Made In Japan
© Nahoko Suzuki
フィックスギア

競輪界のレジェンドが愛するCHERUBIM(ケルビム)のフレーム|自転車パーツ連載Vol.1

今や競輪は、日本発世界基準のスポーツとして流布。そして、その自転車を手がける職人の意匠もまた、世界で賛美され続けている。そんなMADE IN JAPANなプロダクトの魅力に改めて迫るBIKE連載の第2回目には、CHERUBIM(ケルビム)の今野真一氏が登場!
Written by alex shu nissen / Edited by Hisanori Kato
読み終わるまで:6分最終更新日:
※本稿は2018年1月にインタビュー&執筆されたものです
第一回目で探訪したのは、1965年に今野仁氏が設立した今野製作所。日本の競輪競技車から、世界的大会の出場車をも手がけたCHERUBIM(ケルビム)ブランドが生まれる老舗である。
現在、東京は町田の工房で火を入れるのは、二代目の今野真一氏。日本におけるパイオニアであった先代の技術と伝統を確かに継承しながら、自転車作りの歴史に一石を投じる前衛的なモデルも発表している人物だ。
特に代表作のひとつ『Humming Bird』(※写真下)は、NAHBS(北米ハンドメイドバイシクルショー)で2冠を達成。世界一美しい自転車として、大きな賞賛を浴びた。
NAHBS(北米ハンドメイドバイシクルショー)で2冠を達成した『Humming Bird』

NAHBS(北米ハンドメイドバイシクルショー)で2冠を達成した『Humming Bird』

© cherubim

そんな、鉄と自転車を知り尽くした男が究極の作品に選んだのは、ある人物へ提供したフルオーダーのクロモリフレームだった。

今野真一が選ぶマスターピースな1台

《モデル名:Triplecrown》

これはシビアな世界で戦う競輪選手達から絶大な信頼を得ているピュアレーサー。モデル名には、優勝までの3レースで全て一位を取る、最も名誉な“三連勝”の意味が込められている。こちらは、生涯獲得賞金が25億円を超える、競輪界の“神”こと、神山雄一郎選手が使用していた実車。
Triplecrown

Triplecrown

© Nahoko Suzuki

この1台に宿る3つの“匠”の業(わざ)から、CHERUBIMの魅力を紐解いていく。
01

CHERUBIMの匠・その1

【 伝統を知り、枠にハマらない、“型破り”な溶接工程 】

Made In Japan

Made In Japan

© Nahoko Suzuki

フレームの良し悪しを決定付けるのは、溶接の順番、時間の長さ、火の処理など、その些細な差。それぞれのブランドには、いわゆる流派があり、一つの決まった制作方法で行うのが通例とされている。
しかし、CHERUBIMのユニークな点は、ありとあらゆる異なる手法をミックスしながら1台を作り上げていくところ。これは、伝統工芸に近い自転車作りの世界において、他のブランドが敬遠することである。一つの手法に固執せず、優れた新しい技はどんどん取り入れる。
今野氏は「今、親父が工房に来ても、作り方が変わり過ぎていて何も分からないと思う」と語った。現代において使われている技術を研究し尽くし、そのほとんど全てを駆使しているそうだ。この考え方こそ、“飽くなき探究心とユーザーの要望に応えたい”という真摯な想いの現れと言えるだろう。
こうしてレーサーモデル『Triplecrown』は、競輪選手一人一人の体格、走り方のクセといったオーダーが反映され、持ち主の個性を宿した1台となっていく。
02

