コントローラも両手も永遠の命を与えられた存在ではない© bwomack
ゲーム
『スマブラDX』:プレイヤーが抱える手の痛み
ハードコアゲーマー必読! 『DX』シーンで増加傾向にある手の痛みに迫る。
Written by Brian Funes
公開日:
かつては「遊び」にしか過ぎなかった『スマブラDX』だが、今や様々な要素が複雑に絡み合うひとつの巨大なシーンに成長している。
『DX』は格闘ゲームとして認識されてから右肩上がりで成長を続け、今や格闘ゲームにおいて最も高いテクニックが要求されるタイトルのひとつとして認識されている。しかし、昔からそうだったわけではない。黎明期はテクニックがなくても、対戦相手を先読みできる能力さえ備わっていれば、トーナメントで活躍することが可能だった。しかし、今はシールドやムーブの選択肢が細部に至るまで研究されており、『DX』のプレイやトーナメントへの出場には、かなりハイレベルなテクニックが求められている。
『DX』がeSportsのひとつとして数えられるようになるにつれ、トーナメントの数が増え、高額の賞金が用意されるようになり、プレイヤーたちは更に多くの時間を費やすようになっている。プレイヤーたちはコントローラの改造などを行いながら、日々長時間の練習をこなしている。また、『Melee 20XX Edition』などのMODやツールの登場によって、プレイヤーたちはシールドの耐久値をチェックしたり、着キャンのミスを視認できるようになったり、更にはTASレベルとも言えるプロレベルのスピードでCPU対戦が行えたりと、周辺環境も大きく進化している。
このような進化により、視聴者たちはスピーディでダイナミックな対戦が楽しめるようになっているが、目立たないが無視できない問題がひとつある。ハイレベルなテクニックをパーフェクトに仕上げるために積み重ねる練習によって、両手を痛めるプレイヤーたちが出てきているのだ。
トップに立つための犠牲
『DX』ファンや、中レベルのプレイヤーならば、トッププレイヤーたちの対戦を見た後に、ハイスピードなムーブやハイレベルなテクニックを真似してみたいと思うはずだ。確かにトッププレイヤーのプレイは素晴らしいものがある。しかし、そこには対価が存在することを無視してはいけない。どのプロの世界でも、超人的なレベルのパフォーマンスを続けられる実力をつけてトップに立つためには犠牲を払わなければならない。
初期『DX』シーンには「トッププレイヤー」の定義が存在した。睡眠時間を削り、深夜遅くまでプレイを続け、できる限り多くのトーナメントに出場し、修正パッチが配布されない中で進化を続ける複雑なメタに食らいついていく ー これが当時のトッププレイヤーの定義だった。また、当時の『DX』は進化のゴールが一切見えていなかったため、初期プレイヤーたちの間には「十分だ」という判断も存在しなかった。こうしてプレイヤーたちは『DX』の進化にひたすら追従していった。しかし、この中の数人は、今もトッププレイヤーとして残っているものの、多くのプレイヤーはこの終わりのない強烈な長旅から肉体的なダメージを受けてしまった。
Pound 16でカウンセリングを行ったCaitlin McGee博士
Pound 16でカウンセリングを行ったCaitlin McGee博士
エルゴノミクスと健康維持
たった数年前まで、『DX』トッププレイヤーの多くは、他のeSportsタイトルで見られるようなチームやスポンサーからのサポートを一切受けてこなかった。健康管理、食生活、練習スケジュール、旅費などはすべて個人の責任の元に行われていた。しかし、最近はそれが変わりつつある。たとえば、Kevin “PewPewU” Toyは所属するCounter Logic Gamingの理学療法士からマッサージを施されていることをTwitter上で発言していおり、PewPewUはプロチームに所属することで、トップアスリートが知っておくべき情報や理論も手に入れられるようになっている。これは素晴らしい進歩と言えるが、他のプレイヤーたちはどうなのだろうか? ここでご登場願うのが、理学療法士のCaitlin McGee博士だ。
