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格闘ゲーム界の"豪傑"が切り取る世界――eスポーツフォトグラファー・大須晶氏のweb写真展 【Vol.1】

© yamamoto yutaro
Written by 山本雄太郎
大須晶氏が手掛けた、世界初の格闘ゲーム写真展"FIGHTING GAME COMMUNITY"のweb出張版。本人コメントとともに、展示された写真&未公開写真を振り返る。
いわゆるビデオゲームの競技シーンが、"eスポーツ"として浸透し始めるよりも遥か以前から、そこに在るプレイヤーたちを撮り続けてきた男がいる。
大須晶氏は、eスポーツフォトグラファーという分野において、格闘ゲームシーンを専門にシャッターを切る唯一無二の存在だ。
格闘ゲーム専門フォトグラファー、大須晶氏。
格闘ゲーム専門フォトグラファー、大須晶氏。
そんな同氏による世界初の格闘ゲーマー写真展"FIGHTING GAME COMMUNITY"(※)が、2019年2月28日をもって大盛況の内に幕を閉じた。
【※ "FIGHTING GAME COMMUNITY"……東京・中野にあるRed Bull Gaming Sphere Tokyoにて、2019年2月1日(金)~2月28日(金)の期間限定で開催された世界初の格闘ゲーマー写真展。クラウドファンディングの後押しを受け、2019年内に関西エリアでも開催予定】
ここでは、そんな大須晶氏の写真展を飾ったショットに加えて、展示会では未公開だった写真も一部公開。本人へのインタビューコメントとともに振り返っていく。

◆コミュニティ主導の大会で躍動する『バーチャファイター』プレイヤーたち

最初にお届けするのは、3D格闘ゲームというジャンルを世に確立させた『バーチャーファイター』シリーズのトーナメントシーン。
"VFR BEAT-TRIBE CUP"は、全国各地のゲームセンターなどが協力して主催する同シリーズ最大級の5on5トーナメントであり、2019年3月23日には第17回目の開催を迎える歴史ある大会だ。
そして、"VF3tb WORLD CUP 2014"は、『バーチャーファイター3 tb』の稼働終了から13年の時を経てコミュニティ主導により開催された、個人戦形式の世界大会となっている。
決勝の大将戦に突入した、"大山ニュートン"大将・板橋ザンギエフ――2010年7月 第11回"VFR BEAT-TRIBE CUP"。
決勝の大将戦に突入した、"大山ニュートン"大将・板橋ザンギエフ――2010年7月 第11回"VFR BEAT-TRIBE CUP"。
悲願の優勝を決めた、"チームイレイザー"副将・ふ~ど――2012年10月 第13回"VFR BEAT-TRIBE CUP"。
悲願の優勝を決めた、"チームイレイザー"副将・ふ~ど――2012年10月 第13回"VFR BEAT-TRIBE CUP"。
13年振りに開催された、『バーチャファイター3tb』世界大会に参加する選手たち――2014年9月"VF3tb WORLD CUP 2014"。
13年振りに開催された、『バーチャファイター3tb』世界大会に参加する選手たち――2014年9月"VF3tb WORLD CUP 2014"。
フォトグラファーであると同時に、プレイヤーであり続けるという生き様を体現する大須氏。彼のプレイヤーとしての原点は、『バーチャファイター』シリーズだ。
同氏は、『バーチャファイター4 エボリューション』の公式イベント"お手並み拝見2 FINAL"で優勝し、特別称号"豪傑"を手にするなど数々の実績を残している。
『バーチャファイター』シーンの名物といえば、いまなおコミュニティ主導でくり広げられる団体戦大会だろう。"VFR BEAT-TRIBE CUP"の歴代写真を見つめて、大須氏はこう語る。
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「歴史が長いだけにプレイヤーの年齢層も幅広く、中には40代のプレイヤーもいます。自分もいま30代後半なんですけど、大会中はだれもが少年の表情に戻るときがありますよね。みんな、『バーチャファイター』をやっているときは、青春時代に帰るんですよ」(大須)
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こうした団体戦トーナメントの撮影では、あえてプレイ中の選手に寄らず、ゲーム筐体を囲むチームメイトやオーディエンスごと切り取るという。
「むしろ、周りのチームメイトのほうが主役まであると思ってるので」と語る大須氏。常にその熱狂の渦中にいたプレイヤーならではの肌感覚だ。

