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『Rising Thunder』:知力への挑戦

入力よりも戦略を重視した革新的な格闘ゲーム『Rising Thunder』の開発経緯を開発者と共に追っていく。
Written by Jon Partridge
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『Rising Thunder』

『Rising Thunder』

© Radiant Entertainment

Seth Killianは格闘ゲームコミュニティの有名人だ。ビッグトーナメントへプレイヤー兼コメンテーターとして参加し、『ストリートファイター』シリーズでカプコンと仕事もしてきた、自称「SFの大ファン」である彼が、自分の道を進み、独自の格闘ゲームを制作するのは不可避だったと言える。
そして2015年現在、自分をモチーフにしたキャラクターを格闘ゲームに登場させたあと(『ストリートファイターIV』のセスと『Divekick』の最終ボスS-Killは彼をベースに生まれたキャラクターだ)、KillianはEVOの創設者であるTom Cannon、Tony Cannon 兄弟や数々の著名なプロデューサーを擁するRadiant Entertainmentと共に、独自の格闘ゲームの制作を進めている。その作品『Rising Thunder』は、現在リリースされているどの格闘ゲームとも異なる。巨大ロボットが1対1で戦うこのゲームは、ボタンひとつで波動拳のような必殺技が繰り出せるため、プレイヤーの戦略が前面に押し出されている。
現在『Rising Thunder』はアルファリリースの段階にあるが、今回はKillian本人へインタビューを試み、この格闘ゲームの狙いや、『ストリートファイターIV』での仕事で独自の格闘ゲームの開発に活きた部分、また、このゲームがEVOに必ずしも含まれない理由などについて話を聞いた。
Killianは元々『ストリートファイター』シリーズの大ファンで、トーナメントプレイヤー兼アナリストとして活動していたが、ほとんどのゲーマーが「人生最高のチャンス」と言うはずの、『ストリートファイター』シリーズの制作に実際に関わったという貴重な経験を持つ。Killianは1991年から『ストリートファイター』をプレイしている。毎夏アーケードに通い詰めてコンボを磨いてきた彼は、EVOの『ストリートファイターIV』ではビッグマッチのコメンテーターも務めてきた。「学者の道に進もうと思っていたんだけど、『ストリートファイターIV』の開発が始まった直後にカプコンから参加してくれって頼まれてさ。もちろん、そのチャンスを棒に振るわけにはいかなかったよ」
その後、カプコンは『ストリートファイターIV』は当然のこと、『スーパーストリートファイターIV』、『スーパーストリートファイターIV:アーケードエディション』、『ウルトラストリートファイターIV』など複数のシリーズ展開を7年以上に渡って展開し、各バージョンで新キャラクターやゲームプレイの変更、新機能や新ステージなどを盛り込んできた。その間、Killianはコミュニティ・マネージャー(正式名称はオンライン&コミュニティ戦略マーケティングディレクター)として従事したが、それ以上の仕事もこなしてきた。彼はコミュニティの顔として機能しつつ、トーナメントで優勝し、『ストリートファイターIV』の調整にも長年力も貸してきたのだ。まさに格闘ゲームファンには理想の仕事と思えるのだが、何故独自の道を歩むことに決めたのだろうか?
「僕はカプコンを辞めて、PlayStationのサンタモニカスタジオへ移って、リードデザイナーとして働いたんだ。でも、ビッグトーナメントのコメンテーターは続けていたよ。僕は格闘ゲームが本当に大好きだし、多くの人は僕のことをEVOのようなトーナメントを通じて知っているんだ」
その結果生まれたKillianの格闘ゲームは他とは完全に違う内容になった。次世代機クラスのグラフィックの中で、巨大なロボットが動き回る − そう、このゲームには兵士のようなルックスの格闘家や巨躯のレスラーや、半裸のルチャドールもいない。しかし、大きな違いは、このゲームは派手な技を繰り出すのに複雑な入力やコンボに頼らなくても良いという点だ。それぞれの技に対応するボタンを押すだけで出せるので、波動拳のような必殺技がボタンひとつで繰り出せる。弱・中・強の攻撃(キーボードのJ・K・L)もあるが、必殺技を繰り出すには別のボタンを押せば良い。そしてその必殺技は各キャラクターに3種類備わっている(キーボードのU・I・O)。非常にシンプルなシステムだ。これはビギナーの助けになるだけではなく、心理戦や距離、足払いなどにウェイトを置くことで、全プレイヤーをイーブンな立場で戦えるようにしている。
また、このゲームはオンライン対戦にも対応できるように開発されている。ラグを解消するGGPOがバックエンドに設けられており、しかも無料でプレイできる。「トーナメントで使用されているすべての格闘ゲームは、いずれ無料プレイのモデルを導入するようになると思うよ。でも、何よりも理にかなっていると思う」
「格闘ゲームは難しいんだ。『Rising Thunder』はボタンひとつで必殺技が繰り出せるけど、それでも難しい。ビギナーは沢山のことを学ばなければならないし、コアストラテジーを学んで成長する過程には辛い部分もあると思う。ひたすら負け込む可能性があるゲームで、僕たちはお金を取りたくなかったんだ」
『Rising Thunder』

