Takahiro Morita
© Shun Komiyama
スケートボード

森田貴宏というオトコの半生

森田貴宏は、今やスケートシーンを語るうえで欠かせないプロスケーター。ここでは彼が過ごした10代から30代の時期を紐解き、なぜ国内外で注目されるに至ったか、その軌跡を改めてお伝えしたい。
Written by Hisanori Kato
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Takahiro Morita

Takahiro Morita

© Shun Komiyama

固定概念にとらわれない自由な表現方法で、アスファルトを縦横無尽に滑走するスケートボーダーたち。この特集では、10代から20代をスケートボードに傾倒してきたスケーターが大人になった今、どういったライフスタイルをおくっているのかにフィーチャーしたい。好きなことを一意専心に続ける彼らの背中から見えてくる“何か”を自分の生活にフィードバックできれば、きっと人生はもっと豊かになるはずだ。
そして、今回ターゲットとなるのがTOKYOを代表するスケートボーダーでありながら代表作《overground broadcasting》が世界中で賞賛され、映像作家としてもスケートシーンに影響力を持つ中野ローカルズの森田貴宏氏。
まずはプロフィールから教えてください。
森田貴宏(以下、森田) 昭和50年12月21日生まれ。スケートボーダーです。
スケートを始めたきっかけはいつ頃ですか?
森田 小学校の頃に光GENJIってアイドルがいて、そのバックダンサーの子達がスケボーに乗っていたんです。今思うと多分それはSMAPだったんだと思うんですが、その影響で学校でもスケートボードが流行ったんです。クラスの全員が買ったんじゃないかってくらい。俺もその頃に始めたんですが、3ヶ月もしないうちに飽きちゃって。小学5年生頃の話ですね。
どんな小学生時代をおくられたんですか?
森田 毎日サッカーばかりしてました。後はエアガンにハマったり、映画が好きだったのでパンフレット集めにも夢中になってました。
その頃はどんな映画がお好きだったんですか?
森田 どんな映画というより、ただひたすら観てました。1ヶ月に1回、家族全員で歌舞伎町まで映画を観に行くことが親父の教育の一つだったんです。観終わった後にご飯を食べながら、みんなでディスカッションするのが恒例で。ただ映像を観るってことよりも、考えて観るってことを訓練されましたね。それがいまの自分の生業に役立っていると思います。
Takahiro Morita

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スケートボードと本格的に出会ったのはいつ頃ですか?
森田 小学生の頃は子供の遊びとしてのスケボーで、本格的なものは13歳の頃です。俺が中学生の時は、ビーバップハイスクールが全盛期で、学校にはパンチパーマのヤンキーがいっぱいいたんです。で、なぜかヤンキーの先輩達はみんなスケーターだったんですよ。特に憧れていた先輩がスケボーが上手くてね。そこから見方が変わったというか、子供の遊びから、アメリカンなかっこいいものに変わったんです。その後に小学校の時の幼なじみで私立の中学に行った友人がいて、久しぶりに会ったらバリバリのスケーターになっていたんですよ。その彼から「やばいビデオがあるから一緒に観ようぜ」って言われて観たのがパウエルの『PUBLIC DOMAIN(1988年)』。この1本にやられて、も~そこからはよそ見せずにぞっこんですよ。
『PUBLIC DOMAIN(1988年)』
初めて乗ったデッキはどこのものだったんですか?
森田 パウエルのロドリゲスって板です。その友人が乗っていたお古をもらいました。ウィールはパウエルのストリート58mm、トラックはインディペンデントの159。全部覚えてますよ。
一般的には、スケートを始めても最初のオーリーで挫折してやめる人が多いと思うんですが、森田さんは始めからスケートが上手かったんですか?
森田 もちろん初めは出来なかったですよ。でも技を磨くことよりも、スケボーに乗ってスケボーのファッションで身を包んで、街中を走り回るってことが何よりも楽しかった。それはいまでも同じかな。ちなみにその頃って、スケボーはあまりイケてる遊びじゃなかったんですよ。ヤンキーの方がモテる時代だったから、当時付き合っていた彼女からは「なんでスケボーなの?」って不思議がられてました(笑)。
“プロスケーター”と“アマチュア”の線引きは、特に日本だとスケーターによって随分と認識が違うと思います。森田さんにとってプロの定義ってどこにあるんですか?
森田 人のためにスケボーをする人間がプロだと思います。俺が頑張ることによってファットブロスやエトニーズ(森田氏のスポンサー)が売れるだとか。それともうひとつ、これは精神論の話しなんですが、海外からたまに来日する一流のプロ達。彼らが日本に来てデモンストレーションとして滑っている時“負けるかこの野郎”って一緒に滑れる奴は精神的にはプロと同じなんだと思う。そこで小さくなって見とれちゃったらステージは違うんじゃないかな。
Takahiro Morita

