ゲーム
セガと任天堂の名機たちを文字通り「融合」させたある小さな会社のお話。
先月、米国で開催されたとある大規模ゲームエキスポでとんでもないゲーム機が発表されたのをご存知だろうか?全部入りゲーム機とも呼べそうなこの新製品は、SNES(Super Nintendo Entertainment System:海外版スーパーファミコン)のゲームをハイビジョンテレビで遊べるだけでなく、なんとゲームボーイ、ゲームボーイカラー、ゲームボーイアドバンスのタイトルや、果ては日本のファミコンカセットまで遊べてしまうのだ。
ただ... このゲーム機、 任天堂のプレスイベントで発表されたモノでもなく、実際任天堂の製品でもない。その証拠に、セガのメガドライブタイトルも遊べるのだ!90 年代、両社が覇権を争っていた頃には絶対に想像もできなかった事態とも言えるかもしれない。
それでは改めて紹介しよう。今回 Hyperkin 社が発表したそのゲーム機の名は RetroN 5。手頃な価格でかつての名機 5 種類のゲームを遊べる本機は、他にも興味深い機能が満載だ。まず、欧州の PAL 方式カートリッジとアメリカの NTSC カートリッジの両方に対応しており、おまけにコントローラーは現代にふさわしくワイヤレスなのだ。さながらゲーム機版十徳ナイフといった趣きだ。
Hyperkin 社は、ロサンゼルスの東にあるエルモンテに、ほとんど窓もついていない倉庫のような拠点を構える小さな会社で、これまでゲーム機の周辺機器を製造販売してきた。しかし今回の RetroN 5 はこれまで同社が作ってきた製品とは大きく異なる。これまで RetroN の名を冠して発売されてきたモデルは 3 種(今回同社は、一部のアジア諸国で縁起の悪い数字であることからナンバー 4 を飛ばしている)、100 ドルを下回る低価格で販売されていたこれらのモデルは、はるか昔のゲームを最新テレビで遊べる製品として「もう手に入らないけれど強く記憶に残っているゲーム機たち」をサポートしてきた。
それから忘れてはいけないのが携帯機版 SNES である Supaboy。本機は 3.5 インチ画面と 5 時間動作するバッテリーを内蔵しているだけでなく、自宅ではテレビに接続して遊ぶこともできる。いまどきはクラシックゲームをスマートフォンで簡単に遊べてしまいますが、それでは味気ないでしょう!
そもそも Hyperkin 社は普通の 周辺機器製造会社として立ち上げられた会社だ。設立した当時は「ギターヒーロー」などが一世を風靡し、変わった周辺機器やコントローラーが流行していた時期だったという。そこで創業者である Thomas Mar 氏と Steven Mar 氏の兄弟は「ダンスダンスレボリューション」用のマットコントローラーを製造販売しはじめる。
「小売店のパートナーからは他にもゲームの周辺機器を作ってくれと要望が届き続けていたんですが、取引の規模が大きくなるにつれて何かトレードマークみたいなものをつけないといけないな、と感じるようになりました」と Hyperkin 社のマーケティングディレクター、David Yu 氏は語る。そして 2009 年、Hyperkin ブランドは誕生した。
しかし時代の流れは速い。Wii Fit や「ロックバンド」の人気は終息(というよりもあっという間に失墜)してしまった。そして Hyperkin 社は新たな事業を立ち上げる必要に迫られた。
「ダンスマッドの驚異的な需要が絶えてきても、創業者 2 人はゲーム産業を捨てませんでした。そして、生き残るためにはニッチ市場を攻める必要があると気付いたんです。2 人はクラシック / レトロゲーム市場が放置されていることに気付き、その市場に注力することに決めました」
こうして Hyperkin 社は、 ドリームキャストや NES(Nintendo Entertainment System:アメリカにおけるファミコンの名称)といったかつての名機向けにコントローラーや周辺機器を製造販売することでなんとか生き延びた。同社がそこからゲーム機を自社製造するに - 少なくとも作ると決意するに - 至るまでは、それほど長くはかからなかったそうだ。というのも、作ると決めるのと、エンジニアリング上の課題を解決するのはまったく別の話だからだ。
「ハードウェアチームがいつも言っているのは、自社の PCB(printed circuit board:電化製品の動作を司る緑色のボードのこと)があまりに複雑になりすぎた、という問題ですね」と RetroN のプロジェクトマネージャーを務める Lawrence Lee 氏は語る。「現在私たちはカートリッジ 5 種類、コントローラー 6 種類、それから USB と SD カードに対応してます。これだけ網羅するのはかなり大変な仕事です」
そしてさらに、パーツの調達経路という問題もある。任天堂はもう 10 年以上、NES や SNES を製造していないため、それらのコンポーネントを探すのは容易ではないのだ。実際、Hyperkin 社は現在まで中古品を購入してパーツを取るといった方法を取らざるを得なかったという。当然チームも、こんなことは続けられないと理解している。
