HYROX Elite 15 athlete Lucy Procter rowing at a HYROX competition
© Christian Pondella / Red Bull Content Pool

HYROXのコーチング:プロが教える指導方法・指導者育成の現在と未来

HYROXレースに向けたトレーニングは非常に厳しく、ランニングとウエイトリフティングだけでは足りない。HYROXのコーチングについてプロが詳しく解説する
Written by Agnes Aneboda
読み終わるまで:8分Published on
HYROXのアスリートたちはユニークな課題に取り組む必要がある。その課題とは「疲労している状態でランニングや高強度ワークアウトに挑む」だ。彼らはトレーニングを通じて、休憩を入れずにメンタルとフィジカルの限界に挑み続けられるように仕上げていく必要がある。
HYROX Academyの責任者を務めるラルフ・イワンは、急速に変化するこのスポーツに世界中のコーチたちを対応させながら、彼らがアスリートのためのトレーニングプログラムを設定できるように手助けをしている。今回は、イワンがHYROXのコーチングの現状と、アスリートたちが犯しているミスなどについて語ってくれた。

−純粋な持久系スポーツや筋力系スポーツと比べてHYROXのコーチングが難しい点を教えてください。アスリートとコーチが過小評価している部分があるのでしょうか?

ラルフ・イワン: 私見を言えば、HYROXは指導するのが非常に難しいですね。なぜなら、フィジカルとメンタルにおける正解が常に変わるからです。もちろん、このスポーツはフィジカルの負担が大きいですが、メンタルも非常に重要です。たとえば、心肺能力を鍛える持久系トレーニングでは、これに特化したマインドセットが必要になります。つまり、我慢とリズム、そして60〜90分のランなど、長時間のエフォートへの慣れが必要になるのです。

純粋な持久系スポーツや筋力系スポーツでは、完全に異なるメンタルアプローチが求められます。短時間に詰め込まれたトレーニングセッションでは、強度、集中、精度、そしてコンフォートゾーンの外側へ踏み込む覚悟が必要になるのです。HYROXに対する考え方における最大の間違いは、このスポーツを「フィットネスにランニングを加えたスポーツ」として捉えることです。実際はそうではありません。HYROXとは「疲労状態が反復される中でルール内のパフォーマンスを行うスポーツ」なのです。

−HYROXのコーチは、ストレングスの知識があるランニングコーチとランニングの知識があるストレングスコーチのどちらが多いのでしょうか? アスリートがコーチを選択するときはどこに注意すべきなのでしょうか?

現在、HYROXにはどちらのコーチも存在していますが、どちらかが優れているわけではありません。ストレングスの知識をつけている持久系コーチと、持久系とランニングの知識をつけているストレングスコーチまたはストレングス&コンディショニングコーチがいますね。コーチが複数の知識をしっかりと備えていないと問題が起きてしまいます。

ランニングを重視するコーチは、ランニングへの影響や怪我を懸念して、高強度のストレングストレーニングの量を控えめにしたり、重いまたは複雑な負荷を避けたりするときがあります。このような場合、ランニングは上手くこなせても、スレッドやランジ、キャリーで遅れてしまうことになります。一方、ストレングスを重視するコーチは、疲労時のランニングエコノミーの崩れやすさを見過ごしてしまうときがあります。ストレングス系のセッションを増やしすぎたり、レースの進め方を間違えたり、ストレスの累積を軽視したりしてしまうと、成長が停滞したり、ペース配分を間違えたり、怪我をしたりしてしまいます。

HYROXはコーチングも急成長中

HYROXはコーチングも急成長中

© Philipp Carl Riedl/Red Bull Content Pool

ランニングを重視するコーチは、ランニングへの影響や怪我を懸念して、高強度のストレングストレーニングの量を控えめにしたり、重いまたは複雑な負荷を避けたりするときがあります
ラルフ・イワン

−それらが理由で、HYROX Sports Science Advisory Council(HYROXスポーツ科学諮問委員会)を設立したというわけですね?

その通りです。HYROXは新しいスポーツですので、指導側がすべてを理解しているように振る舞うのは不誠実です。本委員会の役割は、プランニング、トレーニングプログラムの設定、ランニング・フィットネスの相互影響、長期的なアスリート育成に特化した、HYROXのための応用スポーツ科学研究の主導・管理です。

その目標は非常に明確です。私たちはコーチングコミュニティのナレッジベースを継続的に向上させ、コーチが仮定ではなく証拠に基づいた最高のサービスをアスリートたちに提供できるようにすることを目指しています。

