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トライアスロン

【7時間切り達成!】クリスティアン・ブルンメンフェルトが語る世界最強トライアスリートへの道

アイアンマン・ディスタンスで世界初のサブ7を記録したノルウェー人レッドブル・アスリートが頂点に到達するまでのキャリアや強さの秘密などについて語ってくれた。
Written by Laura Urrutia
読み終わるまで:12分公開日:
2022年6月5日、トライアスリートのクリスティアン・ブルンメンフェルトはアイアンマンレース(Sub7Sub8)を6時間44分25秒で完走し、世界初のアイアンマン・ディスタンス7時間切りを達成した。このレース前に行われた本インタビューで、ブルンメンフェルトは偉業達成に繋がったトレーニングの詳細などについて明かしている。
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2つの領域

クリスティアン・ブルンメンフェルトの世界最強トライアスリートへの道のりは、並行している非常に対照的な2つの領域における研究と言える。
ひとつに、彼の頂点獲得は、酸素摂取量がミリリットル単位で計られ、ありとあらゆる細かいレーシングポジションの変更が空気抵抗の計算のために記録され、摂取カロリー量と燃焼カロリー量が正確に管理される最先端スポーツ科学プロジェクトの10年の積み重ねだ。
ブルンメンフェルトの結果がその成果を力強く示している。この大柄なノルウェー人は、過去1年でメジャーイベントハットトリック(東京2020での金メダル、ワールドシリーズ制覇、そして先日にユタ州セントジョージで開催されたアイアンマン世界選手権優勝)を成し遂げている。
しかし、ブルンメンフェルトを世界最強にしている理由を本当に理解するためには、もうひとつの領域、つまり、彼がトライアスロンで得ている歓喜の感情と、大好きなことで生計を立てられている自分への大いなる感謝を含めて考えなければならない。
これらによって、科学への拘りと同じくらい情熱も大きく関与している10年間のスポーツジャーニーが生まれたのだ。
強靭な心臓と大きな肺活量がアドバンテージになっている

強靭な心臓と大きな肺活量がアドバンテージになっている

© Daniel Tengs/Red Bull Content Pool

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本能

ブルンメンフェルトが研究所と風洞から遠く離れた場所でトライアスロンレースに全力で取り組んでいるとき、彼は純粋な人間の本能を活用している。
これは、アスリートたちがゴールまで何時間も全力で取り組み、疲労の限界を越えるレベルの努力を続けなければならず、尿意のために一時停止することさえも贅沢とされるトライアスロンというスポーツにおいて、大きな違いを生み出す。
ブルンメンフェルトがハットトリックの次のターゲットに設定していたのが、2022年6月にドイツ・ドレスデンで開催された【Sub7Sub8】で、彼はこのレースでアイアンマン・ディスタンス(スイム3.8km / バイク180km / ラン42.195km)での世界初7時間切りを狙っていた。
この挑戦は、本人が2021年にメキシコ・コスメルで樹立していた世界記録を21分以上も更新することを意味していた。つまり、レースコンディションは良好になることが予測されており、コースは平坦で、各レグにスペシャリストペースメーカーが配置されるなど、様々な好条件も揃っているとはいえ、この挑戦が人間には不可能であることを証明してしまう可能性も存在していた。
しかし、たとえ失敗しても、準備不足やどんなにレースが厳しい内容になったとしても肉体から最後の1パフォーマンスまで振り出すという強い意志の欠落がその理由として挙げられる可能性はゼロだった。
まずはその意志の強さから見ていこう。
1日3セッションを毎日こなしている

1日3セッションを毎日こなしている

© Emil Sollie/Red Bull Content Pool

03

強靭な意志

現在28歳のブルンメンフェルトは、自分を天賦の才能に恵まれているアスリートと思ったことが一度もなく、実際、キャリア最高の1年となった2021年までわずか2勝しか挙げていなかった。
しかし、強靭な心臓肺活量の大きさという身体的なアドバンテージを生まれながら得ていた彼は、本人が言うところの “ビッグエンジン” を備えていた。
この特長は、レースはトレーニングで見られるパワフルな上半身、筋肉隆々の両腕、大きな息づかいのブルンメンフェルトをより小さな身体な他の多くのアスリートたちと比較すればすぐに理解できる。
生きるために走っているような感覚です。猛獣に追われている自分を想像するのです
クリスティアン・ブルンメンフェルト
ひと目見ただけでは分からないのは、彼がそのときに何を考えているのか、最後のランレグでどのようなトリックを使っているのか、そして命の危険が迫っていることを想像してアドレナリンを得ていることだ。ブルンメンフェルトは次のように説明している。
「もちろん、レースでは誰もが疲労するわけですが、僕はそこで何かに追われている感覚を得たいと思っています。生きるために走っているような感覚ですね。猛獣に追われている自分を想像すれば、アドレナリンが分泌されます。僕はこのような人間の本能をレースで活用しようとしているのです」
また、ブルンメンフェルトは同じ楽曲を何回も繰り返し聴くことで自分を正しいムードへ導いている。その楽曲が何であっても構わない。彼はSpotifyのTop 50からテンポが自分に合っているものを適当に選んでいる。ブルンメンフェルトが説明を続ける。
「気にしているのはリズムくらいですね。トレーニングでは、1曲を選んで30分ほど繰り返し聴いています。リズムが自分に合っている曲を聴き続けているのです。ハードにランニングをするタフなセッションに取り組んでいるときも、1曲を選んで繰り返し聴いています。20分〜30分その曲を聴いて、飽きたら別の曲にスイッチしてまた繰り返し聴いています」
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本番での強さ

