Indy 500
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Formula Racing

今さら人には聞けない!? インディカー基礎知識

アロンソがいてもいなくても、2019シーズンのインディカーもスリリングな展開になるはずだ。米国で独自の発展を遂げたモータースポーツの魅力を掘り下げてみよう。
Written by James W Roberts
読み終わるまで:10分公開日:
近年のインディカーは激しさを増している。
タイトでツイスティな市街地コースから終始アクセル全開のスーパースピードウェイまでを含むハイスピード&チャレンジングなサーキットに世界最速のドライバーたちが集って激しいバトルを繰り広げている。
2017シーズンのモナコGPを欠場し、McLarenのF1マシンからMcLaren-Honda-Andrettiのインディカーに乗り換えてインディ500に参戦するというフェルナンド・アロンソの決断には、モータースポーツ界全体が驚愕した。
このアロンソの決断は、インディカーが過去の内部の権力争いの沈静化に成功し、F1ファンが熱中できるまた別のレースシリーズになっていることを示した。
2018年9月、アロンソはAndrettiが用意したインディカーをテストし、2019シーズンのインディカーに少なくても数戦は出走するのではないかという憶測を加速させている。また、アロンソが2019年のインディ500に再挑戦し、世界三大レースの完全制覇を狙う可能性も非常に高い。
アロンソのインディカーテストを下の映像でチェックしよう:
今回は、この怒涛のハイスピード・ワールドについての基礎知識をあらためて紹介していこう。

マシン

2012シーズン以降、インディカー参戦チームはHonda製かChevrolet製のパワーユニットとイタリアのレーシングコンストラクターDallaraが製作した共通シャシーを使用している。
パワーステアリングやABS(アンチロック・ブレーキシステム)、トラクションコントロールなどのドライバーエイドの類は一切禁じられているため、ドライバーたちはそれぞれのスキルを総動員しなければならない。
HondaとChevroletのパワーユニットは共にエタノールを燃料とする2.2ℓV6ターボで、最大700馬力を発生する。各ドライバーは1レースで150秒〜200秒の「プッシュ・トゥ・パス」が使用可能だ。これはステアリングホイール上のボタンを押してオーバーテイクなどに必要なパワーブーストを得るシステムだ。
オーバルコースでの最高速度は時速230マイル(約370km/h)に達し、給油や頻繁に出されるフルコース・イエローフラッグが全サーキットの “マンネリ化” を回避しているため、ドライバーの独走は見られず、フィニッシュ時のタイム差もごくわずかになる。

サーキット

インディカーが単純なオーバルコースを周回しているだけと思ったら大間違いだ。
2019シーズンのインディカーシリーズはフロリダ州セントピーターズバーグで開幕し、西海岸にある名サーキット、ラグナセカで閉幕するバラエティに富んだ17レースが開催される。
流れるようなコーナー群とアップダウンが連続するロードアメリカソノマのようなサーキット、ロングビーチトロントなどの市街地サーキット、そしてテキサスポコノなどのハイスピードオーバルと、インディカーの年間カレンダーはサーキットの多様性が特徴だ。
また、レースの開催間隔が短く設定されているため、ドライバーは多様なコース性格に素早く適応しつつ、一貫性を維持しなければならない。
近年のインディカーシリーズでは、1970年代にF1アメリカGP開催地だったワトキンスグレンやオーストラリアのサーファーズパラダイスなど、伝説的なサーキットもカレンダーに組み込まれている。
2019シーズンはカリフォルニア州の名サーキット、ラグナセカと現在のF1アメリカGPとMotoGPアメリカズGPの開催地で知られるテキサス州のサーキット・オブ・ジ・アメリカズでもレースが開催される予定だ。

インディ500

毎年5月は、“ブリックヤード” の愛称で知られるインディアナポリス・モーター・スピードウェイで開催されるインディ500一色となる。2017年のアロンソはF1モナコGPを欠場して出走し、予選4番手に入る活躍を見せた(ちなみにこの年のインディ500は佐藤琢磨が優勝した)。
1911年の初開催以来、インディ500はアメリカン・レーシングの至宝であり続けている。毎年5月になると、1周2.5マイル(4.023km)のオーバルサーキットには30万人を超える大観衆が集まり、インディカードライバー33人の激しいバトルを見守る。
500マイル(805km)を走破し、優勝の証である巨大なボルグ・ワーナー・トロフィーを手にしてミルクを飲むには、激しいフィジカルの消耗に耐えながら、あらゆるスキルを駆使する必要がある。
豆知識:インディアナポリス・モーター・スピードウェイでの現行インディカーマシン最高速度は時速235マイル(約378km/h)。
インディ500のプラクティスと予選は5月の丸1カ月間を通して行われ、予選は決勝前週の週末に開催される。
予選結果にも選手権ポイントが付与されるため、白熱した争いになるケースが多い。ドライバーは4周の計測ラップを行い、その平均速度で11列のスターティンググリッド順が決まる。決勝はローリングスタートで行われる。
2017年の予選では、かつてToro RossoでF1を戦ったセバスチャン・ブルデーがポール争いに加わりながらも時速230マイル(約370km/h)で大クラッシュを喫した。しかし、尻の骨と骨盤を骨折したにも関わらず、ブルデーはわずか8戦を欠場しただけで復帰した。
インディ500決勝日、ファンたちはマーチングバンドの演奏や軍隊によるセレモニーなど、アメリカン・モータースポーツの祭典を大いに満喫しつつ、通常の2倍のポイントが付与される唯一無二のビッグレースを固唾を飲んで見守る。
豆知識:インディ500優勝者がミルクを飲む伝統は、1936年優勝者のルイス・メイヤーから始まった。彼はレース後にバターミルクを好んで飲んでいた。
すでにF1モナコGPとル・マン24時間レースで優勝を経験しているアロンソは、ブリックヤードでミルクを飲むことができれば世界三大レース完全制覇を達成することになる。

