チームメイトと肩を組むパルツァー
© Sprint Cycling Agency
サイクリング

【自転車ロードレースとは?】プロチームライダーが教える基礎知識

異色の経歴を持つボーラ・ハンスグローエ所属ライダーが、フランスの夏の代名詞ツール・ド・フランスを含むプロロードレースの過酷で奥深い世界を解説してくれた。
Written by Tom Ward
読み終わるまで:12分Published on
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ロードレースの過酷な世界

“サイクリング” と聞けば、知っている、いないは関係なく大半の人が “ロードレース” を思い浮かべる。猛烈なスピードで疾走するタイムトライアルから世界で最も有名なサイクリングイベントのツール・ド・フランスまで、ロードレースはどれもライクラ繊維のタイトなジャージ、逞しい太腿、流麗なルックスのバイクがすべてだ。
「私に言わせれば、ロードレースは世界で最も過酷なエンデュランススポーツのひとつです」と切り出すのは、アントン・“トニ”・パルツァーだ。現在29歳でUCIワールドツアーチームのボーラ・ハンスグローエに在籍するプロロードレーサーのパルツァーは、元スキーマウンテニアリング / マウンテンランニング王者という異色の経歴の持ち主でもある。
ツール・ド・ロマンディを戦うアントン・パルツァー

ツール・ド・ロマンディを戦うアントン・パルツァー

© SprintCyclingAgency

このドイツ出身アスリートの言葉には説得力がある。母国ドイツを本拠とするボーラ・ハンスグローエに加入した2021シーズン以来、パルツァーはスペイン版ツール・ド・フランスとも言えるブエルタ・ア・エスパーニャをはじめ、ツール・ド・ロマンディツール・ド・スイスなどの著名な1週間ステージレースに参戦してきた。
「獲得標高、エフォート、そして連日レースを戦わなければならない点において、ロードレースは極めて過酷です。冗談にならないクラッシュは言うまでもありません。これらすべてがレースを極めて困難なものにしています」
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ロードレースの起源

私たちが知る現在のロードレースは、早くとも1868年にはフランス、スペイン、ベルギー、イタリアなどで始まっていた。この事実は、今もこれらの国々でロードレース最大級イベントのいくつかが開催されていることを説明している(詳細は後述する)。
近代オリンピックが復活した1896年にロードレースは主要競技に組み込まれた。そしてこれ以来、途切れることなく主要競技であり続けている。
106回目の開催を迎えたツール・ド・フランス2019

106回目の開催を迎えたツール・ド・フランス2019

© Nationaal Archief

世界の自転車競技を今も統括するUCI(Union Cycliste Internationale:国際自転車競技連合)が主催した第1回世界選手権は、1921年にドイツで開催された。また、1958年には女子ロードレースが世界選手権に加えられた。
現代のプロロードレースを支配しているのはヨーロッパ出身選手たちに限られない。コロンビア、カザフスタン、ロシア、南アフリカ共和国、そしてオーストラリアなどがワールドクラスの強豪ライダーを輩出し続けており、プロロードレースは真にグローバルな自転車競技となっている。
世界選手権では各ライダーがそれぞれの出身国を代表して競い合う

世界選手権では各ライダーがそれぞれの出身国を代表して競い合う

© Ernst Lorenzi/Red Bull Content Pool

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様々なレース形式

一般的には「ロードレース=ツール・ド・フランス」と思われがちだが、ロードレースはこれだけに限らない。パルツァーが次のように説明する。
「最も重要なレースはステージレースです。グランツールと呼ばれる3大イベントが、“ツール・ド・フランス”、イタリアの “ジロ・デ・イタリア”、そしてスペインの “ブエルタ・ア・エスパーニャ” です。これらのレースは3週間・全21ステージで開催され、休息日は通常2日だけです。ですので、これらのレースにはメディアから最大の注目が集まりますし、レースカレンダー最重要イベントとされています」
ツール・ド・フランスは最も有名なステージレース

ツール・ド・フランスは最も有名なステージレース

© Kramon

とはいえ、すべてのステージレースが長期日程で開催されているわけではない。パルツァーが続ける。
「ツール・ド・スイスやツール・ド・ロマンディなど、より短い日程で開催されているステージレースもあります。通常、これらのレースは1週間か8日間の日程で開催され、グランツールに次ぐ重要レースに位置づけられています」
ここまで読んだだけで疲れそうだが、有り難いことに、レースカレンダーにはワンデイレースも多数含まれている。これらのワンデイレースは250km以上の距離が設定される場合が多く、ライダーたちはサドルの上で長い1日を過ごすことになる。
「このようなレースも非常に重要です。ワンデイレースを得意とするライダーたちにとっては特にそうですね。ワンデイレースはベルギーやフランス北部で開催されることが多いです」
ツール・ド・スイスを戦うパルツァー

