Red Bull Kumite New York in Brooklyn, New York on March 17, 2024
© Todd Owyoung / Red Bull Content Pool
eスポーツ

当事者たちが振り返るニューヨーク格ゲーシーンの特長と魅力

【Red Bull Kumite 2024】をホストしたニューヨークには活気溢れるFGC(格闘ゲームコミュニティ)が存在する。シーンを支えてきたプレイヤーたちが特色や思い出を語った。
Written by Brandon Brathwaite
読み終わるまで:10分公開日:
9回目の【Red Bull Kumite】の会場に舞った紙吹雪は片付けられた。
【Red Bull Kumite 2024】世界最強の格闘ゲームプレイヤーたちニューヨークの格闘ゲームシーンのレガシーを組み合わせることで興奮と誇りの週末を生み出した。このアイコニックな格闘ゲームトーナメントシリーズの最新回は、ニューヨークのシーンのエートス(精神)を支える “日々の活動” のひとつとして記憶されるだろう。
ブルックリンで開催された【Red Bull Kumite New York】で優勝したMenaRD

ブルックリンで開催された【Red Bull Kumite New York】で優勝したMenaRD

© Todd Owyoung / Red Bull Content Pool

ニューヨークのシーンに関わるすべてのプレイヤーは、この都市特有の激しい競争からそれぞれのストーリーを得ている。彼らのストーリーは “ニューヨークでしか得られないもの” であり、この都市の格ゲーコミュニティ(FGC)のフォークロア(伝承)だ。今回は、当事者たちが語ってくれた “ニューヨークをニューヨークたらしめている” ストーリーをいくつか紹介しよう。
01

「場所を作れば人は来る」

By Joe “LI Joe” Ciaramelli
ある日、Henry Cen(ニューヨークのアーケードChinatown Fair元マネージャー)が『ストリートファイターIV』の基盤を手に入れたと言っていました。日本から個人輸入した彼は、自作のアーケード筐体を2台所有していました。モニターやコントローラーもすべて自分で組み立てたその筐体は、公式のアーケード筐体とは別物でした。
ここから色々とネガティブなことを言うかもしれませんが、すべては愛から来るものです。壁の穴を開けただけのあの薄暗くて汚くて臭いChinatown Fairへ入ると、『ストリートファイターIV』がインストールされている日本風の自作アーケード筐体が置かれていました。
当時はこのような筐体を持っている人が米国国内に他にも2人いたと記憶しています。ひとりは知人で、もうひとりはカリフォルニアに住んでいました。
話を戻しますが、当時は毎日コンサート会場へ出向くような感じでした。アーケードに到着してから筐体に辿り着くまで2分もかかりました。なぜなら、筐体の周りに人だかりができていたからです。
筐体の側面には黄色のルーズリーフがぶら下がっていて、プレイしたい人はそこに名前を書くきまりになっていました。順番が来ると店員たちが名前を呼ぶわけです。「ジョー? ジョーはいるか? 順番だぞ」と。
【Red Bull Kumite New York】の会場Greenpoint Brooklynへ入場するために列を作るファン

