ターマックでのグリップレベルは常に変化する
© Volkswagen Motorsport
WRC

【WRCドライバーが解説】ラリーマシンのブレーキングをプロが伝授!!

ラリードライバー、ヤリ=マティ・ラトバラがラリーマシンのブレーキングに潜む芸術的な技巧を詳細に解説。
Written by Greg Stuart
読み終わるまで:9分最終更新日:
モータースポーツはただ闇雲にアクセルを踏み続けるものだと考えている人はいないだろうか?
残念ながらそう考えている人は完全なる素人だ。モータースポーツに関してある一定以上の見識がある人ならば、このスポーツの真髄はどれだけアクセルを踏み込めるかではなく、優れたブレーキング技術を身につけているか否かが勝敗を分けることを知っている。
ヤリ=マティ・ラトバラがブレーキングの真髄を明かす

ヤリ=マティ・ラトバラがブレーキングの真髄を明かす

© Volkswagen Motorsport

卓越したブレーキコントロール能力を備えていれば、コーナリング中のマシンの姿勢を安定した状態に保ち、より高いスピードを維持できるようになる。
F1を頂点とするサーキットレーシングでは、コーナー進入前にステアリングホイールを真っすぐに保った状態(直進状態)からブレーキングを開始し、ターンインに向けて徐々にブレーキペダルの踏力を緩めていくことが基本中の基本とされている。
しかしラリーにおいては、車が真っすぐな状態でブレーキングを完了できる場面は滅多にない。たとえばグラベル(砂利)に覆われたラリー・フィンランドのスペシャルステージなどでは、マシンのテールが常に暴れてスライドする。また、雪に覆われたスウェディッシュ・ラリーなどではコース脇に溜まった雪のかたまりにマシンをぶつけることなくコーナーを抜けなければいけない。
こうしたシチュエーションにおいて、ラリードライバーたちはいったいどのようにして的確な減速作業を行っているのだろう?
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左足ブレーキングの秘密

普段乗っている乗用車で左足のブレーキングを試せば、大抵の場合は不慣れでぎこちないブレーキ感覚に混乱してしまうだろう。だが、ひとつのシンプルな理由から、現代のWRCドライバーにとって左足でのブレーキングをマスターすることは欠かすことのできないスキルになっている。
「左足でブレーキングすることで、スロットルペダルから足を踏み替えるほんの少しの時間をロスせずに済むんだ」とラトバラは説明する。
「ラリーでは、マシンが常にスライドするような路面状況でもフルスロットルにしなければならない場面が多々ある。普通車のドライビングでやっているように、右足をスロットルペダルから離してからブレーキペダルに踏み替えれば、その一瞬だけでコンマ数秒のロスが生まれる。このわずかな時間のロスが致命的なタイム差に繋がるのさ。左足ブレーキングをすれば、右足はスロットルの操作に専念できるから、より限界までプッシュすることが可能になるんだ」
左足ブレーキングは前輪駆動車で絶大な効果を生む

左足ブレーキングは前輪駆動車で絶大な効果を生む

© M-Sport

「前輪駆動のラリーカーでは、左足ブレーキングを駆使しなければ速くドライブすることは不可能だ」とラトバラは語る。
「前輪駆動のマシンでは、左足ブレーキングを使ってマシンの向きをコントロールする。通常のブレーキバランスの場合、フロントよりもリアのブレーキが一瞬早く食い付く(効く)ようになっている。前輪駆動のラリーカーではこうしたブレーキの性質を活かし、左足で繊細にブレーキを操作することでさらに鋭いターンインを可能にするんだ」
僕は8歳の頃から左足でブレーキを踏んでいた
ヤリ=マティ・ラトバラ
最初に左足ブレーキングがうまくいかなかったとしても、自分には才能がないと落ち込む必要はない。なぜなら、ラトバラでさえ左足ブレーキングの習得には数年を要したのだ…。
「僕が初めて自動車を運転したのは8歳の時だったんだけど、その頃にはすでに左足でブレーキを踏んでいた」とラトバラは語る。「僕の父(元フィンランド・グループN国内選手権チャンピオン、ヤリ・ラトバラ)も現役時代は左足ブレーキングの使い手だった。それから僕はレーシングカートにも乗るようになって、ますます左足ブレーキングに慣れていったんだ(編注:レーシングカートは機構上左足でしかブレーキを操作できない)」
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ラリーとサーキットにおけるブレーキングの違い