ツール・ド・スイスを戦うパルツァー

© BettiniPhoto ©2021

名門ワンデイレースとして知られるパリ-ルーベでは石畳の上を走ることも

名門ワンデイレースとして知られるパリ-ルーベでは石畳の上を走ることも

© Kristof Ramon/Red Bull Content Pool

カテゴライズをさらに複雑にしているのが、ライダーたちが最速タイムを競い合う個人タイムトライアル(ITT:Individual Time Trial)の存在だ。個人タイムトライアルはグランツールや1週間規模のステージレースに組み込まれることが多い。
個人タイムトライアルの距離は30kmから80kmまで様々だが、より距離の短い9kmタイムトライアルプロローグと呼ばれ、ステージレースに先立って開催される。このプロローグの結果によって、最初のステージでリーダージャージを着用するライダーが決まる(ジャージの種類については後述する)。
タイムトライアルに挑むワウト・ファンアールト

タイムトライアルに挑むワウト・ファンアールト

© Luc Claessen/Getty Images

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チームプレイの重要性

「ロードレースは間違いなくチームスポーツです。サッカーに似ています。チームが勝利するとき、得点を決めるのはストライカーかもしれませんが、試合の勝者は選手ではなくチームです。これはロードレースでも同じです」とパルツァーは語る。
プロロードレースでは戦術が重要なカギを握る

プロロードレースでは戦術が重要なカギを握る

© Martin Vesberg/Red Bull Content Pool

各チームにはエースが存在する。エースを任せられるのは、そのチームでレースに勝てる可能性が最も高いライダー、あるいは優勝を狙ってくる他のチームのエースに匹敵する実力の持ち主だ。
エースには複数のアシスト(ドメスティーク)がついており、レース中にエースを援護する。プロトン(集団)や先頭集団での走行時にエースを守るのがアシストの仕事だ。アシストたちはエースを優勝させるために全力を尽くす。パルツァーが次のように説明する。
「アシストはあらゆる役割をこなします。エースのエナジーを温存させたいときは風除けになり、エースが用を足すために停車したあとはプロトンに戻れるように助けます。また、アシストは極めて過酷な山岳ステージ後半でエースが前に出られるように、あえて先に前に出て “逃げ” を仕掛けるときもあります」
ボーラ・ハンスグローエに所属しUCIワールドツアーに参戦するパルツァー

ボーラ・ハンスグローエに所属しUCIワールドツアーに参戦するパルツァー

© SprintCyclingAgency

05

エース / アシスト以外のライダーの役割

通常、UCIライセンスを保持しているサイクリングチームは25人以上・33人以下のライダーを抱えている。パルツァーが所属するボーラ・ハンスグローエは29人のライダーを擁しているが、各自の役割はどのようになっているのだろう? パルツァーが説明する。
「山岳フィニッシュが多くフィーチャーされるステージレースの後半で仕事をする "クライマー" が存在します。エースには山岳ステージに向けてクライマーのアシストがつきます」
「彼ら以外にも、フラットなステージレースやワンデイレースでエースをサポートする "スプリンター" がいます。彼らはレース終盤の集団スプリントでそのスピードを活かしてリードアウトを担います。通常、スプリンターは体重の重いライダーが多く、山岳ではそれほど強くありませんが、フラットステージのラスト1〜2kmで優勝争いに絡める爆発力を備えています」
「クライマーは普段山で生活をしています。標高の高い場所で過ごしながら高地トレーニングに取り組んでいるのです。スプリンターも成長のために高地トレーニングを行うときがあります。スプリンターの主なトレーニングエリアは平地か丘陵地帯です」
レース中は各チームメンバーに特定の役割が割り当てられている

レース中は各チームメンバーに特定の役割が割り当てられている

© VeloImages/BORA - hansgrohe/Red Bull Content Pool

また、急峻な登りがある短距離レースで活躍する “パンチャー(puncheur)” と呼ばれる選手も存在する。さらに、レースでは “逃げ” を仕掛けるライダーを見かけるときがあるが、彼らはスタートラインから全力で飛ばして、プロトンが追いつけないタイムアドバンテージを稼ごうとする。
最後に、ヒルクライム、スプリント、タイムトライアルのすべてで活躍できる “ルーラー(rouleur)” と呼ばれるオールラウンダーも存在する。ワウト・ファンアールトトム・ピドコックはルーラータイプの好例だ。
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様々なジャージの種類

サイクリストはジャージをこよなく愛する。パルツァーは「個人総合1位を示すジャージが最も重要です。全ステージを合わせた総合首位のライダーに与えられます」と説明する。つまり、ツール・ド・フランスで言うところのイエロージャージ(マイヨ・ジョーヌ)、ジロ・デ・イタリアで言うところのピンクジャージ(マリア・ローザ)だ。
ここからが複雑な部分だが、個別ステージの勝者に与えられるジャージも存在する。山岳王(KOM:King of Mountains)ジャージは特定の山岳区間を制したライダーに与えられる。パルツァーは次のように説明する。
「山岳ステージでは逃げを仕掛けにくいため、2人あるいは5人のライダーが山岳ポイントを懸けて競い合います」
グリーンやイエローのジャージを着用するライダーには尊敬の眼差しが向けられる

