食べ物の「5秒ルール」のような不可侵で常時従うべきものとは異なり、ランニングの栄養管理には厳格なガイドラインが一切存在しない。
走る時間帯・距離・ペース・個人的な好みなど変動要素があまりにも多く、まさに “ケースバイケース” なのだ。
とりわけ、通勤ランに関する食事ルールは明確な基準を設けにくい。
早い時間から仕事に出かける人もいれば、朝の遅い時間にのんびりとスタートする人もいる。職場が自宅からすぐの場所にある人もいれば、10マイル(約16km)先に職場がある人もいる。
あるいは、早朝に食事を摂るのが嫌いで、朝6時に満腹状態で歩道を走る様子を想像しただけ吐き気を催す人もいるだろう。
通勤ランナー別の最適な栄養管理法を理解するために、今回はパーソナルトレーナーのハンナ・ティルズリーと栄養学者のエミリー・キアの2人に協力を仰ぐことにした。
フィットネストレーニングと栄養管理を統合的に扱うウェブサイト『Twice the Health』を運営する彼女たちに、通勤ランの栄養管理に関する素朴な疑問をぶつけてみた。
時間帯による違い
ハンナ:午前6時よりも前に自宅を出る必要があるなら、ランの前に朝食を摂らなくても良いでしょうね。
エミリー:朝4時にアラームをセットして、沢山のオートミールを流し込み、消化のために再びベッドに潜り込むなら話は別ですが、早起きランナーにとっては、空腹のまま走るのが簡単なチョイスです。
ハンナ:通勤ランの距離が短い、あるいは自宅を出る時間帯が遅いなら、朝食を半分摂ってから走ると良いかもしれませんね。残りの半分は職場に到着してから食べるのです。わたしは少量の食事を数回に分けて摂るのが好きで、この方法はわたしにはパーフェクトにフィットしています。
距離による違い
エミリー:職場までの距離が5km以内の場合、いわゆる “ファステッド(絶食)” 状態で走っても全く問題ないはずですし、朝食を摂るのは職場に到着してからでOKです。
わたしたちは空腹状態のままでも12km前後を問題なく走れますが、走行可能な距離は個人差があるでしょうね。
ハンナ:ランニングの頻度や距離、ペースはもちろん、前夜の食事内容なども関わってきますね。
エミリー:ランニング(ジョギング)ではエナジー源として炭水化物と脂質がよく用いられます。ランのペースを上げはじめると、主に炭水化物がエナジー源となります。
わたしたちの体内では、炭水化物は筋肉内にグリコーゲンとして蓄えられ、エクササイズを開始すると、グルコースとなって血流の中に流れ出します。グリコーゲンとグルコースは自動車の燃料にたとえられることもあります。
筋肉内に蓄えられるグリコーゲンの量には限界があります。グリコーゲン貯蔵量は、直前の食事内容に影響を受けます。長い距離を走る場合、前夜の食事量が少ない場合は、自宅を出る前に朝食や軽めのスナックを食べておくのはグッドアイディアですね。
快調に走るためのヒント
ハンナ:わたしたちは、起床直後にトレーニングするのを楽しんでいます! わたしたちは朝から元気で目覚めも良く、開放感も得ていますが、もちろん全ての人がそうだとは限りませんよね。
朝に弱い人は、起床時に疲労感を覚えてしまい、急速に動けないかもしれません。少し早く目覚めるようにして、適量の食事を摂ってみましょう(プレミアリーグの選手やプロサイクリストの睡眠指導を手がけてきたニック・リトルへイルズの著書『Sleep』を推奨します)。
エミリー:少量のポリッジにバナナ1本、あるいはナツメヤシを1、2個といったごくシンプルな食事でも、グリコーゲンレベルは十分に満たされますし、満腹感に悩まされることなく、活力を得られるはずです。
職場にキッチンがない場合 / 食料を持ち運びたくない場合のヒント
エミリー:パフォーマンスとリカバリーを助ける食事を摂るように心がけたいですね。職場に調理設備がない場合、バックパックに食料を入れて持ち運びたくない場合は、自宅を出る前に食事を摂る時間を作るか、ランニングの途中で何かしら食べることを考えても良いでしょう。
エミリー:朝食を摂らない / 朝食を摂ると集中力の相関関係は、研究テーマに選ばれることが非常に多いですね。通勤ランが職場でのパフォーマンスに悪影響を与えるのは良くないですから。
ハンナ:英国ではStarbucksでもポリッジが購入できますし、多様なトッピングオプションも用意されています(日本でもコンビニやコーヒーショップなどで同様の消化に優れた炭水化物を含んだ食品が手軽に手に入る)。
前夜の食事にはどんな点に気をつけるべき?