◆"『ストリートファイター』シリーズ冬の時代"を脱したゲームセンター育ちの魔物たち

続いてお届けしていくのは、2008年にリリースされた『ストリートファイターIV』関連のトーナメントシーン。前作から約9年ぶりの最新作として、数度にわたるバージョンアップが加えられた長期稼働タイトルだ。
"GODSGARDEN"は、同名の国内団体が主催する格闘ゲーム大会。第4回となる"GODSGARDEN#4"では『スーパーストリートファイターIV アーケードエディション(以下、スパ4AE)』を使用し、招待選手12名と当日予選の突破選手4名らがしのぎを削った。
決勝トーナメント、開催直前――2011年8月"GODSGARDEN#4"。
決勝トーナメント、開催直前――2011年8月"GODSGARDEN#4"。
対戦相手を待つsako――2011年8月"GODSGARDEN#4"。
対戦相手を待つsako――2011年8月"GODSGARDEN#4"。
オールナイトで行われたイベント終了後、自転車で帰宅するときど――2011年8月"GODSGARDEN#4"。
オールナイトで行われたイベント終了後、自転車で帰宅するときど――2011年8月"GODSGARDEN#4"。
大須氏のプレイヤーとしての原点が『バーチャファイター』シリーズならば、フォトグラファーとしてのキャリアの原点は『ストリートファイターIV』シーンだった。
2011年、『スパ4AE』のトッププレイヤー16名によるシングル大会"GODSGARDEN#4"にて、彼はプロとしての初仕事に臨む。
その肩書きに「大きなプレッシャーは感じなかった」とした同氏。代わりに、ファインダーを通してプレイヤーを見つめた際に再認識した、ある感情について語ってくれた。
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「改めて、大会で戦っているプレイヤーたちがカッコいいなと思いましたね。程良い緊張感を持ってプレイしているから、みんないい顔をしています。『ストリートファイター』シリーズのプレイヤーたちは、『ストリートファイターIV』が出るまで冬の時代を過ごしてきたので、やっと訪れた大舞台に対して気合の入りようが尋常じゃなかった」(大須)
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いまでこそ、ラスベガスのコンベンションセンターを借り切って世界大会が行われるほどの盛り上がりを見せる格闘ゲームシーンだが、「当時の日本はこの規模がほぼマックスだった」と懐かしむ大須氏。
東大卒プロゲーマー・ときど選手の若き日の姿などは、アーケード文化特有の空気感が色濃く残る、歴史的価値も高い一枚と言えるだろう。

◆コンペティションシーンだけに留まらない格闘ゲーマーたちの勇姿

"CAPCOM公式全国大会 春獄節! ~格闘ひな祭り~"は、2012年に開催された『スパ4AE』の3on3トーナメント。前日には、クラブセガ新宿西口店にて5on5形式による前夜祭大会も行われた。
そして、"MAD CATZ UNVEILED JAPAN"は、周辺機器メーカーMad Catzが2013年に開催したゲームイベント。世界各国のトッププレイヤーらによるエキシビションマッチが目玉となったほか、来場者同士の対戦スペースも設けられた。
【web限定公開】2012年3月"スパ4AE全国大会~格闘ひな祭り~前夜祭5on5"。
【web限定公開】2012年3月"スパ4AE全国大会~格闘ひな祭り~前夜祭5on5"。
【web限定公開】2012年3月"CAPCOM公式全国大会 春獄節! ~格闘ひな祭り~"。
【web限定公開】2012年3月"CAPCOM公式全国大会 春獄節! ~格闘ひな祭り~"。
【web限定公開】2013年9月 "MAD CATZ UNVEILED JAPAN"。
【web限定公開】2013年9月 "MAD CATZ UNVEILED JAPAN"。
ここで大須氏がお気に入りの一枚として挙げたのは、2013年の"MAD CATZ UNVEILED JAPAN"でのワンシーン(↑上の写真)
会場で野試合に興じているのは、現在Red Bullアスリートとして活躍するボンちゃん(写真いちばん手前)と、株式会社TOPANGA代表の豊田風佑氏(写真手前から2番目)だ。
自社で数々の格闘ゲームイベントを手掛けるかたわら、プレイヤーネーム"にゃん師"として第一線級の実力を維持する豊田氏の精神は、自身とも通じるところがあると言う。
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「やはり、こういった現場でプレイしていないと、だんだん心が離れていくというか(プレイヤー感情が)わからなくなってしまうものなので。その点、彼(豊田氏)はちゃんとトッププレイヤーたちと混ざってゲームをしてきたので、"そりゃあ面白いイベントを手掛けることもできるよな"と思いますよ」(大須)
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◆格ゲー界のレジェンドがカメラで捉えたシーンの急成長ぶり