【Red Bull Kumite New York】の会場Greenpoint Brooklynへ入場するために列を作るファン

© Ryan Muir / Red Bull Content Pool

クレイジーだったのは、当時はほとんどのタイトルが1プレイ50セントで、古いタイトルの中には1プレイ25セントもあったはずですが、『ストリートファイターIV』は1プレイ1ドルだったということです。しかも、1プレイ最大6連勝に制限されていました。
なぜなら、Henryは、Justin(Wong)が絶対にどかないことを知っていたからです。Justinが不在でも、Sanford(Kelly)がいれば彼も絶対にどかなかった。そしてSanfordが不在でも、僕がいれば絶対にどかない。Henryは優秀なビジネスマンでしたので「それは許可できない」と言われましたよ。
ですので、6連勝すると店から「プレイしてくれてありがとう」と言われ、別の2人が筐体に座るというルールだったのですが、僕たちはその場のプレイヤーたちを助けるために5連勝したら6戦目でわざと負けて、対戦相手が座り続けられるようにしました。僕の席に誰かが座ってそのプレイヤーと対戦したのです。
強いプレイヤーが6連勝して完全に入れ替わる代わりに、強いプレイヤーが最後の最後で相手に勝たせてあげていたのです。ごくまれにそうならないときもありましたが、それは対戦しているプレイヤー同士の仲が悪いときでした。お互いにわざと勝ちを譲りたくないので、最終戦はプレイしませんでした。
【Red Bull Kumite New York】のコメンテーターを担ったYipeS、Tasty Steve、James Chen

【Red Bull Kumite New York】のコメンテーターを担ったYipeS、Tasty Steve、James Chen

© Todd Owyoung / Red Bull Content Pool

『ストリートファイターIV』がリリースされたあの当時のアーケードの盛り上がりとあそこに大挙していた人たちが、ニューヨークの格闘ゲームコミュニティを誰も予想できなかった形で再活性化しました。
そして僕はそのような『ストリートファイターIV』のシーンへの貢献を感じ取っていました。その当事者でした。このタイトルをプレイするためにChinatown Fairへ通っていた時代は、僕の人生のハイライトのひとつです。
僕は『ストリートファイターIV』がリリースされる前からChinatown Fairへ通っていましたが、あのタイトルは他とは完全に違っていました。プレイヤー同士の交流という面だけでも史上最高だったと思います。
02

「ワン・フォア・オール、オール・フォア・ワン」

By Javits Arias
【Red Bull Kumite New York】の会場でChris Huと話して、当時の思い出が蘇りました。私たちは『ストリートファイターIV』がリリースされたタイミングでChinatown Fairで出会いました。当時のChrisは寡黙で、何も言わずにアーケードへやってきて、リュウをプレイしていました。誰とも話していませんでしたね。
ですので、私たちはゲーム経由でコミュニケーションを取っていました。ちょっとしたライバル関係と言えましたね。私が彼に勝つと、彼が対抗策を見つけてきて今度は私に勝つというような感じだったからです。話さない会話のようなものでした。
【Red Bull Kumite New York】は大きな盛り上がりを見せた

【Red Bull Kumite New York】は大きな盛り上がりを見せた

© Ryan Muir / Red Bull Content Pool

Chrisについて少し面白い話をしましょう。『ストリートファイターIV』時代、FADC(セービングアタック・ダッシュキャンセル)というテクニックがありました。要するにダッシュでセービングをキャンセルして次の技へ繋げていくのですが、Chrisは昇龍拳からFADCを経由してウルトラコンボへ繋げるプレイを安定して披露できた最初のリュウ使いでした。
Chrisが誰よりも早くこのテクニックを実践できていたので、仲間内で彼は実はテスターなのだろうとジョークを言いつつ、彼にトーナメントへ出るように働きかけました。結果、彼はLI Joeが主催していたEast Coast Throwdown 1へ出場したのですが、素晴らしい活躍を見せました。
Chinatown Fairに集まっていた私たち全員が彼を応援しましたよ。当時の彼は無口で誰とも話していませんでしたが、本当に見事なパフォーマンスだったので私たちも成功を収めたように感じていました。彼の成功を一緒に喜びました。今は最高の友人です。
『ストリートファイター』シリーズの良さのひとつが、このような言葉を交わさない会話です。ゲームを介してコミュニケーションを取り、キャラクターを介して感情を表現するのです。そうやって友人やライバル、敵を得ていくのです。ですので、間違いなく特別ですね。このような経験は他のゲームでは得られないと思います。
03