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以前お話した時に「スケーターはトリックだけでなく、ファッションもイケてないとダメ」、そんなお話をされていたのが記憶に残っています。そのことについて詳しく教えてください。
森田 パブリック・ドメインを観た時に感じたのは、着ているものがぜんぜん違った。今から30年くらい前の話だからハーフパンツなんてものは一般的ではなかったし、ボーンズ・ブリゲードのTシャツにしろチェック柄のシャツにしろ、とにかく目新しくて新鮮だったんです。俺らの中では、技がかっこいい云々はもちろんなんだけど、洋服のセンスがイケてることもかっこいいスケーターの条件なんです。“こいつ、技はかっこいいけど服装がダサいから嫌い”なんてことが当たり前の世界というか。そこが他のスポーツと大きく違うところなんじゃないですかね。
そんな森田さんの軸となるのが、1997年にスタートしたクロージングブランドの『LIBE BRAND UNIVS.』。こちらの大きなこだわりは?
森田 アメリカで売っているようなものを作ってもしょうがない。日本人が作る、日本人らしいものを意識していますね。だから過去には、坂本龍馬や高杉晋作を題材にしたものを作ったり。今シーズンだと、東京でNo.1のグラフィティライターだと思っているQPと一緒に服を作ったり。ちなみにブランド名のLIBEは、大好きな黒澤明監督の『生きる』から名付けたもです。
日本、そして東京ってお話が出ましたが、森田さんからは日本だけでなく、中野という場所にも強いこだわりを感じます。その理由は何ですか?
森田 生まれたのは高円寺駅近くにある松ノ木町ってところなんです。でも、松ノ木でスケボーをするにはちょっと物足りなかった。高円寺は、怖い人が多かったのであまり派手にスケボーができない。生まれた場所から電車やバスを使わずにプッシュだけで移動できる距離、それでいて俺のスケボーが一番しやすい環境が中野だっただけ。こだわるってよりも必然的にですね。
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普段の移動はスケートボードが多いですか?
森田 多いというか常にです。俺は怠け者だからスケボーに乗ってるんですよ(笑)。人と同じスピードで歩いてるとイライラするし、気分が落ちる。だから常に移動はプッシュ。プッシュは常に俺をハイでいさせてくれるから、スゲー近くのコンビニだってプッシュで行きますよ。さすがに餃子の満州(森田氏のお店の向かい)へ行く時くらいは歩きますけどね(笑)。それに俺ってものを証明する乗り物はスケボーだから、それを示すものとして常に持っていたい。宣伝にもなるしね。
宣伝とは?
森田 俺は世の中にスケーターを増やしたいんです。スケボーを持っている人と持ってない人とでは、明らかにシルエットが違う訳でしょ? 例えば都会に住んでたら、毎日500人くらいの人と行き交う。500人の人間にスケボーを示すことは宣伝になる。今はSNSでなんでも発信できる時代だけど、本物のかっこいいスケボーとかを直で見れた方がよっぽど宣伝効果があると思うんです。印象としてリアルに突き刺さる。プッシュの動作ひとつとっても、映像や写真とは訳が違うでしょ、本物は。だから時々、“俺、サーファーやスノーボーダーじゃなくて良かった”って思う時がありますよ。あんなに大きなものは持ち歩けないですし、街じゃ乗れないからね(笑)。
Quotation
俺たち若造は、尊敬する人をいつか越えなくちゃいけない。それが下のものの礼儀だと思う
森田貴宏
Takahiro Morita

