ヒップホップ サブジャンル A to Z
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ミュージック

ヒップホップ サブジャンル A to Z

ギャングスタ、トラップ、ブーンバップ、ドリル… 1970年代後半に誕生したオリジナルから派生したサブジャンルの数々をまとめてみた。
Written by Richard Stacey / Updated by Naofumi Saii
読み終わるまで:24分最終更新日:
ラップというジャンルは、落ち着かないシーンだ。
サンプリングに代表されるように常に新たな音楽を吸収したり、《トラップ》の連続したハイハットのように新たな表現を発明しては、アーティスト達は切磋琢磨し続けている。また、地域やスタイルを標榜して活動するラッパーが主流だった昔に比べ、様々なジャンルを融合させ、多様なタイプのラップをするアーティストは既に珍しくない。つまり、ラップにおけるジャンルの定義付けは年々難しくなっている
それでもなお、ジャンルの定義とアップデートは必要だ。様々なスタイルが混ざっているからこそ、我々は音楽について話す際、「ドラムの音は《トラップ》そのものだが、《グランジ》のような疾走感あるテンポ」といったように、サブジャンルの定義に頼ってコミュニケーションをしているからだ。そして常にトレンドが更新されつづけるラップ・シーンにおいて、そのサブジャンルの定義を書き出す行為は、歴史の振り返り作業でもある。
この記事の原文は、ニューヨークのRichard Stacey氏によって2019年に書かれた。その序文ではこう書かれていた。
“ヒップホップファンがヒップホップを聴くよりも楽しんでいることがあるとするなら、それはジャンルの定義について議論を重ねることだ”
その原文を2022年現在の立場でアップデートしたのがこの記事だ。ヒップホップの多様なサブジャンルをA〜Zまで順を追ってあらためて整理してみよう。
01

Boom Bap / ブーン・バップ

ヒップホップの古典的なドラムパターンである”boom-boom-bap”という音が、そのままジャンル名となった。ヒップホップ黎明期は、ほぼ全てのヒップホップトラックが《ブーン・バップ》と言える。Marley Marlのサンプリング革命から、ニューヨーク黄金時代を築いたDJ PremierPete RockLarge Professor等はもちろん、キャリア初期のKanye WestJust BlazeJ Dillaなどこの流れは脈々と受け継がれた。
しかし、2010年代中盤に急拡大した《トラップ》がシーンをテイクオーバーしていった時期において、《ブーン・バップ》の曲をリリースするだけで保守的かつ懐古主義に捉えられてしまう時期もあったが、そんな時でもJ.ColeRapsodyJoey Bada$$など優れたリリックで活躍したラッパーも多い。総じてシンプルなドラム・ループの《ブーン・バップ》では、よりライム及びリリックのデリバリーが浮き彫りとなり、ラッパーとしての真価が明らかになる
同時に興味深い動きをしているのは《トラップ》が人気を博す時期に、真逆と言えるドラムレスな方向性へとスタイルを変化していったThe Alchemistだ。彼は近年Griselda周辺のラッパー達と盛り上がりを見せており、《ブーン・バップ》でありながら古典的なドラムパターンを無視どころかドラムを消したようなビートで《ブーン・バップ》の歴史を更新している。これをネオ《ブーン・バップ》と呼ぶのは、安直すぎる気もする。
代表曲:Mobb Deep 「Shook Ones, Pt. II 」
02

Cloud Rap / クラウド・ラップ

《クラウド・ラップ》というタームは、 “Based God” (“ブッ飛び神” とでも言うべきか)を名乗るLil Bが生み出していたユラユラと宙に浮いているようなヒップホップトラックを指すために2010年に考案された。
その後、腰にくるパーカションサウンドを前面に押し出す従来のヒップホップサウンドよりも、ブッ飛びながら内省するためのアブストラクトなベッドルーム・サウンドスケープを好むアーティストたちをひとまとめに説明するために頻繁に使用されるようになった。
このサウンドのパイオニアには、Clams Casino、オークランド出身のデュオMain AttrakionzA$AP Rockyなどが含まれる。
代表曲:A$AP Rocky「Purple Swag」
03