エミリー:朝食を摂らずにランニングする場合、その前夜の食事内容がとても重要になります。豊富なプロテインや脂質、それに炭水化物を摂取するように心がけたいですね。また、食事量も十分なものにしておきたいです。
ハンナ:カーボローディングをしたり、2食分を食べたりする必要はありません。賢く考え、正しいエナジー補給を心がけ、走れる状態にしておくことが重要です。通勤電車のストレスから解放されましょう!
ランニングにまつわる迷信の真偽
迷信その1:「絶食状態でのランニングは脂肪燃焼を促進する」
ハンナ:これは間違いです! 脂肪燃焼は代謝レベルや食習慣によって個人差があります。絶食状態でトレーニングしたあとに食べ過ぎて、体内脂肪を増やしてしまう人もいます。
迷信その2:「食事とランニングの間は2時間空けるべき」
エミリー:これも誤解です! これも個人差があります。わたしは食事から1時間半ほど時間を置いて長距離ランを行うのを好んでいますが、ハンナは長距離ランの直前に少量の軽食を摂るのを好んでいます。
迷信その3:「空腹状態はエナジー不足なので、朝食抜きで走るべきではない」
エミリー:これも誤解です! わたしたちのように、朝食前のランを快調に感じる人もいます。グリコーゲン貯蔵量が底をついて、持久力が不足してくる場合もありますが、それでも走り続けるのは可能です。
ハンナ:ランニングやサイクリングの前後にわたしたちが好んで摂取している食事を以下に紹介しましょう。
通勤前:
- オートミール 50g
- ミルクまたは水 250ml
- ナッツバター スプーン2杯分
- ハチミツ スプーン1杯分
- 全粒粉トースト(スライスしたバナナとシナモンを添える)
エミリー:時間がない場合は、バナナ数本とピーナッツバターだけでも効果は十分ですよ!
オフィス到着後:
- オートミール 50g
- ミルク / 水 250ml
- プロテインパウダー スプーン1杯分
- ハチミツ スプーン1杯分
- 全粒粉トースト(スクランブルエッグ、フェタチーズ、ホウレンソウを添える)
エミリー:繰り返しになりますが、時間がない場合は手早くシェイクで済ませましょう。適量のプロテインやピーナッツバター、バナナ、お好みのミルクをミキサーに投入し、あとはボタンを押すだけです!
“ファステッド状態” のランニングの利点
- 低負荷の有酸素運動時に、体内に蓄えられた脂肪を効率的に活用できる。言い換えれば、体内脂肪を燃焼させることができる。
- 誰もが嫌がる消化時の不快感に悩まされるリスクが少ない。
ハンナ:絶食状態でのトレーニングを考えているなら、スピードはあまり重視せず、一定のペース維持に努めるべきです。
ラン全体で1kmスプリットを一定に保ち、ゆっくりとしたペース設定を心がけましょう。体内のグリコーゲン貯蔵量には限りがあるということを覚えておいてほしいですね。
ランの前に食事を摂る利点
- 血中にグルコースが流れ、筋肉内のグリコーゲン貯蔵量も満タンになるので、ペース設定の自由度が絶食状態よりも高い。
- 高負荷運動が可能になるので、エクササイズ中に大量の炭水化物を燃焼できる。基本的には、エクササイズ中に活用される炭水化物が多いほど、ワークアウト後に多くの脂肪が燃焼される。ラン前の食事は身体を動かすエナジー源になる上に、終了後の酸素消費量(EPOC:Post-Exercise Oxygen Consumption)も増加させる。
ハンナとエミリーからのアドバイス
ハンナ:ランのペースアップを意識し、身体を脂肪燃焼ゾーンから炭水化物燃焼ゾーンへ引き上げてみましょう。
1マイル(約1.6km)あたり5秒から10秒程度のペースアップで十分に可能ですが、まずは適切なペースアップレベルを探ってみてください。
エミリー:あるいは、ランのペースは変えずに脂肪を燃焼させつつ、ルートの途中でいくつかインターバルを挟んで心肺機能を高めてみましょう。
木や丘、街灯柱などを目標物に定めてペースを変化させるのはグッドアイディアと言えますね。これはファルトレク(Fartlek:「スピード調整」を意味するスウェーデン語)式トレーニングと呼ばれています。通勤ランを楽しみながら続けてください!