−優秀なHYROXコーチを探したい人のために、「優秀」の評価基準を教えてください。

HYROXコーチの質は、SNSの投稿ではなく、彼らが投げかける質問で判断できます。優秀なHYROXコーチは、トレーニング歴や怪我をするパターン、ランニング歴、ストレングストレーニングのレベル(慣れ)、ライフスタイルにおけるストレス、レースでの目標など、非常に具体的な質問をアスリートに投げかけます。また、彼らは適当なワークアウトを提案する代わりに、フェーズで考えていきます。さらには、レースにおけるワークアウトステーションごとの必要事項の説明や、アスリートのレベルに応じて複数のペース配分戦略の提案もできます。

当然、HYROXの経験値もアドバンテージになります。HYROXレースに出場した経験があるコーチは、疲労がペース、テクニック、意志決定に与える影響を理解していますし、そのような知見はアスリートたちが現実的に準備を進めていく大きな助けになります。

HYROXのコーチングの本質はインスタ映えとは無縁

HYROXのコーチングの本質はインスタ映えとは無縁

© Stefan Voitl/Red Bull Content Pool

優秀なHYROXコーチは適当なワークアウトを提案する代わりに、フェーズで考えていきます
ラルフ・イワン

−HYROXが急成長を遂げている中、どのようにしてコーチングの基準をそこに追従させているのでしょうか?

そのために設立したのがHYROX Academyです。HYROX Academyはスポーツ科学に基づいた構造化されているコーチ育成コースです。HYROX Academy Level 1では、意図的にスポーツ科学全般を扱っており、機能解剖学から運動生理学、筋力・パワー・スピード・持久力で構成されるパフォーマンスピラー(柱)、さらには栄養学、トレーニングのプランニング、メンタルなどをカバーしています。目標は明確で、HYROXコーチングにおける一貫した基準を設けることです。HYROX Sports Science Advisory Councilが主導した最近の研究は、HYROXの教育に直接反映されており、コーチたちは最新のエビデンスに基づく知識を活用できています。私はよく、Level 1をHYROXのコーチングにおける学士号とたとえています。そして学士号があれば、その次には修士号があります。それがHYROX Academy Level 2で、2026年夏から始まる予定です。

−HYROX 365 Coaching Summitとは何ですか?

私たちは世界中のHYROXのエコシステム全体から人を集めたいと思っています。そこにはパーソナルトレーナー、パフォーマンスコーチ、スポーツ科学者、理学療法士、教育者が含まれますが、アスリートにも是非参加してもらいたいと思っています。多くのアスリートが自分たちのトレーニングの “理由” を知りたいと思っていますし、アスリートとコーチを同じ教育環境に置けば、情報がより多くて豊かな会話が生まれます。

HYROXコーチの多くが現役アスリート

HYROXコーチの多くが現役アスリート

© Stefan Voitl/Red Bull Content Pool

HYROXコーチのプロ化が長期目標

HYROXコーチのプロ化が長期目標

© Stefan Voitl/Red Bull Content Pool

−HYROXのコーチングの将来的な目標を教えてください。

プログラムの視点から言えば、HYROX Coaches Summitの中身は非常に濃いですし、ひとつの目標でした。2日間で約50セッションが組まれており、エキスパート28人が登壇します。彼らの多くはLevel 1とLevel 2に関わっています。コーチングの基本、女性アスリートの若手アスリート、ベテランアスリートのコーチング、さらにはパネルディスカッションや応用ワークショップが用意されています。私たちの長期的なビジョンは、エビデンスに基づいた協働的で繋がりのあるグローバルなHYROXのコーチングカルチャーを創出することです。

−HYROXでは、コーチの多くが非常にフィットしていて自分たちもレースに出場しています。これはHYROXの特徴のひとつなのでしょうか?

個人的には、それはHYROXが非常に若いスポーツであることの証左だと思います。長年続けていた競技生活から完全に引退して、徐々にコーチングを始めたような元エリートアスリートはまだいません。現在のコーチの多くは、まだアスリートとしてのキャリアが序盤・中盤ですし、年齢別では、HYROXを知ったばかりで、これから取り組むつもりのアスリートをよく見かけます。

同時に、彼らの多くは、持久系やストレングス、コンディショニング、パーソナルトレーニング、体育など、何かしらのコーチング経験を持っています。指導することがHYROXを始める前の自分たちのアイデンティティの一部だったのです。ですので、HYROXコーチングは、ソーシャルメディアでフィットネスを誇示したり、何かを証明したりするためのものではないと思っています。より包括的なものです。HYROXのような若いスポーツでは、アスリート、コーチ、そしてコーチングカルチャーが一緒に進化していきます。そして今はこの3つが重なっていることがHYROXの長所のひとつとなっています。

HYROXのコーチングを始める方法

HYROXのコーチングにおける専門知識とスキルを身につけたいなら、HYROX Coaches Summitに参加できる。これは2日間開催されるインターナショナルイベントで、コーチングのやり方やリーダーシップの取り方、HYROXの未来などについて学ぶことができる。
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