CHERUBIMの匠・その2

【 幾何学の概念から生まれる‟デザインと機能”の最大公約数 】

Made In Japan

Made In Japan

© Nahoko Suzuki

今野氏のデザイン哲学において、“幾何学”も重要なキーワードの一つ。「古い建築物や、有名なマークだったり、人間が潜在的に美しいと感じる形状を追求する幾何学は、英語でジオメトリ。自転車用語で、フレームを構成する三角形の形状も、同じくジオメトリって言うんですよ」
太古から発展してきたこの学問を独学で習得した彼は、常に論理的にフレームを構築する。この考え方に基けば、パイプを繋ぐ際、強度として最適な場所に最も美しいアール(曲線)が現れるそうだ。
性能を高めながらデザイン性を高めていく。例えば、『Triplecrown』に施されてるハートの形も、単なる装飾や遊び心ではなく、細かな意匠に意味と理由が存在する。このハートは、エジプト、イスラエル、ギリシャ、チベットにて古代から伝わる幾何学模様で“生命の花”とも呼ばれている。日本では猪目(いのめ)と言われ、神社仏閣などにも見られる意匠。魔除けと同時に建築力学的に重要な箇所を守る為に配置されるそうだ。
こういった要素を“一つも加えることができない。一つも取り除くができない”その境地に達するまで、緻密に計算し尽くされた物作りが行われている。
03

CHERUBIMの匠・その3

【 日本文化に息付く“引き算の美学”から導く黄金比 】

Made In Japan

Made In Japan

© Nahoko Suzuki

世界中に多くのファンを持つ今野氏の作るフレームは、海外から見ると、とても日本的に映るそうだ。当の本人は、「特に日本的なデザインを勉強したわけではないですし、むしろ、自分としては海外の自転車に憧れて作ってるぐらいなのに、そういったリアクションがあるのは面白いですね」と話す。
確かに、日本人の我々からすれば、和の要素はあまり感じられないかもしれない。しかし、この『Triplecrown』のデザインを見ても分かる通り、CHERUBIMのプロダクトのデザインには、無駄を削ぎを落とす“引き算”の考え方といった、日本人ならではの美意識が散りばめらている。外国のデザイン理論であれば、埋めるべきスペースにあえて余白を残す。それは控えめなロゴも然り、空間の的確な使い方が見事だ。
同じく色彩感覚についても、極めて日本的といえる。紫や金といった華美なカラーリングを競輪選手からオーダーされることも多いそうだが、今野氏はこれを、武将が纏う陣羽織、僧侶の袈裟のイメージで解釈し“勝負の為の美しい武器”として具現化していく。DNAに刻まれた繊細な日本人のマインドがCHERUBIMをよりオリジナルな存在にしているのだ。
▼まとめ
CHERUBIMの一番の魅力は、徹底してユーザー思考であるという点ではないだろうか。一人ひとりのユーザーにあったバイクを、フルオーダーで作り上げる同ブランド。伝統に囚われずに新たな領域に踏み出していく探究心も、ハンドメイドの製造過程も、全ては、乗り手にとって最高の自転車を生み出すことを第一に考えた末の答えなのである。
そして、『Triplecrown』は、究極のオーダーメイドを体現するCHERUBIMの真骨頂。車体の作りが1ミリ違えばパフォーマンスに大きな影響が出る。そんなシビアな世界で、CHERUBIMは選手たちの高い要求に対応し、文字り体の一部となる高水準な自転車を作りあげてきた。
伝説の男、神山選手もこうしたストイックな物作りの虜になった一人。彼と共にレースを闘い、頂点に立ったこのフレームこそ、「選手とともに成長していく感覚がある」と語る今野氏の一つのゴールであり、まさにマスターピースそのものだ。しかし、自転車のサラブレットとして生まれ、カリスマビルダーの地位を築いた今でも、今野氏は常に、誰よりも挑戦することを楽しんでいる。だからこそ、CHERUBIMは世界を魅了し続ける。現在、新たなショーモデルも考案中とのこと。日本から世界へ。歩みを止めないCHERUBIMのこの先が楽しみでならない。
Made In Japan

Made In Japan

© Nahoko Suzuki

◆Information
日本製パーツの魅力に迫る 自転車連載、Made In Japanのまとめは【こちら