NSX SGT 2021
© Sho Tamura / Red Bull Content Pool
ストックカー

あの大先輩に「タイヤ」についてド正直に訊いてみた。

SUPER GT/SUPER FORMULAのアレやコレに切り込む【新連載】。初心者にこそ読んで欲しい「ちょっぴり目線の異なる」モタスポトーク。
Written by 中三川大地
読み終わるまで:11分最終更新日:
※注:2021年3月5日時点の情報をもとにした記事です。
国内モータースポーツの魅力を、プロっぽく切り取ってみたい。そこでモータースポーツ専門誌「オートスポーツ」の編集長、田中康二さんに突撃インタビュー。第一回はTEAM Red Bull MUGEN&ダンロップコラボを前にした「SUPER GTのタイヤのお話」。
自動車系モノ書きとして取材を続けてきたワタクシ中三川(ナカミガワ)の実感として、レース業界の人たちって、すぐにタイヤの話をしたがるんです。とは言ったって、たかがタイヤですよ。クルマのひとつの部品に過ぎない。でも、そのタイヤだけで朝まで熱く語り合えちゃう、その理由を聞いてみようかと思います!
NSX SGT 2021

NSX SGT 2021

© Sho Tamura / Red Bull Content Pool

01

無限、ダンロップ始めました

――真っ黒なボディカラー。いかにもホンモノ感あふれるカーボンの質感。めちゃくちゃカッコいいですね。でも、これ、3月だけの期間限定カラーらしく、レース本番になったらいつものレッドブル・カラーに戻すんだそうです。
田中 まるでダンロップの黄色いロゴを強調させるためだけに黒く落とされた色味。ここ、重要です。
――昨年はレッドブル・ホワイトエディションにちなんで、いっとき白くなっていましたね。今年はてっきり新製品だったレッドブル・グリーンエディションでいくものかと。なのに突然の真っ黒が出てきて、驚きました。そうか、ダンロップの黄色を強調させるためのものだったんですか?
田中 少なくとも僕はそう感じました。このカラーリングを見て、TEAM Red Bull MUGENのダンロップに対する敬意とか、ともに闘おうとする意思表示みたいなものがヒシヒシと伝わってきた。
――今まで、いろんなレーサーとかエンジニアとお会いしてきました。レースの意気込みなんかを聞いてみると、だいたい二言目にはタイヤの話をする人が80%以上。そりゃあ大事なのはわかっていますよ。僕だって偉そうにタイヤを語れたら嬉しい。でも、性能差があるとはいえ、たかがタイヤでしょって思うところもある。タイヤメーカーを変えることにしただけで、色まで塗り替えるなんて。そんなに気合いを入れちゃうもんなんですか?
田中 いや、SUPER GTといえばタイヤです。むしろ、タイヤを競わせるためにSUPER GTがあるんだって言いたいくらいですよ。
――お、そこまで言えるんですね。
田中 「自動車メーカーが何億も投じて、タイヤメーカーを競わせる場を提供しているようなもんだ」って関係者が口にするくらい。それだけ“タイヤ戦争”なわけですよ。
――マシンの闘い、ドライバーの闘いだけじゃないんだぞ、と。
田中 昨今のモータースポーツって、指定されたタイヤを使うワンメイクが主流なんです。あのF1だってそうですよね。タイヤをワンメイクにすれば、そこでの競争はなくなる。要するにタイヤを同じものにして、あとはマシンとドライバー、チーム力で勝負せよ、と。だけど、SUPER GTはタイヤを選べるマルチメイクと呼ばれるもので、各タイヤメーカーが威信をかけて挑戦している。だからタイヤ戦争と言われるんです。
――確かにエントリーリストをみると、マシンとドライバーとチーム名に続いて、必ずタイヤメーカーが書いてある。レース実況を聞いても、いっつも「タイヤがどうのこうの」って叫んでいて、あれもこれもタイヤ戦争だと思えば納得できるような。
田中 現在のGT500クラスは同じ車体(モノコック)を使わなきゃいけないことになっています。TEAM Red Bull MUGENが走らせるNSX-GTだって、市販車のNSXとはかけ離れたフロントエンジンになっているでしょ。あれも規則に従ってのもの。もちろんエンジンだって限られたレギュレーション(ルール)の中で開発している。つまり、あらゆる部分でマシンの性能差がつきにくくなっているので、タイヤの性能差は、ドライバーの腕前と同じくらい、もしかしたらそれ以上に大事かもしれません。
――レース後の表彰台には、むしろタイヤを並べたいくらいですね
田中 そんなオーガナイザーがいたら心からリスペクトするし、タイヤメーカーだって喜ぶでしょうね。実際、タイヤメーカーはタイヘンなんですよ。毎年のように、もっと言えば毎戦ごとにタイヤを改良していかなければ、勝つことは難しい。
――毎戦!? 一見、ただのゴムのカタマリに見えるタイヤって、血のにじむような努力の結晶なんですね。そりゃあ、メーカーを変えたらマシンの色も塗り替えたくなるわけだ。
田中 世の中がワンメイクタイヤのモータースポーツばかりなのは、開発競争するとお金がかかりすぎるというのも大きな理由です。
――それでも、どんなにお金がかかっても、マルチメイクを貫くのがSUPER GTなんですね。その心意気には惹かれました。ドライバーとチームの闘い、その感動ドラマを構築するために裏方に徹しているようなタイヤにこそ、もっとスポットライトを当てたい。せっかくSUPER GTを観るんだったら、タイヤに注目しないだなんてもったいないと思えてきました。
02

