A cyclist fuels during an endurance cycling race
© Bram Berkien / Red Bull Content Pool
サイクリング

ツール・ド・フランス参戦チームが教えるロングライド用栄養学

ツール・ド・フランスを戦う2チームの専属栄養士が長距離サイクリングに最適な栄養補給法のヒントとアドバイスを伝授!
Written by Hannah Reynolds
読み終わるまで:11分Published on
ツール・ド・フランスは世界屈指のタフさを誇る長距離ロードレースだ。
サイクリングの栄養学についてアドバイスを請うなら、3週間に渡って繰り広げられる極めて過酷なこのレースを戦うプロライダーと彼らの栄養補給をバックアップするサポートチーム以外に適任はいないだろう。
アマチュアサイクリスト全員にとって「何をどう食べて身体にエナジーを取り込み、ベストパフォーマンスを発揮すれば良いのか?」は現実的な問題だ。
初めてのロングライドに挑む初心者、100マイル(約160km)のスポーティブに挑む本格的なアマチュアライダー、ツール・ド・フランスで豊富な経験を積んだプロを問わず、我々の目標はほぼ共通している。それは正しい水分補給・栄養補給・リカバリー・体調の維持だ。
今回は、長距離サイクリストに求められる栄養補給の基礎知識を詳しく解説していこう。

水分補給の重要性

ライディング中はもちろん、その前後に十分な水分を摂取しておくことは栄養補給と同じく重要だ。
体内の水分量が不足すると脱水状態になり、集中力やハードにライディングする能力が損なわれ、その上リカバリーも遅くなってしまう。最悪の場合、体内の水分不足は病気に繋がる。
しかし、覚えておいてほしいのは、水分の摂りすぎも危険ということだ。特に水は非常に危険だ。
「水分補給を忘れるな」と常々言われるが、水の過剰摂取は低ナトリウム血症を招きかねない。低ナトリウム血症は体内の水分と電解質(塩分)のデリケートなバランスが崩れた時に発症する症状で、深刻な体調不良、さらには死をも招くおそれがある。
電解質を含むスポーツドリンクは体内から失われた塩分の補給に役立つ

電解質を含むスポーツドリンクは体内から失われた塩分の補給に役立つ

© Volodya Voronin/Red Bull Content Pool

自分に必要な水分量を把握するための最も分かりやすい指標が “喉の渇き” だ。喉の渇きを感じたらすぐに水分を補給し、十分と感じたところで飲むのを止めよう。
では、ロングライドに向けたドリンクはどれくらいが適量なのだろう? チーム・カチューシャ・アルペシンでスポーツディレクターを務めるシャビ=フロレンシオ・カブレは次のように説明する。
5時間のライドなら、ライダーひとりにつきボトル10本です。必ずしも10本全てを飲みきるわけではありませんが、30分でボトル1本を目安にしています。このペースは高温のコンディションでは特に重視していますね」
これは、1時間約1ℓの水分を補給するという計算になる。
チーム・イネオスのライダーたちは、チームドクターの指導の下で自分たちの正しい水分レベルをチェックしている。チーム・イネオスでソワニョール(セラピスト)を務めるデビッド・ロズマンは次のように語る。
「毎朝選手たちが採尿してドクターに提出し、ドクターが各選手の体内水分量を確認します。そのあとで私たちが各選手の水分補給量を決めていきます」
尿は淡い黄色で臭いが強すぎない状態が望ましい。これなら我々も自分たちでチェックできるだろう。
また、尿のモニタリングは1日の終わりにも行われる。
「選手たちはステージ後に計量を行い、失った水分量を測定します。この結果も水分補給量の判断材料になります」
大まかな目安だが、高温コンディション下でのエクササイズでは、体重が1kg減るごとに、2〜6時間以内に1.5ℓの水分を補う必要がある。
高温で大量に汗をかいている時は、ソディウム(ナトリウム)などの電解質で体内から失われた塩分をカバーすることが極めて重要となる。電解質を含んだスポーツドリンクが非常に便利だが、高塩分の食事を水と一緒に摂取しても良い。
ドリンクに少量の炭水化物を含ませるか、固形食で炭水化物を補給すれば、エナジーが得られる上に、水分の浸透スピードも向上する。

栄養補給

《朝食》
サイクリングでは多くのエナジーが必要になるため、ツール・ド・フランスを戦うライダーたちはステージ前はもちろん、ステージ中とステージ後にも十分な栄養補給を行うことを最優先事項のひとつに設定している。
カロリー摂取制限を設けなければならない一般人には羨ましい環境のように思えるかもしれないが、大量の食料を胃袋へ流し込まなければならない上に疲労も重なるので、栄養補給を苦痛に感じてしまうライダーもいる。
そのため、チーム専属シェフはディナーを美味しく新鮮で、楽しいものにするために苦労している。
サイクリストの朝食の定番:ミューズリーとプロテインシェイク