グリーンやイエローのジャージを着用するライダーには尊敬の眼差しが向けられる

© Kristof Ramon/Red Bull Content Pool

大半のステージレースの平坦ステージには、最多ポイントを記録したライダーに与えられるグリーンのポイント賞ジャージも用意されている。ライダーたちはコースの特定区間でポイント獲得を狙うのだが、一部の区間は他の区間よりも多くのポイントが配分されている。
各チームはこのポイント賞ジャージ獲得のためにスプリンターやルーラーを用意しているため、激しいバトルになることも少なくない。パルツァーが続けて説明する。
「さらには、総合成績若手トップのライダーに与えられる新人賞ジャージもあります。6位でフィニッシュしても、その順位までで最年少なら、新人賞ジャージを獲得できるのです」
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ツール・ド・フランスが特別な理由

「ツール・ド・フランスは世界最大のサイクリングレースです」とパルツァーは切り出す。
「ツール・ド・フランスでは各チームがベストライダー8人を揃えますので、極めてハイレベルです。また、観客から著名な登坂までのすべてに豊かな伝統があります。これらが理由で、ツール・ド・フランスはメディアから実に大きな注目を集めているのです」
ツール・ド・フランスの沿道には常に大観衆が詰めかける

ツール・ド・フランスの沿道には常に大観衆が詰めかける

© Alex Broadway

パルツァーは、多くのライダーにとってツール・ド・フランスはロードレースの頂点だと続ける。
「たとえベルギーの重要レースで優勝しても、ロードレースに関心のない人はそのレースを知りません。ですが、ツール・ド・フランスは誰もがその名を耳にしたことがあります」
「サイクリストにオリンピックとツール・ド・フランスのどちらに出場したいかと質問すれば、絶対にツールを選ぶはずです。なぜなら、ツール・ド・フランスは考えられる中で最高峰の自転車レースですからね」
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アマチュアがまず揃えるべきアイテム

「自分がクライマータイプなら、軽量なバイクを購入します」とパルツァーはアドバイスする。
「また、ベルギーのような平地が多い土地に住んでいるなら、よりエアロ性能の高いバイクを購入すると思います。このようなバイクはやや重いですが、スピードは高いです」
もちろん、すべてのバイクが同じ性能に作られているわけではない。
「2,000ユーロ(約28万円)のロードバイクと50,000ユーロ(約708万円)のロードバイクでは大きな差がありますが、ロードバイクに乗り始めたばかりなら、性能は関係ありません
パルツァーはSpecialized S-Works Tarmac SL7を使用している

パルツァーはSpecialized S-Works Tarmac SL7を使用している

© Mainfilm/Red Bull Content Pool

「ビギナーにとって一番重要なのは、バイクが自分に合っていて快適に感じられるかどうかです。ですので、何度か試乗して確認してみましょう。サドルやハンドルバーが快適に感じられるバイクを選び、膝や背中に痛みが生じないようにしましょう」
ヘルメットも極めて大事なアイテムです。ジャージを着用する必要はありませんが、質の高いビブショーツは快適性をサポートするために重要です。シューズは、同じ姿勢を維持するのに役立つビンディングタイプを選びたくなるかもしれませんが、快適に感じられないようだったら普通のシューズでライディングしてもOKです」
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栄養補給の重要性

重要なのはバイクやジャージだけではない。パルツァーは次のように語る。
栄養補給は極めて重要です。バイクに乗っている間は膨大なカロリーを消費します。ロングライドに出かけるときは補給食レストランなどでの食事休憩が重要です。アマチュアライダーの多くは身体を絞りたいなら食べる量を控えるべきと考えていますが、本当に速くなりたいなら食事は必要です」
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注目ライダー

ワウト・ファンアールト(ベルギー)

ユンボ・ヴィスマに所属しているベルギー出身のワウト・ファンアールトは、ロードレース / シクロクロスのスーパースターだ。絶好調ならどんなレースでもどんな地形でも勝てる能力を備えている。

トム・ピドコック(英国)

ファンアールト同様、トム・ピドコックもあらゆるバイクカテゴリーで能力を発揮できる。東京2020マウンテンバイク・クロスカントリー王者シクロクロス世界王者でもあるこのイネオス・グレナディアス所属ライダーは、ワンデイレースで活躍するスプリンタースペシャリストでもある。

ルーカス・ペストルベルガー(オーストリア)

ボーラ・ハンスグローエに所属するルーカス・ペストルベルガーはパルツァーのチームメイトで、主にスプリンターとして活躍している。
「ルーカスは非常に強力なライダーですね。彼は2017年のジロ・デ・イタリアでオーストリア出身ライダー初のステージ優勝を記録しました。偉大なライダーです」(アントン・パルツァー)

アナ・キーゼンホファー(オーストリア)

アナ・キーゼンホファーは東京2020の女子ロードレースで金メダルを獲得した。
「誰も彼女の活躍を予想していませんでした。このスポーツにとって非常に重要な勝利でしたね。彼女より優勝回数が多いライダーたちがひしめく中、優勝候補に含まれていなかったライダーが世界最大のレースを制したのは痛快でした。ビッグチームに所属せずに自分ひとりで準備を進めても、成功を手にすることは可能だということを証明してくれました」(アントン・パルツァー)
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