2019年2月、コロラド州のトレイルランナーが野生のピューマに襲われ、格闘の末に素手で撃退したというニュースを耳にした人は多いはずだ。
威厳ある野生動物がこの世を去ったのは悲しく、ランナーが命拾いしたのは幸いだったが、このニュースに過度に驚くべきではない。
専門家たちは、ピューマのテリトリー内に人間が侵入すれば、このような襲撃はごく当たり前に起こるとしている。実際、ここ20年の米国とカナダにおける野生動物による襲撃事件の数は、それ以前の80年の合計数を上回っている。
しかし、野生動物との遭遇は、アドベンチャーの世界では不可避(時として素晴らしいものだが)なので、その瞬間に役立つサバイバル術をまとめることにした。
今回は、National Wildlife Federation(編注:NWF / 米国最大の野生生物およびその生息地保護団体)に所属する動物学者デビッド・マイズジュースキーが教えてくれた、危険な状況を無傷で脱するためのヒントを紹介していく。
前提
「野生動物からの襲撃を確実にまぬがれる唯一の方法は、彼らのテリトリーに足を踏み入れないことです」とデビッドは切り出し、さらに続ける。
「National Wildlife Federationが定める、以下の3つの常識ルールに従うべきです」
「その1は、『野生動物に触らない、食べ物を与えない、一歩も近づかない(野生動物とのセルフィーを試みるなどもってのほか)』。その2は『目的地に生息する野生動物の情報を事前に得ておく』、その3は『野生動物のテリトリーに入ったら、周囲に注意する』です」
アメリカグマ
クマは様々な体型やサイズに分かれており、巨大な体躯を持つヒグマやホッキョクグマは腕をひと振りするだけで人間を仕留めてしまう(映画『レヴェナント: 蘇えりし者』でクマと遭遇したレオナルド・ディカプリオを思い出してみよう)が、小型のアメリカグマも見くびってはならない。
1999年、ジーン・モーという名のハンター(当時69歳)が1頭のクマに襲われた。彼はクマに腕を飲み込まれた状態で、喉にナイフを突き刺して窮地を脱すると、しばしの取っ組み合いのあと、クマの鼻っ柱にパンチを見舞って失神させた。
モーは当時を次のように回想している。
「自分の腕を見たくなかった。食いちぎられたと思っていたからな」
「アラスカに来て以来、沢山のクマを見てきたから、人間と同じように、クマも右利きが多いことに早くから気付いていた。だから、ヤツの右がくるのは読んでいたんじゃ!」
「それで一歩下がってかわすと、爪が目の前をかすめて、耳を2つに切り裂いたんじゃ」
いきなりかなり深くまで呑み込まれて、頭がアリゲーターの味蕾に触れたんだ
モーほど血なまぐさくはないが、デビッドはもうひとつの対処法を説明する。
「アメリカグマは都市郊外を含む北米大陸のほぼ全域で生息が確認されています。基本的には人間を怖がっているため、人間から逃げようとします。アメリカグマの生息地でハイキングするなら、大きな音を立てれば追い払えます」
「アメリカグマが危険なのは、餌付けされて本来の恐怖心を失ってしまっている時です。人間を見てもすぐに逃げないアメリカグマに遭遇した場合は、大声で叫び、手を大きく叩けば、大抵の場合は逃げるはずです」
アリゲーター
水中に引きずり込まれ、しばらく放置されたあと、古代からの爬虫類に朽ちかけた自分の肉体を食べ尽くされたい人はいるだろうか? 我々はゴメンだ。
ケイマン、アリゲーター、あるいはクロコダイルに遭遇したら、きびすを返して逃げるのはグッドアイディアだ。しかし、水中での方向転換は難しい。
1997年フロリダ。ボートからジャンプして推定450ポンド(約204kg)のアリゲーターの真上に着水したスノーケラーのジェームズ・モローは、その事実を痛感した。最初の攻撃は一瞬だった。
「いきなりかなり深くまで呑み込まれたから、頭が彼の味蕾(みらい:舌にある感覚器官)に触れたんだ。その味がまずかったから逃がしてくれたんだと思うよ」と彼は回想する。
ラングには穴が空き、彼の頭部には噛まれた痕が残った。結果的には、ダメージの大半を引き受けてくれたスノーケルマスクが彼の命を救った。
「言うまでもないことですが、最大で体長13フィート(約4m)・1インチあたり2,000ポンド(約907kg)を超える咬合力を持つ肉食爬虫類に近づいたり、餌を与えたりするのは愚かなアイディアです」とデビッドは断言する。
家で飼っているネコと同じで、ピューマも逃げるものを追う習性を持っていますし、背後から忍び寄って襲いかかります
「アリゲーターは中国や米国沿岸部の湿地帯に生息しています。米国では北部カリフォルニア、フロリダ州全域、テキサス州西部などが主な生息地です」
「夜明けや日没・夜間の時間帯にアリゲーターの生息エリアで泳ぐのは重点的に避けましょう。彼らはこれらの時間帯に最も活動的になります」
「アメリカグマと同様、アリゲーターも餌付けは厳禁です。餌付けをすれば、彼らは人間と食べ物を結びつけて考えるようになります。惨事へ繋がる条件が揃ってしまうのです」
ピューマ