次にお届けするのは"ウルトラストリートファイターIV 日本大会"。この大会は、2014~2015年にかけて"東京ゲームショウ"内のMad Catzブースで開催された個人戦トーナメントだ。
国内最高峰の大舞台ということで、国内トッププレイヤーたちがこぞって出場したほか、海外の強豪プレイヤーらも来日参戦。"日本大会"と銘打ちながらも、国際色豊かな大会となった。
次の対戦相手を待つ、ももち――2014年9月"ウルトラストリートファイターIV 日本大会"。
次の対戦相手を待つ、ももち――2014年9月"ウルトラストリートファイターIV 日本大会"。
レディースプレイヤーを瞬殺し、舌なめずりをするえいた――2014年9月"ウルトラストリートファイターIV 日本大会"。
レディースプレイヤーを瞬殺し、舌なめずりをするえいた――2014年9月"ウルトラストリートファイターIV 日本大会"。
東京ゲームショウ閉会間際、凄まじい数のギャラリーの前でグランドファイナルが行われた――2014年9月"ウルトラストリートファイターIV 日本大会"。
東京ゲームショウ閉会間際、凄まじい数のギャラリーの前でグランドファイナルが行われた――2014年9月"ウルトラストリートファイターIV 日本大会"。
【web限定公開】2015年9月"ウルトラストリートファイターIV 日本大会"その1。
【web限定公開】2015年9月"ウルトラストリートファイターIV 日本大会"その1。
【web限定公開】2015年9月"ウルトラストリートファイターIV 日本大会"その2。
【web限定公開】2015年9月"ウルトラストリートファイターIV 日本大会"その2。
コミュニティ愛、ひいてはプレイヤーへのリスペクトに端を発する愛着に突き動かされるがまま、フォトグラファーとしての道を歩むようになった大須氏。
日本において、"eスポーツ"というワードが流行し始める以前から走り続けてきた男だからこそ、"東京ゲームショウ2014"での一幕はとくに印象深いものとして映ったようだ。
ファインダー越しにその光景を捉えた大須氏は、今日に至るまでの(『ストリートファイターII』が社会現象を巻き起こした1990年代以来再びとなる)格闘ゲームコミュニティ隆盛の萌芽を感じ取ったのだった。
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「2014年ごろから、明らかに観戦の人数が増えたんです。"東京ゲームショウ"は閉場時間が17時と決まっているんですが、決勝戦の"ボンちゃん"対"ペペだい"の試合が始まるころには17時を過ぎてしまっていて。それなのに、来場者が足を留めて"何が起こってるのかな"と、見てくれていたんですよ。興味がなかったら素通りするはずの状況で。……この写真を撮ったとき、格ゲー業界は今後ますます広がっていくなと感じましたね」(大須)
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"GODSGARDEN#4"での写真と比べてみればわかる通り、わずか3年で桁違いの規模に成長した格闘ゲームシーンの盛り上がり。
観客も含めてシーンの一部であるという信条のもと画角に収めんとする大須氏の写真だからこそ、そうした情報や熱量がありありと伝わってくる。
大須晶氏のweb写真館 Vol.1は以上となる。
続くVol.2では、2015年~2017年に撮影されたショット。Vol.3では、アメリカ・ラスベガスで毎年開催されている格闘ゲームの祭典"EVO"に関する写真を中心にお届けしていく予定だ。
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