【連載第2回】Major Force be with you|東京カルチャーはメジャーフォースから何を受け継いだか|ZEN-LA-ROCKインタビュー

© Shunsuke Shiga
Written by Hiroshi Egaitsu
なぜ1980年代のひとつのレコード・レーベルが30年後の世界に影響を与えるような存在になったのか? 中西俊夫、工藤昌之、屋敷豪太、高木完、藤原ヒロシが設立した《メジャー・フォース》との出会いを、ラッパー:ZEN-LA-ROCKに話を聞いた。
ZEN-LA-ROCK
ZEN-LA-ROCK
1980年代の東京と2018年の東京は全然違って見える。聳え立つタワー型のビル、ショウウィンドウに並ぶもの、なによりもその前を歩く人々が全然違って見える。
そして、メジャー・フォースというあるレコード・レーベルのビフォー/アフターを振り返ると、音楽やデザイン、ファッションといった東京のカルチャーに後戻りのない変化が起きていて、確実にそのコアのひとつはメジャー・フォースだと判る。
2018年の東京を戯れに“ネオ東京”と呼んでみよう。そこに暮らす大勢の人がメジャー・フォースとは一体に何であるか知っている訳ではない。彼らは、メジャー・フォースの設立メンバーが中西俊夫、工藤昌之、高木完、屋敷豪太、藤原ヒロシだったことも知らない。メジャー・フォースから1988年に12インチ・シングルでリリースされたブレイクビーツ・ハウス・トラック”Return Of The Original Art Form”やタイニー・パンクスの曲も聞いたことがないだろう。
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しかしながら、カルチャーの影響とはヴィジュアルやサウンド、グラフィック・デザインからコマーシャルまでを通して、複雑に、かつ力強く浸透していくものだ。
2018年夏に結成された鎮座DOPENESS、G.RINAとのユニットFNCY(ファンシー)で活躍しているラッパーZEN-LA-ROCKが日本のヒップホップを最初に聞いた時の話に耳を傾けてみよう。
ZEN-LA-ROCK
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「ヒップホップがいいかも?と思ったのが中学の頃ですね……まだCDの時代で音楽に詳しい友だちがいっぱいお勧めのCDを貸してくれて、そん中でもヒップホップの黄金時代を作ったパブリック・エネミーの『FEAR OF A BLACK PLANET』がスゴい気にいって……」
「そのあとやっぱり中学校の時かな、自分で振り返るとラジオ聞くのが好きだったんだろうなと思うけど、ある時、伊集院光のラジオでECDさんの“HOLD UP!”を聞いて、これが日本語のヒップホップなんだな!と思いました。
“どてっ腹に風穴を開けられたくなかったら手を挙げろ”ってリリックの曲なんですけど、CD買いましたね。日本のヒップホップをそこで認識して、音楽として聞いて、いいな!と思いました」
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“HOLD UP!”は、1993年にメジャーフォースからリリースされた日本のヒップホップの創世記からのラッパー、残念ながら今年亡くなってしまったECDのセカンド・アルバムの曲で、共同プロデュースは高木完だ。
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例えば、1960年代のアンディ・ウォーホルやロイ・リキテンスタインのポップ・アートの美学がその後のデザインや広告も含めてカルチャーに大きな影響を与えたからといって、その広告を見た人々がアーティストのリキテンスタインの名前を知っているわけではない。
むしろ、映画『インセプション』で主人公のコブが説明するように、カルチャーの核の様々なアイデアは、高い伝染性を持ちしなやかな力でもって世代を超えて時代を創っていく。再びZEN-LA-ROCKに話を聞いてみる。
ZEN-LA-ROCK
ZEN-LA-ROCK
「ヒップホップが気になったのは、あとファッションもあったかも知れないです。色々な雑誌を見たり、友だちと買い物とかに行ってたりたなかで、まだ何がいいのかも判らない年だったけど、ヒップホップ・ファッションが自分は興味があるのかな、かっこいいな、と思ってそれを追っていく、みたいな」
「買い物に行くときは、必ず原宿は行く……雑誌を読んでても、DJをやっていたNIGOさんと(藤原)ヒロシさんの“Hip Hop チャート”のページは必ず読む、みたいな感じの……そんな中学2年生でした(笑)」
ZEN-LA-ROCK
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例えばNEIGHBOURHOODの滝沢伸介やC.E.のSkate Thingのような、メジャー・フォースの周囲にいてやがてファッション業界で活動するようになった人々、もしくはZEN-LA-ROCKとFNCYのメンバーのように、多くのクリエイターが直接・間接的にメジャー・フォースの持っていた東京カルチャーのスタイルを受け継いでいった。
どの時代のどのクリエイターも必ず前の時代に影響を受けて作品を作り出すが、メジャー・フォースの人々は、ヒップホップ、パンク、スケートなどストリート・カルチャーをインプットとして、音楽、ファッション、デザインをアウトプットとし、そこに文学や映画に20世紀のデザイン、カルチャーを巧みにミックスした。
中西俊夫がいたグループ、プラスチックスに“Copy”という曲があるが、カルチャーにオリジナルはないことを知った新しい世代の東京のカルチャーのスタイルは、結果的にオリジナルなスタイルを持つことになった。
30年前に藤原ヒロシや高木完やその周囲の人々がロンドンのパンクとヒップホップのスタイルをミックスした当時、誰が21世紀のアメリカのラッパーがセックス・ピストルズのTシャツを着ることを予想しただろうか?
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次回、連載第三回目は最終回!

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