ターマックでのグリップレベルは常に変化する

ターマックでのグリップレベルは常に変化する

© Volkswagen Motorsport

ヤリ=マティ・ラトバラは名物耐久レース、ニュルブルクリンク24時間にFord Focusで参戦した。彼がこのレースに参戦した背景には、ターマック(舗装)路面でのドライビングを上達させる目的もあったが、サーキットレーシングでのブレーキングはラリーとは決定的に違う。1周25km以上(編注:ニュル24時間ではノルドシュライフェとGPコースを繫げたレイアウトを使用する)のニュルブルクリンクと、ラトバラが日常の主戦場とするWRCラリーステージでは、まったく異なる種類のブレーキングが求められるのだ。
ラリーでは路面状況が刻一刻と変化するから、グリップレベルの予測は不可能だ
ヤリ=マティ・ラトバラ
「サーキットでの各コーナーのグリップレベルはある程度一定なので、ブレーキングも自ずと予測しやすいものになる」とラトバラは言う。
「雨やオイルなどで極端に状況が変化しない限り、路面のグリップレベルは大きく変わることはない。したがってサーキットでのブレーキングは自ずと最適化される。サーキットでは、エイペックスを目がけてブレーキングし、ほぼ同時に旋回を開始する。エイペックスに達してコーナーの出口が見えれば、ブレーキの踏力を完全に抜き、できるだけ早く加速体勢に移行するんだ。でも、旋回から加速に移る段階ではフルスロットルにする前にアンダーステア状態にならないようにマシンの動きを感じ取り、フロントタイヤから十分なグリップを感じ取っておく必要がある」
「でも、ラリーの場合は、各コーナーのグリップレベルを予測することはできない。路面の状態は常に変化するからさ。したがって、コーナー進入時は少し早めにブレーキングを開始しなければならなくなることもある。サーキットのように、常に最適化されたブレーキングができるわけではないんだ」
ラリーのブレーキング方法はドライバーによって変わる
昨今、ラトバラはVolkswagenでの同僚で、トリプル・ワールドチャンピオンとして知られるセバスチャン・オジェのテレメトリー・データを間近で詳細に研究してきた。その結果、ラトバラは自分とオジェのブレーキングにいくつかの興味深い相違点を発見した。
「左足でブレーキングしているという点では僕もオジェも変わりない」とラトバラは言いながら、両手を使ってオジェの素早いブレーキ/スロットル操作を真似る。「彼は常にブレーキペダルを少し踏んではすぐに離すという作業を繰り返している。まるで、その作業を通してグリップを感じ取っているかのように見えるんだ」
共に対照的なスタイルを持つオジェとラトバラ

共に対照的なスタイルを持つオジェとラトバラ

© Citroën Racing Media

一方、ラトバラのブレーキングは対照的で、ある意味よりワイルドなタッチだ。「かつての僕のスタイルはハードブレーキングで、とにかくガツンとブレーキペダルを踏みつけていた」と彼は語る。「こうしたハードなブレーキングによって、ブレーキに対して瞬時に最大の踏力を与えようとしていたんだ。少しサスペンションにきつい負荷がかかる乗り方ではあるけどね。それからもう少し歳を取ってくると、ちょっとだけスムースなブレーキングを心掛けるようになった。2010年以降から現在に至るまで、僕はブレーキングに対してより深く考えを巡らせるようになったよ。今でも僕のブレーキングはハードな方だと思うけど、ブレーキングについてはまだまだ究めるべき部分が多いね」
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ローブがもたらした変革

