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Behind The Scene of A Day In The Life
Behind The Scene of A Day In The Life
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雪山撮影前日、深夜0時過ぎ。5時間半後の日の出とともにカメラが回りはじめるという状況の中、チェーンが見事に切れて弾けた。
万全の準備で挑み、リヤタイヤには特注で製作したスノーチェーンがしっかりと撒きつけてあった。「あとは撮影をするだけ」とゲレンデ上でクルマを動かした瞬間、わずか20mほどの走行で、あっけなくチェーンが逝った。事前の想定など簡単に上回る大自然の力を思い知らされた瞬間だった。
夜通しでの修復作業を終え、F40はゲレンデをゼンカイで駆け始めた。派手に巻き上がるスノーシャワー。巧みなドライビングテクニックでドリフトする車体。走りは問題ない。しかし、停車した瞬間に雪面に車両が埋まり動かなくなる。多くの自動車フリークにとってあのフェラーリF40を押すことができるなんて夢のような経験ではあるが、しかし10分毎に1.1tの車体を押すとなるとさすがに苦痛だ。
突然、不快なノイズが響き渡り、ギアボックスが壊れた。完全に息途絶えたリバースギア。1速から抜けなくなることもあり、不動状態になるのは時間の問題。ときはまだ撮影初日の午前中。絶望に暮れる撮影クルー。そのとき物語の主人公でもある“彼”が笑いながらこういった。
「リバースはもう使えない。ひたすらに前進あるのみだよ」
メカニックの献身的な作業によってなんとか走り続けるF40。車高調整機能付サスペンションは不調に陥り、オルタネーターも壊れ車両を深刻な電力不足が襲った。「もう駄目だ」、何度そう思ったことだろう。そして、気がつくと撮影は最終日まで進んでいた。夢中になって雪の中クルマを押し、カメラを向けていた。おおげさでなく途中の細かな記憶がない。
世界のフェラリスタからの非難を承知で書くが、事実、歴史的に貴重なF40のそのカーボンボディには少なからず傷がついてしまった。タイヤチェーンは容赦なくボディを掻き、随所に白い地が覗いていた。「こんなみっともない姿は可哀想だ」と誰かが言った。かといってこんな山奥でクルマにしてあげられることなんて無い。赤マジックを取り出しその傷口を静かに塗り始める。しかし、こびりついた細かな雪の結晶が邪魔をしインクがのらない。メカニックがおもむろにライターを取り出し、慣れた手つきでボディ表面を一瞬あぶり即席で下地を作っていく。その様子を静かに眺めながら、再び主人公であり、車両オーナーである“彼”が口にした
「昔、Red Bullのビデオで観た事がある。スケートボーダーが何度も転んで、直視できないほどの怪我をして血を流している。でも、彼は諦めずにまた技に挑む。心の底からカッコいいと思った。今、僕達は同じことをしている。怪我をすることもある。諦めたくもなる。でも、転んでも何度も立ち上がりたい」
深夜。斧を振りきり、樹が倒れた。それが全工程の最後の撮影だった。「カット」と監督が叫び、現場に大きな歓声があがる。抱き合うスタッフたち。まさに限界を乗り越えた瞬間。
こうして原稿に書くと出来すぎた物語になってしまうが、まさにその瞬間にF40の黄色いラリーライトが突然消えクルマが完全に息絶えた。押しがけしてもエンジンはもう掛からない。すべてを見届けてからF40は文字通りしばしの眠りについたのだった。
クールな音楽をBGMに、澄ました顔でF40を操り、白銀の世界をドリフトしながら駆け抜けていった真紅のF40。1週間で全世界の100万人以上が目にした映像ではあったが、実をいうとその製作現場はどこまでも泥臭くて汗臭いものだった。
恥ずかしながら、情けないひと言とともに今回の『A Day In The Life』プロジェクトの最後を締めくくりたいと思う。すべてを終えた今、偽りの無い正直な気持ちだ。
「もう二度とあんな撮影はやりたくない」
でも、きっといつの日か。あのF40と、あの主人公の“彼”と、また戻ってくることだろう。F40が、それくらい最高の一台だから。仲間とともに試練を乗り越えるって、それくらい楽しいことだから。