ザントフールトは過去30年以上に渡りF1カレンダーから抜けていたため、ひと世代分のF1ファンがこのサーキットの魅力を知らないまま育った。
しかし、35年の空白期間を経て、この非常に人気の高いサーキットにF1が戻ることが決定。この決定を受けて、世界最速のマシンとドライバーが遺憾なく実力を発揮できるように改修工事が行われた。
過去数十年で、素晴らしい新世代サーキット(アゼルバイジャンやバーレーンなど)が続々と生まれてきたが、手強いコーナー群、スリリングな高低差、そして様々な本で語られている長い歴史を備えているオールドサーキットの存在を無視することはできない。ザントフールトはそのようなサーキットの典型だ。
長い歴史を持ち、F1に欠かせないサーキットとして知られる英国のシルバーストンと同様、ザントフールトも第二次世界大戦後に花開いたモータースポーツ熱の中から生まれたサーキットで、奇しくもシルバーストンと同じ1948年に完成した。
また、ザントフールトとシルバーストンは情熱的なファンに支持されている点も共通しており、今シーズンのオランダGPでは、ホームヒーローのマックス・フェルスタッペンを応援するために騒々しい観客たちがこの海沿いの街に大挙することが予想されている。 一方、滑走路を利用して生まれたシルバーストンと異なり、ザントフールトは常設コースと砂丘を縫う一般道を組み合わせており、その結果、実に魅力的なサーキットになっている。
尚、年月と共にそのレイアウトは劇的に変化してきたが、ここを走った経験を持つドライバーたちは、世代問わず全員がやや驚嘆した表情と共に「極めて常軌を逸している」、「クレイジー」、「オールドスクール」などの共通の感想を残している。
改修工事が完了したザントフールトを初走行するマックス・フェルスタッペンをチェック!
2分ファースト・ラップ改修されたオランダのザンドフールト・サーキットを、マックス・フェルスタッペンが初走行する。F1カーでこのコースを走るのは彼が初めてだ。(日本語字幕)
長い歴史を持つザントフールトではF1カレンダー復帰を見据えた大規模な改修工事が行われたが、このサーキットの特徴は残されている。新生ザントフールトについて知っておくべきトリビアをコーナーごとに紹介していこう。
(編注:当初5月1日〜3日の開催を予定していたオランダGPは世界情勢の変化を受けて延期が決定している。また、オランダ政府が国内の大規模イベントの開催を9月1日まで禁止する方針を発表しているため、レース開催は早くても9月以降になることが予想されている)
“ターザン(Tarzan)” はザントフールトで最初に待ち受けるコーナーだ。2020シーズンはスタート / フィニッシュラインがコーナー寄りに近づけられているため、ドライバーたちが息つく暇もなくこのヘアピンに殺到する様子がグランドスタンドから確認できるはずだ。
また、屈指の難関サーキットとして知られるザントフールトはオーバーテイクが容易ではないため、メインストレートの終端では “食うか食われるか” の攻防戦が数多く見られるだろう。
今年ザントフールトでF1を観戦する予定で、幸運にもメインスタンドのチケットを入手した人は最初から最後までレースを楽しめるはずだ。
父ヨスを助手席に乗せて新生ザントフールトを試走したマックス・フェルスタッペン© Getty Images / Red Bull Content Pool
1コーナーのヘアピンを抜けると、ドライバーは緩やかな左コーナーに続いて鋭い右コーナー “ゲルラッハ(Gerlach)” へ向かう。
このコーナーには悲しい歴史があり、その名前は1957年に開催されたスポーツカーレース中のクラッシュで事故死したヴィム・ゲルラッハにちなんでいる。
ゲルラッハに敬意を表すためにこの名称を与えられたこのコーナーは、サーキットの大部分が当時の姿から大きく変わった今も、モータースポーツに潜む危険をドライバーたちに思い出させる手強いコーナーであり続けている。
ここまで強烈なバンクは予想していなかったけれど、F1マシンで走るのはクールだよ
一部のファンは新世代サーキットを「無味乾燥」と批判しているが、広大なランオフエリアと長大なストレートを備えているザントフールトの “フーゲンホルツ(Hugenholtz)” は他に類を見ないコーナーだ。
日本を代表する鈴鹿サーキットの設計を手がけたことで広く知られるサーキット運営者兼設計者ジョン・フーゲンホルツにちなんで名付けられたこのコーナーには、強いバンク角が設定されている。
そのため、設計チームは今回のF1開催時にこのコーナーでのオーバーテイクを可能にするために微調整を行い、マシン2台が同じ速度で立ち上がれるようレーシングラインを広げたため、見応えのある駆け引きが期待できる。