Conscious Rap / コンシャス・ラップ

広義の《コンシャス・ラップ》は、その時代の価値観に “ウォーク”woke:人種差別や不正に対して感度が高いことを意味するスラング)なラップ全て、つまり、Melle Melが都市部の貧困について訴えているGrandmaster Flash & The Furious Five「Message」から、J.Coleが現代人の中毒をテーマに語る『KOD』までが含まれるが、基本的には社会政治への関心を高めようとしているヒップホップを指すタームとして使われている。
自らを “The Teacha / 教師” と呼ぶKRS-Oneや、アクティビストとしての活動がアーティストとしての活動と同じくらい広く知られているAkalaDead PrezTalib KweliBoots Riley(The Coup)などを思い浮かべてもらいたい。こうした啓蒙家としての側面を持つラッパーだけでなく、残酷なストリートを鋭い言葉で描写する《ギャングスタ・ラップ》も、警察による人種差別や汚職に対抗する意味で重なる部分は多い。
狭義の《コンシャス・ラップ》は、ブラックカルチャーへの関心や意識の向上を目指すアフロセントリックなヒップホップ、つまり、1999年代初期のPublic EnemyParisX-Clanや、2010年代のKendrick Lamarのようなアーティストのサウンドを指す。
中でもKendrick Lamarの成功は《コンシャス・ラップ》だけでなく、ヒップホップ文化全体に貢献した。緻密かつ、人々に議論や考察の余地を残したデリバリーは彼のファンだけでなく、他アーティストや批評家達からも絶賛され、商業的成功も納めた。『DAMN.』でラッパーとして初のピューリッツァー賞獲得を果たし歴史に名を残した彼の偉業は、大衆を目覚めさせるリーダーとして振る舞うのではなく、大衆の一人である自分を“コンシャス / 意識”した創造力の結果だろう。
代表曲:Blackstar「Definition」
04

Chicago Drill / シカゴ・ドリル

《シカゴ・ドリル》は、2011年頃にシカゴ南部でトラップの影響を強く受けて生まれたサブジャンルで、熱心な《シカゴ・ドリル》ファンではないリスナーが、このサウンドと《トラップ》を音楽的に区別することはほぼ不可能で、どちらのサウンドもディケイの長いベースラインを兼ねたキック32分で細かく鳴るハイハットを多用している。
この2つの主な違いはフォーカスアティテュードで、《トラップ》はドラッグビジネスのダーティな側面を取り上げる傾向が強く、《シカゴ・ドリル》は銃による暴力ギャング抗争をテーマにすることが多い。
《UKドリル》については後述する。
代表曲:Chief Keef「I Don’t Like ft. Lil Reese」
05

Crunk / クランク

1990年代の大半を通じて、《クランク》というタームは 「盛り上がる / 興奮する」を意味する “ダーティ・サウス” 特有のスラングのひとつでしかなく、Outkastのデビューアルバム『Player’s Ball』やメンフィスラップのレジェンドTommy Wright IIIのトラック「Getting Crunk」など、このエリア出身のアーティストたちの作品の中に散見できる程度だった。
しかし、1997年、Lil’ Jon & The Eastside Boyzがデビューアルバム『Get Crunk Who You Wit』をリリースしたことで、彼らはこのタームの永久所有権を手にすることになった。
このアルバムをきっかけに、《クランク》は、トラップのプロトタイプと呼べる、Lil’ Jonをはじめとする厳ついラッパーがヘヴィなミドルテンポに合わせてアドリブで叫んだり、攻撃的なリリックを紡いだりするサウンドそのものを指すようになった。
代表曲:Lil Jon & The East Side Boyz「Get Low」
06

Emo Rap / エモ・ラップ

男性的な力と富を誇示する価値観が、元来ヒップホップには強かったがゆえに、母親と恋人を失った嘆きだけで構成された2008年のKanye Westのアルバム『808s & Heartbreak』は、ヒップホップカルチャーに大きなインパクトを与えた。またKid Cudiも自身のメンタルヘルスをテーマにした曲を同年ヒットさせたラッパーだ。こうした自分の弱さをセクシーかつキャッチーに仕上げるDrakeや、悲しみが感じられるヘドニズムを打ち出すFutureなどがさらにプッシュするようになった。
2010年代中盤、エモ・ロックを《トラップ》に取り込んだLil Peepや、激しいサウンドと言動で注目を得た後に鬱の衝動を物悲しく歌って人々を驚かせたXXXTentacionが活躍する頃、《エモ・ラップ》はSoundCloudを中心として世界中から注目を集めた。しかし、そのブームに火が点くや否や、両名ともがこの世から去ってしまった。ブームの勢いの担い手として期待されていたJuice WRLDも2019年に死去してしまい《エモ・ラップ》は若干の落ち着きを見せているが、上記のラッパー達はヒップホップが扱ってこなかった鬱や寂しさをラップにも定着させ、その功績は大きい。
代表曲:Lil Peep「Awful Things ft. Lil Tracy」
07