クーガー、ピューマ、パンサーを含めた大型のネコ科動物は危険だ。ビデオゲーム『レッド・デッド・リデンプション2』で彼らに遭遇した経験がある人は、その怖さを知っているだろう。
2007年、ジム・ハムと妻のネル(それぞれ当時70歳・66歳)はカリフォルニアの州立公園をハイキング中にピューマの襲撃を受けた。生き残ろうとしたジムは、当然ながらピューマとの格闘を強いられた。
「こいつとやり合わないといけないぞと腹をくくりました。襲ってくる犬と格闘するようなものだろうと思っていました」とジムは回想する。
しかし、彼の頭は、瞬く間にピューマの口の中へと引きずり込まれた。
「まるで野球用バットで殴られたように意識がもうろうとしました。ですが、妻が『戦って!』と叫ぶのが聞こえたんです」
この時、妻のネルは1本の木の枝を振り回していた。これがピューマの気を直接逸らせることはなかったが、しばらく格闘しているうちに、ピューマは隙を見て逃げていった。
「北米に生息する野生肉食動物の中で、ピューマだけが人間を獲物とみなします」とデビッドは説明する。
「ですが、実際にピューマが人間を襲った例はごく稀です。米国西部のピューマは、普段はシカを捕食対象としていますが、ラクーンやウサギ、鳥類やコヨーテなどの小型動物も捕食しています」
「ピューマが生息するエリアでキャンプ / カヌー / サイクリングする場合は、同伴者を伴うのがベストです。単独行動している人間は彼らの興味を引きやすいのです」
「野生のピューマに遭遇したら、走ったり彼らに背を向けたりしないことです。家で飼っているネコと同じで、ピューマも逃げるものを追う習性を持っていますし、背後から忍び寄って襲いかかります」
「逃げる代わりに、アメリカグマと同じく、大声を出したり、手を大きく叩いたり、ジャケットを広げて自分を大きく見せたりして追い払いましょう」
ヘビ
人間はヘビに対して本能的な嫌悪感を持っている。人間が生得的に恐れている生物のひとつがヘビなのだ。
村民を丸ごと飲み込んでしまうニシキヘビなどの主生息地は亜熱帯だが、英国や米国にも様々な種類のヘビが生息しており、さらに言えば、その中には我々をひどく驚かせたり、最悪の場合、致命傷のひと咬みを見舞ってきたりする種がいる。
「ヘビについては、ほとんどの種が人間に対して100%無害であるという事実と、げっ歯類や虫など、伝染病を媒介する可能性のある生物を捕食してくれるので、我々に多大な貢献をしているという事実を覚えておくことが重要です」とデビッドは語る。
「人間に危害を与える可能性のある大型種や有毒種でさえも、人間を積極的に狙うことはありません。彼らが咬むのは防衛が目的で、人間に追い詰められた結果です」
「多くのヘビはカモフラージュ柄を使って人間から逃げようとしますが、見つかったあとは、シャーッという音を出したり、臭いを出したり、尻尾を揺らしたりします(ガラガラヘビは警戒音を出す器官を持っているが、他の多くの種も乾いた葉の上などで尻尾を振って警戒音を発する)」
「彼らは『これ以上近づくな』と警告しているのです。彼らが咬みつくのは、彼らのパーソナルスペースに侵入した時だけです」
つまり、ヘビに関しては、邪魔をしないことが第一条件になる。不測にも彼らと遭遇してしまった場合の対処法として、デビッドは次のように説明する。
「周囲の環境を常に把握していれば、怪我やアクシデントは避けられます。有毒なヘビのテリトリー内にいるなら、彼らのスペースを尊重しましょう。その場から立ち去れば、一切の危険はありません」
「ヘビに人間を追いかける習性はありませんし、走る人間を捕まえられるほど素早いヘビもいません」
ムース(ヘラジカ)
あらゆる猛獣の中で、人間を心底おびえさせるのがムースだ。サメなんてまだ序の口。クロコダイルも楽勝。しかし、ムースは冗談抜きに怖い!
人間がムースに襲われる事件は近年増加しており、アラスカを含む一部の地域では、クマに襲われる事件よりも発生頻度が高くなっている。
彼らに襲撃される事件数が最も多くなるのは、繁殖期の9月・10月と、母親が生まれたばかりの子供を守ろうとしてナーバスになる春先だ。
また、犬を連れている時は特に注意が必要だ。絶対に犬をムースに近づけてはならない。犬の吠える声が攻撃のトリガーのひとつになるからだ。ムースはシカ科最大級なので、映画『バンビ』のような触れ合いを期待するのは禁物だ。
デビッドは次のように説明する。
「肉食ではないですが、ムースは今回のリストの中で最も危険な動物です。シカ科最大のムースは、肩高は6フィート(約1.8m)、体重は1,000ポンド(約453kg)を超えます」
「他の野生動物と同じく、ムースも人間を見ると逃げる習性を持っていますが、驚かせてしまえば、切羽詰まって自己防衛のために攻撃してきます」
「雄のムースは巨大なツノを有していますが、主な攻撃手段はそのヒヅメです。キックを一撃食らうだけでも人間には致命傷になるでしょう。発情期の秋を迎えると、雄は特に攻撃的になります。また、春や秋は、子連れの雌がナーバスになります」
「ムース生息地をハイクする際は、その巨体に目を光らせておきましょう。その姿を見かけたら静かにそこから立ち去るべきです」
野生動物の生息環境を尊重して、有意義なハイクを楽しもう。