ハンガリーGPが初開催された1986年当時、この国はF1開催地としては異例だった。
当時、世界はまだ東西冷戦下で、“鉄のカーテン” の向こう側、共産圏内にあったハンガロリンク・サーキットは、F1のような西側世界の資本主義的要素が強いスポーツにとっては、最も考えにくい開催地だったのだ。
それから32年間、ハンガリーGPは1度もカレンダーから脱落することなく毎年開催を続けている。
ハンガリーはもはやかつてのような共産国家ではなく、サーキットからほど近いブダペストは活気に溢れている。近年ではサマーブレイク前最後の1戦として定着しているハンガリーGPは、もはやF1ファンのお気に入りのひとつだ。
初開催の1986シーズン、ネルソン・ピケ(当時Williams)がアイルトン・セナ(当時Lotus)に仕掛けたWRCドライバー顔負けのドリフト・オーバーテイクを皮切りに、ハンガロリンクでは近代F1史に残る名シーンの数々が刻まれている。
また、フェルナンド・アロンソやジェンソン・バトン、デイモン・ヒル、ヘイキ・コバライネンなど、ここでF1初勝利を飾ったドライバーたちも数多い。
尚、近年のハンガリーGPで圧倒的な強さを発揮しているのはルイス・ハミルトン(Mercedes)で、今年2018シーズンも予選・決勝を完全制圧し通算6度目のハンガリーGP優勝を飾った。
F1に新たなフロンティアをもたらしたハンガリーGPの起源を祝し、今回はこれまでF1マシンが走った奇想天外なロケーションの数々を振り返ってみよう。
ブルジュ・アル・アラブ・ヘリポート(ドバイ / UAE)
ドライバーズ&コンストラクターズタイトル4連覇達成を祝うため、Red Bull racingはやや突飛な企画を実行した。
750馬力を誇る2013シーズンのチャンピオンマシン、RB9でドーナッツターンを披露しようというところまでは理解できるが、それを海抜210m地点で行おうと言うのだ。
そして、Red Bull Racingとデビッド・クルサードは見事にこの企画を現実に変えた。
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Infiniti Red Bull Racing in Burj Al Arab
Infiniti Red Bull Racing in Burj Al Arab
2013年10月、F1参戦初期のRed Bull Racingに大きな貢献を果たしたクルサードは、ドバイの高層ビル群とアラビア湾を見渡す直径わずか24mのブルジュ・アル・アラブのヘリポート上でラバーを擦り付けながらタイヤスモークを盛大に上げた。
しかも高さ210mの高層ビルの上だったのだから驚きだ。
アヴス(ベルリン / 西ドイツ)
安全性への意識が限りなく低かった戦前のGPレーシングでは、一切のガードレールを持たないバンク付きの超高速オーバルコースでの開催が日常茶飯事だった。
ベルリン南西部の郊外に位置するアヴス(AVUS=Automobil-Verkehrs-und Übungsstrasse)は、公道として使用される2本の長い直線(各9km超)の両端を2つのバンク付きヘアピンで繋ぐサーキットレイアウトだった。
完成当初のアヴスは、1周約19.3kmの超ロングコースで、両端のバンクは一定曲線43°というクレイジーなものだった。比較のために例を出すと、あのインディアナポリス・モータースピードウエイでさえバンク角は11°だ。
1921年から1950年台後半にかけて、「死の壁(wall of death)」として恐れられたアヴスは、数度に渡りGPや速度記録挑戦の舞台となり、1959シーズンに1度だけF1世界選手権が開催された。
戦前に人気を博したドイツ人ドライバー、ベルント・ローゼマイヤーが1938年にダルムシュタット〜フランクフルト間のアウトバーンで速度記録挑戦中に事故死したことをきっかけに、同様の超高速ストレートを持つアヴスを危険視する風潮が高まっていった。
そして、1959年にフランス人ドライバーのジャン・ベーラがアヴスで事故死すると、アヴスは北側半分に短縮された。
それにも関わらず、アヴスはDTM(ドイツツーリングカー選手権)やF3を開催しながら1990年代まで存続した。現在も、コース北半分がブンデスアウトバーン115号線として公道使用されている。
凍結湖(ケベック州 / カナダ)
Red Bull Racingとセバスチャン・ベッテルがF1を制圧したラストシーズンとなった2013シーズン、チームは新たなチャレンジで “クールダウン” を試みた。
姉妹チームのToro Rossoに当時在籍していたセバスチャン・ブエミが防寒用のサーマルアンダーウェアを着込み、Cosworth製V10エンジンを積んだSTR1に乗り込んでケベック州北部の人里離れた凍結湖でデモンストレーション・ランを実行したのだ。
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F1 on Ice: Montreal Canada
One of our best show car runs: as Sébastien Buemi takes an F1 car across a frozen lake in Quebec.
マシンが履いていたBridgestone Potenzaタイヤにはタングステン鋼製のスタッドがフロント420本・リア588本分用意され、さらにグリップを高めるために各スタッドはアルミニウム製のベースを仕込んだ上で埋め込まれていた。
バクー市街地(アゼルバイジャン)
今やアゼルバイジャンGPはF1カレンダーに定着しつつあるが、ほんの数年前に「アゼルバイジャンでF1を開催してみよう」と誰かが提案していたら、その会議室は失笑に包まれていたはずだ。
1920年にソビエト連邦の一部となったアゼルバイジャンは、1991年のソビエト連邦からの独立宣言直後から内戦状態に陥っていたが、近年は立て直しを図っており、その膨大な原油埋蔵量を原動力に国際社会での存在感を強めている。
そして2016年、首都バクーで史上初のGPが開催された(初年度のみヨーロッパGPとしての開催・2017シーズン以降はアゼルバイジャンGPとして開催)。
少なくともTV画面で見る限り、バクーは美しい都市で、その市街地サーキットもユニークな特徴を有している。
全長2.2kmを全開で疾走するロングストレートから中世に建てられた城塞の横を抜ける超タイトなセクションへと変化するこのコースレイアウトは、過去3シーズンの開催で紛れもないハイライトを生み出してきた。
バクー市街地コースは、2017シーズンのルイス・ハミルトンとセバスチャン・ベッテルによるセーフティカー導入中の奇妙なインシデント、そして2018シーズンのダニエル・リカルドとマックス・フェルスタッペンによる同士討ちなど、歴史こそ浅いが、刺激的なドラマの舞台となっている。
Red Bull Racing vs. ラグビーチーム(ファーリーハウス / 英国サマーセット州)
F1史に残る名勝負といえば、プロスト vs. セナ、ハント vs. ラウダ、ヒル vs. シューマッハ、ハミルトン vs. ベッテル… そして、ダニエル・リカルド vs. バース・ラグビークラブだ。
「ちょっと待って、最後の組み合わせは何?」と思ったはずだ。
2016年、ある長年の疑問 − F1マシンは果たしてラグビーのFW8人のスクラムよりもパワフルなのか? − に答えが示されることになった。
2012シーズンのコンストラクターズ&ドライバーズタイトルを席巻し、自分たちに3年連続でダブルタイトルをもたらした名車RB8をひっさげ、Red Bull Racingがイングランド・プレミアシップラグビーの強豪バースの本拠地、ファーリーハウスに乗り込んで直接対決を挑んだ。
当時すでにGP3勝を挙げていたダニエル・リカルドと750馬力のチャンピオンマシンRB8が、合計831kgものピュアな筋肉の塊を相手にして、「人間 vs. 機械」という究極のバトルの決着をつけようというのだ。
果たして軍配はどちらに上がったのか? 下の映像で確かめてもらいたい…。

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F1 Scrum
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