Frat Rap / フラット・ラップ

《フラット・ラップ》“お気楽” (言い換えれば “何も考えていない”)ラップで、米国大学の男子学生社交クラブ / 友愛会を意味する「フラタニティ / Fraternity」パーティライフを謳歌するためのものだ( “フラット” はフラタニティの略)。
おそらく《フラット・ラップ》に関して最も多く語られているのは、このサブジャンルとパイオニアたちの間に生じた急速な剥離だろう。
2009年に「I Love College」をリリースしてこのサブジャンルを生み出したAsher Rothが、ビールと女性を愛する快楽の日々をテーマにしたトラックを二度と作ることはなく、Mac Millerも初期こそ《フラット・ラップ》的キャリアを送ったが、後期はスローダウンした。また、Hoodie AllenSammy Adamsなどもすでにここから離れている。
しかし、騒々しい通過儀礼であるはずの《フラット・ラップ》は、今もしぶとく残っている。
代表曲:Huey Mack「Call Me Maybe(Remix)」
08

Gangsta Rap / ギャングスタ・ラップ

本物のギャングスタ、またはギャングスタ的ライフスタイルに影響を受けたアーティストが生み出したサブジャンルが《ギャングスタ・ラップ》だ。
「ストリートライフを正直に切り取ったもの」と捉えるか、「倫理的に微妙なライフスタイルを過度に称賛したもの」と捉えるかは関係なく、セールスだけでこのサブジャンルは最大のヒップホップスタイルのひとつに含まれる。
ギャングスタのライフスタイルについて初めて明確に言及したヒップホップトラックは、1986年にリリースされたSchoolly D「PSK」だが、《ギャングスタ・ラップ》ムーブメントが世界的な認知度を得たのは、それから2年後、NWA「Fuck The Police」にまつわる倫理騒動が起きた時だった。
このサブジャンルは、NWAの元メンバー、Dr Dreのソロデビューアルバム『The Chronic』がリリースされた1992年頃までに一大ブームへと成長し、その人気は、大きなハイプを生み出したKanye Westのサードアルバム『Graduation』50 Centのアルバム『Curtis』のセールス対決でKanyeが勝利した2007年まで続いた。
2007年までに、Snoop DoggTupacNasRaekwonJay-ZScarfaceThe Notorious B.I.G.など数多のアーティストたちが合理的な疑問を超えて「ギャングスタのメンタリティを理解することなく、近年の米国社会、ひいては世界全体を理解することはできない」ことを証明していった。
代表曲:Dr Dre & Snoop Dogg「Deep Cover」
Dizzee Rascal

Dizzee Rascal

© Steve Stills / Red Bull Content Pool

09

Grime / グライム

《グライム》は、21世紀初頭にイーストロンドンの公営住宅団地で発祥したハードでアップテンポなエレクトロニック・サウンドで、このサウンドが果たしてヒップホップの括りに入るのかという議論は、このサブジャンルの黎明期から今まで続いている。
多くの人たちが、《グライム》のサウンドのルーツは、ヒップホップとは180°異なるUKガラージにあるとしているが、オールドスクールヒップホップもファンクやディスコのようなクラブミュージックをルーツに持つことは触れておくべきだろう。
《グライム》が台頭した頃、“ヒップホップ” というタームは、メインストリームのヒップホップや《ブーン・バップ》を意味しており、どちらも《グライム》との関わりを避けていた。
しかし、《グライム》がヒップホップのひとつであるという説を支える証拠は数多く存在する。
《グライム》は若い世代の黒人たちによって生み出されたストリートミュージックで、リリックのバトルを重視しており、USヒップホップから大きな影響を受けている(初期《グライム》のミックステープにはUSヒップホップのビートが数多く使われている)。
そして今も《グライム》はヒップホップの進化に最も大きな影響を与えたUKミュージックであり続けている。その証拠として、若いラッパー達の間ではトレンドが《トラップ》からドリル・ミュージックへと移行しつつあるが、《UKドリル》は《グライム》と《シカゴ・ドリル》の子供と言えるからだ。
代表曲:Dizzee Rascal「I Luv U」
10