「レトロゲーム機の製造には 2 つの方法があります」と Lee 氏。「ひとつは、オリジナル版ゲーム機で使われているチップに類似するチップを使うこと。大部分のチップは今日でも製造されていますからね。問題は、現在製造されていないチップをどうやって調達するかです。私たちは今、90 年代の古い電化製品を解体して使っている状態なんですよ。最終的にはこんな方法では製造できなくなるのは目に見えています」
そして同社は RetroN 5 で新しい手法を採用する。電子部品というものに正面から向き合う、問題を完全に解決する手法を。「RetroN 5 では、レトロゲーム機の製造に新しい手法を採用したんですよ。この単語は誤解を生みやすいのでちょっと躊躇するのですが... ハードウェアエミュレーションを採用したんです。ソフトウェアエミュレーションではなく」
Lee 氏は驚くほど率直に、これまでの手法は失敗だったと語る。「この市場でそれなりの期間事業をやってきて、オリジナルを真の意味で超えるものを提供できていないことについて不満をくすぶらせ続けてたんですよ。複数のゲーム機に対応しているという点を除けば、20 年前に作られたものを超えられていないということですからね。だからこそ、RetroN 5 では大きな決断を下すことにしたんです」
そしてそれを成し遂げるために、チームは一風変わったコントローラーを生み出すことになる。時代に合わせてワイヤレスで、RetroN 5 内蔵の Bluetooth で全ゲーム機の操作に使え、ボタンも好きにカスタマイズできるコントローラーだ。開発チームは引き続き調達しやすいパーツを用いてはいるが(たとえばコントローラーの充電バッテリーは Nintendo 3DS に採用されているものと同じだ)、自社独特の味を出そうとしている。
「コントローラーは角ばっていながらも人体工学に基づいたデザインをしています。これは元社員の Roy Roh 氏がデザインしてくれたものです」と Lee 氏は語る。「一見すると平べったく四角いですが、実際に持ってみると手にしっかり馴染むんですよ。レトロな雰囲気と、最新ゲーム機の快適性と機能性を両立させているんです」
驚くべきことに、同社は今のところどの企業からも法的な問題を持ち出されたことがないという。特に 任天堂は自社ブランド維持に厳しい企業であるにも関わらず、Hyperkin 社は任天堂からも、かつてのライバルであるセガからも一度も起訴されていない。「私たちはこれまで一度も、任天堂社やセガ社と問題になったことはありません。連絡ももらったことが無いくらいです」と Yu 氏は言う。
この状況が変わらない限り、Hyperkin 社はかつての名機たちを合体させ、製品として洗練し続けていくという。RetroN 5 以降の予定について Lee 氏は明言してくれなかったが、次は Nintendo 64 との互換性確保に取り組むと見て間違いないのではないだろうか。しかし同氏は一方で、開発チームが最終的に CD メディアを採用しているゲーム機にも挑戦すると見ている(プレイステーション、キミのことだ!)。
「長期的な話だけれど、レトロゲームシーンというのはディスク採用型ゲーム機に向かっていくんじゃないかと思っています。現時点では単なるアイデアに過ぎませんけれどね。確実なことなんて何もないですから。ただ可能であるなら、すべてのディスク採用型ゲーム機を合わせたモデルの開発に取り組んでみたいですね」
大手のチェーン店は取り扱わなくなったゲーム機の周辺機器など一切仕入れないにも関わらず、Hyperkin 社のレトロゲーム機製品は過去数年で、同社の主力製品ラインとなった。「差はわずかですが、レトロゲーム機関連の製品は最新ゲーム機用周辺機器よりも売れていますよ。レトロゲームシーンは間違いなく成長している分野なんです」と Yu 氏。
そう、レトロゲームは今や最新ゲーム機で手軽に買って遊べるし、コンピューターやスマートフォンでも(法的にはグレーゾーンではあるものの)「エミュレーター」アプリを用いて遊べる。にもかかわらず、売れているのだ。そういったゲームたちは古いかもしれない。手間がかかるかもしれない。動作しなくなるほどホコリが詰まっているかもしれない。しかしゲーマーは今も、古き良きゲームカートリッジを愛しているのだ。「エミュレーションという手法はずいぶん長い間使われていますし、携帯機器以外でも使われています。でも驚いたことに、ウチの市場には大した影響を与えていないんですよ」と Lee 氏は語る。
「私たちの提供している製品は、レコードとか、直刃カミソリみたいなものなんでしょうね。同じ機能を提供する最新のものがあっても、古き良きスタイルを愛する人というのはいるんです」
レトロゲームの愛好はホビーではなく、ライフスタイルなのだ。「音楽の好みは 14 歳で決まるなんてよく言われますが、それってゲームにも当てはまるのかもしれませんよ?」と Yu 氏。「それなら、私たちはその世代のゲーマーに向けて、ずっと遊びたかったゲームを遊べる製品を届けます。親にこづかいをせびらずともゲームが買える人たちに向けてね」
そう、その世代のゲーマーたちは皆、立派なオトナなのだ。Hyperkin 社の今後は、どうやら忙しくなりそうだ。