Julian McKerrow at the 2019 World Championships squatting 287.5kg
© Julian McKerrow
ウエイトリフティング

パワーリフティング:世界記録保持者が語るその実態と魅力

英国記録・世界記録保持者の英国人パワーリフターがシーンの実態や世界最強の筋肉を手に入れるために必要な条件などについて教えてくれた。
Written by Katie Campbell Spyrka
公開日:
究極の筋肉バトルと言えるパワーリフティング3種目スクワットベンチプレスデッドリフト)の合計挙上重量を競い合うバーベルスポーツだ。
各種目は3回の試技が認められており、その中の最大重量が3種目合計挙上重量に加算される。カテゴリーは体重別・年齢別に分かれており、各カテゴリーで合計挙上重量が最も重かったパワーリフター(競技者)が優勝となる。
各種目のトップレベルの記録は我々がジムで日々挙げている重量とは比べものにならないレベルだ。現英国アマチュアチャンピオン(普段はIT関係の仕事に従事している)のジュリアン・マケロウの記録を見ればその凄さが分かるだろう。
ベンチプレスのジュニアカテゴリー(19歳~23歳)ヨーロッパ/世界記録《181kg》の保持者として知られるマケロウは、2018年に同種目のオープンカテゴリー(制限なし)で《195kg》をマークして英国記録を更新している。また、2017年にはデッドリフトで《320kg》をマークして英国/世界記録を更新したあと、2018年の英国選手権の同種目で《332.5kg》をマークして英国記録を更新した。
マケロウは、プロボディビルダーの友人ジェームズ・ホリングシードとジムトレーニングをしていた5年前にパワーリフティングと出会った。
ジムでトレーニングに励むマケロウをしばらく観察していたジェームズが彼のポテンシャルに気づき、パワーリフティングに競技者として参加することを勧めたのだ。
パワーリフティングビフォー(左)・アフター(右)
パワーリフティングビフォー(左)・アフター(右)
マケロウは次のように振り返る。
「パワーリフティングを始めてから当時のスクワット、ベンチプレス、デッドリフトの記録を調べてみると、僕が挙げている重量がジュニアカテゴリーのベンチプレスとデッドリフトの英国記録に近いことに気付いたんだ。
それで英国大会出場権が得られる大会を探した。なぜなら、英国大会でなければ公式記録として認められないからさ。
結局、その時点で参加できる大会はひとつしかなかったから、その大会に参加すると優勝できた。それで英国大会に出場すると、また優勝できたんだ。この時にジュニアカテゴリーのベンチプレス世界記録を更新した」
現在、マケロウはオープンカテゴリーの125kgクラスに参加しており、2020年に合計挙上重量世界記録(3種目合計827.5kg)を更新することを目標に据えている。
世界記録レベルのパワーリフティングの世界はどうなっているのだろうか? 世界記録挑戦・更新には何が必要なのだろうか? フルタイムで他の仕事をしながら世界と戦うには何が求められるのだろうか? マケロウが回答してくれた。

普段のジムとは完全に異なる世界

米国・オーランドで開催された2019年AMPC世界選手権:ベンチプレス185kg直前のマケロウ
米国・オーランドで開催された2019年AMPC世界選手権:ベンチプレス185kg直前のマケロウ
パワーリフティングの大会ではバーベルのリフト・プレス・ラックに関する厳しいルールレギュレーションが定められている。ルールとレギュレーションを守らなければ試技は認められない。
「始めて参加したジュニアカテゴリーの大会のスクワット180kgでレッドフラッグになってしまった。酷く困惑してしまったけれど、レフェリーからスタートの合図が出る前に試技を開始してはいけないと教えてもらった。
また、スクワットが終わったあとは、“ラック” と言ってからバーをラックに戻さないといけない。これらは非常に厳しく定められているんだ」
このように説明するマケロウは、他の種目も同様に厳しいとし、次のように続ける。
「ベンチプレスもすべての動作を正しく行う必要がある。バーを自分の胸や腹部につけたあと、レフェリーが “プレス” と言ってから押し上げなければならないんだ。
普通のジムのベンチプレスではバーを降ろした勢いを使ってそのまますぐに押し上げている人を良く見かけるけれど、大会はまったく違うんだ」

アマとプロの差はほとんどない

2019年AMPC世界選手権の参加記録
2019年AMPC世界選手権の参加記録
パワーリフティングはアマとプロのカテゴリーが一応存在するが、AWPC(Amateur World Powerlifting Congress / アマチュア・ワールド・パワーリフティング・コングレス)とWPC(World Powerlifting Congress / ワールド・パワーリフティング・コングレス)の違いは、前者が厳しいドーピング管理を行っているのに対し、後者は行っていないという点だけだ。
マケロウは次のように説明している。
「AWPCは名義上のアマチュアに過ぎない。AWPCのメンバーがWPCのメンバーと競い合うことは可能だ。僕もたまに競い合っているよ。同じ大会で両カテゴリーが併催されているしね。ただし、世界選手権だけはアマとプロが別の日程で開催されている」