Brooklyn Drill / ブルックリン・ドリル

《シカゴ・ドリル》は、イギリスに渡りグライムと融合することで《UKドリル》へと進化した。そのサウンドに惚れ込んだ若いNYのラッパー達が808 MeloAXL Beatsといったイギリス人ドリル・プロデューサー達と交流をすることで、ドリルはニューヨークで更に進化を遂げる。それが《ブルックリン・ドリル》だ。
では《UKドリル》と《ブルックリン・ドリル》の違いは何か。もちろん地域やアクセントもあるだろうが、表現の幅の広さも決定的な違いであろう。《UKドリル》は《シカゴ・ドリル》の暴力性を忠実かつ色濃く受け継いでいる。ビデオを見ればスキーマスクで顔を覆い、自らの犯罪をトピックとした無骨なライムが並ぶ。
一方の《ブルックリン・ドリル》は、リリックやスタイルが更にバラエティに富んでいる。ストリート・ライフをテーマにしているが犯罪だけでなく、メロディックなアプローチで富、名声、仲間のこともテーマにする。今や《ブルックリン・ドリル》の人気は2010年前半の《トラップ》を彷彿とさせ、暴力性だけではなくなったこのジャンルは、もはや地名を抜いて《ドリル》と単体で呼ばれることも多い。POP SMOKEがそのシーンの旗手としてスターになるかと思われた矢先、凶弾に命を奪われたのだが、その後もなお《ブルックリン・ドリル》は世界中のラップシーンに新たなトレンドとして伝わっている。
代表曲:POP SMOKE 「DIOR」
11

Horrorcore / ホラーコア

《ホラーコア》は《ギャングスタ・ラップ》をダークにしたサウンドで、意図的に不気味な、または超常現象的な要素が加えられることもある。
過剰とも言えるホラー的サウンドがセールスポイントになっているGeto BoyzのメンバーBushwick Billのソロアルバム『Phantom of the Rapra』や、ゴシック的要素を押し出していたThree 6 Mafiaの初期作品群をチェックすればそのサウンドが理解できるはずだ。
また、このサブジャンルはやや馬鹿げているように思える時があるのも特徴で、こちらは、デトロイト出身のThe Insane Clownや、ホラーのイメージを過剰に押し出しているブルックリン出身のNecroの作品群をチェックすれば理解できるだろう。
しかし、そのような《ホラーコア》にもエッセンシャルと呼べる作品がいくつか存在する。
その代表と言えるのが、怒りに満ちたデビューアルバム『Niggamortis』から、Grym ReaperことToo Poeticが結腸がんで自らの命と厳しい現実と戦う姿が確認できるサードアルバム『Nightmare In A-Minor』までのGravediggazのアルバム3枚だ。
代表曲:Gravediggaz「Burn Baby Burn」
12

Hiphy / ハイフィー

不条理なユーモアと貪欲なヘドニズムが感じられるハイパワーでバウンシーなエレクトロニック・ミュージック《ハイフィー》だ。
1990年代後半にカリフォルニア州ベイエリアで誕生したこのサブジャンルは、車のギアをニュートラルに入れて走らせたまま、そのルーフの上でダンスを踊る “ゴーストライド・ザ・ウィップ” を好む人たちが集まるパーティのサウンドトラックだった。
《ハイフィー》は、“ハイパーアクティブ / Hyperactive” の略で、1994年にKeak Da Sneakによって生み出されたタームだが、これがひとつのサブジャンルとして定着したのは、ベテランアーティストのMac DreThizzelle Washington名義のアルバム10枚を通じてシズル・ダンス(Thizzle Dance)を世界に紹介した1997年から2004年にかけてのことだった(Mac Dreは2004年に死去)。
その後、《ハイフィー》は、2006年にE-40The FederationToo $hortMistah F.A.B.などのヒットによって世界レベルでブレイクしたが、すぐに消えた。
しかし、そのスピリットは今も保たれており、DJ Mustardのトラックや、KamaiyahSOB X RBEのようなベイエリアの新世代アーティストたちの作品群で確認できる。
代表曲:Mac Dre「Feeling Myself」
13

