす必要に迫られたが、首位を堅持するには十分な状態だった。ロズベルグの2014シーズン3勝目はもはや確実とされていた。
その頃、ロズベルグの後方ではリカルドが爆発的なインラップを披露し、2度目のピットストップでベッテルへのアンダーカットを成功させていた。
2度目のピットストップを終えた時点でリカルドの前方を走っていたのは、1ストップ戦略で表彰台の一角を狙っていたForce Indiaのセルジオ・ペレスだった。
レース後のリカルドのコメント:
「ルイス(ハミルトン)がトラブルを抱えていることは無線で知らされていたから彼をパスすると、彼はのろのろとピットへ入っていった」
「その時、自分の順位を確認しようとしていたんだけど、3番手ぐらいだろうと思っていた。『OK、表彰台に上がれるなら上出来じゃないか』と思いながら数周走っていると、そう遠くない位置でロズベルグが前方を走っているのが見えた」
「それまで20秒とか30秒の差があったのに、突然彼の姿が視界に入ってきたんだ。思わず二度見しちゃったけど、そこで僕たちにチャンスが巡ってきたことを認識したんだ」
依然としてリカルドの前にはペレスが走っており、彼のForce Indiaはストレートでのアドバンテージを持っていたが、同時にブレーキの磨耗を抱えており、リカルドはオーバーテイクの機会を虎視眈々と窺っていた。
リカルドのコメント(2014年8月のインタビュー):
「本来Mercedesが得意とするはずのストレートでスピードが伸びずに苦しんでいるロズベルグを見て、『よし、これはいけるぞ』と確信できた。あとは、ペレスを手早くパスすることが肝心だった。あの時は、彼のペースに付き合わされていたからね」
残り5周、バックストレートに続く最終シケインでペレスを仕留めきれなかったリカルドは、続くターン1へのブレーキングで大胆な勝負を仕掛けて見事に前へ出た。2番手に上がったこの時点でF1での最上位フィニッシュは確実だったが、首位ロズベルグが射程距離に入っていた。
勝負に出るべきタイミングだった。
リカルドのコメント(2014年8月のインタビュー):
「ペレスの背後について結構長い間走っていた。彼は磨耗したタイヤを上手くマネージしていたし、僕は『果たして彼をパスできるだろうか?』と考えていた。そのあと、ようやく最終シケインをうまく立ち上がれたんだ」
「こちらの強みはブレーキングにあると分かっていたから、ターン1で外側から仕掛け、マシンをライン上に留めようとした。少しばかりコース外にはみ出しても、とにかく持ちこたえた」
残り3周、バックストレートでロズベルグのDRS圏内に追いついたリカルドは、そのままの勢いでロズベルグをパス。それまで一度もF1で首位を走った経験がなかった男が、優勝まで残り約10kmまできたのだ。この瞬間、リカルドの胸中では様々な思いが去来しはじめた。
リカルドのコメント(2014年8月のインタビュー):
「首位に立った時、僕がナーバスになっていなかったと言えば嘘になるね。心拍数が微妙に上がってくるのを感じていたよ」
「様々な感情が巡っていたけど、それでもなんとか冷静な思考をキープして、自分がやるべきことを理解していた。突然ドライブの方法を忘れるとか、そんな感じにはならなかった」
「依然としてドライブに集中していたとはいえ、内心ビクビクだったのも確かさ。ギアシフトするたび、ブレーキペダルを踏むたび、何ごとも起こらないように、突然ブローすることがないように、とにかくマシンが持ちこたえるようにとだけ願っていた。メカニカルな部分が全て問題なく機能するように祈るしかなかった」
リカルドが初優勝へ向けたファイナルラップに突入する頃、ペレスとフェリペ・マッサ(Williams)は激しい4番手争いを展開しており、3番手ベッテルは周囲で何かが起きれば即座にチャンスを伺うべく我慢のドライブを続けていた。
そして、その「何か」はベッテルのすぐ背後で起きた。
