エアレース
レッドブル・エアレース・ワールドチャピオンシップの歴史
2003年にスタートしたRed Bull Air Race World Championshipの歴史をシーズンごとに振り返っていく。
2003年のスタート以来、Red Bull Air Race World Championship(レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ)は世界屈指のエキサイティングなモータースポーツシリーズとして世界的な人気を獲得してきた。
専用にデザインされたレーストラックは入念なリサーチの結果だ。限りなく地面に近い高度を超高速でフライトするために極めてシビアな操縦が求められる。このシリーズに参戦できるのは世界トップクラスのパイロットだけだ。
今回は、レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップが築き上げてきたレガシーをシーズンごとに振り返ってみよう。
2003シーズン
初のRed Bull Air Raceは、World Series(ワールドシリーズ)として2003年に開催された。それまでにないビジュアルスペクタクルを提供したRed Bull Air Raceは瞬く間にファンやパイロットの興味を集めた。記念すべき初レースはこのスポーツの考案者のひとり、ピーター・ベゼネイ(ハンガリー)が優勝した。
2004シーズン
2004シーズンはパイロット11名が参戦した。米国・英国・ハンガリーの全3戦が開催されたこのシーズンの緊迫した戦いを制してワールドチャンピオンに輝いたのは米国人パイロットのカービー・チャンブリスだった。
総合2位にはピーター・ベゼネイ、総合3位にはスティーブ・ジョーンズ(英国)とクラウス・シュロット(ドイツ)が入った。
2005シーズン
2005シーズンはパイロット10名が参戦し、英国・米国・ヨーロッパで全7戦が開催された。米国人パイロットのマイク・マンゴールドが圧倒的な強さを見せて5勝・36ポイントでワールドチャンピオンを獲得した。ベゼネイが32ポイントで総合2位、チャンブリスが21ポイントで総合3位に入った。
2006シーズン
2006シーズンはチャンブリスが独走して8戦4勝・38ポイントでワールドチャンピオンに輝いた。35ポイントのベゼネイが3シーズン連続で総合2位に入り、マンゴールドが30ポイントで総合3位を獲得した。
2007シーズン
2007シーズンのレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップは南米初開催(ブラジル・リオデジャネイロ)を含む全10戦に拡大し、パイロット13名が参戦した。
チャンピオンシップはマンゴールドとポール・ボノム(英国)の間でスリリングなタイトル争いが繰り広げられた。両者共に47ポイントでシーズンを終えたが、優勝決定戦でマンゴールドがチャンピオンに輝いた。総合3位には31ポイントのベゼネイが入った。
2008シーズン
2008シーズンは参戦わずか2シーズン目のハンネス・アルヒ(オーストリア)がヨーロッパ出身パイロット初のワールドチャンピオンに輝いた。
アルヒが優勝したのはブダペストとポルトの2戦だけだったが、7戦で表彰台フィニッシュを記録して61ポイントを稼ぎ、総合2位のボノム(54ポイント)を抑えてタイトルを獲得した。総合3位は46ポイントのチャンブリスが入った。
2009シーズン
2009シーズンのレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップは室屋義秀(アジア人初)、ピート・マクロード(カナダ人初)、マット・ホール(オーストラリア人初)、マティアス・ドルダラー(ドイツ)が新たに加わり、パイロットが15名に増えた。
開幕から第4戦までチャンピオンシップをリードしたアルヒだったが、シーズン3勝を記録したボノムが逆転に成功し、悲願の初タイトルを獲得した。
2010シーズン
2010シーズンにタイトル連覇を達成したボノムは、ワールドチャンピオン獲得回数でマンゴールドと並んだ。ボノムは全6戦でトップ3(優勝2回を含む)入りを果たした。
6戦4勝のアルヒがボノムを僅差で追っていたが、開幕戦アブダビの11位が最後まで響いて総合2位に終わった。総合3位にはもうひとりの英国人パイロット、ナイジェル・ラムが入った。
2014シーズン
2014年、3年の休止期間を経てバージョンアップされたレッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップがスタートした。
ルールとレギュレーションが見直され、共通化エンジンとプロペラが導入され、パイロットのスキルがさらに重要になった新シーズンで圧倒的な強さを示したのはラムだった。
また、チャレンジャーカップが新設され、フランソワ・ルボットやフアン・ベラルデなどの有望なパイロットたちが腕を磨いた。
2015シーズン
2015シーズンはまたも最終戦ラスベガスまでワールドチャンピオン決定が持ち越されたが、このシーズン限りでベゼネイと共に現役引退を表明していたボノムが3度目のワールドチャンピオンに輝き、有終の美を飾った。
チャレンジャーカップでは多数のパイロットがデビューする中、ミカ・ブラジョーがタイトルを獲得した。
2016シーズン
2016シーズンはドルダラーがドイツ人パイロット初のワールドチャンピオンに輝いた。ドルダラーは最終戦前にタイトルを確定した初めてのパイロットにもなった。
インディ500の開催地として知られるインディアナポリス・モータースピードウェイ初のレッドブル・エアレースが開催されたこの記念すべきシーズンのチャレンジャーカップはフロリアン・バーガーが制した。また、このシーズン限りでラムが現役を引退した。
2017シーズン
2017シーズンは、Red Bull Air Race史上屈指の熾烈なタイトル争いが展開された。
開幕戦アブダビでは、初優勝が長らく待たれていたマルティン・ソンカがライバル勢を圧倒して優勝を手にしたが、シーズンは彼の思い通りの展開にはならなかった。
室屋が第2戦サンディエゴと母国レースの第3戦千葉で連勝して逆襲を開始すると、ソンカも第6戦ポルトで優勝する。そして続く第7戦ラウジッツリンク(ドイツ)で室屋が優勝した結果、ワールドチャンピオンはシーズン最終戦で決まることになった。
2017シーズン最終戦はインディアナポリスで開催され、タイトルを争うソンカと室屋はラウンド・オブ・14でいきなり激突した。そのラウンド・オブ・14は室屋が勝利。パイロンヒットを記録したソンカのタイトル獲得の夢は潰えたかに思われた。
しかし、難しい天候コンディションで他のパイロットたちのタイムが低迷し、ソンカは敗者最速としてラウンド・オブ・8に進出。室屋とソンカはそのままファイナル4へ進出するが、ここで最終フライトを担当した室屋がトラックレコードを叩き出して優勝。室屋は悲願の初タイトルを獲得した。
2018シーズン
2018シーズンは、史上最僅差のタイトル争いとなった。最終戦を前にパイロット3名にタイトル獲得の可能性が残されており、首位マイケル・グーリアン、2位ソンカ、3位マット・ホールが7ポイント差に収まっていた。
ラウンド・オブ・8でソンカがグーリアンに勝利して、タイトル獲得の権利はソンカとホールに絞られた。続くファイナル4でホールが目覚しいタイムを叩き出し、残すフライトはソンカとなった。
またしても最終戦のファイナルフライトまでワールドチャンピオン争いがもつれ込んだが、今回はソンカが0.304秒差でホールを下し、初タイトルを獲得した。