深田茉莉
© Ayako Yamamoto
スノーボード

スノーボーダー深田茉莉の素顔「地道に、真っすぐに!」

「目の前の1本に賭ける」。そのシンプルな想いで世界の頂点に立ったのは、まだ18歳の深田茉莉(ふかだ・まり)。華やかな実績の裏で、彼女はどんな日常を送り、何を考えているのか。等身大の言葉から見えてきた、次世代女王の素顔。
Written by alex shu nissen Edit by Hisanori Kato
読み終わるまで:7分Published on

© Ayako Yamamoto

競技スタートからわずか2年半でW杯のビッグエアに初出場し優勝。さらに2025年2月のW杯スロープスタイルでも頂点を極めた、今もっとも注目を集める日本人ライダーの深田茉莉
01

あるコーチとの出会いがすべての始まり

ほんの30分教えてもらっただけなのに驚くほど成長できました
「お兄ちゃんとお姉ちゃんが滑っていて、楽しそうだなと思ったのが最初です。スノーボードが身近な存在だったので、自分も自然と始めていました」
きっかけは、家族の背中だった。愛知県出身。雪が少ない地で育った深田選手は、岐阜のスキー場に通ってトレーニングしていたという。「本気でやろう」と思えたのは13歳。彼女の競技人生を変えたのは、あるコーチとの出会い。
「あの人、大塚健くんにも教えてるすごいコーチなんだよって。たまたま愛知の施設に来ていたコーチに声をかけて、少しだけ練習を見てもらったんです。ほんの30分ほど教えてもらっただけなのに、エアの高さも全然変わって、驚きました。この人は何か違う、この人にもっと指導してもらいたいって」
 

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地元の練習施設で偶然出会ったのは、中国の金メダリスト・シャオミンなどを育てた佐藤康弘コーチだった。それからの毎週末、両親のサポートのもと、佐藤コーチが拠点としている埼玉へ通う挑戦の日々が始まる。
「もともと上手い方ではなくて、最初は普通の女の子っていうか、そこらへんにいる子だと思われてたんじゃないですかね(笑)。わざわざ埼玉まで行っているから、『この子、熱意はあるな』ぐらい。コーチが他のトップ選手の指導に忙しくて、海外に行ってる時でも、私は動画を撮って送り続けてました」
この出会いは、深田の競技観を一変させた。今のコーチに出会っていなかったら、スノーボードは辞めてたかもしれないと語る。そんな彼女は、後に世界の頂点に立つことになる。
02

偶然じゃない。負けず嫌いが引き寄せた頂点

練習しないとなんだか不安。それにドキドキやハラハラがない人生なんてつまらない
「正直、ワールドカップで勝てるなんて思ってなかったです。できる技をやったら、周りがあまり調子良くなくて……ちょっと勝っちゃった、みたいな(笑)」
初出場にして初優勝。その快挙を本人はさらりと謙遜しながら振り返る。ただ、当たり前だが、運だけでは勝てる世界じゃない。深田茉莉を語る上で欠かせないのが、ひたむきに前進し続ける性格。2年半の急成長の理由もここにある。
「最近は7時間くらい練習することもあります。人と比べちゃいけないけど、結果だけじゃなくて、“挑戦する気持ち”も負けたくなくて。人より先に練習を終えたくないとかも思っちゃいます。いちばん早く来て遅く帰るみたいな。そういう時に自分って負けず嫌いなんだなって実感しますね。めちゃくちゃ元気な10歳ぐらいの子どもたちでも、張り合ってしまいます(笑)」
 

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コーチ曰く、深田選手は誰よりも負けず嫌い。約20本のジャンプを1時間で行うこともあり、これは通常の選手の5倍以上とも言われる。悪天候で他の選手が練習を終える中、彼女は跳び続ける。7時間もジャンプを繰り返せば、ジャンプ台の階段を登るだけで飛ぶ前から脚はパンパンに違いない。
「不安なんです。基本的に好きなんだと思います。やっていないとつまらないし、ドキドキやハラハラがないので、練習したくなっちゃいますね。飛んでない日は、なんか“味がしない”感じがするというか。あと、疲れてるとか、もういいやとか、そういう自分の気持ちだけで決めたくない。そう考えると、結局やるしかないんです」
体力の限界と気持ちの焦り、そのギリギリのラインを何度も超えながら、彼女はストイックに競技と向き合う。下を向きそうになった時でも、コーチ、家族、仲間たちのことを考えると、自分は1人で戦ってるのではないなと、力が湧いてくるのだ。
03