セバスチャン・ローブはただ誰よりも速かったわけではない。彼はラリーマシンのドライブのあり方を根底から覆し、まったく新たな方法を発明した上で誰よりも速かった。それゆえに彼は偉大なのだとラトバラは説明する。
ローブとCitroënはラリーというスポーツのあり方を変えた
ヤリ=マティ・ラトバラ
「かつてのラリー ― いや、たった10年前までも、グラベルのコーナーに進入する際はマシンを若干斜めの姿勢にしたままブレーキングしてスライドのきっかけを作り、それからスロットルでドリフト角度を調整しながらコーナーを抜けるのがごく当たり前だった。
でも今は、できるだけマシンを真っすぐに保ったままブレーキングし、リアを滑らせない状態でタイヤのグリップを最大限に活かしながらコーナーを旋回することが普通になっている。リアのスリップアングルはスロットル操作だけで調整するというわけさ」
ローブはラリーマシンのドライビングにおける常識を大きく変えた

ローブはラリーマシンのドライビングにおける常識を大きく変えた

© Citroën Racing Media

「このスタイルを編み出した張本人こそ、ローブとCitroënだ。彼らは11、12年前にこのテクニックをラリー界に持ち込み、ラリードライビングの方法論を根底から覆した。ある意味、オジェもこのローブ・スタイルの系譜上にあると考えていいと思う。
ローブ以降、ラリーというスポーツの性格は変化してしまった。それまでのアグレッシブなドリフトは忽然と姿を消し、タイヤのグリップを最大限に活かそうとするスタイルが瞬く間に主流となっていった。ある意味、ラリーのドライビングがサーキットのそれに接近した状況と言えるね」
ではラトバラ本人は、派手なドリフトがWRCから減ってしまったことで楽しさが奪われたと感じているのだろうか?
我々が彼にそう質問すると彼は一瞬悲しげな笑みを浮かべながら「うん、そうだね」と答える。
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ターマックでのブレーキング

「ターマック(舗装路)は、サーキットのテクニックと基本的に同じだ。僕は常にエイペックスに向けてできるだけスムースにブレーキングするように心がけてドライブしている。
ラリーでは他のマシンがコーナーのイン側をカットすることで砂埃が路面に乗っている場合があるけど、砂で汚れた路面の上でブレーキを踏めば、簡単にホイールがロックしてコースをはみ出してしまう。だから、汚れた路面の前にしっかりと減速を完了し、スロットル開度を20~30%ぐらいに抑えた状態でクリアしよう。フルスロットルにするのは路面が綺麗な場所に戻るまで待っておくことだね」
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グラベルでのブレーキング

「グラベルでは、ブレーキングして、少しグリップを感じながらコーナーにたどり着き、ブレーキから足を離してすぐにフルスロットルにするんだ」
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雪上のブレーキング 

「雪がコーナーを覆っている場合は、できるだけマシンを滑らせず真っすぐな状態に保つようにしたい。僕らはこれまで幅の狭いスノータイヤを使う機会が多かった。スタッドに大きな荷重をかけて常に路面に食い込ませておけばグリップレベルを感じ取りやすくなるからさ。これは雪だけでなく凍結した路面でも同じだね。
でも最近は、グラベル用と同じくらい幅広のタイヤを使用することが多い(編注:Michelin製18インチ・ウィンタータイヤを指しているものと思われる。従来のスノータイヤは幅15インチ)。タイヤの幅が広くなったことで、より広い接地面を通じて荷重をスタッドに伝えることができるというわけさ。ただ、雪の表面が凍っていれば、従来の幅狭のスノータイヤほどスタッドの食い付きは良くない。だから、よりクリーンなラインを選ぶことが肝心になってくるんだ。ラインを外してしまえば、こうしたウィンタータイヤは途端に滑りやすくなってしまう。基本的に雪上のブレーキングはグラベルのそれと大差ないということだね。
マシンが真っすぐな状態でブレーキングを完了し、スライドさせないように旋回するんだ」