探検

恐怖と向き合い人生を豊かにする方法

恐怖を感じ取り、恐怖を味方にするための方法をベテラン冒険家が明かす。
Written by Matt Prior
読み終わるまで:8分公開日:
恐怖と向き合おう

恐怖と向き合おう

© Unsplash

私が真の恐怖を最後に感じたのは、2012年のアンデス山脈だった。その時のアンデス山脈は私がそれまで経験した登山の中でも最悪のコンディションと言えるものだった。猛烈な吹雪の中、私は脇の下あたりまで雪に埋もれながら、ありったけの力を振り絞って慎重にゆっくりと前に進もうとしていた。
私以外のグループのメンバーはとうにギブアップし、彼らは山頂に最も近いキャンプで吹雪の一夜をやり過ごすことにしていた。山頂へ挑む最後のセクションに残ったのは、私とガイドのみ。山頂に到達するためには、両側が険しく切り立った山の背に沿って進まなければならない。この恐るべき山の背に挑もうとする直前、私は「ここから落ちたらどうなるかな?」とジョークを飛ばした。
すると、身長150cmを少し超える程度の小柄なガイドは破顔一笑して「私たちは短いロープで繋がれていますから、滑落しそうになったらロープを使ってあなたを引き上げてあげますよ」と答えた。私は彼に対してごく初歩的な物理学を説きつつ、どちらかが山の背から滑落すれば2人とも確実に死ぬだろうと説明した。これほど切迫した状況でありながら、私たちはどこか楽しげだった。恐怖と相反するこの可笑しみは、私が恐怖に打ち克つことを確実に助けてくれた。
恐怖の生まれ方
“恐怖” という言葉を辞書で引くと、以下のように記されている ー 「迫り来る危険や悪、痛みなどによって引き起こされる苦痛の感情。現実あるいは想像上のものに関わらず、不安な感情状態をもたらすもの」
私が思うに、恐怖とはそのほとんどの部分が私たちの脳内で形成される幻想だ。ほぼ全ての恐怖が、不合理で根拠のない心理だと言ってもいい。私が最近読んだ文献には、「未知」が「恐怖」に置き換えられ、自分を無活動な状態へと陥れると書かれていた。私自身も実際にこのような現象を何度も目にしてきた。私たちは目の前の現実とは違う現実を勝手に頭の中に作り出してしまう。恐怖とは、過去の経験、経験の少なさ、知識や信念の不足によって生まれるのだ。
恐怖と向き合えば新しい世界が広がる

恐怖と向き合えば新しい世界が広がる

© Red Bull Content Pool

恐怖は敵ではなく友
恐怖を感じることは重要だ。恐怖は本能であり、私たちが危険を察知した際にごく当たり前に起こる身体反応だ。とはいえ、恐怖を感じすぎてしまったり、その感情を信じすぎたりしてしまうと、前進できなくなってしまう。恐怖と不安を自分の中に根付かせ、最悪のイメージを想像するようになれば、それらはどんどん大きくなり、必要以上なサイズにまで育ってしまう。恐怖の大小は、自分の心理状態に左右されるものなのだ。
私は、昨年インドネシアで行ったアドベンチャーでちょっとしたサプライズを経験した。私に同行していたある少女には、全くと言っていいほど恐怖や自己防衛本能がなかった。私はこのような種類の人間に今まで出会ったことはなく、正直に言えば最初は彼女に対して底知れぬ危惧さえ抱いた。私たちは発展途上国の険しい山岳路をバイクで走っていたのだが、このようなシチュエーションで自己防衛本能を持たないというのは考えにくい。普段ならば逆のはずだ。そこで私は少女に対して恐怖を察知するための方法を早急に教えなければならなかった。
「恐怖と上手く付き合えば、多少不安な状況も快適に感じられるようになる」
この経験を通し、私は健全な形で恐怖をリスペクトすることは決して悪くないことなのだと気が付いた。恐怖という感情を尊重しているからこそ集中できるようになり、感覚がより研ぎ澄まされ、最後には自分の命を守ってくれる。また、恐怖はエゴを抑制する効果をもたらす。これはアドベンチャー環境では非常に重要だ。
困難と対峙する喜び
恐怖は確実に制御できるようになる ー とにかく恐怖に晒される経験を重ねることが重要だ。困難なシチュエーションに身を置く回数が増えるほど、不安定な状況に直面した時に、自分たちに何ができるのか、または後退すべきなのかを判断するためのリファレンスが自分の中に用意されるようになる。これらのリファレンスは、自分の体験から導かれたものなので、同じ危険を察知すると脊髄反射的に用意される。
私の場合は高所とヘビが主な恐怖の対象だったが、時が経つにつれ、上手くコントロールできるようになった。「案ずるより産むが易し」の言葉通り、飛行機からダイブしたり、わざとヘビに咬まれたりすることで、非常に迅速に自分の知覚は変化させることができるのだ! 恐怖と向き合い、危険やリスクを内包したシチュエーションに身を置く経験を重ねていけば、恐怖は克服できるようになる。
ホワイトアウト

