難しくて大変な仕事、大量のEメール、燃え尽き症候群など、プロフェッショナルアスリートたちが直面している試練や苦難は世間で考えられているほど別世界のものではない。
01
追い込みと休息のバランスを取る
職業・業種を問わず、「自分自身を追い込むタイミング」と「燃え尽きを防ぐために休むタイミング」のバランスを見つけることはアスリートとごく一般的な労働者に共通するテーマだ。
ケイト・コートニーはワールドカップをはじめとする世界トップレベルのレースで優勝経験を持つMTBクロスカントリーライダーだが、彼女は、起床後にモチベーションの低下を感じているときは、自分の身体の声に耳を傾けることが重要だとしている。
「私のモチベーションの低下は、主に疲労が原因です」とコートニーは説明する。
「ハードにトレーニングへ取り組むと、身体が “ちょっと休ませて” と訴えてきます。だからといって、少し疲れただけで止めるわけではありません。言うまでもなく、トレーニングは私の仕事の大きな一部ですから。重要なのは、身体からどのようなフィードバックを受け取っているのか理解し、それらを有効に活用することです」
「ですので、私にとって、フィードバックの有効活用とはちょっとした微調整を意味します。 “今日はいつもより少し疲れているから、極限までハードなワークアウトは避けよう”、または “今日1日ですべてを仕上げなくても問題ない” と言い聞かせます。身体の声を尊重すべき日を見極め、その1日を最大限有効活用して、別の “勝利” で終えることが重要です」
コートニーのスケジュールには休息を取れるだけの柔軟性が備わっている。彼女は、この柔軟性が職場によっては許されないことを認めつつ、普段の生活に十分当てはめられると考えている。
「一般的な職場でも同じことが言えると思います。誰にでも、エナジーと集中力に満ちている日があれば、それらを充電しながら次の日に向けて準備するだけの日があるはずです」
02
メンタルヘルスを保つ
コートニーが語っているマインドセットの大部分にはメンタルヘルスとセルフチェックが関わっている。時間をかけて “今・この一瞬” だけに集中する方法とその集中を1日維持する方法を学び、自分のメンタルヘルスを最優先できるようになることを目指したい。
ロードサイクリング界きってのスプリンターとして知られるジャスティン・ウィリアムズがメンタルをポジティブに保つために採用している方法は “アプローチの転換” だ。彼は物事がプラン通りに進まないときにアプローチをすぐ変えられるようにしている。
「僕にとっては、困難な状況に柔軟に対応して、それをありのまま受け止めることが重要です」とウィリアムズは切り出す。
「起きたことに対応するのではなく、 “万物は流転する” という心構えをあらかじめ持っておくのです。変化は絶対に避けられません。ですので、僕は変化を冷静に受け止めるようにレジリエンス(回復力)を高めてきました。変化が起きたらすぐに気持ちを切り替えて、置かれている状況で最大限の結果を出せるようにしています」
「このアプローチは僕のメンタルにすごく効果的です。なぜなら、物事は必ず変化するという心構えがあれば、自分のプラン通りに進まなくても途方に暮れることがないからです。僕はこれを重視してきました」
韓国出身で現在は米国で活躍するDassyは、プロダンサーとしての目まぐるしい生活では、ときに立ち止まって心の平穏を見出すことが重要だとしている。COVID-19パンデミックの影響を受け、これまでとは異なるライフスタイルへの適応を余儀なくされている私たちと同様、Dassyも時間をかけて内省し、ダンスとは違うクリエイティブな表現にエナジーを注ぐことで自分の仕事への新しいアプローチを見出した。
「がむしゃらに進み続け、燃え尽きてしまったところにパンデミックが起きました」とDassyは回想する。
「時間をかけて自分を本気で見つめ直し、自分がやりたいことを自問するのは今回が初めてでした。最初の頃はかなり気持ちが落ち込みましたね。というのも、ダンサーの世界では交流がとにかく必要なのに、ひとりでトレーニングする以外に何もできない状況になってしまったからです」
「何回かインスタグラムでダンスバトルもしましたが、おかしなことにWi-Fiの接続状態が一番良いダンサーが勝ってしまったんです(笑)。ですので、まったく気持ちが盛り上がらず、スマートフォン越しのバトルは止めました」
「それで、自分をハッピーにするためにダンス以外に時間を注ぎました。それが絵でした。絵を沢山描いたことで、自分のダンスをよりクリエイティブな方向へ導けました。絵を描いたのは私にとってとても効果的でした」
この点について、コートニーは、種が実を結ぶ瞬間や、休んでいる時間や仕事以外のことに集中している時間が自分のキャリアにより大きな結果をもたらしてくれる瞬間を体験してきたとし、次のように説明する。