トレーニングはコンパウンド種目+α

「僕は常にコンパウンド種目にフォーカスしている。脚を重点的に鍛える日はスクワットからスタートして、胸を重点的に鍛える日はベンチプレスからスタートする。背中を重点的に鍛える日はデッドリフトからスタートだ」
このように説明するマケロウは、そのあとでヒップスラストや懸垂を含むパワーリフティングをアシストする他のエクササイズにも取り組んでいる。
「3種類のコンパウンド種目は全身をカバーするから、どこかに弱点があってはいけない。だから、ヒップスラストで臀部を鍛えている。強い臀部はデッドリフトとスクワットに役立つんだ」
「懸垂は背筋全体を鍛えてくれるからスクワットの安定感が増すし、ベンチプレスの頑丈な土台として機能してくれる。背筋を強くすればそれだけ重いベンチプレスに耐えられるようになるんだ」

大会前のトレーニングメソッドは “より少なく・より重く”

335kgをデッドリフトするマケロウ
335kgをデッドリフトするマケロウ
マケロウはコーチをつけていないが、大会の8~11週間前から自分で3種類のトレーニングメニューを実行に移している。本人は次のように説明している。
「第1週は1レップ最大重量1RM / Rep Max:1回だけなら挙げられる重量)の70%程度の重量で10レップ・3セットを行う。ジムで良く見かける一般的なトレーニングメニューだね。それから時間と共にレップとセット数を減らしながら重量を増やしていく。
大会の3週間前になったら1RMの90%の重量で1~2レップ・2セットにする。2週間前からは最大重量に挑戦していく。大会の試技1回目の重量を挙げるんだ。調子が良い時は試技2回目の重量にも挑戦する。
大会の開催週は何も挙げない。ストレッチ系エクササイズで筋肉をほぐしつつ、自分をフレッシュに保つんだ」

大会は戦術も重要

突き詰めて言えばパワーリフティングは筋力の競い合いだが、大会では重量の選択が勝負を分ける時がある。“確実に挙げられる重量” でいくのか、“100%確実ではない重量” でいくのかをパワーリフターは選んでいる。
「大会は最低重量が規定されているわけじゃないから、好きな重量を選べるんだ。でも、一度申告したあとで重量を落とすことはできない。申告した重量か、それよりも重い重量しか選べない」
このように説明するマケロウは、肘を故障していた状態で2019年の世界選手権に臨んだためギャンブルに出るしかなかった。
「申告する重量を怪我前より軽くしたくなかった。軽くすれば怪我をしていることが分かってしまうからさ。だからベンチプレスの試技1回目で185kgを申告したんだけど案の定失敗した。
僕が所属していた英国代表チーム全員が “まさかこのままじゃ終わらないだろう” って顔をしているのが見えたよ(笑)」
このように続けるマケロウは試技2回目でクリアし、冒頭に書いた通り英国記録を更新したが、戦術は失敗だったことを認めている。
「もっと低い重量から始めていれば、もっと上の記録を残せていたと思う」

『ゲーム オブ スローンズ』の “マウンテン” とトレーニング

“マウンテン” とトレーニングしたマケロウ
“マウンテン” とトレーニングしたマケロウ
先日、マケロウはアイスランドでハフソー・ユリウス・ビョルンソン『ゲーム オブ スローンズ』の “マウンテン” ことグレガー・クレゲイン役)とトレーニングをした。マケロウは次のように振り返る。
「ハフソーに “ファーマーズ・ウォーク” (ウエイトを両手に提げて一定距離を往復するエクササイズ)をやらされたんだ。初体験だった。
歩く動作が入るからパワーリフティングとは無関係に思えるかもしれないけれど、ハフソーからは握力を鍛えるのに向いていると言われた。
ウエイトを歩いて持ち運べるだけの握力があるなら、デッドリフトのようにウエイトが固定されていても持ち上げられるはずだと教えてもらったんだけど、その通りだったよ」

1日に5,000カロリー摂取(肉なし)