Hyper Pop / ハイパー・ポップ

一聴すると《ハイパー・ポップ》は《トラップ》から派生したフューチャー・ベースの強い影響にある。ディストーションが過剰にかけられたメロディックなラップは《エモ・ラップ》や《クラウド・ラップ》の派生形のようだ。
アーティスト達が自身の生まれた頃の(デジタル)アートを再解釈する感性はヒップホップのサンプリングにも通じる。しかし、《ハイパー・ポップ》はヒップホップかといえば、ラップの影響を受けていようとも、直系のジャンルとは言い難い。なぜならラップのみならずエキセントリックでアンダーグラウンドな音楽のほぼ全てを吸収し、オーバーグラウンドに君臨するポップをわざといびつに真似る挑戦的なスタイルだからだ。
そのルーツはエレクトロのプロデューサー、A.G. Cookおよび彼のレーベル”PC Music”と言われている。彼らの実験的な音楽スタイルはインターネットを介して人気となり、中でもLGBTQ+コミュニティから圧倒的な人気を得た。実際に、故SOPHIEDorian Electraなど、《ハイパー・ポップ》のアイコン的アーティストにはセクシャル・マイノリティーや性別を明かさない者も多い。そんなルーツとなるA.G. Cookをディレクターに迎えたCharli XCXや、《ハイパー・ポップ》のブーム火付け役となった100 gecs、その他数多くのTikTokヒットがジャンルの認知度を広めた。
この勢いをSpotifyが”Hyper Pop”という名前でプレイリスト化し、その名がジャンル名となってしまった為、シーン内の一部からは《ハイパー・ポップ》という枠組みに反発もある。おそらく、当事者以外による勝手なラベリングに抵抗を感じるのだろう。
代表曲:100 gecs「money machine」
14

Jazz Rap / ジャズ・ラップ

誕生から約30年が経過したが、《ジャズ・ラップ》のイメージは今もA Tribe Called Quest、より具体的に言えば、「ヒップホップを聴いてると、親父が “ビバップを思い出す” と言ってきた」とQ-Tipが10代の頃を振り返るクラシック「Excursions」が保持している。
そして、Q-Tipsの父親が何を言わんとしていたのかは、Art Blakeyのレコードをチョップ / ミックス / ループして生み出されたクール&グルーヴィーなダブルベースサウンドと見事にシンクロしているQ-Tipのフロウを聴けばすぐに理解できる。
A Tribe Called Questが活動を始めた頃は、多くの人がジャズを老人用とまでは言わずとも、堅苦しい中年用の音楽と捉えていた時代だったというのは、彼らにとって不利だったはずだ。
しかし、A Tribe Called Quest、De La SoulDigable Planetsなどのアーティスト、そしてGuru(Gang Starr)『Jazzmatazz』シリーズなどは、ヒップホップとジャズのフュージョンをひとつの確かなジャンルにした。
最近はヒップホップを聴いて育った新世代ジャズミュージシャンたちがフレッシュなエナジーと共に台頭しており、ジャズとラップのオーガニック・フュージョンの未来は明るい。
代表曲:A Tribe Called Quest「Excursions」
15

Latin Trap / ラテン・トラップ

ヒップホップは黎明期から世界的な人気を獲得したため、この音楽の地理的境界線を引く作業には面倒が絶えない。
現在、スペイン語でラップするアーティストたちをひとまとめにするターム《ラテン・トラップ》の人気と規模は、《フレンチ・ラップ》や《ジャーマン・ギャングスタ・ラップ》、《チャイニーズ・ラップ》を大きく上回っており、デンボウやレゲトンにUSトラップとポップを組み合わせているプエルトリコ出身のラッパーBad Bunnyのようなアーティストたちが成功を収めている。
21 SavageNicki MInajのようなアーティストとのコラボレーションを経たBad Bunnyは、非常に中毒的なCardi Bとのコラボレーション「I Like It」、デビューアルバム『X 100pre』Drakeをフィーチャーしたスマッシュヒット「Mia」で、北米のメインストリームシーンでのステータスを確実にした。
代表曲:Bad Bunny「Caro」
16

Old School / オールドスクール

日常会話の中に登場する “オールドスクール” は、本人の幼少時代より前に発表された / 存在したものを意味することが多い。
しかし、ヒップホップの《オールドスクール》は、ヒップホップ自体の幼少時代のサウンドとスピリット、つまり、1973年8月11日にニューヨーク・ブロンクスの1520 Sedgewickで開催されたDJ Kool Hercのパーティから、今も魅力を失っていないGrandmaster Flashのミックスとスクラッチスキル、そしてSugarhill GangKurtis BlowThe Treacherous ThreeAfrika Bambaataなどの初期作品群までを意味している。
代表曲:Kurtis Blow「The Breaks」
17