サイクリストの朝食の定番:ミューズリーとプロテインシェイク

© Roy Schott

プロライダーにとって朝食は非常に重要だ。彼らは一般人では消化しきれないほど大量に摂取する。シャビ=フロレンシオ・カブレは次のように説明する。
「朝食はライスパスタ、適量のミューズリーで、メインはライスかパスタです。日によってはオムレツを添えることもあります。もちろんコーヒーは欠かせませんね」
エナジー源として炭水化物を摂取し、筋肉の修復と維持のためにプロテインを卵から摂取するこの朝食は、あらゆるサイクリストに効果的だ。
しかし、ライダーの出身国は様々で、普段から慣れ親しんでいる母国の朝食を希望するライダーもいる。たとえば、エガン・ベルナルはすりつぶしたトウモロコシで作られるコロンビアの代表的なパンの一種「アレパ」を朝食に加えている。
コーヒーに含まれるカフェインは様々なメリットをもたらす

コーヒーに含まれるカフェインは様々なメリットをもたらす

© Danielle MacInnes / Unsplash

あらゆるサイクリストにとってコーヒーは不変のフェイバリットで、朝の儀式の一部だ。また、適量のカフェインを適宜摂取すれば、疲労感が軽減し、集中力が高まり、痛覚を鈍くするため、サイクリングのパフォーマンスアップに有効という科学研究結果も数多く発表されている。
朝食にはジュースも用意される。チーム・カチューシャ・アルペシンではビートルートのジュースチェリーのジュースを用意している。これらは選手にとって非常に効果的だ。
このような「スーパージュース」は大量の研究を経た結果だ。ビートルートに含まれる硝酸塩は酸素消費を劇的に改善することが明らかになっており、チェリージュースは抗炎症作用筋ダメージの減少効果がある。
また、チーム・イネオスの選手たちも日によってジンジャージュースやビートルートジュースを飲用している。硝酸塩の血中濃度を高めるこれらのジュースはパフォーマンス向上に繋がるため、アマチュアライダーの朝食には最適だろう。
《レース中》
バイクに乗ったあとは、補給食がペダルを回転させ続ける燃料になる。補給食は素早く消化されて体内でエナジーに転化されるもの、つまり適量の脂質とプロテインを含んでいる大量の炭水化物が理想的だ。
ライディング中のチーム・カチューシャ・アルペシンの選手たちには様々な補給食が詰め合わされたミュゼット(肩掛け袋)が手渡される。シャビ=フロレンシオ・カブレはその内容について次のように説明する。
「レース中の選手たちに手渡すのは、前日にソワニョールたちが用意したライスケーキです。ライスケーキにはヌテラやストロベリージャムが詰まっています」
「また、エナジーバー2〜3本、エナジージェル、時にはパニーニなどもミュゼットの中に入れます」
「内容はステージや気候によって変わります。高温時は、補給食より水分補給の必要性が高くなります。選手たちには水と電解質パウダーを混ぜたものを渡します」
炭水化物を含んだレッドブル・エナジードリンクはロングライドの栄養補給に最適

炭水化物を含んだレッドブル・エナジードリンクはロングライドの栄養補給に最適

© Pavel Sukhorukov / Red Bull Content Pool

ライド中の補給量の目安を導き出すためには、ちょっとした計算と成分表チェックが必要となる。基本的には、消化が楽な炭水化物を1時間30〜60g摂取するようにしよう。
炭水化物はレッドブル・エナジードリンクにも含まれている。また、ジャムサンドウィッチやゼリーなどの固形食からも摂取できる。
《リカバリー》
ハードなライディング後のリカバリーは常に重要だが、ツール・ド・フランスのように連日続くレースではリカバリーの重要性がさらに高まる。
チーム・カチューシャ・アルペシンのリカバリープログラムについて、シャビ=フロレンシオ・カブレは次のように語る。
「3週間続くステージレースでは、できるだけ速やかに筋肉をリカバリーすることが重要ですが、栄養補給が大きな役割を担います」
「身体が最も速やかに食物を吸収する “ライディング直後の30分” で何を食べるかが非常に重要です。ステージ終了直後の選手たちは少量のライスで炭水化物を補いつつ、リカバリー用ドリンクをボトル1本飲みます」
「サンドウィッチを食べる日もありますし、ホテルにフルーツが用意されている時もあります。パイナップルやスイカなど、水分をたっぷりと含んだフルーツが好ましいですね」
ライディング中でも手軽に食べられるサンドウィッチはサイクリストの味方

