【Made In Japan】
© Nahoko Suzuki
BMX

まるでオモチャのような見た目をしたSHIMANO(シマノ)の多段式変速シフトレバー|自転車パーツ連載Vol.14

第14回目には、Point No.39(ポイントナンバー39)の杉村聡氏が登場。 ようこそ、バイシクルシーンに精通する重要人物が、今も手放せない“とっておきの日本製プロダクト”の魅力を紐解く連載【Made In Japan】の世界へ!
Written by alex shu nissen Edited by Hisanori Kato
読み終わるまで:6分Updated on
※本稿は2019年2月にインタビュー&執筆されたものです
Point No.39のオーナー 杉村 聡さん

Point No.39のオーナー 杉村 聡さん

© Nahoko Suzuki

彼は元々、自動車の整備士としてのキャリアを持つため、比較的構造が簡単な自転車のメンテナンスはお茶の子さいさい。そこで同店では、ヴィンテージの自転車を一度すべて解体してから作り直すのが特徴だ。店内には、1900年代前半から1970年代のアメリカンアンティークのアイテムが充実しており、内装もニューヨークの雑居ビルをイメージした空間となっている。
そんなこだわり派のオーナーがセレクトしたのは、意外にも一見チープに感じられる子どものおもちゃのような代物だった。
杉村 聡が、“日本が世界に誇るべきプロダクト”、“自身が最も愛したパーツ”として選んだのは、

《SHIMANO》のPOSITRON(ポジトロン) シフトレバー

だった。

現代の変速機の原型は、懐かしのデコチャリにあった

職人やエンジニア方面の道に進む人物の多くは、幼少期から工学的好奇心が強く、身近な物を分解しながら、その構造を無意識に学んでいく傾向にあるという。少年時代の彼もまさに、とにかくなんでも解体するくちであった。
【Made In Japan】vol.14

【Made In Japan】vol.14

© Nahoko Suzuki

「昔からラジコンとかをバラバラにしちゃうクセがあって、小さい頃はよく元に戻せなくて困ってました。手を動かすのが好きだったんでしょうね。成長するにつれ、オートバイとか車が好きになっていくんですけど、そういうものを直せるようになりたくて。エンジンとかミッションを分解して悪い部分だけを見つけて組み直すっていう仕事を選びました」
手に職をつけたかったという彼は、商業車の整備職を7年程続け、技術をひと通り身につけると、次第にもうひとつの趣味であったインテリアの道に心を惹かれるようになった
そして、インテリアの街、目黒に自分の店を構えることを新たな目標に動き始める。念願叶い、2010年にオープンしたPoint No.39では、海外のヴィンテージ家具の修復から、オリジナル照明の製作・販売を行った。そんな中、買い付けでアメリカに渡り、アンティークを日本へ持って帰って来る生活で、アメリカのオールドスクールBMX、SCHWINNを目にすると、その古き良き無骨な佇まいが、車いじりの本能に火をつける
こうして、自動車整備のノウハウを活かし、ヴィンテージバイクをリプロダクトするようになったそうだ。
簡単にこれまでの経歴を聞いたところで、早速本日の主題であるMade in Japanのパーツが登場。今やコレクターが手放さないと市場に出回ることのない、自慢の一台を披露してくれた。
SCHWINNの超人気車両 Stingray のフレームをベースに作られた、SCHWINN HURRICANE

SCHWINNの超人気車両 Stingray のフレームをベースに作られた、SCHWINN HURRICANE

© Nahoko Suzuki

「これは、SCHWINNの超人気車両 Stingray のフレームをベースに作られた、SCHWINN HURRICANEっていうモデルで1978年と1979年の2年間のみ製造されたものです。ここに、日本のシマノの5段変速 ポジトロンが純正装備されているんですよ。アメリカで初めて見つけた時に“なんだこの自転車は、誰か改造したのか?”って思ったんですけど、調べてみるとこのモデルの為に作られたパーツでした。おそらくコストがかかったことが短い製造期間の理由だと思います。販売も3年のみだったので、非常にレアですね
実はこのシフトレバーとの出会いは彼にとって思い出深い“再会”。1970~80年代にデコチャリまたは、スーパーカー自転車と呼ばれるジャンルが日本で一世を風靡する大ブームとなったのだが、その車体にはスーパーカーを模したこういったシフトレバーが装着されていた。
「僕が小学生の頃ってちょうど80年代だったので、股の間にガチャガチャって多段式の変速シフトレバーがついた自転車が流行っていて周りは皆乗ってたんですよ。ヘッドライトは四角いのがふたつついてるやつ。子供用の自転車だったんですけどお年玉じゃ手が届かないような高価なもので、自分はそれに乗れなくて。羨ましいなと思ってたのが頭の片隅にずっとありました。これは70年代にSCHWINNに使われていたのと同じもので、それが日本でのシフトレバーのブームに繋がっているんだと思います」
子供の頃に杉村さんが憧れたデコチャリ

子供の頃に杉村さんが憧れたデコチャリ

© Nahoko Suzuki

また、ポジトロンがSCHWINNに、SHIMANOロゴ入りで採用された快挙を果たし、さらに日本でも少年用スポーツサイクルの変速機として人気を博したのは、単に子どもが喜ぶヴィジュアルの面白さだけでなく、機能としても優れていたからという要因もある
「当時の変速機として画期的だったのは、カチッと位置が決まっていること。それまではかなり曖昧で1速2速って境目がなかったんですよ。ポジトロンの変速機とレバーは、ワイヤーではなくて、硬い針金で繋がってて、押しても引いても動かせるようになっているプッシュプルシステム。今ではそんなの全然普通じゃないですか? でも、これがプロのロードレースシーンなど世界的に評価されるサイクルメーカーのコンポーネントの原型になっているんです。それを初めて作ったのが日本のブランドっていうのは本当にすごいなって思いますね」
1973年に実用化された外装変速機 ポジトロンは、変速位置決め機構がついたポジトロンシステム及びポジティブプリセレクトシステム(※1)を搭載しており、これは現在のシマノインデックスシステム=SIS(※2)につながる位置決めシフターの初期製品であり画期的な発明であった。しかし、これも言ってしまえば現代においては無用の産物。あえて今これを使いたいと思うのはどうしてなのだろう?
  • (※1) 自転車が停止した状態で、あらかじめレバーを選択したいギアのところに入れておけば、発進時の踏み出しの際に自動的にギアが変速するシステム。
  • (※2) 1984年発表。レバーにラチェットを設けることで変速が容易かつ正確になり大ヒット。ポジトロンシステムの技術を応用している。
「僕が小学生だった80年代って、戦隊モノやロボットが日本の中でたくさん登場し始めた時代な気がしていて。その時にこの操縦桿みたいなフォルムって、くすぐるじゃないですか、少年心を。昔、宝物を箱に入れて埋めたりしませんでした? その感覚ですね。このシフトレバーを見る度に、タイムカプセルを開けたみたいに、少年時代に憧れた気持ちが蘇ってワクワクするんですよ」
結局のところ、彼がこの骨董品に魅力を感じているのは、希少性、歴史、ウンチクといったことではなく、もっと素直で感覚的な理由ということだ。古物商という生業から、時にビジネスとしてシビアな視点でアンティークと向き合う彼が、純粋に童心にかえって心を踊らせることができる逸品。国も時代も問わずに愛される名品というのは、こんな風に感情を動かしてくれる物なのかもしれない。
◆Information
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