ドライバー

インディカーシリーズには、錚々たる名ドライバーたちが参戦してきた。
マリオ・アンドレッティジョニー・ラザフォードボビー・レイホールアル・アンサー親子リック・メアーズなどの米国のレジェンドたちは、チャンピオンシップとインディ500の両方を制した経験を持つ。
現在のインディカーにも、現チャンピオンのスコット・ディクソン(ニュージーランド)、Team Penskeのインディ500優勝者ウィル・パワー、元F1ドライバーのアレクサンダー・ロッシ、2017シーズン王者ジョセフ・ニューガーデンサイモン・パジェノー(フランス)、そして2017年インディ500優勝の佐藤琢磨(日本)など、多士済々のドライバーたちが参戦している。
さらには、昨年まで日本のスーパーフォーミュラに参戦していたフェリックス・ローゼンクビスト(Chip Ganassi Racing)、ザック・ビーチスペンサー・ピゴットマティウス・レイストロバート・ウィッケンズ(2018シーズン第13戦ポコノで大クラッシュを喫し現在は加療中)など、これからの活躍が期待されるタレントにも事欠かない。
また、過去数十年間で米国出身以外のドライバー参戦数が右肩上がりで増加しており、インディーカーシリーズは国際化が進んでいる。
エリオ・カストロネベストニー・カナーンファン・パブロ・モントーヤセバスチャン・ブルデーポール・トレーシージャック・ヴィルヌーブなどの国外参戦組は、国内ファンからの尊敬を得ることに成功している。
1965年にジム・クラークがインディ500で優勝を飾って以来、インディカーでは、数人の英国出身のトップドライバーがレジェンドとなってきた。
1992シーズンのF1ワールドチャンピオン、ナイジェル・マンセルは翌シーズンに渡米し、デビューシーズンでインディカー(当時はチャンプカー・ワールドシリーズ)の王座を奪取してみせた。
クラークやマンセルの他にインディカーで活躍した英国人ドライバーにはダリオ・フランキッティダン・ウェルドングレアム・ヒルなどがいる。彼らのインディ500優勝回数は合計6回で、米国でレジェンドとして扱われている。
豆知識:インディカーシリーズ最高平均速度が記録されたのは2003シーズンのカリフォルニア・レースウェイ(平均速度207.151マイル・約333.377km/h)。

チーム

PenskeAndretti AutosportChip Ganassi RacingRahal-Lettermanはどれも知名度が高いチームだが、アメリカン・オープンホイール・レーシングの豊かな歴史を支えている数多くのインディーカーチームの一部に過ぎない。
通常、チームは1台から4台のマシンをエントリーするが、インディ500ではエントリーが追加され、スポット参戦するチームも登場する。
豆知識:Team Penskeはインディアナポリス・モーター・スピードウェイ最多優勝記録16勝を保持している。
米国らしい鮮やかなマシンカラーリングはもちろん、シーズン中でのスポンサー変更も日常的に見られ、レースではタイヤ交換と再給油のため数度に渡りピットストップが行われる。
燃費戦略やイエローフラッグピリオドによってレースの状況は刻々と変化するため、メカニックたちにはハードワークと迅速な対応が求められる。

レースに潜む危険

インディカーでは激しい接近戦が展開されているが、そこには時速200マイル(約321km/h)を超えるホイール・トゥ・ホイールの超高速バトルゆえのリスクが潜んでいる。
ポコノやテキサス・モーター・スピードウェイなどのハイスピードオーバルでドライバーたちが4ワイドや5ワイドでレースしている様子を見れば分かるが、このようなレースは一歩間違えば最悪の結末になりえる
2011シーズン、インディ500を2度制したダン・ウェルドンはラスベガスで遭遇した大クラッシュで命を落とした。さらに、2015シーズンにポコノ・レースウェイでも同じく英国出身のジャスティン・ウィルソンが落命している。
同シーズンのインディ500予選では、マシン4台が宙を舞うハイスピードクラッシュが起き、多くのファンを抱えるカナダ人ドライバー、ジェームズ・ヒンチクリフの大腿部をサスペンションアームが貫通。インディカー救急チームの迅速な対応によって彼の命が救われたのは不幸中の幸いだった。
2018シーズンも、トリッキーな三角形オーバルコースのポコノでルーキーのロバート・ウィッケンズが高速走行中にライアン・ハンター=レイのマシンとホイール同士を接触させてしまい、大きく宙を舞うクラッシュに巻き込まれた。幸い命に別条はなかったものの、現在ウィッケンズは下肢・腕・脊椎に負った大怪我の治療に努めている。
アロンソのインディカー参戦の可能性はファンの心を躍らせるもので、アロンソがインディカーで優勝できる才能を備えているのも確かだ。しかし、全てが彼の狙い通りには行かないだろう…。