『Rising Thunder』

© Radiant Entertainment

「あと、素晴らしいトーナメントを開催するために無料は最適のモデルだと思ったんだ。トーナメントへの障壁を取り外すことは、僕たちがこのゲームを開発する大事な理由のひとつなんだ。60ドルでゲームを買って、それから何ヶ月も技を学んでようやく基本的なプレイが出来るようになるというのが理由で、格闘ゲームをプレイしない世界レベルのプレイヤーは沢山いると思っているんだ」
Killianは続ける。「もしデザイナーが波動拳やアッパーカットを中心にゲームを開発しているのだとしたら、そういう技は他の通常技と一緒に最初から出せるべきだよね?」
チェスに例えれば、各駒の動き方を知ってさえいれば、とりあえず盤上を動かせるが、戦略を組、相手の先読みをして駒を動かしていくのがこのゲームの核だ。これこそが、KillianとRadiant Entertainmentがこの新しい格闘ゲームで目指している部分だ。『Rising Thunder』は反応速度や暗記力ではなく、知力が問われるゲームなのだ。上・右上・右? それとも上・右上・右+弱P・強K同時押し? 昇竜拳の入力は? 当てるには何フレーム? このような複雑な入力は多くのプレイヤーを混乱させる。
Rising Thunderを開発しようと思った理由について、Killianは「格闘ゲームは素晴らしいジャンルだし、僕は大好きだ。でも、必殺技の入力は基本的に一番面白くない部分だよね」と回答し、次のように続ける。
「格闘ゲームで生まれたシステムの多くは、様々なタイトルで流用されている。攻撃のキャンセルや各キャラクターの特殊能力、それにスーパーコンボやパワーゲージなどのシステムは、他の様々なジャンルのゲームでも使用されている。でも、方向レバーとボタンを複雑に入力して必殺技を出すというシステムを流用しているジャンルは事実上ゼロだよ。加えてもおかしくないはずなのに、誰も加えていない」
「このシステムを加えれば、各ゲームのプレイ方法は大きく変わる。でもそれが良い方向への変化になるのかって話なんだよ。僕にはそうなるとは思えない。複雑な入力は、このジャンルに挑戦しようとする人たちにとって最も大きな障壁のひとつでもあるんだ。大半の人たちは、格闘ゲームの醍醐味と言える戦略まで辿り着けない。というのは、ゲームが超高速で進行する中で、色々と他のことも考えながら複雑な入力するのが無理だからさ」
『Rising Thunder』

『Rising Thunder』

© Radiant Entertainment

「これが僕たちのスタートポイントだった。基本に戻って、距離の取り方と戦略、読みという、格闘ゲームを面白くしている部分に立ち返ったんだ」
その面白さの一部を担っているのが巨大ロボだ。各ロボットは必殺技のカスタマイズができる。「巨大ロボにはパイロットがいる。彼らは近日公開される予定なんだけど、何よりも、僕たちは巨大ロボという存在が気に入っているんだ。巨大ロボは子供の頃の自分たちにとって大きな部分を占めていた。でも、同時に必殺技をカスタマイズするという、僕たち独自の『Variant』システムにも無理なく当てはめられるんだ」
アルファリリースの『Rising Thunder』は、まだテスト段階だが、幸運なことにこの開発チームには豊富なコネクションやノウハウ、そしてコミュニティからのリスペクトがあるため、確認作業には最適なオーディエンスを抱えていると言える。しかし、彼らは同時に最も手厳しいオーディエンスでもある。
「僕たちはコミュニティが出来上がる前から、シーンの中心にいたんだ。それでも、集団としての彼らがいかに手厳しい存在かということを学ばされたよ」Killianは認める。「格闘ゲームのプレイヤーたちは、小さなミスでもそれが世界を終わらせる原因だと言わんばかりに批判してくる。だから、アルファリリースのテストでさえも、すべてを完ぺきにしなければならないという大きなプレッシャーに晒されるんだ。また、格闘ゲームは仕上げるのが非常に難しいジャンルでもあるんだ。もちろん、僕たちは格闘ゲームにおける重要なコンポーネントが何なのかを理解しているけど、チームはこのゲームとそのプレイヤーたちのために全力を尽くしているんだ」
「僕たちはできる限り早く、素晴らしいオンラインプレイを無料で提供したいし、プレイヤーたちが戦略や心理戦を楽しめるようにしたい。僕たちは、このゲームに盛り込みたいと思っているアイディアが一般的な格闘ゲームからはクレイジーに思われることは知っていたし、だからオンラインでみんなに試してもらったんだ。最初の反応は凄く良かったし、あらゆる格闘ゲームのトッププレイヤーたちも喜んでくれた。プレイしてくれた人数も既に100万を超えているんだ。これは本当に励みになるよ。ここから先は正しいゲームにするために何回も繰り返し調整を重ねていくつもりさ」
『Rising Thunder』