ファイナルラップのターン1で互いに並びながら進入したペレスとマッサは大きなアクシデントを起こしたのだ。ベッテルはかろうじて巻き込まれずに済んだが、即座にセーフティカーが導入された。
サーキットの至る場所にデブリが散乱したため、結果的にレースはファイナルラップ開始時の順位で確定し、一切のオーバーテイクが禁じられた。
かくしてリカルドの優勝が確定したが、セーフティカー先導のゆっくりとした速度でフィニッシュラインをまたいで初優勝を飾るとは、リカルド本人も予想していなかったはずだ。
リカルドのコメント(2014年8月のインタビュー):
「マシンからすぐさまジャンプして降りるべきか、ひとまず深呼吸すべきか判断できなかった。すごく疲れ切っていたし、精神的にもくたくたになっていた。どうすればいいのか全く分からなくて、現実感が全くなかった」
レース後のベッテルのコメント:
「ペレスとマッサがかなり接近しているのが見えたと思ったら、背後から何やら白い破片がミラーに飛んで来た。だからとっさにステアリングを右に切ると、マッサのマシンが宙に浮きながら僕の真横をかすめていった… ぎりぎりのところで彼の姿を確認しておいてラッキーだった」
レース後のフェリペ・マッサ(当時Williams)のコメント:
「メディカルセンターでペレスと話したけれど、彼には本当に失望させられたよ。彼は学習する必要がある。説教してやりたいくらいだったよ。なぜなら、大きなクラッシュだったし、怪我をしていてもおかしくなかったんだからね」
「彼がアンダーブレーキングで他のマシンに寄せてきたのは今回が初めてじゃない。同じことを何度もやっている。何も言わずマシンを左に寄せてきたんだ。彼が学習することを願うね。僕たちは時速300km/hのスピードで競っているんだから」
かつて19戦13勝という記録を打ち立てたこともあるRed Bull Racingにとって、優勝は未知のものではなかった。しかし、2014シーズン序盤におけるMercedesとその他大勢の間に存在したギャップを考えれば、このリカルドによる勝利は大きかった。
レース後のクリスチャン・ホーナーのコメント:
「まさかこのレースで我々が勝てるとは予想していなかったが、ダニエルは彼らしいドライブとオーバーテイクでチャンスを掴み取った。彼は開幕からずっとミスをしていない。初優勝を挙げた彼を嬉しく思っている」
「初優勝はどんなドライバーにとっても素晴らしい感慨をもたらすものだ。セブ(ベッテル)が3位に入ってリカルドと共に喜ぶことができたのも良かった。リカルドの人生とキャリアにおいて非常に特別な1日になった。この勝利を実感するのに、おそらく2・3日は必要だろう」
リカルドのコメント(2014年10月、オーストラリアの日刊紙The Ageのインタビュー):
「セブが示してくれたリスペクトには感銘を受けている。彼は僕が勝った時にも敗戦を素直に受け入れ、自ら僕に近づいて背中を軽く叩いてくれた。僕もレースに負けるのは嫌いだからこそ、彼のような行動は簡単にできるものではないと分かっている」
「それでも、彼は常に一定のリスペクトを示してくれているし、だからこそ僕も彼がそうしてくれているように彼をリスペクトしている。僕たち2人の間に摩擦はないよ」
レース後のフェルナンド・アロンソ(当時Ferrari)のコメント:
「冬のテストの不調を経て、Red Bull Racingがこれほど早い段階で優勝できると誰が予想できただろう? Mercedesは非常に強力だが、彼らにもメカニカルトラブルは起きうる。そうなった時にチャンスを掴める位置にいる必要がある」
「Red Bull Racingはそのポジションにいた。これは僕たちにとっても励みになるし、レースウィークエンドの間に流れが変わる可能性はいくらでもあることが証明された。何があってもおかしくない」
リカルドのコメント(2014年8月のインタビュー):