名門スタンフォード大学で人間生物学を学んだコートニーは「私はこのことについて色々と考えてきました。単純なメンタルとフィジカルの範囲を超えていると思うのですが、何かに対して高いレベルで取り組んでいる人たちを見ていると、彼らにはまた別の特徴があることが分かります」と語り、さらに続ける。
「私はこれをアルケミー(錬金術)に例えているのですが、色々な組み合わせや存在がまったく説明できない形でひとつにまとまるときがあります」
「実際に目で確認できる機会は多くはないですが、私が特に好きなのは、クリエイティブなキャリアにおける “種が実を結ぶ” 瞬間です」
「Dassyにとっては、ダンスバトルの機会を減らして絵を描いていた時間が “種蒔き” にあたります。彼女はある種の引きこもりを通じて自分のために時間を使ったあと、そのすべてが結実する素晴らしい体験を得たわけですが、おそらく彼女自身もそのような成果が得られるとは予想していなかったはずです」
「ですが、現代社会には、地道な “種蒔き” をする時間や、物事の核心・存在・道筋を見出し、それらをパフォーマンスに還元する "錬金術" の時間がそれほど多く与えられていないと思います」
03
アクションワードと目標を設定する
スポーツと仕事のどちらにおいても、混沌・混乱を乗り越えて種を収穫する方法が存在する。ウィリアムズのアプローチは、マセケラと同じで、「特定の目標の他に、日常生活全体のための "アクションワード”(行動の指針となる言葉)を用意する」だ。
アクションワードを用意すれば、特定の目標の他に、人生の目標を目指して日常生活を送れるようになる。生活の一部だけではなく、生活のすべて、自分のやることすべてで目標達成型の思考が持てるようになるのだ。マセケラは次のように語っている。
「僕があなたたちのようなアスリートをすごいと思う理由を挙げましょう。あなたたちがパフォーマンスをするとき、世間は目の前で展開されることだけで判断します。つまり、あなたたちは一瞬でジャッジされる世界に生きているのです」
「また、あなたたちが世間からは絶対に見ることができない自分の核に大きな自信と信頼を持っていることも尊敬しています。あなたたちのおかげで、僕も人前に立って自分をさらけ出す勇気を持てています」
「すべては過程ですよね?」とウィリアムズは問う。
「道のりについて常に深く考えながら、楽しんで進んでいくことが重要だと思います。目的地に到着できたと思えるのなら、それはそこまでの道のりでちゃんと努力をしてきたということになりますよね」
「今年になって気付いたのは、 “困難な状況になっても冷静に取り組めばいい。これまでと変わらず自分のために時間をかけ、忍耐と理解を得ていこう” ということです」
「常に変化する世界に生きている私たちは柔軟でいる必要がありますし、困難な状況でも柔軟に対応できなくてはいけません。この発見は僕にとって大きな前進になりました。このようなアクションワードは、集中して自分の感覚に意識を向けるために重要です」
04
ルーティンを用意する
では、然るべきタイミングで努力を結果に変えるためには何が必要なのだろうか? 共通点はルーティンのようだ。
“今・この一瞬” に集中させてくれる儀式は、ワールドクラスのパフォーマーたちがここ一番で用いており、幾度となくその効果を証明している。これを迷信と呼ぶ人もいるが、コートニーはルーティンには柔軟性が不可欠だとしている。
「私のルーティンは、迷信とは違いますね。良いルーティンや儀式の条件は "できないときがあっても問題ない" です。特にシーズン中は、自分たちがどんな場所へ向かうのか、レース前にどれだけの時間があるのかが分かりません」
「ともあれ、私の場合は、パフォーマンス用のマインドセットに切り替えられて、自分が積み重ねてきたすべてのハードワークを思い出せるルーティンを用意しています」
「レース前は普段のハードなワークアウトの前と同じ内容の朝食を摂り、いつもと同じレッドブル エナジードリンクを飲み、いつもと同じ時間にレース会場へ到着するようにしています」
「パフォーマンスの違いを生むのはそのような朝食メニューではないですし、ローラー台での20〜30分でもないのですが、このような普段と変わらない習慣は、自分が1年を通じて積み重ねてきた努力を思い出させてくれるので、モードが思考から信頼へ切り替わり、自分の努力の成果を収穫する準備が整います」
しかし、ルーティンのアドバンテージは、目の前のタスクに集中できる精神的余裕を与えてくれることにある。ウィリアムズは次のように簡潔にまとめている。
「ルーティンは頭にスペースも与えてくれます。ルーティンを用意すれば、自分が何をしたら良いのかについていちいち考える必要がなくなります。そして、考える必要がなくなれば、レースだけに集中できます」
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