ベジタリアンのマケロウは少ない食事を何回も摂取している
ベジタリアンのマケロウは少ない食事を何回も摂取している
マケロウは次のように説明する。
「大抵の場合、僕が肉を食べないという話をすると驚かれるね。そのあとでどうやってプロテインを摂取しているのか質問されるんだ。
ハフソーとのトレーニングのためにアイスランド入りしたあと、ハフソーからアイスランドの伝統料理として知られる羊の内臓とサメを勧められたんだけど、僕がベジタリアンだってことを理解してもらうのに10分はかかったね(笑)」
「僕は1日最低4,000カロリー・最高5,000カロリーを摂取している。内訳は60%炭水化物で残りがプロテイン脂肪だ」と明かすマケロウは、朝食はオーツを水で溶かしたものを摂りつつ、1日にプロテインシェイクを3杯飲んでいる。
またマケロウは「片手くらいの大きさの食事を1日に5~7回食べている。デスクに座っていない時はオフィスのキッチンにいるよ(笑)」と続ける。
マケロウの主食は野菜と豆腐の和え物・ほうれん草・ブロッコリー・ミックスナッツ・サラダだ。しかし、ほぼ1日中食べ続けているにもかかわらず、常に空腹だとしている。
そのため週1回はチートミール(本人は「メンタル的に大きな助けになっている」としている)を食べており、さらに月1回は “チャレンジ” と題して最大8,000カロリーの食事を摂っている。
「ある日の “チャレンジ” では、パテ5枚とマカロニ&チーズを挟んだベジバーガーに特大プレートのフライドポテトとクッキーシェイクを食べたよ」
ある日の “チャレンジ”
ある日の “チャレンジ”

大会前は減量

大会前は減量している
大会前は減量している
マケロウは125kgクラスで戦っているが、大会がない時の彼の体重は128~130kgだ。つまりこれは大会に向けて減量しなければならないことを意味している。マケロウは次のように語っている。
「僕は元々身体が大きいんだよ。幸運なことにこれまで体重制限に引っかかったことは一度もないけれど、毎回ギリギリで通過しているからストレスを感じるね」
ある年のヨーロッパ選手権では、大会11日前から1日6~9リットルの水だけを飲む生活に切り替えて5kg減量しなければならなかった。しかし、このような減量はリスクが大きいと感じた本人は、現在は食事量にローテーションを用意している。
スクワット・トレーニングの日、デッドリフト・トレーニングの日、ベンチリフト・トレーニングの日は多めに食べて、他の日の食事量を減らしているマケロウは「大会の4~6週間前から体重を管理する。段階的に進めていくんだ」と説明している。

時間の有効活用がカギ

マケロウと同レベルのプロパワーリフターたちとは異なり、オフィスワーカーのマケロウは四六時中トレーニングできる環境にいるわけではない。そのため、マケロウは勤務中もできる限り上手く時間を管理してトレーニングレベルのフィットネスを手に入れようとしている。
「最近はトレーニングに2時間ほどかかるようになったから、ランチタイムだけでカバーできなくなってしまった。昔はランチタイムだけでカバーしていたんだけどね。
だから最近はランチタイムでは軽めの心肺系・関節系トレーニングをするだけだ。あとは業務終了後のウエイトトレーニングに向けてしっかり食べておくことを意識している。
勤務中に4~5回食事をしているよ。オフィスで食べる食事はできる限り自宅で用意している。オフィスで温め直して、さっと食べてまた仕事に戻るんだ」

トップパワーリフターが払う犠牲

「大会が近づくと誕生日パーティやイベントを欠席しなければならない。仕事トレーニング睡眠だけになるんだ。余計な飲食を避けている。体重制限で引っかからないようにね」とマケロウは説明している。
また、休暇も簡単には取れない。「設備が整っているジムから近い場所を選ぶ必要がある。普通のホテルのジムは設備が整っていないから使えない。また、身体が大きいから飛行機や電車も席をもうひとつ予約しなければならないんだ」

動画でモチベーションを高める

2019年AMPC世界選手権:デッドリフト315kgを挙げたマケロウ
2019年AMPC世界選手権:デッドリフト315kgを挙げたマケロウ
マケロウはメンタルの状態とパワーリフティングのパフォーマンスの間に強いコネクションがあることに気付いている。
「ビッグリフトの前には自分で自分に語りかけているよ」と語るマケロウはモチベーションを高める動画をトレーニング中に視聴しており、「パワーリフティング関係に限らないね。YouTubeでモチベーショナルスピーカーのトークもチェックしている。トレーニング時間の40%は音楽で残りはそういうトークでモチベーションを高めているんだ」と続けている。
また、マケロウはそのようなトークを大会中も聴いている。
「YouTubeにハフソーがデッドリフトで440kgを挙げている動画があるんだ。ロックがバックに流れているんだけど、彼のシャウトやジムメンバーの声援も聞こえる。その場の雰囲気が伝わってくるんだ。大会では必ずこの動画を視聴してから試技に向かっているよ」