ホワイトアウト

© Red Bull Content Pool

こうしていくことで、自分自身をより深く理解できるようになり、“第六感” を磨きながら、自分にとって何がベストな方法なのかが見えてくる。そうすれば、その自分なりのベストな対処方法をあらゆる状況に適用できるようになる。
危険への対処方法として私が多用するのはユーモアだ。エクストリームな状況であっても、そこに笑える側面を見出すことができれば簡単に対処できる。軍隊や医療の現場でも、このようなある種のブラックユーモアが存在する。内情を知らない者にとっては一見奇妙に思えるかもしれないが、これは実際に効果があるのだ。
もうひとつ私にとって有効なのは、目標を設定すること、あるいは集中すべき対象を持つこと。こうすることで(恐怖を含めた)あらゆる外的要素をブロックし、全てのエナジーと集中力を自らが定めた目標を成し遂げるためだけに注げるようになる。
「アドベンチャーは短時間で様々な経験や人生の教訓が得られる素晴らしい手段だ」
また、私はビジュアライゼーションと呼吸法を組み合わせて利用することも好む。これらの効果は非常にパワフルで、頭の中で視覚化しているものは現実なのだと自分を信じ込ませることが可能だ。これから立ち向かうタスクを達成する姿を上手く視覚化できれば、それは驚くべき効果をもたらすだろう。
恐怖への対処方法は個人によって異なる。自分に機能するからといって、それが他人にも機能するとは限らない。だが、あらゆる方法を試して、自分にしっくりとくる方法が何なのかを探ってみることを薦めたい。自分に合う対処方法が見つかれば、意識内の「自分にできる範囲」が飛躍的に拡大するので、世界は今まで以上に興味に満ちたものになるはずだ
自分自身にチャレンジすれば、より充実した人生を楽しめる
自分自身をプッシュして試練を課すごとに、可能だと思えるばかりか、本当に実行可能かどうかの見極めもできるようになってくる。多少不安な状況も快適に感じられるようになるのだ。
現代は、本を読んだり、テレビを見たりすることで、仮想的に体験できる時代だ。だが、自分の中で真のポジティブな変化が起きるのは、実際に体験した時だ。恐怖や不安に出会うことから、チャレンジに取り組んで乗り越えるまでのすべてのプロセスを体験することが重要だ。アドベンチャーは短時間で様々な経験や人生の教訓が得られる素晴らしい手段だ。そして、だからこそ私はこの世界に夢中なのだ!
自分に負荷をかけよう

自分に負荷をかけよう

© Red Bull Content Pool

自分自身にチャレンジすればするほど、最終的にあなたは何にも惑わされない境地に達するだろう。恐怖に対する健全なリスペクトを保つ必要はあるが、数多くの経験と心理的なリファレンスを手にしたあとは、ほとんどのすべてのシチュエーションで快適に過ごせるようになるだろう。
木のように
若い時は、恐怖心も小さく、自らを制限することも少なかったはずだ。怖いもの知らずで好奇心が赴くままに行動して生きることは若さの特権だ。つまり、そのような無邪気な子供の心を自分の中で繋ぎ止めておくことができれば、もっと思い切り人生を楽しむことができるようになるというわけだ。
これは決して簡単ではない。メディアや社会は、失敗を恐れよ、イージーな選択肢を選べと伝えてくるからだ。しかし、慣習やプロパガンダを盲信しても、凡庸、停滞、不満、さらには抑圧しか生まれない。
自然界に目を向けてみれば、あらゆるものが成長を続けていることがわかる。数年経って成長を止める木はこの世には存在しない。彼らはできるだけ高く伸びようとしているのだ。自然は成長を決して恐れない。恐怖に対する健全なリスペクトと理解を身につければ、我々も木のように伸び伸びと成長できるのだ。
もちろん、私は先ほど述べたアンデスの険しい山から無事に戻ってきたわけだが、私はこの体験(そして、心理的レファレンスを形成した全てのアドベンチャー体験)を忘れないだろうし、あの日に感じた感情も忘れないだろう ー 安堵の感覚が私の中に流れ込んでくると、エンドルフィンや酸素を含んだ血液の激流となって体内を駆け巡り、満面の笑みと共に「今まさに生きている」という紛れもない実感が湧き上がってきたのだ。
恐怖と向き合わなければ、この快感を得ることはできなかっただろう。私にとって、アドベンチャーとは「恐怖と正面から向き合い生の実感を得ること」に他ならないのだ。
冒険家マット・プリオールは、パイロットや写真家、そして世界記録保持者としての顔も持つ。マットは英国空軍で6年間に渡るジェット機操縦経験を持ち、さらには英国陸軍海外訓練リーダーとして世界中での様々な遠征訓練活動を指揮してきた。
マットは経験豊かな救援隊員やパラモーター・パイロットで構成されるクラブ組織Explorers Clubの会員としても活動している。マットはこれまで100カ国以上でサポートなしの遠征を行い、5大陸の様々な有名峰に登頂してきた。彼と共に比類のない1週間のアドベンチャーを体験してみたい方は、彼が主宰する Adventure Academyに参加してみよう。詳細は www.mpadventureacademy.comをチェック。