「きっとやれると思っていても、それまでの過程でプレッシャーに潰されて駄目になることもある。だから、自分でやれたというのは良い気分だし、すごくハッピーだ」
「表彰台の上からチームのみんなやファンの姿を眺めて、中には僕の名前を連呼してくれる人たちもいて… あの瞬間の全ての音や光景を忘れることはないだろう」
リカルドは当初、その日の夜にヨーロッパへ戻るフライトを手配していたが、すぐにこれをキャンセルした。
長年苦楽を共にしてきたパーソナルトレーナーのスチュワート・スミスやチームクルーと共に、自分たちでさえ予想していなかった会心の勝利を祝うためだ。
リカルドのコメント(2015シーズン オーストラリアGP公式プログラムからの抜粋):
「レースが終わってから数時間経って、スチュと一緒にレンタカーでサーキットをあとにしようとした時にようやく優勝の実感が湧いてきた。この時に初めて自分が成し遂げたことをきちんと振り返り、ひとりで考える時間が持てたんだ」
「Red Bull Racingはモントリオールでパーティを開催してくれたけれど、あの時は興奮というよりは疲れていた。いくらか祝杯を挙げたけれど、アドレナリンを出し尽くすと、エナジー切れになってしまっていた。精神的にくたくただった。もっと上手くやらなきゃって思ったよ」
初優勝後のリカルド
その発言通り、リカルドはレースを重ねるごとに “もっと上手く” なっていった。
カナダでの初優勝の翌月、サマーブレイク前の最後の1戦となったハンガリーGPで、彼はファイナルラップでアロンソのFerrariを捕らえ(リカルドにとってはもはやおなじみのストーリーだ)、そのままキャリア2勝目を達成した。
「あのオーバーテイクには手を焼いたね」とブダペストでのレース後に語ったリカルドには、はるばる地元パースから応援しにきてくれた古くからの友人たちに囲まれながら優勝の余韻を楽しむ余裕も身についていた。
続くベルギーGPでは序盤に起きたロズベルグとハミルトンの同士討ちに乗じて3勝目をマークし、サマーブレイクをまたいで2連勝を達成。
2014シーズン全19戦を終えた時点で、リカルドは3勝・表彰台フィニッシュ5回を記録し、ベッテルに71ポイントの大差をつけるチャンピオンシップ3位でRed Bull Racing加入初年度を終えた。
新加入のチームメイトに大敗を喫したベッテルは、この年鈴鹿で行われた日本GPで翌2015シーズンからFerrariへ移籍することを発表した。
2015シーズン以降、リカルドは4戦で優勝している(2016シーズンのマレーシア、2017シーズンのアゼルバイジャン、2018シーズンの中国、そして2018シーズンのモナコ)。
これらの優勝は全てドラマティック、あるいはファンの心を掴む形で勝ち取ってきたものだが、それでも2014シーズンのカナダで刻まれたブレイクスルーの記憶は今も燦然と輝いている。
昨年2017シーズンのカナダGPでリカルドが3位表彰台を獲得した際は、インタビュアーとして表彰台に登壇した俳優サー・パトリック・スチュワート(『新スタートレック』のピカード艦長や『X-MEN』シリーズのプロフェッサーX役などで知られる)にシューイを勧め、モントリオールの観客を大いに盛り上げた。
今年2018シーズンのカナダGPのリカルドは、4年前の初優勝時と同じ予選6番手グリッドを得た。
決勝では序盤でのポジションアップを狙ってハイパーソフトをスタートタイヤに選び、スタート直後のターン1でキミ・ライコネン(Ferrari)をパス。
その後セーフティカーが導入されたため、ハイパーソフトのメリットをフルに引き出せなかったが、1回目のピットストップでルイス・ハミルトンへのオーバーカットを成功させて4番手に浮上した。
そこからチェッカーフラッグまで展開されたハミルトンとの長く息詰まる攻防はレース後半の大きな見所となり、リカルドは最後までハミルトンのプレッシャーをはねのけて4位入賞を果たした。