「真の師とは永遠の弟子である」

By Steven "Coach Steve" Delgado
僕が今でも鮮明に憶えているのは、ブルックリンのThe Arcを初めて訪れたときだ(2009年から2010年初頭頃)。良いパフォーマンスができた『ストリートファイターIV』のトーナメントBattlefield Arcadia Xから1〜2週間経ったタイミングだったと思う。
訪れると、色々な人たちがとにかく上達しようと躍起になっていた。その日の僕はIFC YipesHiroJagoと対戦を繰り返した。3人とも優秀なベガ使いでしたが、スタイルがそれぞれ異なっていたので、彼らと何時間も対戦を繰り返したんだ。
1日で特定のマッチアップ(ブランカ vs. ベガ)をあそこまで上手くできるようになるとは思っていなかった。3人からゲームについて色々なことを学べたし、このマッチアップやプレイヤーとしての僕についてのアドバイスももらえた。
当時の僕は15歳だったけれど、30歳になった今も、彼らを自分のメンターのような存在として見ている。彼らに対しては常に愛情とリスペクトを持っているんだ。
04

「鉄が鉄を鍛える」

By Sean "Shine" Simpson
ニューヨークのシーンの好きなところはライバル関係だ。米国には様々なライバル関係が存在する。
ニューヨークなら有名な東海岸西海岸のライバル関係、NLBC(Next Level Battle Circuit)Wednesday Night Fightsのライバル関係、あるいはニューヨークとサウスのライバル関係などがあるけれど、NLBCやニューヨークをユニークな存在にした要因は、ニューヨーク州内の激しいライバル関係だった。
タイムズスクエアで開催されたイベント

タイムズスクエアで開催されたイベント

© Nicole Fara Silver / Red Bull Content Pool

俺がニューヨークのシーンに参加するようになってから必ずチェックしていたのが、SmugとSanfordのライバル関係だった。2人はニューヨーク最高のライバル関係のひとつだったと思う。
あのライバル関係がいつ始まったのかはよく知らないけれど、SmugがNLBCに通い始めたのは『ストリートファイターIV』時代後期の2012年頃だった。
当時のSmugはオンラインを主戦場にしていて、Sanfordはニューヨーク最強プレイヤーのひとりだったけれど、いきなりSmugがオフラインに現れて、俺たちがノーマークだったキャラクターでSanfordに勝ったんだ。Smugがメインに据えていたダッドリーは苦手なマッチアップが多いキャラクターだったから、トッププレイヤーの多くが避けていた。
【Red Bull Kumite New York】で盛り上がるファン

【Red Bull Kumite New York】で盛り上がるファン

© Todd Owyoung / Red Bull Content Pool

Sanfordは非常に情熱的な男で、潔く負けを認めるようなタイプじゃない。必ず対抗策を見つけて返り討ちにする。でも、しばらくはSmugが優位に立っていて、しかも性格的にトロールになるときもあった。カメラの前でふざけていたんだ。それがSamfordを苛つかせた。彼はSmugの態度を許せなかったんだ。
端から見ていて、2人の間にライバル関係が生まれていくのが分かった。最初はSmugがSanfordに対して大きなリードを築いていたけれど、毎週2人の対戦を観るたびに、熱と緊張が高まっていくのが分かった。
SanfordがむきになってSmugとダッドリーを解明しようとするときがあった。彼があそこまで誰かとの対戦で苦しむのは珍しかった。基本的にSanfordに苦手意識があるプレイヤーはいなかったし、『ストリートファイターIV』では特にそうだった。
だからこそ、2人の対戦は面白かったんだ。ニューヨークのライバル関係について話すときは、『ストリートファイターIV』時代のあの2人を含めなければならない。
05

最後に

今回紹介した4つのストーリーはコミュニティ共有財産ライバル関係に焦点を当てている。ニューヨークはスキルがチャンスを生み、創意工夫が成功へ繋がる魅力的なシーンだ。今回の登場した4人はここで語られている経験によって成長することができた。ニューヨークの格ゲームシーン特有の考え方は、ここに関わる人たちを明るい未来へと導くはずだ。
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