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森田さんを形容するものとして、“スケートボード”の他に“映像作家”としての存在があります。今の若い世代のスケーターにも多大なる影響を与えた一人だと思います。ビデオカメラを始めて手に取ったのは19歳の頃だとお聞きしましたが、森田さんは誰に影響を受けて始められたんですか?
森田 パブリック・ドメインを作ったステイシー・ペラルタとクレイグ・ステシックの2人には本当に感謝してます。あれは今見ても本当に最高な内容。後は、ステレオが一番初めに出した『A Visual Sound』ってビデオかな。ジョン・コルトレーンにスケートボードを乗っけちゃうセンスにはやられましたね。僕には当時無いセンスだった。ジャズとスケボーのシンクロが素晴らしくて。でも実は、マーク・ゴンザレスがもっと前にやってたんですよ。ブラインドから91年にリリースされた『Video Days』は、ジャズありファンクあり、ソウルありの内容で、当時としては全く類を見ないようなビデオでした。特にゴンザレス自身のパートは今見ても本当に新鮮だし、構成や編集も素晴らしかった。あのビデオはスパイクジョーンズ初の監督作品だと言われているけど、たぶんビデオ自体の初期アイデアや編集ディテールにはマークゴンザレスが大きくスパイクを影響させたんだろうなと僕は思うんです。ここ数年僕は自分自身のビデオパートを30個近く制作して自分のFESNアカウントのYouTubeや友人の作るDVDに提供してきたんですが、今から25年以上前の91年の時点でゴンザレスがやっていたこと…、今の僕でも到底及ばないセンスとスキル、そして素晴らしい表現力。悔しいけど、認めざる得ない史上最高のストリートスケーターですよゴンズは。だから俺にとってマーク・ゴンザレスという人は、ストリートスケートの父であり神であり得るってね。だけどもいつかそんな父であり神であるような人を乗り越えたいと思いますよ。俺たち若造は、そういった素晴らしい先輩方をいつかは越えなくちゃいけない、それが下のものの礼儀だと思うから。
『A Visual Sound(1994年)』
森田さんの手がけたものは、普段、スケートをやらない人間が観ても楽しめる内容だと思います。映像作品としても優れているというか。どのようにオリジナリティを磨いていったんですか?
森田 アメリカ人が既にやっていることを真似ても面白くない。だから、ブランドの話と同じでビデオにも“東京らしさとは何か”ってことを追い求めていきました。自分なりの答えを探していた時に出会ったのがDJクラッシュさんです。ヒップホップって音楽は、ブロンクスで生まれてNYで開花したものが世界中に広まった。DJクラッシュさんは、それを既存の形態に収まったヒップホップではなく、彼自身の独創的なヒップホップに昇華させて発信した人だと思うんです。そんな彼の創る、ドロドロとしたダークサイドな世界観に衝撃を受けたのと同時にすごく共感もしました。“この感じを俺のスケボーのビデオに使わない手はないでしょ”って。だって、10代の頃から観てたカリフォルニアで撮っているようなビデオは、綺麗な太陽と澄みきった青い空、街も光と影で綺麗にコントラストがあって。日本だと空が真っ白。昼間に撮ったって淀んでるんです。だったら、DJクラッシュさんの創る音に合わせて、夜の薄暗いところでスケーターたちが技をやる、それこそ、俺の思い描く東京感なんじゃないかってことに気づいて。そこから一歩ずつですが、自分の理想とする、日本人が作る東京らしいビデオの形が生まれて行きました。ようやくそれが完成系となり、納得のいく作品となったのが『overground broadcasting』。そこで俺の一度めの目標が叶いましたね。
underground broadcasting

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[43-26]

[43-26]

© Shun Komiyama

19歳の頃に初めてビデオカメラを手に持ち、東京と地方、日本と海外をスケートボードと共に飛び回りながら、自らのクリエイティビティを追い求め続けてきた森田貴宏氏。10年以上、ただひたすらにカメラと向き合う生活を続け『東西南北』、『43-26』と、いまもシーンで圧倒的な存在感と知名度を誇る名作を生み出してきた。そして、日本(極東)のスケートボードを世界に向けて発信する目的として発足した FESN(Far East Skate Network)の集大成であり、シーンに鮮烈な変革をもたらした伝説のビデオ『overground broadcasting』を34歳の時に発表し、一つの到達点へと辿り着く。
一つの成功に甘んじて懐古するだけでなく、常に新しい目標を見つけて創造と模索を続ける彼は、次なるステージをどう歩んでいくのか。現在の森田氏の取り組みは、記事: 森田貴宏の進化形スケートライフ でCHECKしていただきたい。
Takahiro Morita

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森田貴宏(Takahiro Morita)
東京都杉並区松ノ木出身のスケーター。極東最前線から斬新な映像作品を発表するビデオプロダクション、 FESNの代表。2008年に発表した《overground broadcasting》は、国内だけでなく世界各国で賞賛を得た代表作。アパレルブランド、LIBE BRAND UNIVS.の代表も務める。現在は、ホームベースでもある中野でスケートボードをオリジナル制作するFESNラボラトリーを運営。
(了)
📚FESN森田貴宏コラムの【まとめ】はこちらをクリック👉【コラム・まとめ】FESN森田貴宏がスケートボードについて長く熱く綴る!
◆information
・「Red Bull TV・スケートチャンネル」の魅力を徹底解明する>>Red Bull TV 🖥 :スケートチャンネルが配信する動画の充実度が凄い!
・レッドブル・アスリートの“ひととなり”に迫る記事 >>Red Bull Skateboard 選手名鑑(大会観戦のお供にぜひ!!)
・スケーターならではの面白いクリエイティビティに注目した連載企画を不定期で配信中 >> スケーターが紡ぐもう一つの物語【The Another Story】