『Rising Thunder』

© Radiant Entertainment

PCで無料プレイができるこのゲームにとって、キーボードでもシンプルで分かりやすい操作ができるようにするという点は非常に重要だ。そしてこのゲームは操作方法が簡単なため、一般的なキーボードでも上手くプレイ出来る。高価なゲームパッドやアーケードコントローラを手に入れる必要はない。
「PC用のゲームだし、キーボードでも上手くプレイできるようにしたかった。最初はチーム全員がゲームパッドやアーケードコントローラでプレイしたけど、最終的にはみんなキーボードでのプレイが気に入って、キーボードに切り替えた。正確な操作ができる。他の大半の格闘ゲームならキーボードでプレイしたくないけど、複雑な入力の心配がない場合はキーボードが最適なんだ」
Tony Cannonの開発したGGPOによって、数種類の格闘ゲームは、ほぼラグがない形で世界各国のプレイヤーと対戦できるようになった。そして、Tony Cannonはこのゲームの開発に携わるひとりであるため、GGPOが『Rising Thunder』の中核をなすのは当然の話だ。GGPOは基本的には2Dのアーケード用格闘ゲームに向いているが、最新版では3Dでも問題なく動くように調整・テストされている。これは素晴らしい機能で、実際にプレイしてみると特にそう感じられる。
『Rising Thunder』

『Rising Thunder』

© Radiant Entertainment

Killianが説明する。「GGPOは立ち上がって以来、オンラインの格闘ゲームのプレイクオリティに高め続けている。現行のGGPO3で、Tonyはクオリティを更に高めていて、3Dのフルレンダリングモデルのゲームにも対応できることを証明しようとしているんだ。3Dのフルレンダリングは広範囲で複雑だから、画面すべてをフレームごとにキャプチャーするのは難しいけれど、プレイヤーを重視して、彼らが何を期待しているのかに注意してゼロから作っていけば、素晴らしい何かが生み出せるんだ」
「Darryl “SnakeEyez” Lewis(ザンギエフ使いのRed Bullアスリート)が『Rising Thunder』をプレイしているストリーミングを見ていたんだけど、彼はネットコードが自宅で対戦しているみたいに感じると褒めていた。そこで僕たちのエンジニアが彼の対戦相手がどこからプレイしているのかを調べてみると、対戦相手は東京にいたんだ。太平洋を挟んで、数々のオンライン対戦を台無しにしてしまうあのラグを感じずにプレイ出来ていたんだよ」1対1の対戦が核であるこのジャンルでは、1フレームやコンマ1秒のラグが勝負を左右する。その意味でCannonの技術は救世主だ。
もちろん、格闘ゲームにおいては、多くのプレイヤーたちが家庭用ゲーム機を挟みお互いに並んでプレイすることに慣れている。これは格闘ゲームが家庭用ゲーム機に移植される前のアーケード時代から続く長い伝統だ。しかし、Killianたちはこのロボット格闘ゲームをPC以外に移植することは考えていない。
「Unreal 4をエンジンに使っているから、コードを家庭用ゲーム機に移植するのは難しい話じゃない。でも、それについては現状考えていないんだ。僕たちはPCの格闘ゲームが作りたかった。そうすることでこのゲームに対して僕たちは完全なコントロールが得られて、随時調整できるからね。僕たちは何よりもまず、このゲームを完ぺきなものに仕上げたいんだよ」
ただし、移植の可能性はゼロではない。しかし、まだそこに期待してはいけない。知っている人もいるかもしれないが、Killianは完全主義者であり、また現時点ではまだアルファリリースであり、ゲームが完成するまでは時間がかかる。また、『Rising Thunder』の開発チームのEVOとの関係を考えれば、このゲームがEVOに含まれるのではないかと考える人もいるだろう。しかし、Killianはその点についてはプレイヤー次第だと答える。
「それはプレイヤー次第だよ。確かにEVOを立ち上げたのはCannon兄弟がだけど、だからといって、EVOへの参加が自動で決まるわけじゃない。でもRadiantの全員はトーナメントが好きだし、世界各地でトーナメントやイベントを展開できればと思っているよ」
『Rising Thunder』が格闘ゲームシーンを揺るがすのは確かだろう。今後の展開に期待したい。