しかし、ブルンメンフェルトが実力を遺憾なく発揮するのはレース本番だ。その理由のひとつは、戦いと苦しみを求める気持ちが他の誰よりも強いからだ。
東京2020を例に挙げよう。最後のランに入ったあと、ブルンメンフェルトは多くのアスリートがペースを落とすことなく先頭集団に残っていることに驚いていた。
そして残り3kmを切ると、ブルンメンフェルトは自分を含む3人で集団の前に出る。そのあとは先頭集団3人による金メダル争いがしばらく続いたのだが、そこから先の展開を振り返るブルンメンフェルトは非常に冷徹だ。その言葉には、最後まで彼に食らいつこうとするアスリートがひとりもいなかったことへの失意に近い驚きが感じられる。
「残り1.5kmに入り、再び仕掛けたのですが、肩越しに振り返ったときに “もう誰もついてこないのか?” と思いました。あそこまで早い段階で振り切れるとは思っていませんでした。何回も仕掛けることを想定していたのですが、序盤で大きなギャップを築けてしまいました」
「あとはピンと張ったゴム紐をハサミで切ったような感じでしたね。後続が追いつけないようにできる限り早く十分なギャップを築いていくだけでした」
ブルンメンフェルトは成功の理由に妥協を許さないチームを挙げている

ブルンメンフェルトは成功の理由に妥協を許さないチームを挙げている

© Daniel Tengs/Red Bull Content Pool

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最高のチーム

強烈なパフォーマンスを披露できるブルンメンフェルトの能力は、彼と彼のチームが舞台裏で注いでいる努力の結果だ。
アスリートとしてのブルンメンフェルトが初めてインスピレーションを得たのは、若い頃に指導を受けた母国のレジェンドスイマー、故アレクサンドル・ダーレ・オーエンだった。
「彼が近くにいたのはクールでしたし、僕も同じくらい上達できるという自信をより簡単に持てるようなりました。彼が近くにいたことで、彼がジュニア選手から世界最強クラス、そして世界最強そのものになるまでの過程を理解できました」
コーチングに関しては、ブルンメンフェルトはノルウェーのトライアスロンプログラムにおけるビジョナリーとして知られるアルリド・トベイテン(Arild Tveiten)からの影響が非常に大きいとしている。トベイテンは、2010年にブルンメンフェルトのコーチに就任すると(最初は乗り気ではなかった)、彼を走れるスイマーからトライアスロンスペシャリストへ転向させた。
リオ2016直後にオラフ・アレクサンデル・ブー(Olav Aleksander Bu)がチームに加入したことで、ブルンメンフェルトのトレーニングはさらにレベルアップした。ブルンメンフェルト曰く、ブーは毎朝5時に起床してスポーツ科学界で何かニュースがないか、または誰かがデータを活用したユニークで素晴らしいアイディアに取り組んでいないかをチェックするような人物だ。
ブルンメルフェルトが語る。
「ブーは2016年に参加し、最初に僕たちが何をやっているのかを確認したあと、数値をベースにしたフィードバックを提供するようになりました。どこが改良できるのか、どうすればレベルアップできるのかを示してくれるようになったのです」
「彼のような人物がチームにいることはとても大きなプラスだと思います。なぜなら、やれることが沢山あるように感じられるからです。過去12ヶ月、私たちは最高の時間を過ごしてきましたが、僕はまだ伸ばせる部分が沢山あると感じています。なぜなら、研究所でそのような部分を見つけているからです。これが僕を毎回成長させる助けになっていると思います」
06

徹底的な分析

ブルンメンフェルトたちのトレーニングにおける細部への拘りは圧倒的だ。彼のトレーニングプログラムのすべては彼のニーズに合わせて調整されている。たとえば、風洞での空気抵抗の計測を元にウェアの縫い目の位置まで調整されているのだ。
そして、非常に専門的な “二重標識水” も採用している。これは水素と炭素が計測可能な安定同位体に置き換えられている水だ。この水が体外へ出されたあとに分析を行えば、チームはブルンメンフェルトの消費エネルギー量を正確に算出することができる。
何よりも効率が重要なため、ブルンメンフェルトとチームはオランダのアイントホーフェン工科大学の研究所でその作業の多くをこなしている。ここで彼らは、彼の消費エネルギー量を読み取れるセンサーを使ってデータ分析を行っている。
たとえば、酸素分子あたりのパワーが最適値から外れていれば、ブルンメンフェルトが生み出している熱が多すぎることを意味している。チームはハートレートモニター経由で正確にこの熱を計測できるため、大きな違いを生み出すべく微調整を繰り返している。
最初のヒーローはアレクサンドル・ダーレ・オーエンだった

