A blueprint-style illustration of the Mercedes M196 engine of the 1954-1955 season.
© Oli Pendry
F1
【F1】歴史に残る傑作エンジン 6選
F1の各時代を彩ってきた名作エンジンの数々を振り返ってみよう。
Written by Matt Youson
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F1は、空力、シャシー、タイヤがパフォーマンス差を生むスポーツだが、何よりも重要なのは、エンジンが生み出す馬力だ。そこで、F1の歴史そのものを形作ってきた6基の傑作エンジンを紹介しよう(本来ならば20基以上は優に選び出せるが、今回は特に重要と思われる6基に絞らせてもらった)。
01

Mercedes M196:1954年〜1955年

《2.5ℓ直列8気筒・自然吸気・直噴》
ルドルフ・ウーレンハウトが手がけたMercedes M196
ルドルフ・ウーレンハウトが手がけたMercedes M196© Oli Pendry
1954シーズンから1955シーズンにかけてMercedesはGP12戦にエントリーして9勝を挙げた。当時の最先端シャシーW196と名手ファン・マヌエル・ファンジオを擁していたMercedesだが、その成功に最も貢献したのは革新的なM196エンジンがもたらすパワーだった。
M196は当時のライバルたちのはるか先を行くエンジンだった。M196には当時初の実用化となるデスモドロミック・バルブ(スプリング機構を排し、カムとレバーでバルブを開閉する方式)と機械式直噴システム(Messerschmitt Me109戦闘機で名を馳せたDB 601エンジンからの流用)が組み込まれていた。
M196のレガシーは、先進的なエンジンテクノロジーをF1のパフォーマンス差を生み出す決定的な要因にしたことにある。エンジンのその重要性は今も変わっていない。
02

Coventry-Climax FPF:1957年〜1963年

《1.5ℓ/ 2.0ℓ / 2.2ℓ / 2.5ℓ直列4気筒・自然吸気》
Coventry-Climax FPFはのちにV8版のFWMVに発展
Coventry-Climax FPFはのちにV8版のFWMVに発展© Oli Pendry
F1屈指の傑作エンジンは、元々は消防ポンプ用だった。
Coventry Climaxは、フォークリフトなどあらゆる用途のエンジンを手がけていたが、FPFエンジンの起源は英国政府の要望に応える形で設計された消防ポンプ用エンジンCoventry Climax FW(FWはFeatherWeight=「軽量」の意)で、その軽量性に着目した英国のモータースポーツエンスージアストたちから好評を得た結果、レース用としてFWA(FeatherWeight – Automotiveの略)が開発された。
FPFはレーシングマシンのミッドシップ革命を支え、英国の “ガラージスタ” たちをF1の最前線まで押し上げた。
Cooper T43をドライブしたスターリング・モスがFPFにF1初優勝をもたらすと、1961年・1962年にV8版(FMWV)へ置き換えられるまで、このエンジンはCooperやLotusなど英国系カスタマーチームを中心に合計18勝を記録。CooperはFPFと共に1959シーズン・1960シーズンのコンストラクターズ選手権を制覇した。
03

Cosworth DFV:1967年〜1985年(以降もF3000など他カテゴリーで活躍)

《3.0ℓ・90° V型8気筒・自然吸気》
F1史に燦然と輝くCosworth DFV
F1史に燦然と輝くCosworth DFV© Oli Pendry
Cosworth DFVほどF1に大きなインパクトを与えたエンジンはない。DFVは15年間に渡って実戦で活躍し、合計155勝を記録した。また、DFV搭載車のコンストラクターズタイトル獲得数は10回、ドライバーズタイトルは12回にも及び、最盛期にはグリッドの3分の1をDFV搭載車が占めた。
Lotus、Tyrrell、McLaren、Brabham、Williamsといった英国の名門チームはそれぞれDFVと共にタイトルを手にし、Hesketh、March、Penske、Shadow、Wolf、LigierなどのチームもDFVで勝利を記録した。1970年代以降のF1を彩ったチームたちが存続できていたのは、DFVが存在していたからだ。
登場当初は7,500ポンド(当時の為替レートで約645万円)で販売されていたDFVだが、その後6,500ポンド(約559万円)に引き下げられた。決してリーズナブルな価格ではなかったが、この価格改定はF1の “民主化” を促すには十分だった。
かつてBRMやMarchなどからF1に参戦し、自らシャシービルダーとしても活躍したハウデン・ガンレイは、DFVの重要性を次のように簡潔にまとめている。「DFVはF1というスポーツを変えた。なぜなら、DFVを入手して自前のシャシーを仕立てさえすれば、私を含めた誰もがF1チームを持てたんだからね」− DFVは近代F1の父なのだ。
04