TEAM Red Bull MUGEN×ダンロップの反骨精神

田中 そこで今回のTEAM Red Bull MUGENの発表ですよ。カラーリングにも驚いたけど、そもそも彼らがダンロップを選んだことが意外だったんです。
――今、GT500クラスを見渡すと、ブリヂストン、ミシュラン、ヨコハマ、そしてダンロップと4メーカーが見受けられます。
田中 ここ数年の実績を見る限り、正直、絶対王者はブリヂストンです。装着車両も多いし、誰がどうみても最大勢力ですね。で、打倒ブリヂストンだっていってヨーロッパからミシュランがやってきて、本気で勝負をしかけている。ミシュランはあえて装着マシンを絞って、チームと一緒になってマシンとタイヤを開発しています。
――確かにブリヂストンは、今年も9台のマシンに装着されるようです。ミシュランを履くのは2台のGT-R(ニスモ日産)ですね。対してダンロップは16号車(Red Bull MOTUL MUGEN NSX-GT)と64号車(Modulo NSX-GT)。ともにホンダ勢だ。
田中 去年までは64号車が唯一のダンロップだったんですが、今年はそこにTEAM Red Bull MUGENが加わった格好です。
――それでも勢力としては少数派っぽい。SUPER GTの歴史をみても、GT500クラスでダンロップはほとんど勝っていない。
田中 確かに2014年に現行のルールになってからは、2017年の鈴鹿1000kmレースで一度勝っただけ、という寂しい状況が続いています。
――だったらTEAM Red Bull MUGENは、なぜダンロップに活路を見出したんでしょう?
田中 最大勢力を選んで安泰。とは簡単にいかないところが、またSUPER GTの醍醐味でしょうね。ブリヂストンはすでにたくさんのチームに対応していて、供給台数的には限界に近いはず。売り切れ御免状態だと思います。それにね。とあるマシン(チーム)にとっては最強のタイヤでも、それが他では必ずしもベストとは限らない。あとはタイヤ&自動車メーカー同士の関係性とか、まぁここじゃ言えないオトナの事情もあったりなかったり……。
――政治とかビジネスとかおカネとか利権とかまで、色々あったりして。
田中 せっかく精魂込めたスペシャルタイヤをさずけるんだったら、馴染みのある会社に便宜を図ったりするのかもしれませんけど、ま、本当のところはどうなんでしょう。そんなことを夢想しながら観るレースもなかなかオツなものですよ。
――少なくとも、量販店でタイヤを選ぶようにスムーズにはいかない、と。
田中 ちなみに、この4メーカー以外のタイヤを使ってもいいんですが、今のところ誰も名乗りをあげない。「あげられない」というのがホンネでしょう。生半可なタイヤじゃ太刀打ちできないですから。競争があるからこそ、技術の進歩はすさまじい。
――そんな厳しいタイヤ戦争で、ダンロップは反骨精神を持って挑んでいる。よくぞ諦めずに続けてくれた。「大勢力に挑む少数派」っていうのは、我々にとって涙と感動を誘うところです。池井戸潤の小説のようでいて、より応援したくなりました。
田中 『下町ロケット』大好きです。半沢直樹もいいですよねぇ。ほかに『空飛ぶタイヤ』なんていうのも……。そもそも池井戸潤の世界観っていうのはね、タイヤみたいな泥臭さを感じる工業製品、そのモノ作りの神髄に鋭く切り込んでいて……(以下、池井戸談義が続いたので割愛)。で、まるでリアル池井戸小説をゆくのがダンロップなんですよ。実はね、過去にほとんど勝っていないからといって、今年も望み薄ということは決してなくて、むしろ今年は大きな可能性を感じているのです。
――お、それを聞きたかった。どのあたりでしょう?
田中 昨年の時点で、64号車(Modulo NSX-GT)が予選で2回もポールポジションを取っています。つまり一発の速さはもう保証されているわけで、あとは持久力があればいい。
――最初はいいけど、レース後半にかけてタイヤがタレてくるってやつですか。実況アナウンサーの常套文句の。あれ、僕も物知り顔で言ってみたい。
田中 いいタイヤっていってもいろいろある。一発のタイムが速かったり、耐久性に優れていたり。夏が強いとか、冬が強いとか、雨がいいとか。このコースでは速いとか遅いとか。いろいろな性格があるんですよ。もちろん、マシンとの相性もある。ドライバーの技量もある。すごく奥が深くて、もうそれだけで本になっちゃうほど。だからこそマルチメイクの面白さがあるんです。
――本当に物知り顔で言うのなら、オートスポーツ誌を熟読しなければならない。ということがわかりました。
03