Caitlin McGee博士は、メジャートーナメントPound 2016の運営チームとTwitter上で何回かやり取りを続けたあと、偶然にも会場の隣に住んでいたこともあり、『スマブラ』コミュニティに正しい情報を与え、シーンの成長を促すべく、このトーナメントにボランティアとして参加した。McGee博士が公の場に姿を現したのはこのトーナメントが初めてだったが、博士はこれよりも前から『スマブラ』シーンに貢献してきた。というのも、McGee博士はTwitter上でGoogleドキュメントのストレッチガイド(評価数4万以上で平均スコアは4つ星以上)を提供しているからだ。当然、専門家の意見を聞く前にこのガイドに頼ることはお勧めできないが、基礎知識を得るためには非常に便利なソースとして機能している。
McGee博士のカウンセリングを受けるHungrybox
McGee博士のカウンセリングを受けるHungrybox
そして、そのPound 2016で、McGee博士はエルゴノミクス(人間工学。椅子や机、周辺機器のクオリティ)、怪我を予防するヒント、ストレッチ方法、更にはマッサージ方法などを提供しつつ、プレイヤーたちの相談に乗った。当日に受けた相談のトピックのトップ3は以下の通りだ。
1:前腕部(特に手首と手指伸筋)の凝り
2:親指の付け根部分の母指屈筋の凝り
3:長時間プレイをしてしまう悪癖
プレイ時に必ずコントローラを握るので、最も多かった相談は手の痛みに関することだったのは当然なのだが、McGee博士は体の姿勢と人間工学の重要性も説いている。「安物の椅子で姿勢が悪いと背中を痛めますし、コアマッスルが正しい姿勢に保たれていなければ、肩、肘、手首の位置が悪くなってしまいます」
最近のTafo Talkに出演したMcGee博士は、プレイヤーが使うキャラクターによって痛みの種類が違うことを説明している他、深刻な症状を抱えているのはアマやセミプロのプレイヤーたちの方が多いことも明らかにしている。「中レベルのプレイヤーたちが深刻な痛みに苦しんでいるのは、トッププレイヤーたちの過去の経験や治療についてシェアされていないというのも理由のひとつだと思います」
このような手の痛みを抱えていたプレイヤーとして最も有名なひとりが、初期『DX』シーンで活躍したレジェンド、Daniel “KDJ” Jungだ。KDJは左手の腱鞘炎が左腕全体にまで広がったことを理由に、引退を公式発表した初めてのプレイヤーだった。手が痛くても練習を続けてしまった結果、KDJは慢性的な痛みを抱えることになり、引退に追い込まれてしまった。KDJは他のeSportsチームやプレイヤーを抱えているトップチーム、Team Liquidに所属していたため、『DX』シーンに詳しくないという人でも彼の手の痛みと引退については知っている。しかし、彼より知名度が低いプレイヤーも手の痛みに苦しんでいる。そのひとりが、ワシントン州を拠点にしているVish “Vish” Rajkumarだ。
手の痛みからコメンテーターとし手の活動を始めたVish
手の痛みからコメンテーターとし手の活動を始めたVish
2015年のSSBMのランキングで惜しくもトップ100入りを果たせなかったVishは、キャプテン・ファルコン使いとして知られており、それなりに長い間シーンで活躍を続けてきたプレイヤーだ。2013年に84位にランクインした経験を持つ彼は、2度目のトップ100入りを目指して練習をハードに積み重ね始めた2015年後半に手に痛みを感じ始めた。
「2015年のPAX Primeの頃に手に痛みを感じ始めたんだ。去年は例年以上にハードな練習を続けていたんだよね。毎日練習して、対戦も週に数日やっていた。痛みは突然始まったんだ。右手が痺れる感じでね。気をつけながらプレイを続けたんだけど、ビッグトーナメントに数回出場したあと、しばらくプレイを止めて理学療法を受けようと思ったんだ」