挫折から立ち直る唯一の方法

練習をやめないこと。そうすれば、また必ずチャンスがやってくる
自分の競技人生の転機を彼女は振り返る。1つ目は、佐藤コーチと出会ったこと。そしてもう一つは、挫折を知ったこと。この経験が、深田を“勝てる選手”へと変えていった。
「2年前のシーズンは調子が悪くて、途中から大会に出ないで3ヶ月ぐらい中国で特訓してたんです。
あの冬は人生で一番練習したと思います。言い訳できないぐらい練習したのに、それでも結果が出ない。向いてないのかなって心が折れかけました」
地獄の特訓を経た次の大会でまさかの予選落ち。これだけやったから大丈夫だと、信じて臨んだ大会だった。まだ足りないのかと涙を流していた彼女の絶望感は想像を絶する。では、どうやって、そんな苦境からパフォーマンスを立て直したのだろうか。返って来たのは意外にもシンプルな答えだった。
「特に何かをしたわけではなくて。ただ、練習をやめなかっただけですね。練習を続けていれば、次のチャンスは来ると思ったから。またすぐ特訓の日々に戻りました。この期間が結果的にワールドカップスロープスタイルでの初優勝に繋がりました。あの時に諦めなくて良かったなって今では思います。」
 

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心が折れかけた。でも、止まらなかった。口で言うのは簡単だが、なかなか実践できることではない。
“平凡なことを毎日平凡な気持ちで実行することが、すなわち非凡なのである”。ノーベル文学賞作家・アンドレ・ジッドの言葉の通り。どこにでもいる普通の少女が、どこにもいない特別な選手へと進化していく、その理由がここにあった。どれだけ優れたコーチがいても、明日強くなれる魔法などない。世界で戦うトップアスリートも(私たちも)毎日コツコツ積み上げるしかないのだ。
04

勝負の鍵を握る自分らしさ

同じ技でも、自分がどこに着目して人と違いを出せるかで結果が大きく変わる
得意種目はビッグエア。だが、スロープスタイルにも同時に挑み続ける。どちらも出場し、どちらも極めたい。それが彼女のスタンスだ。
「どっちも好きですけど、ビッグエアは1本勝負。とにかく回して、高さと着地で決めます。1本のジャンプにすべてを詰め込む競技。スロープはアイテムの選び方、構成力、スタイルで差が出ます。コース全体を通して“自分らしさ”をどう表現するかが問われます。それぞれ魅力があるんです」
 

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現在は2026年ミラノに向けて、1440(4回転)+独自のグラブスタイルを磨いている。近年は高回転だけでなく“グラブ”が結果を大きく左右する。
「1440は一度の大会で3~4人以上はやってくると思います。高回転は絶対に必要で、その中で違いを出せるのは、エアの高さと、どこをどうつかむか、“グラブ”です」
同じ回転でも、グラブの位置、つかみ方ひとつで、空中の姿勢、回転スピード、シルエットが大きく変わる。それだけ見栄えが変われば、同じ技でも、もちろん評価も変わってくる。
「最近は、グラブの“かけ方”で勝敗が分かれることも多いです。誰もやらないような位置で、誰もやらない組み合わせを、綺麗に決めたいですね。動画はもちろん、写真で見た時のカッコよさも全然違うと思うので、空中での姿勢では手の位置にも注目すると面白いと思います」
05

2026年の大舞台で見せる新しい私

支えてくれている人たちに自分の滑りで「ありがとう」を伝えたい
これまでも実績は十分に残してきた。世界トップクラスのスロープスタイル&ビッグエア両方で表彰台に上がる力があることを、数字と記録が証明している。
そして、2026年のミラノ・コルティナ、世界が注目する国際大会へ向けて、挑戦は続く。
「競技人生はこれからなので、一つの通過点だと思ってます。でも、勝ちたい。たくさんの人に見てもらえる一番大きな舞台。ずっとここを目指してきたので、いろんな人に見てもらいたい。支えてくれた人たちにも届けたいし、夢を持つ子どもたちの記憶にも残る滑りをしたいなって思います」
これまで支えてくれた家族や仲間、環境、すべてに対する感謝とともに、「見せたい」「届けたい」と心から願う場所だ。
いつも笑顔で飾らず、等身大。でも滑るときは真剣そのもの。そんな素直さが、深田茉莉選手の強さの根っこにある。
「これまでの自分を超えることを常に目指しています。支えてくれている人たちがいるから、もっと先に行きたいと思えるんです。応援してくれる人たちに、自分の滑りで“ありがとう”を伝えたいですね」
一本一本のジャンプが未来の自分をつくる。挑戦を続ける日々の中で、今日も深田茉莉は“過去の自分”をまた一つ、超えていく。
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