タイヤから見た、多角的視点

田中 ちなみに今年はコロナ禍の影響で、GT500は開発が凍結されたんです。メーカー間の話し合いでね、今年は足並み揃えましょう、と。でも、例外としてエンジンとタイヤだけは開発が認められているんですよ。だからどのメーカー(チーム)もタイヤは相当、頑張って作ってくるはず。そうした中でダンロップがどこまで戦闘力をあげてくるのかには注目したいところです。
NSX SGT 2021

NSX SGT 2021

© Sho Tamura / Red Bull Content Pool

――2017年にGT500クラスに復帰した無限としては、復帰後の初表彰台を獲得するなど、昨年のTEAM Red Bull MUGENには大きな可能性を感じました。総合成績では伸び悩んだけれど、調子は良さそう。だとしたらコロナ禍による開発自粛体制は、逆に有利に働くのかもしれない。
田中 NSX-GTは、昨年からフロントエンジン(クラス1準拠)のマシンになったわけですが、新しいマシンの初年度ってかなり苦労するのが通例なんです。でもTEAM Red Bull MUGENのNSX-GTは最初からかなりまとまっていた。今年はさらに期待できると思います。
――そのうえでダンロップが「鬼に金棒」的な存在になればいいですね。
田中 これまでずっと64号車を通して、NSX-GTとのマッチングを含めて開発しているだろうし、今年は2台体制になることで、必然的に得られるデータが倍になる。ブリヂストン勢が強いのは間違いないけれど、そこに食い込む可能性は充分に秘めていると思います。少なくともライバルチームにとって、不気味な存在なのは間違いないでしょう。
――今年のレースでの注目ポイントがわかってきた気がします。
田中 初戦(岡山)はウェイトハンディを積まない完全なイコールコンディションだから、特に予選でのタイムと、決勝でロングランしたときの状況に注目してみてください。あと、シーズンが進むにつれて、どのように進化をしていくのかも楽しみですね。
――長年ずっと勝てていなくて、それでも歯を食いしばって闘ってきたダンロップが、TEAM Red Bull MUGENというパートナーとともに、いよいよ花を咲かせるかもしれない。と、考えると、期待に胸が膨らみます。
田中 SUPER GTに限らず、モータースポーツの見方や楽しみ方は人それぞれ自由でいいんだと思っています。でも、こうやってタイヤを主軸に見立てたような視点は、すごく面白いんだってことを伝えていきたいですね。
――タイヤに注目することによって、単にマシンやドライバーの勝負事として考えるのではなく、全体を俯瞰することができそうです。広い視野で多角的に物事を捉えることで、奥の深さを知ることができて、その魅力が何倍にも膨れあがる。SUPER GTを知れば知るほどタイヤの話をしたくなる、その理由がわかりました。
田中 この視点の持ち方って、SUPER GTに限ったことではないし、もっと言えばモータースポーツに限ったハナシでもないのかな、と思います。
――とっても勉強になりました。ありがとうございました。強敵に挑んで勝利をもぎ取る「TEAM Red Bull MUGEN&ダンロップ」を早く観たいです!
(連載① おしまい)
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【取材協力】オートスポーツ