Renault-Gordini EF1:1977年〜1983年

《1.5ℓ・90° V型6気筒・ターボ》
F1にターボ化の波をもたらしたRenault-Gordini EF1
F1にターボ化の波をもたらしたRenault-Gordini EF1© Oli Pendry
F1史にはRenault EF1より優れたターボエンジンが数多く存在するが、EF1はF1にターボを持ち込んだパイオニアだ。1977年に初投入されたEF1は、あたかも “走る実験室”のようで、同シーズンの5戦に出走し、リタイア4回、予選落ち1回に終わった。しかし、Renaultは苦境を耐え忍んだ。
“黄色いティーポット” と揶揄されたRenault初のF1マシン、RS01はほとんど全てのレースでエンジンから白煙を上げていたが、軽量化が進められたEF1は次第に扱いやすいエンジンとなっていった。
EF1は1978シーズン末に初ポイントを獲得し、共に辛酸を嘗め続けたドライバー兼エンジニア、ジャン=ピエール・ジャブイーユも1979シーズンにターボ搭載マシン初勝利を挙げた(それも地元フランスGPで!)。全てが噛み合ったEF1は恐ろしいほどパワフルなF1エンジンと化し、表舞台を退くまでにGP15勝を記録。F1ターボ化革命の先鞭をつけた。
05

Honda RA121E:1991年〜1992年

《3.5ℓ・60° V型12気筒・自然吸気》
Honda第2期F1活動を象徴するRA121E
Honda第2期F1活動を象徴するRA121E© Oli Pendry
1980年代後半から1990年代前半にかけて、Hondaは完全無欠と言えるほどの黄金時代を享受した。この時代、Hondaパワーは6シーズン連続でコンストラクターズタイトルを制覇し、規格が全く異なる3つのエンジンでWilliamsやMcLarenと共に5度のドライバーズタイトルを手にした。
1986シーズンから1988シーズンにかけては1.5ℓ V6ターボ、1989シーズン・1990シーズンは3.5ℓ 自然吸気V10を投入し、それぞれのエンジンでタイトルを獲得した。
しかし、1991シーズンに投入された3.5ℓ 自然吸気V12のRA121Eは、彼らに別次元の成功をもたらし、故アイルトン・セナは、このエンジンを搭載したMP4/6と共に生涯最後のタイトルを獲得した。
大成功を収めていたV10を捨てて、V12へスイッチした理由については諸説あるが、Hondaの開発陣がV12の技術的魅力に抗えなかったからというのがひとつの答えだろう。RA121Eは、F1タイトルを獲得した史上唯一のV12エンジンだ。
06

Mercedes PU106A Hybrid:2014年

《1.6ℓ・90° V型6気筒・直噴ターボハイブリッド・MGU-K / MGU-H搭載》
Mercedes王朝の礎となったPU106A Hybrid
Mercedes王朝の礎となったPU106A Hybrid© Oli Pendry
F1ではどの時代にも圧倒的なチームとテクノロジーが存在してきた。現代を圧倒しているのが、Mercedesと彼らのハイブリッドエンジンだ。
F1が最先端のエンジン形式を意欲的に追い求めてきた。現代のF1ではエンジンのダウンサイジング化が図られ、直噴ターボが復活し、KERS(MGU-K)の容量が増加されると共にエキゾーストのガス流を利用した革新的な回生システム(MGU-H)が追加されている。
新時代ハイブリッドF1エンジンは極めて高価で恐ろしいほど複雑だが、結果として先例がないほど高効率&高出力なレーシングエンジンとなっている。
そのハイブリッドF1エンジンの最高峰が、2014シーズンにMercedesが投入したPU106Aパワーユニットだろう。Mercedesは2014シーズン以降もドライバーズ&コンストラクターズの両タイトルを制覇し続けており、エンジンもさらにパワフルなものへと進化を続けているが、Mercedes王朝の礎を築いたエンジンがこのPU106Aだ。
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