最初のヒーローはアレクサンドル・ダーレ・オーエンだった

© Daniel Tengs/Red Bull Content Pool

僕たちは他のチームの数歩先を行っていると思います
クリスティアン・ブルンメンフェルト
ブルンメンフェルトは「通常、僕が酸素を取り入れると、81%が熱管理に、19%がペダリングのパワーに回されます。この19%を21%まで高められれば、パワーが10%も向上するのです」と説明している。
また、チームは研究所でのテストを外へ持ち出し、ブルンメンフェルトがどれだけ多くのエネルギーを消費しているのかを計測すると同時に、脂肪と炭水化物のどちらがエネルギー源として使用されているのかを見極めている。これは様々なエリアで行われている彼らの取り組みのもうひとつの例に過ぎない。
「僕たちは他のチームの数歩先を行っていると思います。このような取り組みを1種類、2種類、3種類程度取り入れているチームは多いと思いますが、僕たちほど徹底的に取り組んでいるチームはいないでしょう」
誰よりも勝利と苦しみを求める気持ちが強い

誰よりも勝利と苦しみを求める気持ちが強い

© Daniel Tengs/Red Bull Content Pool

07

フルディスタンス7時間切り

ブルンメンフェルトは、自分のオリンピックとインターナショナルレベルでの成功はバミューダ諸島出身の女子トライアスリート、フローラ・ダフィーと同じだと笑顔で指摘しているが、メジャートライアスロンタイトルとアイアンマン世界選手権を同時に制覇したトライアスリートは彼しかいない。しかも、彼はまだ道半ばだ。
2022年10月にハワイで開催される次のアイアンマン世界選手権と、ディスタンスがかなり短くなるパリ2024でのオリンピック連覇にフォーカスを切り替える前に、ブルンメンフェルトが取り組んだのが、ドレスデンで開催されたSub7Sub8だった。
当初、このイベントにおけるブルンメンフェルトのライバルは英国出身のアリスター・ブラウンリーが予定されていたが、最終的にもうひとりの英国出身トライアスリート、ジョー・スキッパーが出場することになった。しかし、ブルンメンフェルトは、誰を相手にすることになっても最優先目標が7時間切りよりもレースでの勝利であることを明確に意識していた。
ブラウンリーの欠場が決定する前、ブルンメンフェルトは次のように発言していた。
「Sub7Sub8は、僕が世界最強のアイアンマンアスリートであることを証明するユニークな機会です。僕は難しい目標を自分に設定することを好んでいます。なぜなら、その目標を達成するためには努力しなければならないという意識が生まれるからです。この努力が僕の中での大きなモチベーションになっています」
「ですが、このレースを6分58秒の2位で終えるつもりはありません。僕にとってはタイムよりもアリスターに勝つことの方が重要なのです。アリスターに勝利してさらにサブ7が達成できれば、また別の素晴らしい1年を半分得られたことになるでしょう」
たった半分?
今年もまたすべてのレースで勝利したいと思っているのです。先日のアイアンマン世界選手権で優勝を記録できましたが、10月に開催されるアイアンマン世界選手権2022でも優勝を狙っています。ですので、Sub7Sub8のあとは気持ちを切り替えて、すぐにハワイへ向けて準備を進めていくつもりです」
10年の努力がサブ7達成に繋がった

10年の努力がサブ7達成に繋がった

© Daniel Tengs/Red Bull Content Pool

08

トライアスロン愛

クリスティアン・ブルンメンフェルトを真芯で捉えているストーリーがあるとすれば、それは、キャリア前半に足の舟状骨を骨折して9ヶ月間走れなくなったあとの彼の取り組みだろう。
「そうです。9ヶ月間走れませんでした」と過去のトラウマに触れるようにブルンメンフェルトは回想する。「Google Mapsを開いて自分が走っていたルートを辿るほど、ランに飢えていましたね」
このようなブルンメンフェルトの姿に失われた愛を探し続ける人物を重ねることができるなら、それは彼にとってトライアスロンというスポーツが仕事、さらには天啓以上の存在だからだ。そして当然ながら、彼は自分がこのスポーツに費やしてきた数多の時間を苦難として捉えていない。
「トレーニングを犠牲として捉えていません。僕は自分の趣味で生活できていると思えていますし、子供の頃からそのような生活を送るのが夢でした。ですので、大して犠牲に感じていません」
テクノロジーのイノベーション、徹底的な分析、多大な努力は違いを生み出す。しかし、クリスティアン・ブルンメンフェルトを他とは違う存在にしている決定的な要因は非常にシンプルだ。彼はただトライアスロンを愛しているだけなのだ。そして、そのような愛は研究所で用意できるものではない。
おそらくはその大きな愛こそがすべての秘訣なのだろう。
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Kristian Blummenfelt

Kristian Blummenfelt is the first man to complete a sub-7-hour Iron Distance triathlon and also holds the Olympic, World Championship and IRONMAN titles.

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