改修後のザントフールトのF1マシン初試走を担当したマックス・フェルスタッペンは、新しくなったフーゲンホルツの感想について次のように述べている。
「ものすごいバンク角だ。ここまで強烈なバンクは予想していなかったけれど、F1マシンで走るのはクールだよ」
フーゲンホルツの立ち上がりで複数のマシンが同速度で並走できるようになったことで、丘の上をまたぐ短いストレートをホイール・トゥ・ホイールで並びながら駆け抜ける “ハンツェラグ(Hunzerug)” や、そのあとに続く超高速複合コーナー群へのアプローチにも大きな違いが生まれている。
ザントフールトの高低差を制するには勇気が求められる© Jarno Schurgers/Red Bull Content Pool
その高速複合コーナー群のひとつが “ロブ・スローテマーカー(Rob Slotemaker)” で、この右〜左コーナーのセクションはコースマップでは緩やかに見えるが、1,000馬力近い超軽量マシンでポジションを争うレースでは一筋縄ではいかない。このセクションの名称もザントフールトで命を落としたレーサーに由来しているという事実だけでも十分な警告になるだろう。
しかし、このレーサーはリスペクトに値する。オランダ人ドライバーのロブ・スローテマーカーは1979年9月16日に開催されたツーリングカーレースで落命したが、彼の人生はそこで終わっていない。彼が存命中にサーキット内に設立したアンチ・スキッド・スクール(滑りやすい路面での制動を訓練する運転講習施設)は今も残っている。 高速複合コーナー群を全開で抜けたドライバーたちは、恐怖の右コーナー “シェイブラック(Scheivlak)” へ向けてハードブレーキングする。
急激に下るこのコーナーはブラインドターンだが、F1マシンがコーナリング速度をキャリーできるだけの視界は保たれる。アウト側はモダンサーキットのアスファルト敷きランオフエリアとは異なるグラベルトラップになっているため、ひとつのミスで大きな痛手を負うことになる。
シェイブラックから短いストレートを経て向かう次の右コーナー “マスターズ(Masters)” は高速だが要求度も高いため、ドライバーは大いに神経をすり減らせることになる。
そしてマスターズがエイペックスを過ぎても右へ向けて蛇行し続ける中、ドライバーたちは間髪入れずに次のビッグチャレンジと対峙する。
マスターズを切り抜けたドライバーたちは再びハードブレーキングして “ルノー・コーナー(Renault Corner)” として知られる鋭い右コーナーとその直後に控えるほぼヘアピンの “ボーダフォン・コーナー(Vodafone Corner)” に挑む。
この2コーナーは歴史的な名称こそ持たないかもしれないが、リズムに乗れていないドライバーに厳しい試練を与える。このセクションを抜けると緩やかにカーブした長いストレートが現れる。
ザントフールトで最も低速で最もタイトな “ハンス・エルンスト(Hans Ernst)” は、とりわけテクニカルなセクションだ。ドライバーは右に45°曲がったコーナーに向けてハードブレーキングするが、直後には左へ180°ターンするコーナーが待ち受ける。
このセクションも2020シーズンに向けて大幅に改修されてコーナー後半部分のコース幅が拡大されたため、マシンがよりスムーズにコーナーを抜けられるようになった。ドライバーたちがやや早めにスロットルを開けるシーンが期待できる。
レッドブル・レーシングのショーカーでザントフールトを初走行したフェルスタッペン© Dean Mouhtaropoulos/Getty Images
もうひとつの短いストレートのあとに待ち構える “クムホ(Kumho)” は最後から2番目のコーナーだ。比較的タイトに見えるが、加速するF1マシン群がスロットルを緩めることなく旋回していく姿が確認できるはずだ。
最終コーナーの “アリー・ルイエンダイク(Arie Luyendyk)” はザントフールト最大の見せ場だが、インディ500で2度優勝を記録したオランダ人ドライバーにちなんで名付けられたこのコーナーも今回の改修で生まれ変わっており、急激なバンク角が現代F1に唯一無二のドライビングエクスペリエンスを提供することになる。
勾配32%(18°)のバンク角は、インディアナポリス・モーター・スピードウェイ(米国インディアナ州)の最大バンク角の約2倍で、最大21°のバンク角を誇ったモンツァの巨大な旧オーバルセクションと大差はない。
新生ザントフールトを走行したフェルスタッペンは、次のようにコメントしている。
「今のマシンで、DRSオープンの状態で最終コーナーを走るのはかなりのチャレンジになるけれど、同時にすごく楽しいだろうね。サーキット全体がとても手強い」
「高速コーナーの数が多いけれど、ランオフエリアはそこまで多くない。だから限界で攻めるのがかなり難しくなるけれど、そこがいいよね」