友人たちに相談した結果、この痛みをスポーツによる怪我として扱うことにしたVishが理学療法士の元を訪れると、肘部管症候群と診断された。これは手毛管症候群に似ている症状だが、手毛管症候群とは患部が逆で、つまり、薬指と小指が痛む症状だ。Vishは、その理学療法士のアドバイスに基づいてコントローラにスポンジグリップを装着して練習とトーナメントプレイを続けてきたが、症状の悪化を防ぐため、2016年1月のGENESIS 3を最後にトーナメントからは離れている。
細心の注意を払っていたおかげで早期発見することができたVishの怪我は、完治できると診断されている。Vish自身はこの状況を前向きに捉えており、コメンテーターとしてのキャリアをスタートさせているが、いつの日か完治して、プレイヤーとして出場したいという気持ちは依然として持っている。
手の痛みを感じながらPound 16を3位で終えたHax
手の痛みを感じながらPound 16を3位で終えたHax
『DX』のトッププレイヤーたちも手の痛みに悩まされている。Aziz “Hax” Al-Yamiがそのひとりだ。2014年、HaxはSSBMのランキングで8位に入ったが、左手首の尺側手根屈筋の腱を痛めてから、徐々にランクを落としていった。その結果、2015年はプレイが制限され、この年に出場したトーナメントは7月のEVO 2015だけに留まった。もはや予防策では対処できない症状を患ってしまったHaxは既に手首の手術を2度受けており、この春には3度目の手術も予定されている。
しかしながら、HaxはPound 16に出場し、“Nintendude” Brancato戦をはじめ、素晴らしいテクニックを披露した。Haxとの1本目を終えたNintendudeは、Haxのその正確なプレイに対し、頭を振りながら笑うしかなかった。Haxはこの対戦を次のように振り返っている。
「あの1本目は痛みを感じていなかったんだ。トーナメントが終わった翌日の月曜日に多少痛みを感じたけど、ラッキーなことに酷い痛みじゃなかったし、その翌日にはまたプレイできた。理学療法のおかげでプレイを続けられているね。むしろ、問題は睡眠不足の方さ」
また、手術後の練習スケジュールとフォックスに求められるハイレベルなテクニックへの対応について、Haxは次のように回答している。「今は大事なトーナメントのために手を休めながらプレイしているんだ。数日連続でプレイすれば手に痛みが走る可能性があるからね。毎日理学療法を受けていて、長時間プレイできるように手首の強化をしているよ。どのキャラクターを使っても長時間のプレイは無理なんだ。フォックスは左手首に一番負担がかかるキャラクターだけど、『DX』そのものが手に負担がかかるゲームだ」
このように手の痛みに苦しんでいるHaxだが、フォックスを諦めるつもりはないようだ。「メインを変えることはないね。僕はフォックスのプレイを楽しんでいるんだ。本物の強さを感じられる唯一のキャラクターなんだよ。フォックスをプレイすると、負けられないって思うんだよね」
長い時間がかかっているものの、Haxは完全復活へ向けて着実に歩みを進めている。
手の痛みはキャリアに関わってくる
手の痛みはキャリアに関わってくる
プレイするのは人間
『DX』はビデオゲームだが、どんなに小さな動きであれ、プレイ中は常に筋肉が動いている。そして、過度のプレイによる筋肉の痛みは決して気のせいではない。これはれっきとした症状で、専門家にできるだけ早く診てもらう必要がある。そして、専門家に診てもらうタイミングが「一時休止」と「引退」を分ける可能性がある。『DX』で確認できる音速のスーパープレイは、結局のところ人間の両手が生み出しているものだということを忘れてはいけない。
今回の記事に協力してくれたMcGee博士とプレイヤーたちに感謝したい。『DX』シーン全体の怪我に対する意識が高まれば、このシーンの寿命も伸びるだろう。