ライディング中でも手軽に食べられるサンドウィッチはサイクリストの味方

© Denis Klero/Red Bull Content Pool

空腹時には甘いスナックや目に入った物を食べがちだ。実はプロも同じなのだが、彼らには正しい選択をするためのサポートチームがついている。シャビ=フロレンシオ・カブレがさらに説明を続ける。
「空腹でチームバスに戻ってくる選手たちは、フルーツやライスなど、それこそ手当たり次第に何でも口にしてしまいます」
「私たちは、リカバリー用ドリンクとライスを口にしたあとなら糖分を含むドリンクを飲んでも良いというルールを設けています」
チーム・イネオスのソワニョールたちは選手たちのためにフレッシュなリカバリーシェイクを用意している。そのレシピについて、デビッド・ロズマンは次のように打ち明けてくれた。
「ギリシャヨーグルト、ココナッツウォーター、ベリー類、それにバナナ1本です」
ごくシンプルだが、炭水化物とプロテイン、そして水分が同時に補える栄養学的に優れたブレンドだ。
炭水化物補給の定番といえばやはりパスタ

炭水化物補給の定番といえばやはりパスタ

© Pavel Sukhorukov / Red Bull Content Pool

《レース後の夕食》
レース後の夕食は、ライディング直後に摂取した良好なリカバリー補給食の延長線上に位置する内容にする必要がある。また、体調維持のためにあらゆる微量栄養素も含まれている必要もある。
チーム・イネオスのデビッド・ロズマンは、ディナーもパスタがメインであるとし、「パスタかライス、あとはステージによって魚か肉のどちらかを用意します。パスタの種類はなるべく幅を持たせるように努めています」と説明している。
チーム・イネオスでは、選手たちが食べ物の好き嫌いを明記したリストを専属シェフに提出し、シェフがそれらを元にメニューを考案している。レース後のディナーはカロリー補給性だけではなく、バランスも重要なので、選手たちはヨーグルトフルーツでディナーを終える日が多い。
サイクリングで消費される膨大なエナジーを考慮すれば、ライダーたちにとってディナーはご褒美と言えるものだが、ここでも自制する必要がある。
チーム・カチューシャ・アルペシンでは、デザートにケーキ(基本的にライダーひとりにひと切れ)が用意される日がある。ステージ優勝した日はチョコレートケーキ、またはボトル1本分のシャンパンワインが振舞われる。シャビ=フロレンシオ・カブレはこれについて次のように語る。
「選手たちは何か特別なご褒美があるはずだと期待していますからね! 良い結果が出れば当然です」
一方、チーム・イネオスではウェールズ出身のゲラント・トーマスがチームメイトにウェルシュケーキ(ドライフルーツを混ぜたウェールズ風のパンケーキ)を振る舞っている。

栄養補給プランを機能させるコツ

プロライダーが仕事をこなすには、体調とエナジーレベルの管理が不可欠だ。そのため、彼らをケアし、彼らが必要とする食べ物や飲み物を用意するサポートチームの重要性は絶大だ。
シャビ=フロレンシオ・カブレは次のように説明する。
「選手たちの身体が食べ物を受け付けなかったり、彼らが空腹感や渇きを覚えなかったりする時があります。また、補給の必要性を理解していても、他のライダーとの会話などが原因で水分補給を忘れてしまう時もあります」
「しかも誰かがアタックを仕掛ければ、彼らは全力で追わなければならないので、ドリンクを取り出す余裕はなくなります。こうして栄養補給に失敗してしまうのです」
このようなミスは、望ましくない結果を招いてしまう。
「アタックを仕掛けた選手と同時にゴールできるかもしれませんが、リカバリーができず、翌日に問題を抱える可能性があります」
「ですので、私たちサポートチームが選手たちに補給食と水分補給のタイミングをリマインドしつつ、彼らの栄養補給状態をチェックし続けることが重要です」
ソワニョールはステージに備えて補給食を用意する

ソワニョールはステージに備えて補給食を用意する

© Kathrin Schafbauer

では、自分の面倒を見てくれるサポートチームがいないアマチュアサイクリストはどうすれば良いのだろうか?
シンプルな予防策としては「栄養補給や水分補給のストラテジーを設定する」、「ポケットに適切な補給食を入れる」、「20分ごとに補給タイミングをリマインドするアラームをセットする」などが挙げられる。
フィニッシュ直後に食べられるようなリカバリー用補給食についても考えよう。たとえばチーム・イネオスは、氷と一緒にフラスクに入れられるリカバリー用スムージーを用意している。
調理が簡単でヘルシーな食材を自宅に用意しておくのもグッドアイディアだ。疲れきって帰宅したあとに簡単かつ短時間で食事が用意できれば、缶入りビスケットをドカ食いしたい気持ちを抑えることができる。
「ライディング後に何も食べない」が最悪の結果に繋がることを覚えておこう。また、イベントで好成績を残した時は自分へのご褒美も忘れないようにしよう!
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