Rap Rock / ラップ・ロック

厳密に言えば、世界初の《ラップ・ロック》レコードは、ニューヨーク出身のニューウェーブバンドの紅一点、リードシンガーのDebbie Harryの魅力的だがぎこちないラップがフィーチャーされている1980年のヒットトラック、Blondie「Rapture」になるのかもしれない。
また、このタームは、Run DMCJay-Zのようなヘヴィロックのギターリフをサンプリングしたラッパーや、Faith No MoreLimp BizkitLinkin Parkのようなラップを取り入れたロックバンドを指すこともある。Beastie BoyzIce T率いるBody Countも、ヒップホップとロックを見事に組み合わせていた。
しかし、10年ほど前から、Death Gripsや、ニューヨーク出身のバンドShow Me The Body、一大現象となった《エモ・ラップ》など、ヒップホップとロックがより有機的に融合しているサウンドが登場している。
代表曲:Beastie Boys「No Sleep ’Til Brooklyn」
18

Trap / トラップ

《トラップ》は静かに産声を上げたあと、2010年代半ばに急成長を遂げ、ヒップホップシーンを席巻した。BeyonceUsherRihannaといったラップ・シーンに近いR&Bアーティストはもちろん、Ariana GrandeMiley Cyrusといったポップ・シンガーと認知されているアーティスト達も《トラップ》調の曲でヒットを重ねた。
それだけでなく、DubstepやEDMで飽和状態にあったダンスミュージック・シーンも、BaauerRL Grimeといった《トラップ》を取り込んだプロデューサー達がフロアに鳴り響くサウンドを大きく変えていった。こうして《トラップ》はもはやラップのサブジャンルという規模を超えて認識され、2010年代を象徴するサウンドとなった
《トラップ》の語源は、1980年代から1990年代のアトランタで使われていた「ドラッグを売っている家」を指すスラングまで遡る。特徴的な電子ハイハットの連打は、90年代後半のMannie FreshやDJ Toomphなどのプロデュース曲から使われ始めた。その特徴的なドラムパターンを保ちながらLex LugerZaytovenが凶暴な音の808でダーティーなサウンドの基盤を確立し、Metro Boomin’の浮遊感やMIKE WILL MADE ITのキャッチーなメロディが《トラップ》をアトランタから世界へと広げた。
代表曲:Migos「Bad and Boujee ft Lil Uzi Vert」
19

UK Drill / UKドリル

GiggsK KokeYoungs Teflonを代表とするイギリスのギャングスタ・ラッパー達が暴力性の高い《シカゴ・ドリル》を取り込む流れは自然だ。しかし《UKドリル》の特徴はそれだけではない。《UKドリル》には《シカゴ・ドリル》には無い疾走感がある。
加えて《UKドリル》がその存在感を確立させたのは、疾走感あるリズムだけでなくアイコニックな808を使うようになってからだろう。ごく一部の《トラップ》系ビートメイカーがアクセントとして使っていた808 Slide(808 Glide)を、《UKドリル》のプロデューサーが曲中で多用するようになり広がった。以降、UKに限らず世界中でリリースされるドリルには、早めのBPMとピッチを一瞬で上下に振る808がシンボルとして認知されるようになった。
そんな《UKドリル》の発端は、《シカゴ・ドリル》を独自に解釈したStickzSkribz(のちに67のLDとして活動)により2013年サウスロンドンから始まった。数年で彼らのシーンは巨大化し、67Skengdo & AMHeadie Oneのようなアーティストたちが人気を獲得していったが、同時にシーンが凶悪犯罪に関わっていることからその倫理性が問われるようになり、警察が特定のアーティストの活動を禁止・検閲する騒ぎにま発展した。
なお、Drakeがイギリスのストリート・ギャングを描いたNetflixドラマ「TOPBOY」の放映権を買い取って再開させ、自身もイギリス訛りに挑戦して《UKドリル》の曲をリリースし、このジャンルの発展に大きく貢献した事実も忘れてはならない。「Afro Drill」のような最近のトラック群が、このサウンドをフレッシュに保っており、その先に待っている未来を明るく(少なくとも興味深く)している。
代表曲:Headie One X RV 「Know Better」